転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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4章 港湾都市アイラ編

161話 猛威

 シンに縁のある女性であるカーシャが住む漁村、その日は朝からいつも通り、代わり映えの無い一日になるはずだった──。

 水揚げされた魚のうち、指定された小魚は大きな木桶にまとめた後に魚が顔を覗かせない程度に海水を入れ、荷車に積んで内陸の醤油農家に輸送する。
 中型以上の魚は女性陣総出で下処理を済ませ、これも海水を張って搬送用の船で市場のある街──ここからならアイラの街──に送り、そこで直接売ったり仲買人に卸すことで金銭を手に入れる。
 もちろんいつも完売するはずも無く、売れ残った魚は村に戻るとそのまま食卓に上がったり干物などに加工され、さらに街に送られる事もある。
 2日前にナッシュ義父サイモンを漁に送り出したカーシャも、女衆と一緒に慣れた手つきで魚を捌きながら談笑をしていた。

「そういやカーシャ、アンタの昔馴染みのシンちゃんだっけ? あの子が村に顔を出さなくなってもう2ヶ月以上経ったねぇ。今はどうしてるのかねぇ……」
「そうそう、あんな子が薬を売りながら一人で旅だなんて、今まで大丈夫だったかもしれないけど心配でしょうがないよ!」

 村の漁師達と比べると幾分か小柄で、特に大柄なアリオスとセットで歩いている所を何度も目撃されていたシンは、童顔でもあったために女性陣の間では、村にいる間は子ども扱いを受けていた。
 シンも普通に身長170以上はあるのだが、これに関しては比較対象が厳つい漁師だったり本職の軍人の為どうしようもない。実際シンも、昔から周りの同い年の子供達よりも1~2才下に見られていた。
 そんな訳で、シンがあれでも成人済みの17才だと知ると村の住民は意外そうな顔をし、その中でも男盛りの男衆などからは、優しい眼差しを向けながらその肩をポンポンと叩く光景がよく見られたものである。その度にシンは困ったような乾いた笑いで返していた。

「どうだろね。まあ、あの子は見た目がちょいと幼い分、頼りなく見えるかもしれないけど、たまに村に顔を出す兵士連中なんかより強いから心配する必要はないよ」
「へー本当かい?」
「本当さ、ああ見えて昔から頭も腕っ節も大人顔負けだったからね」
「ひとは見かけによらないもんだねえ」

 そんな他愛も無い時間を過ごす中、全員の会話が一斉に途切れ──俗に「妖精が通った」などと言われる無音現象──周囲に静寂が訪れる。
 その時、誰かがその違和感に気付いた。

 普段であれば会話が途切れた後も耳に届くはずの潮騒しおさい、浜辺に打ち付けられる波の音が聞こえない。
「──────あれ?」

 振り向けば、いつもは10メートル先にあるはずの波打ち際が今日はひどく遠い、30メートルは離れているだろうか……?
 違う、離れているのでは無い、今現在も離れつつある。

「────みんなっ!!」
「ちょっと、まさか!?」
「急いでみんなに知らせるんだよ!!」

 カンカンカンカン──!!!!

 早鐘が打たれ、家の中にいた村民も外へワラワラと顔を出すと、目の前の異様な光景に息を飲み、すぐに何が起きてるのか事態を把握する。

「逃げろーーーー津波が来るぞーーーー!!」

 誰かのあげた一言で、その場に固まっていた全員が一斉に内陸に向かって走り出す!
 村の地形は砂浜から続く緩やかな斜面の大地に家屋を建て、内陸との境界には高さ5~6メートルの崖が左右に広がり、所々に上に通じる道がある。
 いわば天然の防波堤のようなものだが、無論これでは漁村は全て波に飲まれ、壊滅の憂き目に遭う。
 しかし全ては命あっての物種、誰も彼もが取るものも取り敢えず、身一つで逃げながらとにかく上を目指す。
 老若男女問わず達者な漁民が、それでもゼーハーと息を切らして蹲るほどに逃げた先は付近の小高い山の斜面、魔物はいないが野生の獣は多く生身で立ち入るのは危険な山ではあるが、獣の方こそ現在の危機に敏感であり、周囲に生命の気配は感じられない。

「みんな! 逃げ遅れたやつは居ねえか!?」
「どうしよう!? コギーんとこのせがれが寝たきりの婆さんを連れてくるって、途中で引きかえしてったんだよ!!」
「ホントか!? ……ダメだ、とても間に合わねぇ」

 男が見つめる視線の先、そこには水平線に重なるように真っ直ぐ伸びる1本の線──津波が徐々に迫ってくる。
 ここ30年ほどこの辺に津波が発生したことは無く、村の中にも津波を体験した者はそう多くない。
 しかし、老齢にさしかかろうという男の目にはかつての津波の威力が思い出され、そしてその経験からアレでは誰も助からない、そう結論付けた。

「──大丈夫だ! あの大きさならここまで波が届く頃には勢いも無くなってるはずだ!」

 ──せめて希望を持ったままで、絶望の中最後を迎えるのは辛かろう──そんな思いが男の口から紡がれる言葉に嘘を差し込む。
 そして──

 ドドドドドドドド──!!

 地の底から聞こえるかのような重低音が周囲に響き渡り、やがて浜辺ごと村が飲み込まれる──それはまるで、海が押し寄せてくる様でもあった。

 ドドドドドド──!!

 多少の勢いが落ちたものの村を飲み込んだ津波は崖を越え、そのまま内陸を侵食する。

「「きゃああああああああああ──!!」」
「「うわああああああ───!!」」

 各所で上がる悲鳴、そんな中、覚悟を胸に目を瞑った男は、いつまで経っても来ない最後の時を不審に思い、薄目を開ける──。

「……………え?」

 ──男の気持ちが天に届いたかどうかは分からない、確かな事は、今回の津波は地殻変動や大地震の影響で発生した自然現象ではなく、怒りに震える海竜の魔力によって引き起こされたものだった、その為、最初の到達時の破壊力はともかく、内陸に浸透する持続力は無かったのかもしれない。
 勢いを急激に失った海水は、山の斜面を遡ろうとはせず、左右に分かれながら緩やかに遡上してゆく……。

「た、助かった…………」

 へたり込む男はその場で静かに嗚咽し、生き残った事に喜び、そして身体の不自由な祖母とそれを助けに行った若者、村とアイラの街を行き来する為の船の乗組員──逃げ場も無く津波に襲われた者達の冥福を祈り涙する。

 そして──

 ゆり戻しの第2波が来ないことを不思議がるも、これ以上ここに留まる事も出来ない彼等は日が暮れる前にはかつて村があった、陸地全てを海底の泥に覆われ、異臭を放つ浜辺に戻ってくる。

「コイツは……酷いね」

 長年住んだ我が家の場所を忘れるはずも無く、全てを流され泥に覆われた更地のような自宅跡で呆然と立ち尽くす村民達、しかしその顔には悲壮感はあっても絶望に染まってはいなかった。

「ま、海を相手に生きてりゃ、こんな事もあるさ。確かに犠牲は出たけど全滅した訳じゃない、それに──」

 津波なら沖に出たナッシュ達は無事のはずだ──そんな想いがカーシャの目に力を取り戻させていた。

「とはいえ、コイツはどうしたもんかねえ……」

 何も持たずに手ぶらで逃げた手前、この臭い泥すら撤去する事も叶わない。途方にくれるには充分な仕打ちである。
 そんな所に、

「はいは~い、お困りの方はいませんか? 旅の薬師がくすりは勿論の事、ちょっとした生活用品までご用意いたしますよ♪」
「シン坊!? あんた!!」
「や、カーシャ姉さん……無事でよかった……」

 おどけながらも心の底から安堵した、そんな優しい眼差しでカーシャを見つめるシンの姿がそこにはあった。
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