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4章 港湾都市アイラ編
162話 それでも逞しく
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「カーシャ姉さん……無事でよかった……」
津波によって家屋を流され、海底から運ばれてきた泥に覆い尽くされた漁村の跡に、それでも生きる気力を失っていないカーシャの姿を見てシンは安堵する。
「無事って言えるほど楽観も出来ないけどね……助からなかった所もあるってのに、生きてる奴等がそいつを喜ばなきゃ失礼ってもんだよ」
そう言って笑顔を作るカーシャはとても力強く、シンの知らない、カーシャの送ってきた人生がそこに詰まっているようで、それがシンには少しだけ眩しかった。
「とはいえ、この状況で何から手を付ければいいのやら……」
「とりあえず、この泥から取り除かないと……臭くて夜も越せねえし」
「そういえばシン坊、さっき言ってたみたいだけど、こんな時に便利な生活用品って何か無いのかい?」
「あるよ、ホラ」
そう言ってシンは、ここまで引いてきた大八車のシートをまくり、1本のスコップと一輪車を下ろす。
魔法のスコップ──先の真っ直ぐないわゆる「角スコップ」
手に持って魔力を流すと掬った物の重さが5分の1になるスグレモノ、魔力消費も少なく一般人でも容易に扱える。
魔法のネコ車──見ての通りの土木用一輪車
持ち手を握り魔力を流すと積荷の重さが5分の1になるスグレモノ、魔力消費も少なく一般人でも容易に扱える。
それを受け取ったカーシャは、スコップを持った途端に薄く輝く魔力の光に驚き、試しにその場を一掬いして更に驚き、最後にシンに向かってため息をつく。
「シン坊……アタシはとりあえず、アンタの頭の中身がどうなってんのか知りたいよ」
「カーシャ姉さんまで酷えな! むしろ一般人にこそ、魔法効果の備わった便利な魔道具は必要だろ?」
冒険者相手に魔法の武器を作るくらいなら、一般人向けに便利グッズを作ったほうがよほど社会生活の向上に寄与するのでは? とはシンの言だが、さすがにその辺の農村に魔道具を作って売りに行こうと考える職人も、魔道具を買って仕事の効率を良くしよう! 等と考える者がいるはずが無い。
何よりそんな物を持っていれば十中八九、あそこは魔道具を手に入れるほど豊かな村だと野盗あたりに狙われる。
「今ならこの「魔法の高枝切りバサミ」もセットで……」
魔法の高枝切りバサミ──説明不要
「いやシン、そんな訳の分からないモノいらないから……」
「訳の分からないって……まあいいけど、とりえあえずスコップは銀貨1枚、こっちの一輪車は2枚かな、今はこんなだから後払いでいいよ?」
「ちゃっかりしてるねえ……まあコッチとしてはありがたい限りさ。よし、チョット待ってな!」
「…………?」
魔法のスコップを手にしたカーシャは自宅跡の泥を瞬く間に掻き出すと、その一角から泥に埋もれて隠れていた、木製ながらも頑丈そうな地下室への扉が姿を現す。
ガコン──!
そして扉を開けた先には、乾燥したフカヒレをはじめ、長期保存が可能な干物や穀類の袋、食器や薪など、飢饉や災害時に役立ちそうな物が格納されていた。
地下空間、これは地盤の崩落などの危険を除けば、これで中々頑丈で快適な空間だ。
竜巻や火災など、地上を蹂躙する破壊力は見事だが、こと地下を破壊する事はあまり無い、竜巻は地表の空気を巻き上げるもので、炎は自らの生み出した上昇気流によって、上へ上へとその力を伸ばす。
そして津波も、家屋のように眼前の障害物を押し潰す威力は凄まじいが、密閉された地下の空洞を穿り返すような器用な真似はしない、せいぜいが津波によって一緒に流されてきた土砂で地表を覆うくらいだ。
この地下空間も、海岸付近に作ったとは思えないほど周りを頑丈な補強が成されている、いざという時の保管場所として予め用意されていたものだろう。
いざという時、勿論それは自然災害のみならず、野盗や戦争、領主の無茶な徴税など、むしろ人間相手の方が多いのかもしれないが……。
そんな地下倉庫からカーシャがゴソゴソと何かの袋を引っ張りだすと、その口を開け、
「はいよ、銀貨3枚、利息は無しで良いんだろ?」
「……イヤ、ちゃっかりしてるのはどっちだよ……」
さすがにシンも苦笑せざるを得なかった。
──────────────
──────────────
その後、男達を集めて村の集会所跡の泥を除去し、当然のようにそこにも在った地下から非常食などを取り出すと村人全員がその日はそこで夜を明かす事になった。
100世帯600人の村で、推定被害は約60人、この人数はこの場にいる村人と醤油農家へ魚を運んでいる者、サイモンたち遠海漁に出ている者を除いた数であり明確な数字ではないが、この中で果たして何人生き残っているか? と問われれば0人と応えるだろう。
陸に近い場所で船に乗っていれば波に飲まれただろう、陸の上でこの場にいないという事は、つまりそういう話だ。
数字にすれば村の1割が失われた事になるが、問題はその大半が働き盛りの男達というところか……残念な事に、人間の子供は魚や獣ほどに成長は速く無い。
こうなる前に運良く蓄えを作ることが出来たからよいものの、復興に関して上が無策であれば、いよいよ村を放棄する可能性も出てきた。
「まあ、そこは村の皆が考える事だけどな」
俺は、そう広くない集会所後に集まり、身を寄せ合うように眠りに付く村人達から離れ、月明かりと星に照らされた夜の海を眺める。
この村のみならず周辺の漁村をはじめ、アイラの街も居住区はともかく、海抜の低い港湾区は全滅だろう。残念ながらアイツ等にこの問題を収拾、その後に復興など望むべくも無い、早晩父親御大のお出ましになるだろう。
それよりも何よりも、俺にとって重要なのはさっき聞いた爺さんの言葉、
「不思議な事に、揺り戻しの波が来なかったんだよ」
頭の痛い話だ。
大規模災害に第2波が来ないという事はつまり、自然災害にあらず、誰かの手によるものだという事だ。
津波を引き起こす魔法? そんな大規模魔法、一体どこのどいつが起こした?
アイツの手駒にはそんなのが交じってるって言うのか!?
「手に入れた情報には、そんなヤツの情報は入っちゃいなかったんだがな……」
被害の全容は分からないが、かなりの大規模、そして広範囲に影響を及ぼす魔法だ。少なく見積もってもランク指定外の魔道士、そんなのが相手とか勘弁してくれ……。
「……まあいい、それよりも建設的な事に頭を使うとするかね」
俺は異空間バッグから鉄製の重りを取り出すと、それを握って穏やかな海に飛び込む!
重りのおかげで思いのほかスムーズに海底まで降りてきた俺は、早速仕事に取り掛かった──。
──────────────
──────────────
「シン坊! 朝起きたらどこにも姿が見えないから心配したじゃないか? 一体どこ行ってたのさ……てかビショ濡れじゃないか!?」
「ああ、ちょっと久々に素潜りを……それよりはい、コレ」
「コレってシン坊、ただの「カツオコンブ」じゃないのかい?」
カツオコンブ──海底の岩等に張り付く海草
そのふざけた名前の通り、乾燥させたものを煮出すとカツオ出汁とコンブ出汁が出る。
実はこれは2層に分かれており、まわりのヒダ部分からはコンブだし、中心の平らな部分からはカツオだしが出るのだが、わざわざ手間をかけて分けようとする者がいないので、常に合わせだしになる。
これを初めて見た時シンは、神というのは存外いい加減なものだとショックを受けたものだが、最近は何があろうと達観したものだ。
「こんなモン取ってきて、食べたいのかい?」
「それもいいんだけど、用があるのはコイツの根っこの部分だよ」
「根っこ?」
首を傾げるカーシャの目の前で、シンはカツオコンブの根元だけを切り離し、昨日の撤去作業の際、一ヶ所に集めた海泥に向かって放り投げる。
「ああやっておけば、栄養が溜まりすぎて悪臭を出すようになったヘドロから腐った部分だけを吸い取って、堆肥によく似た土に変化してくれるよ」
「へぇ……相変わらず、大したもんだねえ、シン坊?」
ニカッと笑うカーシャに、すまし顔で肩をすくめるとシンは、昨日より元気になった漁民達にスコップと一輪車を売るか貸し付け、ついでにカツオコンブの事も教えた後、誰もいなくなって広くなった集会所跡に横になる。
「それじゃ俺はとりあえず寝るよ、何か困ったことが起きたら起こしてくれていいから」
シンはそれだけ言うと、さっきまでびしょ濡れだったのにいつの間にか乾いている服とマント姿のまま寝息を立て始める。
「……ヤレヤレ、昔と変わらずマイペースな坊やだよ」
意図的か無意識か、立ち止まる時間を与えず村人を動かすシンの気遣いに、カーシャは無防備な寝顔で横たわるシンの頭を撫で、ピョンとはねた髪の毛を指で櫛づける。
「ありがとうよ、シン坊……」
そしてそれから2日後の夜、ナッシュやサイモンの乗った船が戻ってきた。
津波によって家屋を流され、海底から運ばれてきた泥に覆い尽くされた漁村の跡に、それでも生きる気力を失っていないカーシャの姿を見てシンは安堵する。
「無事って言えるほど楽観も出来ないけどね……助からなかった所もあるってのに、生きてる奴等がそいつを喜ばなきゃ失礼ってもんだよ」
そう言って笑顔を作るカーシャはとても力強く、シンの知らない、カーシャの送ってきた人生がそこに詰まっているようで、それがシンには少しだけ眩しかった。
「とはいえ、この状況で何から手を付ければいいのやら……」
「とりあえず、この泥から取り除かないと……臭くて夜も越せねえし」
「そういえばシン坊、さっき言ってたみたいだけど、こんな時に便利な生活用品って何か無いのかい?」
「あるよ、ホラ」
そう言ってシンは、ここまで引いてきた大八車のシートをまくり、1本のスコップと一輪車を下ろす。
魔法のスコップ──先の真っ直ぐないわゆる「角スコップ」
手に持って魔力を流すと掬った物の重さが5分の1になるスグレモノ、魔力消費も少なく一般人でも容易に扱える。
魔法のネコ車──見ての通りの土木用一輪車
持ち手を握り魔力を流すと積荷の重さが5分の1になるスグレモノ、魔力消費も少なく一般人でも容易に扱える。
それを受け取ったカーシャは、スコップを持った途端に薄く輝く魔力の光に驚き、試しにその場を一掬いして更に驚き、最後にシンに向かってため息をつく。
「シン坊……アタシはとりあえず、アンタの頭の中身がどうなってんのか知りたいよ」
「カーシャ姉さんまで酷えな! むしろ一般人にこそ、魔法効果の備わった便利な魔道具は必要だろ?」
冒険者相手に魔法の武器を作るくらいなら、一般人向けに便利グッズを作ったほうがよほど社会生活の向上に寄与するのでは? とはシンの言だが、さすがにその辺の農村に魔道具を作って売りに行こうと考える職人も、魔道具を買って仕事の効率を良くしよう! 等と考える者がいるはずが無い。
何よりそんな物を持っていれば十中八九、あそこは魔道具を手に入れるほど豊かな村だと野盗あたりに狙われる。
「今ならこの「魔法の高枝切りバサミ」もセットで……」
魔法の高枝切りバサミ──説明不要
「いやシン、そんな訳の分からないモノいらないから……」
「訳の分からないって……まあいいけど、とりえあえずスコップは銀貨1枚、こっちの一輪車は2枚かな、今はこんなだから後払いでいいよ?」
「ちゃっかりしてるねえ……まあコッチとしてはありがたい限りさ。よし、チョット待ってな!」
「…………?」
魔法のスコップを手にしたカーシャは自宅跡の泥を瞬く間に掻き出すと、その一角から泥に埋もれて隠れていた、木製ながらも頑丈そうな地下室への扉が姿を現す。
ガコン──!
そして扉を開けた先には、乾燥したフカヒレをはじめ、長期保存が可能な干物や穀類の袋、食器や薪など、飢饉や災害時に役立ちそうな物が格納されていた。
地下空間、これは地盤の崩落などの危険を除けば、これで中々頑丈で快適な空間だ。
竜巻や火災など、地上を蹂躙する破壊力は見事だが、こと地下を破壊する事はあまり無い、竜巻は地表の空気を巻き上げるもので、炎は自らの生み出した上昇気流によって、上へ上へとその力を伸ばす。
そして津波も、家屋のように眼前の障害物を押し潰す威力は凄まじいが、密閉された地下の空洞を穿り返すような器用な真似はしない、せいぜいが津波によって一緒に流されてきた土砂で地表を覆うくらいだ。
この地下空間も、海岸付近に作ったとは思えないほど周りを頑丈な補強が成されている、いざという時の保管場所として予め用意されていたものだろう。
いざという時、勿論それは自然災害のみならず、野盗や戦争、領主の無茶な徴税など、むしろ人間相手の方が多いのかもしれないが……。
そんな地下倉庫からカーシャがゴソゴソと何かの袋を引っ張りだすと、その口を開け、
「はいよ、銀貨3枚、利息は無しで良いんだろ?」
「……イヤ、ちゃっかりしてるのはどっちだよ……」
さすがにシンも苦笑せざるを得なかった。
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その後、男達を集めて村の集会所跡の泥を除去し、当然のようにそこにも在った地下から非常食などを取り出すと村人全員がその日はそこで夜を明かす事になった。
100世帯600人の村で、推定被害は約60人、この人数はこの場にいる村人と醤油農家へ魚を運んでいる者、サイモンたち遠海漁に出ている者を除いた数であり明確な数字ではないが、この中で果たして何人生き残っているか? と問われれば0人と応えるだろう。
陸に近い場所で船に乗っていれば波に飲まれただろう、陸の上でこの場にいないという事は、つまりそういう話だ。
数字にすれば村の1割が失われた事になるが、問題はその大半が働き盛りの男達というところか……残念な事に、人間の子供は魚や獣ほどに成長は速く無い。
こうなる前に運良く蓄えを作ることが出来たからよいものの、復興に関して上が無策であれば、いよいよ村を放棄する可能性も出てきた。
「まあ、そこは村の皆が考える事だけどな」
俺は、そう広くない集会所後に集まり、身を寄せ合うように眠りに付く村人達から離れ、月明かりと星に照らされた夜の海を眺める。
この村のみならず周辺の漁村をはじめ、アイラの街も居住区はともかく、海抜の低い港湾区は全滅だろう。残念ながらアイツ等にこの問題を収拾、その後に復興など望むべくも無い、早晩父親御大のお出ましになるだろう。
それよりも何よりも、俺にとって重要なのはさっき聞いた爺さんの言葉、
「不思議な事に、揺り戻しの波が来なかったんだよ」
頭の痛い話だ。
大規模災害に第2波が来ないという事はつまり、自然災害にあらず、誰かの手によるものだという事だ。
津波を引き起こす魔法? そんな大規模魔法、一体どこのどいつが起こした?
アイツの手駒にはそんなのが交じってるって言うのか!?
「手に入れた情報には、そんなヤツの情報は入っちゃいなかったんだがな……」
被害の全容は分からないが、かなりの大規模、そして広範囲に影響を及ぼす魔法だ。少なく見積もってもランク指定外の魔道士、そんなのが相手とか勘弁してくれ……。
「……まあいい、それよりも建設的な事に頭を使うとするかね」
俺は異空間バッグから鉄製の重りを取り出すと、それを握って穏やかな海に飛び込む!
重りのおかげで思いのほかスムーズに海底まで降りてきた俺は、早速仕事に取り掛かった──。
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「シン坊! 朝起きたらどこにも姿が見えないから心配したじゃないか? 一体どこ行ってたのさ……てかビショ濡れじゃないか!?」
「ああ、ちょっと久々に素潜りを……それよりはい、コレ」
「コレってシン坊、ただの「カツオコンブ」じゃないのかい?」
カツオコンブ──海底の岩等に張り付く海草
そのふざけた名前の通り、乾燥させたものを煮出すとカツオ出汁とコンブ出汁が出る。
実はこれは2層に分かれており、まわりのヒダ部分からはコンブだし、中心の平らな部分からはカツオだしが出るのだが、わざわざ手間をかけて分けようとする者がいないので、常に合わせだしになる。
これを初めて見た時シンは、神というのは存外いい加減なものだとショックを受けたものだが、最近は何があろうと達観したものだ。
「こんなモン取ってきて、食べたいのかい?」
「それもいいんだけど、用があるのはコイツの根っこの部分だよ」
「根っこ?」
首を傾げるカーシャの目の前で、シンはカツオコンブの根元だけを切り離し、昨日の撤去作業の際、一ヶ所に集めた海泥に向かって放り投げる。
「ああやっておけば、栄養が溜まりすぎて悪臭を出すようになったヘドロから腐った部分だけを吸い取って、堆肥によく似た土に変化してくれるよ」
「へぇ……相変わらず、大したもんだねえ、シン坊?」
ニカッと笑うカーシャに、すまし顔で肩をすくめるとシンは、昨日より元気になった漁民達にスコップと一輪車を売るか貸し付け、ついでにカツオコンブの事も教えた後、誰もいなくなって広くなった集会所跡に横になる。
「それじゃ俺はとりあえず寝るよ、何か困ったことが起きたら起こしてくれていいから」
シンはそれだけ言うと、さっきまでびしょ濡れだったのにいつの間にか乾いている服とマント姿のまま寝息を立て始める。
「……ヤレヤレ、昔と変わらずマイペースな坊やだよ」
意図的か無意識か、立ち止まる時間を与えず村人を動かすシンの気遣いに、カーシャは無防備な寝顔で横たわるシンの頭を撫で、ピョンとはねた髪の毛を指で櫛づける。
「ありがとうよ、シン坊……」
そしてそれから2日後の夜、ナッシュやサイモンの乗った船が戻ってきた。
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