転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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4章 港湾都市アイラ編

156話 父子の会話

 ──時は大結界から987年、そして帝国暦985年8月末──
 ──つまるところ夏も終わりに近付く頃──

 フラッド=ヒューバートの朝は早い。
 第4都市群を束ねる長として、主要5都市のみならず周辺町村に至るまで情報を収集、部下に分析させ、気になる変化、見過ごせない事案のみを報告させながらここ数日、上がってくる報告量の増加に睡眠時間の減少に頭を悩ます日々。
 とはいえ現在、最近頭を悩ませていた農村から流出する若い働き手、漁民達が減少する収入の補填として漁獲量を増やしながらも、飽和する海産物による市場価格の下落からの突発的な不漁による品不足、悪い事は続けてやってくるを体現するような案件に改善の兆しが見えていることが、最近の彼に笑顔が増えてきた要因と言える。

「仕事が速いねえ、彼。正直、あと2ヶ月くらいはかかると思ってたんだけど」

 シンがアイラの街で動き始めてから3ヶ月近く、アイラの街とその周辺から上げられてくる報告に頬を緩ませながらフラッドは独りごちる。
 シンの提案に乗る形で始められた「歯の卵」なる画期的な虫歯の治療薬の販売は滑り出しこそ緩やかだったものの、現在は注文に生産が追いつかない状態だと、報告書には記載されている。
 それと同時期に、市場に出回り始めた「フカヒレ」料理、フカ・・とは一体なんなのか? 名前に疑問符は付くがその独特の食感と調理法により自在に変化する味わい、なによりその美容効果に貴族の女性、とくに盛りを過ぎた奥方達の心に火をつけた。
 同時期、下がりきった価格を以前のものに戻そうとして値上げに踏み切って販売量が減っていた醤油も、フカヒレ料理が出回る当初、醤油ベースの味付けをしていた事が功を奏し、販売量も増え、値を戻した分収益も増えている。

 始まりの地でもある漁村は、一瞬脚光を浴びたものの「歯の卵」「フカヒレ」の原料がガイランシャークなるサメであることを隠すような事はしなかった為、他の漁村もサメ漁に乗り出す。ただ、人を襲う危険種でもあるために小型船での漁は心許なく、大型船をアイラの行政府やマーブルの様な商人から借入れる等して一攫千金に乗り出す。
 また内陸の農村地域も、かつて醤油生産に携わった経験のある村全てに醤油の生産工場が作られることになり、現在薄給で生産業務に追われている農家も、生産量・卸値を以前のものに戻し、以前の生活を以前よりはるかに楽な作業で賄う事が出来る事に安堵する。

 農家の者達はたくましく、余力が出来れば農地の開墾や近くの森で木を伐採したり獣を狩ったりと、忙しいながらもその顔には生気がみなぎっているとの事。
 工場が揃うまで醤油の流通量が下がる事になるが、出所不明なれどどこからか流れた「醤油や他の生活品の値段が近々、昔の水準に戻るらしい」との噂のおかげで、市民は事前に買い溜めていたことで生活にたいした支障はきたさず、フカヒレ効果で醤油を求める業者の動きもあり値上げ後も一定の需要が確保され、工場が揃い、流通量が戻る数ヵ月後にはそのまま値段が定着する事になる。
 悪い時には悪い事が続くように、良い時には全てが上手く回る。「歯の卵」と「フカヒレ」、アイラ発祥となる2つの新商品が世界に定着するまで、おそらく2年ほどはバブル景気に湧くだろうとの報告を受けてフラッドは満足そうに頷く。

「「好事魔多し」とはいうけれど、ここまで良い事続きだと、どこに気を付ければいいのか分からないね……そういえばシンへの報酬を考えてないよなあ……ウチの領主の座とか、受け取ってもらえないものかなあ」
「早速不用意な発言に気をつけるべきではないのか、父上?」
「本気なんだけど?」
「あの男が受けるはずが無いだろう、機嫌を損ねた挙句、今の好景気に冷水を浴びせて出て行く事になるぞ、例えば「歯の卵」の製法とか」

 今のところ「歯の卵」「フカヒレ」がガイランシャークを原料にする事までは周知されている。
 フカヒレに関しては村に足を運べばすぐに分かるが、歯の卵の製法に関しては一部の人間しか知らない。シンが最初の村の住人にしか伝えていないからだ。
 この製法が他所に知れ渡れば今の好景気がガラガラと崩れる事になる、シンの忠告を漁民は守り、決して誰にも話すことは無かった。
 タレイアやクレイスも事の重要さは理解しており、村周辺の警備をそれとなく強化し、不埒な輩を排除している。
 シンがギルド未所属のモグリでレシピの公開義務が無い事もあり、今のところ安心ではあるものの、うっかり・・・・シンが公表でもしようものならアイラの好景気が根元から崩れる。

「……するかな?」
「どうしてしないと思えるのだ、父上?」
「だよねえ……それはそうとアリオス、グレートオーシャンクラブを討伐したんだって? 父は鼻が高いよ」

 息子の偉業にニヤニヤ・・・・する父にアリオスは不満顔を浮かべると、

「アレで討伐と言われてもな……武器とポーションに助けられてやっと勝てた相手だったからな。まあ、貴重な素材を防衛隊に回してもらえたし、俺個人は剣と体術のスキルが同時に上がって万々歳だったが」

 アリオスはカニ討伐によって入手した素材を防衛隊の方で買い取るよう、船を下りて早々に早馬を走らせ、現代表のお膝元であり防衛隊の本部のある第2都市群に向かった。
 当初、グレートオーシャンクラブまる一体分のキレイな素材と聞いて半信半疑だった本部の隊員も、アリオスの取り出した爪先の一部を見てその話を信じ、アリオスが討伐したと聞いて再度、全員が疑わしげな眼差しに変わるという事態に見舞われる。
 結果、それを証明する為に訓練場で模擬戦をやらされた挙句、隊長クラスを三人抜きして信じさせたりと一悶着あった。

 とはいえアリオスも、協力者であるシンと魔剣の事に関しては頑として口を割らなかった。話したら最後、どこをどう思案しても不幸な未来しか見えなかった為である。
 結果、アリオスは今月行われた部隊の再編において、第6遊撃隊という大事なのかそうでないのか良く分からない、隊長権限で自由に動かせる部隊の隊長に抜擢された。恐らく1時的な人事ではあろうが、上のほうも第4都市群の情勢と領主の血縁、今回の件を勘案して何か持ってる・・・・アリオスに押しつけた形とも言える。

「隊長就任おめでとう、彷徨うろついてちゃダメじゃない?」
「連係の訓練や書類仕事は副官に任せてあるし、俺の一番の仕事はここにある……イヤ、いるからな」

 アリオスはこの場にいない若い薬師の事を思い浮かべる。
 アイラの経済状況が上向きに転じている現状、当初シーラッド連合防衛隊本部が抱いていた懸念──港湾都市アイラの離反、ひいては第4都市群の離脱と内戦──は思い過ごしであり、当初寄せられた情報は流言飛語の類と判断された。
 しかし、万が一を考えるのがトップの役割であり、現場を知るアリオスに力と権限を与えて、いざと言う時に即応させようと言う判断に誤りは無い。
 隊長職に就いたアリオスではあるものの、実態はパシリのそれとあまり違いは無かった……いや、重要な役割であるのは間違いないのだが。

「で、その本人は最近なにしてるの?」
「報告に上がってないのか? 面識のある守備隊の周辺警邏に同行したり、アイラとコーンウェルの酒場を行ったり来たり、飲み歩いてるよ」
「……頓狂な事してるねえ、どうせならウチの年頃の娘とも遊んでくれればいいのに」
「子供に興味は無いそうだ」
「大人の娘もいるはずだけど?」
「胸のサイズが子供だから遠慮するとさ、大きいほうが好みらしい。ミレイヌの3年後に期待でもするか?」
「名家の娘が成人するまで許婚もいないなんて無理だよ……仕方が無いね、ここは男同士の友情に期待をするよ」
「無茶を言わんでくれ、アレに付き合うのは訓練でしごかれるよりも疲れるんだからな」

 ゲンナリするアリオスを見ながらもフラッドは、2人が良好な関係を保っている様で満足する。少なくとも息子アリオスを振り回す程度には密な間柄と言う訳だ。

「……にしても何で飲み歩き?」
「稼いだ金で豪遊と、”祭り”の準備だとさ」
「祭りねぇ……」

 祭り──どう考えても血祭り、もしくは祭りケンカとしか思えない2人はそっとため息をつく。
 2人の仕草をシンや使用人が見れば「ああ──親子か」と呟いた事だろう。
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