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5章 イズナバール迷宮編
200話 来訪者
僕は今、街道の続く先にあるそれを見て感激と、そして何とも言えない脱力感に満たされる。
本来であれば大陸一の貴重な存在として、国家によって厳重に管理・運営されるべき重要拠点。それが、まるで辺境の農村かと思わせる、とってつけた様な木柵によって周囲を覆われた町の外観には呆れを通り越して感情が湧いてこない。
しかし、中小国家の首都にも劣らない、町を行き来する人の流れ、それこそが、ここは確かに世界の重要地点だという事を再認識させてくれる。
「ここがリトルフィンガー、イズナバール迷宮のある町……」
僕は我知らずそう呟く。
通行人の動きを見て判ったが、ここは町の出入りに制限は無いらしい。国家の所領とは違い、どの国にも属さない空白地帯に自然発生的に出来た集落などでは珍しくも無い光景だが、それを古代迷宮を擁する町で見られるとは面白い。
「……ん? あれ、ボウズ、一人か?」
「あ、はい……連れとはチョットはぐれてしまったので」
町の入り口に立っている門番? をしている男に呼び止められる。8歳の子供が一人で歩き回るのはさすがに気になるよね。
「そうか、まあ大丈夫だとは思うが、あんまり一人でうろついてると護衛のお姉さんが心配するから早めに合流しろよ?」
「はい、ありがとうございます」
「…………ん?」
「?」
通り過ぎる際に首を傾げる門番が少し気になったが、何だったんだろう?
少し気にはなったが、
「うわあ……」
町の中の活気ある賑わいにそんな事は頭の中から飛んで行った。
入り口付近に掲げられた案内板のような立板に、町の見取り図らしきものが描かれている。
町の造りはまるで蜘蛛の巣のように、荷車や人の往来を妨げないようになっており、商店などは通路の合間に建っている、と表現した方が正しいかもしれない。
住宅地と呼べるようなものは無いがその代わり、安宿から高級な物まで宿泊施設は大量に存在している。
それに伴い食事を提供する処、商店、工房等々、商売だけでこの町が成り立っているかのようだ。
何か珍しい物……とはいえ、そこは流石に古代迷宮を機軸とした町、迷宮産の品物という面で見れば他とそう違いは見られない。
……と思っていたのだが。
他より大きな、探索者よりも行商人を相手にするのが主体の店の、奥の方に掛けられているある物に僕の視線は釘付けになる。
「あれ、これってまさか、”夜魔の外套”……?」
夜魔の外套──闇の空間を切り取ったかのような漆黒のクローク
アーミーバット20体分の翼膜を縫い合わせて作られたクロークは非常に高価だが、出来上がったそれは防刃性に優れ、また翼膜に元々備わっている効果を強化され、装着者の落下時における衝撃軽減、弓矢や投擲・射出系の魔法攻撃に対する回避能力上昇など、防御性能も高い。
迷宮攻略はまだ終盤にも届かないほどだから探索者の質もそのくらいだと思っていたけど、素材を入手しにくいアーミーバットの翼膜を、外套が作れる量を揃えられるのなら、ここの探索者の質や連携はもしかしたら侮れないのかもしれないな。
「もっと面白い商品の出物は無いかな──」
そんな事を思っていたのがマズかった。
……………………………………。
……………………………………。
「……ここはどこだろう?」
情け無い、8歳にもなって迷子になるなど彼女達にバレたら果たして何を言われるか。
『やはりエル様には私達が必要なのです!!』
『これより我等はエル様のおそばを一時たりとも離れませぬ!!』
……想像もしなくない未来が待っている、気がする。
とにかく、どこかハッキリと目印になるような場所は──。
「おや、チビスケじゃねえか。一人でいるなんて珍しいな?」
まただ、すれ違う人の中に僕に挨拶をしてくる人間が何人かいる。
ある者はそのまま素通りし、またある者は僕を見て一瞬ギョッとする。
……まさか、どこかで僕の人相書きでも出回っているのだろうか?
しかし、僕に声を掛けた男の口ぶりは、そういったものとは何か違う。明らかに僕を知っている態度だ。
──ええい、思い切って!
「あ、あの……」
「ん? んん……まあいいか、お前さんがいないんで向こうでアイツが困ってるみたいだったぜ? 湖から戻ってきたんなら早く行ってやりな」
そう言ってその男は僕の言葉を遮り通りの向こう側をアゴでしゃくる。
「あ、ありがとう」
「おう、急いでこけんなよ」
とりあえず事態の全容は見えてこないが、どうやら僕に非常によく似た人間がこの町にいる、恐らくそういう事だろう。
そう考えれば門番といい通行人といい、色々と辻褄が合ってくる。
ならばそれに乗ってみるのも一興か。
そうすれば少なくとも迷子扱いを受ける事は無いだろう。後々彼女達と合流した時の言い訳にも使える。
…………とは言っても、アイツって誰? と思っていたら
「──おーいチビスケ、湖は楽しかったか? って、アレ?」
僕に声を掛けた男は、なにやら甘い香りのする籠を手に持ち、僕の顔を見て驚いた声を上げる……ああ、彼もか。
しかし、今の僕にはそんな事よりも、彼の手にある竹製の容器に入った魚のパイ包み? のような物体に興味が湧く。
ほのかに香る甘い匂いからして、魚の形をしているがもしかして甘味だろうか。だとしたらナゼ魚の形に、そこに何か意味があるのだろうか?
僕は彼の横を通り過ぎ、さっきまで彼がいたであろう屋台に向かう、あの店こそがアレの出所に違いない。
僕が屋台の前に辿り着くとそこの店主だろう若い男は、寸胴の中にある薄黄色の液体をかき混ぜながら後ろ向きに話しかけてくる。
「どうだった、若さん、湖を見た感想は?」
若さんって、僕?
「ふぇ!? あ、ああ、湖ね、ウン、綺麗だったよ」
とっさに返事をするが、さっきの男達といい目の前の彼といい、どうして僕が湖に行ったことも、護衛の事も知っているんだ?
……あ、もしかして彼等は現地の連絡員なのかな? それで上手い事誘導されてここに行き着いた?
だとすれば今までの流れも合点がいく、結局彼女達の掌の上で踊らされてたと思うと口惜しくもあるが……。
早く大人になりたい。
大人になって、彼女達に守られる立場から、彼女達、ひいてはもっと多くの人たちを導ける器の持ち主になりたい。
それはそうと──スンスン──いい匂いだ……屋台から流れてくる甘い香りを嗅いでいると、さっきの決意がどうでもよくなってくる。
屋台の彼は僕が見つめる前で、さっきまでかき回していた液体を魚の形にくぼんだ型へと流し込んでいる、なるほど、さっきのアレはこうやって作っているのか。
面白そうだな……。
「……何をそんなに俺の手元をジロジロ見てるんで?」
僕の視線が気になったのか、彼がそんな事を聞いてくる。
「え!? いやぁ、なんだか面白そうだなあと思って」
「ほう、コイツを作り続けて初めて聞いた言葉ですねえ……なんなら若さん、やってみますかい?」
なんと、僕にやらせてくれるの?
「いいの!? あっでも……」
「そういえば、肝心な事を言ってませんでしたね──」
・
・
・
「──────誰?」
「僕を知ってるの?」
……結局ただの人違いだった。
さっきまでの、僕の深読みに費やした労力を返して欲しい。
──────────────
──────────────
「……ふうん、それでお姉さん達を撒いて、この町に一足先にやってきたと?」
「ええそうなんです。ああも四六時中周りにいられると息が詰まるというか、たまには一人を満喫してみたいというか……」
「若いですねえ」
クッ! 女性が集団で侍っているのを息が詰まるとか、子供というのは本当にモノを知らん。あの頃ああしておけば良かったとか、どうしてあの時もっと色々やっておかなかったのか、とか、数年後に後悔で枕を濡らす事になるぞ、少年!
まあ、目の前の、恐らくどこぞのボンボンには無用の心配か……コンチクショウ。
それにしても……パッと見にはよく似てる、2~3度顔を合わせたくらいじゃ見分けはつかんな、コレは。
エル君とやらは8歳との事だが、10歳設定のウチの若さんが幼く見えるのか、それともコッチが早熟なのか……ウン、かなりどうでもいいな。
「おっと、そろそろかな……ホラ、出来ましたぜ、エル坊」
「うわあ、ねえ、これホントに食べてもいいの?」
「ええ、作ったのはエル坊ですしね。それに、今日はいつもより客が少なめなんで、材料切れで残念がる人もいないでしょうから」
「ありがとう!!」
ああ、この辺はしっかり8歳してるな、ウチのエセ若様よりよほど子供々々しい。
「熱いから気をつけなさいよ」
「あ~ん──熱っ!!」
……なんというお約束を、外見が似てるからか、そうなのか?
一口頬張り、余りの衝撃に手に持った甘魚は宙を舞い、そして──
──ベチョ。
「オイ……そこのガキ、こりゃあ何のマネだコラ?」
……なあ暇神、この子、実はお前の眷属だとか、そういうんじゃ無いよな?
本来であれば大陸一の貴重な存在として、国家によって厳重に管理・運営されるべき重要拠点。それが、まるで辺境の農村かと思わせる、とってつけた様な木柵によって周囲を覆われた町の外観には呆れを通り越して感情が湧いてこない。
しかし、中小国家の首都にも劣らない、町を行き来する人の流れ、それこそが、ここは確かに世界の重要地点だという事を再認識させてくれる。
「ここがリトルフィンガー、イズナバール迷宮のある町……」
僕は我知らずそう呟く。
通行人の動きを見て判ったが、ここは町の出入りに制限は無いらしい。国家の所領とは違い、どの国にも属さない空白地帯に自然発生的に出来た集落などでは珍しくも無い光景だが、それを古代迷宮を擁する町で見られるとは面白い。
「……ん? あれ、ボウズ、一人か?」
「あ、はい……連れとはチョットはぐれてしまったので」
町の入り口に立っている門番? をしている男に呼び止められる。8歳の子供が一人で歩き回るのはさすがに気になるよね。
「そうか、まあ大丈夫だとは思うが、あんまり一人でうろついてると護衛のお姉さんが心配するから早めに合流しろよ?」
「はい、ありがとうございます」
「…………ん?」
「?」
通り過ぎる際に首を傾げる門番が少し気になったが、何だったんだろう?
少し気にはなったが、
「うわあ……」
町の中の活気ある賑わいにそんな事は頭の中から飛んで行った。
入り口付近に掲げられた案内板のような立板に、町の見取り図らしきものが描かれている。
町の造りはまるで蜘蛛の巣のように、荷車や人の往来を妨げないようになっており、商店などは通路の合間に建っている、と表現した方が正しいかもしれない。
住宅地と呼べるようなものは無いがその代わり、安宿から高級な物まで宿泊施設は大量に存在している。
それに伴い食事を提供する処、商店、工房等々、商売だけでこの町が成り立っているかのようだ。
何か珍しい物……とはいえ、そこは流石に古代迷宮を機軸とした町、迷宮産の品物という面で見れば他とそう違いは見られない。
……と思っていたのだが。
他より大きな、探索者よりも行商人を相手にするのが主体の店の、奥の方に掛けられているある物に僕の視線は釘付けになる。
「あれ、これってまさか、”夜魔の外套”……?」
夜魔の外套──闇の空間を切り取ったかのような漆黒のクローク
アーミーバット20体分の翼膜を縫い合わせて作られたクロークは非常に高価だが、出来上がったそれは防刃性に優れ、また翼膜に元々備わっている効果を強化され、装着者の落下時における衝撃軽減、弓矢や投擲・射出系の魔法攻撃に対する回避能力上昇など、防御性能も高い。
迷宮攻略はまだ終盤にも届かないほどだから探索者の質もそのくらいだと思っていたけど、素材を入手しにくいアーミーバットの翼膜を、外套が作れる量を揃えられるのなら、ここの探索者の質や連携はもしかしたら侮れないのかもしれないな。
「もっと面白い商品の出物は無いかな──」
そんな事を思っていたのがマズかった。
……………………………………。
……………………………………。
「……ここはどこだろう?」
情け無い、8歳にもなって迷子になるなど彼女達にバレたら果たして何を言われるか。
『やはりエル様には私達が必要なのです!!』
『これより我等はエル様のおそばを一時たりとも離れませぬ!!』
……想像もしなくない未来が待っている、気がする。
とにかく、どこかハッキリと目印になるような場所は──。
「おや、チビスケじゃねえか。一人でいるなんて珍しいな?」
まただ、すれ違う人の中に僕に挨拶をしてくる人間が何人かいる。
ある者はそのまま素通りし、またある者は僕を見て一瞬ギョッとする。
……まさか、どこかで僕の人相書きでも出回っているのだろうか?
しかし、僕に声を掛けた男の口ぶりは、そういったものとは何か違う。明らかに僕を知っている態度だ。
──ええい、思い切って!
「あ、あの……」
「ん? んん……まあいいか、お前さんがいないんで向こうでアイツが困ってるみたいだったぜ? 湖から戻ってきたんなら早く行ってやりな」
そう言ってその男は僕の言葉を遮り通りの向こう側をアゴでしゃくる。
「あ、ありがとう」
「おう、急いでこけんなよ」
とりあえず事態の全容は見えてこないが、どうやら僕に非常によく似た人間がこの町にいる、恐らくそういう事だろう。
そう考えれば門番といい通行人といい、色々と辻褄が合ってくる。
ならばそれに乗ってみるのも一興か。
そうすれば少なくとも迷子扱いを受ける事は無いだろう。後々彼女達と合流した時の言い訳にも使える。
…………とは言っても、アイツって誰? と思っていたら
「──おーいチビスケ、湖は楽しかったか? って、アレ?」
僕に声を掛けた男は、なにやら甘い香りのする籠を手に持ち、僕の顔を見て驚いた声を上げる……ああ、彼もか。
しかし、今の僕にはそんな事よりも、彼の手にある竹製の容器に入った魚のパイ包み? のような物体に興味が湧く。
ほのかに香る甘い匂いからして、魚の形をしているがもしかして甘味だろうか。だとしたらナゼ魚の形に、そこに何か意味があるのだろうか?
僕は彼の横を通り過ぎ、さっきまで彼がいたであろう屋台に向かう、あの店こそがアレの出所に違いない。
僕が屋台の前に辿り着くとそこの店主だろう若い男は、寸胴の中にある薄黄色の液体をかき混ぜながら後ろ向きに話しかけてくる。
「どうだった、若さん、湖を見た感想は?」
若さんって、僕?
「ふぇ!? あ、ああ、湖ね、ウン、綺麗だったよ」
とっさに返事をするが、さっきの男達といい目の前の彼といい、どうして僕が湖に行ったことも、護衛の事も知っているんだ?
……あ、もしかして彼等は現地の連絡員なのかな? それで上手い事誘導されてここに行き着いた?
だとすれば今までの流れも合点がいく、結局彼女達の掌の上で踊らされてたと思うと口惜しくもあるが……。
早く大人になりたい。
大人になって、彼女達に守られる立場から、彼女達、ひいてはもっと多くの人たちを導ける器の持ち主になりたい。
それはそうと──スンスン──いい匂いだ……屋台から流れてくる甘い香りを嗅いでいると、さっきの決意がどうでもよくなってくる。
屋台の彼は僕が見つめる前で、さっきまでかき回していた液体を魚の形にくぼんだ型へと流し込んでいる、なるほど、さっきのアレはこうやって作っているのか。
面白そうだな……。
「……何をそんなに俺の手元をジロジロ見てるんで?」
僕の視線が気になったのか、彼がそんな事を聞いてくる。
「え!? いやぁ、なんだか面白そうだなあと思って」
「ほう、コイツを作り続けて初めて聞いた言葉ですねえ……なんなら若さん、やってみますかい?」
なんと、僕にやらせてくれるの?
「いいの!? あっでも……」
「そういえば、肝心な事を言ってませんでしたね──」
・
・
・
「──────誰?」
「僕を知ってるの?」
……結局ただの人違いだった。
さっきまでの、僕の深読みに費やした労力を返して欲しい。
──────────────
──────────────
「……ふうん、それでお姉さん達を撒いて、この町に一足先にやってきたと?」
「ええそうなんです。ああも四六時中周りにいられると息が詰まるというか、たまには一人を満喫してみたいというか……」
「若いですねえ」
クッ! 女性が集団で侍っているのを息が詰まるとか、子供というのは本当にモノを知らん。あの頃ああしておけば良かったとか、どうしてあの時もっと色々やっておかなかったのか、とか、数年後に後悔で枕を濡らす事になるぞ、少年!
まあ、目の前の、恐らくどこぞのボンボンには無用の心配か……コンチクショウ。
それにしても……パッと見にはよく似てる、2~3度顔を合わせたくらいじゃ見分けはつかんな、コレは。
エル君とやらは8歳との事だが、10歳設定のウチの若さんが幼く見えるのか、それともコッチが早熟なのか……ウン、かなりどうでもいいな。
「おっと、そろそろかな……ホラ、出来ましたぜ、エル坊」
「うわあ、ねえ、これホントに食べてもいいの?」
「ええ、作ったのはエル坊ですしね。それに、今日はいつもより客が少なめなんで、材料切れで残念がる人もいないでしょうから」
「ありがとう!!」
ああ、この辺はしっかり8歳してるな、ウチのエセ若様よりよほど子供々々しい。
「熱いから気をつけなさいよ」
「あ~ん──熱っ!!」
……なんというお約束を、外見が似てるからか、そうなのか?
一口頬張り、余りの衝撃に手に持った甘魚は宙を舞い、そして──
──ベチョ。
「オイ……そこのガキ、こりゃあ何のマネだコラ?」
……なあ暇神、この子、実はお前の眷属だとか、そういうんじゃ無いよな?
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