文字の大きさ
大
中
小
116 / 231
5章 イズナバール迷宮編
180話 対峙
「……いつまでも負けてばかりだと思うなよ、この肉団子!」
「威勢だけはいいようだが、鍛錬を怠って海竜ごときに腕を食いちぎられるような未熟者が私に勝てるはずも無かろう。どれ、口ばかりよく回るその性根を叩き直してくれようか」
ヴァルナが樽酒を飲み干した丁度そのころ、シンへの抱擁を解いたイグニスが”本当の”本題に入った。
──そう、シンの「お稽古」である。
双龍の弟子でありながら、そこでぜんざい(汁物)をどんぶりでおかわりをしている魔竜ならともかく、力押しですら余裕で勝利できる筈の海竜相手に腕を持っていかれるなど、ヴァルナはともかくイグニスにとっては業腹であるらしい。
その為イグニスは、シンを鍛え直すべく今日という日を心待ちにしていたという。
──シンが今よりはるかに強くなって、何人であろうとも傷つける事が叶わぬように──暑苦しい父(?)の愛だった。
シンもイグニスの行動を想定してか、普段なら絶対に装着する事は無いであろう全身鎧を事前に作成してそれを身に纏い、右手に魔剣と左手に大きめの円形盾を手にして構えている。
アトラス──邪竜と聖竜の素材で作られた全身鎧
各部分のインナーはヴリトラの黒い外皮と翼膜を薄くなめして張り合わせ、その上からブライティアの鱗を成形した薄いシャンパンゴールド色の胸当てや脛当てなどの基本装甲、さらに追加装甲としてヴリトラの特にゴツゴツとした漆黒の鱗を各部に接合した、打・衝・斬撃および魔法攻撃に対して過剰ともいえる防御力を誇る鎧。
防御力のみを追求したため総重量は悠に100㎏を超えるが、インナーに使用した翼膜の効果で体感重量および外部への影響を60㎏相当まで軽減、さらに魔力を通せば体感重量だけ30㎏にまで下げられる。
鱗の特性でもある「斥力場」も各部から発動できるが、これも、そして前述の重量軽減も魔力消費を伴うため、当然の如く使用者を選ぶ装備品。
「まるで亀じゃの、全身くまなく守りよるか……まあコンセプトは悪くない、オーバースペックな所も1周回って趣があるわい」
「うわぁ♪」
食休みで爆睡中のエルダーはさておき、観戦モードの女性陣は完全武装のシンを見て面白そうに笑ったり、魔道鎧を見て目をキラキラさせていたりと、反応はそれぞれだ。
──話は逸れるが、リオンは今回シンの家で新年会という事をエルダーから聞き、「参加したければエルフじゃなくて巨乳美女で来い」とのシンの言伝に従い、普段はやらない人化によって女性の姿でやって来た。
リオンの来訪を知らなかったシンは、日光に照らされ輝くブラウンゴールドの長髪、身長180㎝を超える巨乳美女の訪問に目をまん丸にして驚き、巨乳美女の正体がリオンであると知るや否や、
「こうして会うのは初めてだな! リオン久しぶり、会いたかったぜ!!」
と白々しく抱きついてはその胸に顔を埋め、一瞬で張り倒されたのはまた別のお話である──。
話を戻す──完全武装のシンに対してイグニスは三つ揃い姿からジャケットだけ脱ぎ、足元は何の変哲も無い革靴を履くという、手加減全開モードだ。
両手に持った2振りの長剣もブランとだらしなく下ろしたまま、所謂「無構え」の体勢でシンの前に立ち、攻撃を誘っている。
対するシンも、半身の状態で円形盾を前に突き出し、腰を落としてニルヴァーナの切っ先を下ろす。こちらも待ちの構えだ。
「どうした肉団子、筋肉が邪魔で動き難いから相手が攻めて来るのを待ってんのか?」
「安い挑発よな、これが終わったら礼儀作法も一通りお浚いさせてくれよう」
「ぬかせ、ヒゲ魔人!」
「なんじゃとキサマッ──!!」
安い挑発に乗ったイグニスの構えに若干揺らぎが出来る。
──しかしシンはまだ動かない。
一方、
「……シンは相変わらずですねえ」
相手と正対している状態でもとりあえず口撃から始めるシンの態度に、呆れとも感心ともとれる口調でリオンが呟く。
「まあ、アイツの基本戦術じゃしな。そもそも──」
ヴァルナがシンの基本戦術をリオンに聞かせる。
まず戦わず、止むをえぬ時も正面から戦わず、相手の周りから崩す、罠を仕掛ける、それでも倒れぬ場合に初めて相対する。
その後も安っぽい挑発から始めて徐々に相手の平常心を奪う、必要とあればその場から逃げもする。
「──それからやっと剣を交える。しかしその最中も薬は使うわ地味な魔法で嫌がらせをするわ、絶対に正々堂々と戦ったりはせんの」
「……やっぱり外道ですよねえ」
「アイツに言わせれば「旅の薬師に剣を向ける馬鹿相手に何をしたっていいだろ」って事らしいぞ。とにかく相手の心をへし折りたいらしい」
「というと?」
「良きにつけ悪しきにつけ、腕っ節で生きてきた奴にはある種の矜持が生まれるらしくての。負けて死ぬにしても、どうせなら強者に敗れて死にたいらしい」
「まあ、解らなくも無いですね」
「アイツはそれが許せんらしい、馬鹿の最後を有終の美で飾りたくないんじゃとさ」
悪党相手に納得のいく死など与えない、「こんな筈では」「ああしておけば」「こんな終わり方は嫌だ」そんな悔恨とともに果てるのがお似合いだ。
それがシンの信条とのことだ。
「間違ってるような間違ってないような……」
「そんなモン、勝った方が正しいに決まっとろう」
「なるほど、真理ですね」
「じゃからこれは忠告じゃ、アレと本気で仕合おうなどと思うなよ」
「……ダメ、ですかね?」
「説明した通りじゃ、アイツと戦っても後味のいい終わりになどならんからな。それに……」
「それに?」
「正面から戦えば体力、魔力、攻撃力、防御力、何もかもお前が上じゃ。腕試しならお前の圧勝じゃが、殺し合いならお前は死ぬ。なんなら本人に尋ねてみるんじゃな、自分と殺し合いになったらどんな戦法を取るのかをな」
「……止めておきます。何となくシンの事が嫌いになりそうです」
「賢明じゃな」
外野がそんな会話を続けていた頃、
「──普段礼儀だ敬意だとぬかしておきながら立ち合いの時にそんな格好して白々しいんだよ!」
「愚か者が、これは貴様のレベルに合わせた末の出で立ちよ、侮辱と捕らえたなら己の実力不足にむせび泣くが良いわ!」
「泣くのはテメエだ、「であ~るヒゲ」を切られて落ち込みやがれ」
「これはカイゼル髭じゃああああ!!」
挑発に乗ったイグニスが飛び出した瞬間、シンは円形盾を突き出してイグニスの視界から自分の身体を隠す。
「ぬっ──!?」
訝しむイグニスはそれでも止まらず、たった一歩の踏み込みでシンの前まで辿り着く。
──ヒュン!
しかしその足が地面に届く前に円形盾の影からニルヴァーナの剣身が閃く。盾から手を放し、全身を捻りながら勢いのついた斬撃は逆袈裟にイグニスの脛を狙う!
だがそれを予期していたイグニスも寸での所で足を止め攻撃をかわす。
攻撃をかわされたシンは盾を持ち直しながらそのままイグニスに背を向ける。そして無防備な背をさらしながらも、身体にかかる横回転の遠心力を強引に縦に変え、背を向けたままニルヴァーナを振り下ろしてイグニスに向かって斬り上げる。
それに対しイグニスは一度止めた足を地面に下ろすと軽く地面を踏み抜く。
ズン──!
爪先だけの踏み抜きはしかし渾身の震脚のごとき衝撃を起こして結果、シンの剣線が若干ブレる。そして震脚の反動で上体を反らしたイグニスは攻撃を易々とかわす。
「っ!」
バランスを崩したシンはそのまま一本足になりながら、切り上げる事で上体を強引に立ち上げ、腰を捻って縦回転の力を再度横回転に戻してイグニスに向かって3度水平薙ぎを仕掛ける。
「クルクルと、まるで独楽じゃの」
「言ってろ!」
イグニスが2本の剣でシンの攻撃を防ぐのを確認したシンはタイミングを見計らって今度はシールドバッシュを仕掛け、イグニスに体当たりをかます。
「甘いの」
「手前がな!」
「ぬ? ──ぬっ、これは!?」
死角からの追撃を予想したイグニスはシンを押し飛ばそうと剣を握った両手で盾を押さえる。しかしその瞬間──
ガコン──ジャララッ!!
円形盾の中心がへこむと、その隙間から鉤付きのワイヤーロープが12本飛び出しイグニスに殺到する。
捕獲縄に虚をつかれたイグニスを確認する事も無くシンは次の手を打つ。
盾を手放した左手にはいつの間にか小太刀、エレクトロエッジが握られており、そのまま盾の影から流れるような動作でその切っ先をイグニスの右脇腹に突き立てる!
ぞぶり──
「ぐ、ぬぅ──!」
刺されたと認識した瞬間に筋肉に力を込められたせいで20㎝しか内部にめり込まなかったものの、ともあれ剣身は潜った。小太刀の2撃必殺技”爆殺”を発動させるためにシンは右手のニルヴァーナを手放し2本目の小太刀を握る。
「もらった!!」
──それは悪手だった。
チュィィン──
少し間延びした金属音が一度響くと、次の瞬間12本の捕縛縄はバラバラと落ち、イグニスの拘束を解く。
シールドバッシュの際に両手を押し出していたのが功を奏したのか、巻き上げられるワイヤーを片手で制する間に自由なもう片方をくるりと一閃、金属ワイヤーを12回切断する音が1回に聞こえるほどの剣速でそれは行われた。
「なっ!?」
「──遅い」
イグニスの剣は魔道鎧の縫い目に狙いを定めて振り下ろされる。
ザシュ──!!
武器を持ち替えたせいで、ニルヴァーナの身体能力向上の重ねがけが切れたシンにそれは目で追うのがやっとの剣速、身動ぎする暇も与えてもらえずシンの右腕は宙を舞う。
「がっ!!」
「剣技”柳下ろし”──その身に刻みつけるがよい」
柳下ろし──相手の防御の構えやスキルをかいくぐってダメージを与える、言わば防御力無視攻撃、装甲や肉体の柔らかい部分に沿うように剣身を潜り込ませ削ぎ切る、又は切り落とすスキルである。
風に揺れる柳のように流れる様にうねったイグニスの一閃は寸分違わず鎧の縫い目に入り、装甲も、自身の剣にも傷をつける事無くシンの腕を切り落とした。
そして、
ピト──
「──仕舞いじゃ」
「──参りました」
首筋に剣の腹を当てられたシンは先程までの態度と打って変わり、神妙な口調で負けを認めた。
「見事なまでに完敗ですね」
「まあ、呪いを受けて昔の動きとのズレも感じておるはずなのにあれだけ動けたんじゃ、頑張ったほうじゃろ」
なんだかんだで弟子を庇うヴァルナにクスリと笑うリオンだった。
──しかし、
「さて、と」
「ヴァルナ様、どちらに?」
「ん? 決まってるじゃろ──連戦じゃ」
立ち上がったヴァルナは何もない空間から三叉槍を呼び出すと2人の方へ歩いて行き、
「オイ、次はワシとじゃ! ほら、構えんか!」
「──待てコラ! こっちは右腕切り落とされてんだからせめて繋げるまで待てや!!」
「そうじゃぞ! これは稽古なのじゃから無理はしても無茶はイカン!!」
「うっせえ! 「常在戦場」! イイ響きじゃねえか」
「手前それ言ってみてえだけだろうが!!」
「なんとでも言えや、どのみちワシは待たんからな!!」
「止めいというに」
「ギャアアアアアア──!!」
カオス、第2章の幕開けだった──
「シン……」
「うん、ここはいつもあんなモンだよ」
──合掌。
「威勢だけはいいようだが、鍛錬を怠って海竜ごときに腕を食いちぎられるような未熟者が私に勝てるはずも無かろう。どれ、口ばかりよく回るその性根を叩き直してくれようか」
ヴァルナが樽酒を飲み干した丁度そのころ、シンへの抱擁を解いたイグニスが”本当の”本題に入った。
──そう、シンの「お稽古」である。
双龍の弟子でありながら、そこでぜんざい(汁物)をどんぶりでおかわりをしている魔竜ならともかく、力押しですら余裕で勝利できる筈の海竜相手に腕を持っていかれるなど、ヴァルナはともかくイグニスにとっては業腹であるらしい。
その為イグニスは、シンを鍛え直すべく今日という日を心待ちにしていたという。
──シンが今よりはるかに強くなって、何人であろうとも傷つける事が叶わぬように──暑苦しい父(?)の愛だった。
シンもイグニスの行動を想定してか、普段なら絶対に装着する事は無いであろう全身鎧を事前に作成してそれを身に纏い、右手に魔剣と左手に大きめの円形盾を手にして構えている。
アトラス──邪竜と聖竜の素材で作られた全身鎧
各部分のインナーはヴリトラの黒い外皮と翼膜を薄くなめして張り合わせ、その上からブライティアの鱗を成形した薄いシャンパンゴールド色の胸当てや脛当てなどの基本装甲、さらに追加装甲としてヴリトラの特にゴツゴツとした漆黒の鱗を各部に接合した、打・衝・斬撃および魔法攻撃に対して過剰ともいえる防御力を誇る鎧。
防御力のみを追求したため総重量は悠に100㎏を超えるが、インナーに使用した翼膜の効果で体感重量および外部への影響を60㎏相当まで軽減、さらに魔力を通せば体感重量だけ30㎏にまで下げられる。
鱗の特性でもある「斥力場」も各部から発動できるが、これも、そして前述の重量軽減も魔力消費を伴うため、当然の如く使用者を選ぶ装備品。
「まるで亀じゃの、全身くまなく守りよるか……まあコンセプトは悪くない、オーバースペックな所も1周回って趣があるわい」
「うわぁ♪」
食休みで爆睡中のエルダーはさておき、観戦モードの女性陣は完全武装のシンを見て面白そうに笑ったり、魔道鎧を見て目をキラキラさせていたりと、反応はそれぞれだ。
──話は逸れるが、リオンは今回シンの家で新年会という事をエルダーから聞き、「参加したければエルフじゃなくて巨乳美女で来い」とのシンの言伝に従い、普段はやらない人化によって女性の姿でやって来た。
リオンの来訪を知らなかったシンは、日光に照らされ輝くブラウンゴールドの長髪、身長180㎝を超える巨乳美女の訪問に目をまん丸にして驚き、巨乳美女の正体がリオンであると知るや否や、
「こうして会うのは初めてだな! リオン久しぶり、会いたかったぜ!!」
と白々しく抱きついてはその胸に顔を埋め、一瞬で張り倒されたのはまた別のお話である──。
話を戻す──完全武装のシンに対してイグニスは三つ揃い姿からジャケットだけ脱ぎ、足元は何の変哲も無い革靴を履くという、手加減全開モードだ。
両手に持った2振りの長剣もブランとだらしなく下ろしたまま、所謂「無構え」の体勢でシンの前に立ち、攻撃を誘っている。
対するシンも、半身の状態で円形盾を前に突き出し、腰を落としてニルヴァーナの切っ先を下ろす。こちらも待ちの構えだ。
「どうした肉団子、筋肉が邪魔で動き難いから相手が攻めて来るのを待ってんのか?」
「安い挑発よな、これが終わったら礼儀作法も一通りお浚いさせてくれよう」
「ぬかせ、ヒゲ魔人!」
「なんじゃとキサマッ──!!」
安い挑発に乗ったイグニスの構えに若干揺らぎが出来る。
──しかしシンはまだ動かない。
一方、
「……シンは相変わらずですねえ」
相手と正対している状態でもとりあえず口撃から始めるシンの態度に、呆れとも感心ともとれる口調でリオンが呟く。
「まあ、アイツの基本戦術じゃしな。そもそも──」
ヴァルナがシンの基本戦術をリオンに聞かせる。
まず戦わず、止むをえぬ時も正面から戦わず、相手の周りから崩す、罠を仕掛ける、それでも倒れぬ場合に初めて相対する。
その後も安っぽい挑発から始めて徐々に相手の平常心を奪う、必要とあればその場から逃げもする。
「──それからやっと剣を交える。しかしその最中も薬は使うわ地味な魔法で嫌がらせをするわ、絶対に正々堂々と戦ったりはせんの」
「……やっぱり外道ですよねえ」
「アイツに言わせれば「旅の薬師に剣を向ける馬鹿相手に何をしたっていいだろ」って事らしいぞ。とにかく相手の心をへし折りたいらしい」
「というと?」
「良きにつけ悪しきにつけ、腕っ節で生きてきた奴にはある種の矜持が生まれるらしくての。負けて死ぬにしても、どうせなら強者に敗れて死にたいらしい」
「まあ、解らなくも無いですね」
「アイツはそれが許せんらしい、馬鹿の最後を有終の美で飾りたくないんじゃとさ」
悪党相手に納得のいく死など与えない、「こんな筈では」「ああしておけば」「こんな終わり方は嫌だ」そんな悔恨とともに果てるのがお似合いだ。
それがシンの信条とのことだ。
「間違ってるような間違ってないような……」
「そんなモン、勝った方が正しいに決まっとろう」
「なるほど、真理ですね」
「じゃからこれは忠告じゃ、アレと本気で仕合おうなどと思うなよ」
「……ダメ、ですかね?」
「説明した通りじゃ、アイツと戦っても後味のいい終わりになどならんからな。それに……」
「それに?」
「正面から戦えば体力、魔力、攻撃力、防御力、何もかもお前が上じゃ。腕試しならお前の圧勝じゃが、殺し合いならお前は死ぬ。なんなら本人に尋ねてみるんじゃな、自分と殺し合いになったらどんな戦法を取るのかをな」
「……止めておきます。何となくシンの事が嫌いになりそうです」
「賢明じゃな」
外野がそんな会話を続けていた頃、
「──普段礼儀だ敬意だとぬかしておきながら立ち合いの時にそんな格好して白々しいんだよ!」
「愚か者が、これは貴様のレベルに合わせた末の出で立ちよ、侮辱と捕らえたなら己の実力不足にむせび泣くが良いわ!」
「泣くのはテメエだ、「であ~るヒゲ」を切られて落ち込みやがれ」
「これはカイゼル髭じゃああああ!!」
挑発に乗ったイグニスが飛び出した瞬間、シンは円形盾を突き出してイグニスの視界から自分の身体を隠す。
「ぬっ──!?」
訝しむイグニスはそれでも止まらず、たった一歩の踏み込みでシンの前まで辿り着く。
──ヒュン!
しかしその足が地面に届く前に円形盾の影からニルヴァーナの剣身が閃く。盾から手を放し、全身を捻りながら勢いのついた斬撃は逆袈裟にイグニスの脛を狙う!
だがそれを予期していたイグニスも寸での所で足を止め攻撃をかわす。
攻撃をかわされたシンは盾を持ち直しながらそのままイグニスに背を向ける。そして無防備な背をさらしながらも、身体にかかる横回転の遠心力を強引に縦に変え、背を向けたままニルヴァーナを振り下ろしてイグニスに向かって斬り上げる。
それに対しイグニスは一度止めた足を地面に下ろすと軽く地面を踏み抜く。
ズン──!
爪先だけの踏み抜きはしかし渾身の震脚のごとき衝撃を起こして結果、シンの剣線が若干ブレる。そして震脚の反動で上体を反らしたイグニスは攻撃を易々とかわす。
「っ!」
バランスを崩したシンはそのまま一本足になりながら、切り上げる事で上体を強引に立ち上げ、腰を捻って縦回転の力を再度横回転に戻してイグニスに向かって3度水平薙ぎを仕掛ける。
「クルクルと、まるで独楽じゃの」
「言ってろ!」
イグニスが2本の剣でシンの攻撃を防ぐのを確認したシンはタイミングを見計らって今度はシールドバッシュを仕掛け、イグニスに体当たりをかます。
「甘いの」
「手前がな!」
「ぬ? ──ぬっ、これは!?」
死角からの追撃を予想したイグニスはシンを押し飛ばそうと剣を握った両手で盾を押さえる。しかしその瞬間──
ガコン──ジャララッ!!
円形盾の中心がへこむと、その隙間から鉤付きのワイヤーロープが12本飛び出しイグニスに殺到する。
捕獲縄に虚をつかれたイグニスを確認する事も無くシンは次の手を打つ。
盾を手放した左手にはいつの間にか小太刀、エレクトロエッジが握られており、そのまま盾の影から流れるような動作でその切っ先をイグニスの右脇腹に突き立てる!
ぞぶり──
「ぐ、ぬぅ──!」
刺されたと認識した瞬間に筋肉に力を込められたせいで20㎝しか内部にめり込まなかったものの、ともあれ剣身は潜った。小太刀の2撃必殺技”爆殺”を発動させるためにシンは右手のニルヴァーナを手放し2本目の小太刀を握る。
「もらった!!」
──それは悪手だった。
チュィィン──
少し間延びした金属音が一度響くと、次の瞬間12本の捕縛縄はバラバラと落ち、イグニスの拘束を解く。
シールドバッシュの際に両手を押し出していたのが功を奏したのか、巻き上げられるワイヤーを片手で制する間に自由なもう片方をくるりと一閃、金属ワイヤーを12回切断する音が1回に聞こえるほどの剣速でそれは行われた。
「なっ!?」
「──遅い」
イグニスの剣は魔道鎧の縫い目に狙いを定めて振り下ろされる。
ザシュ──!!
武器を持ち替えたせいで、ニルヴァーナの身体能力向上の重ねがけが切れたシンにそれは目で追うのがやっとの剣速、身動ぎする暇も与えてもらえずシンの右腕は宙を舞う。
「がっ!!」
「剣技”柳下ろし”──その身に刻みつけるがよい」
柳下ろし──相手の防御の構えやスキルをかいくぐってダメージを与える、言わば防御力無視攻撃、装甲や肉体の柔らかい部分に沿うように剣身を潜り込ませ削ぎ切る、又は切り落とすスキルである。
風に揺れる柳のように流れる様にうねったイグニスの一閃は寸分違わず鎧の縫い目に入り、装甲も、自身の剣にも傷をつける事無くシンの腕を切り落とした。
そして、
ピト──
「──仕舞いじゃ」
「──参りました」
首筋に剣の腹を当てられたシンは先程までの態度と打って変わり、神妙な口調で負けを認めた。
「見事なまでに完敗ですね」
「まあ、呪いを受けて昔の動きとのズレも感じておるはずなのにあれだけ動けたんじゃ、頑張ったほうじゃろ」
なんだかんだで弟子を庇うヴァルナにクスリと笑うリオンだった。
──しかし、
「さて、と」
「ヴァルナ様、どちらに?」
「ん? 決まってるじゃろ──連戦じゃ」
立ち上がったヴァルナは何もない空間から三叉槍を呼び出すと2人の方へ歩いて行き、
「オイ、次はワシとじゃ! ほら、構えんか!」
「──待てコラ! こっちは右腕切り落とされてんだからせめて繋げるまで待てや!!」
「そうじゃぞ! これは稽古なのじゃから無理はしても無茶はイカン!!」
「うっせえ! 「常在戦場」! イイ響きじゃねえか」
「手前それ言ってみてえだけだろうが!!」
「なんとでも言えや、どのみちワシは待たんからな!!」
「止めいというに」
「ギャアアアアアア──!!」
カオス、第2章の幕開けだった──
「シン……」
「うん、ここはいつもあんなモンだよ」
──合掌。
感想 497
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
「子を産めない妻はいらない」と離縁されたので、七人の孤児がいる辺境伯家に嫁ぎます~なぜか全員に懐かれました
ゆぷしろん「子を産めない妻はいらない」
七年尽くした夫にそう告げられ、伯爵夫人アメリアは若い愛人にすべてを奪われた。
手元に残ったのは、わずかな生活費と母の形見だけ。居場所を失った彼女のもとへ届いたのは、北の辺境伯グレンからの求婚状だった。
そこに記されていたのは、前夫が一度も見ようとしなかったアメリアの功績。求められたのは跡継ぎを産む妻ではなく、戦争で荒れた領地と屋敷を共に守る伴侶だった。
だが、嫁ぎ先で待っていたのは、親を失い心に傷を抱えた七人の孤児たち。
反発する少年、言葉を閉ざした幼子、飢えを恐れる少女。アメリアは叱るのではなく、一人ずつ寄り添っていく。
やがて子どもたちは彼女を「かあさま」と呼び始める。
そんな幸せを取り戻しかけたある日、彼女を捨てた前夫が再び現れて――。
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。