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5章 イズナバール迷宮編
217話 勝利の裏で
「……終わったみたい」
「らしいな、40層への通路も塞がれたようだぜ」
足元にぽっかりと空いた40層への入り口、それが周囲の大地と同化するのを確認した男は、言葉を発した女性達の元へ戻る。
男はユアン──北方大陸においてかつて「辺境の勇者」と呼ばれた男である。
しがない山村の子供が命の危機に力に目覚め、はじめは村の守護者のようにありがたがれ、そして領主に召抱えられ、やがてその名を周辺諸国に響かせる、それはまさに、子守唄代わりに親が語り聞かせる英雄譚の様であった。
──しかし、その栄光も過去の事、賞賛を浴びる裏で横暴の限りを尽くした勇者はやがて国家にさえ牙をむき、故郷を捨てて中央大陸に渡る。
中央大陸でもユアンはその心の赴くままに剣を振るい、賞賛と怨嗟を浴びながら仲間を連れて各地を旅し、そして今度はここ東方大陸、千年近く踏破者の現れていないイズナバール迷宮のお宝に標的を定めやって来たのである。
「で、リシェンヌ、どうだった?」
使い魔を使い40層の中を監視していた魔道士の女に向かって、ユアンが尋ねる。
「40層で現れるのはAランクモンスター2体、そのくらいの戦力ってことかしら。今回の相手はキマイラの変異種が2体だったみたいよ」
「なるほどね、まあそのくらいなら前衛と後衛2人でも大丈夫だろ……ったく、アイツらはどこで遊んでるんだか」
ユアンはヤレヤレと肩をすくめ、パーティの中でも奔放でイタズラ好きの2人組の事を思い浮かべる。
『いいコトを思いついた』
2週間前、そう言って楽しそうにしていた2人は、その週末出て行ったきり戻ってこなかった。
2人とも基本レベルは130越え、ユアンといういくら攻撃しても避けられてしまう練習相手がいるために、幾らでも全力、本気の殺意を乗せての訓練が生んだ猛者だ、ここリトルフィンガーで敵う相手などいない、たとえ多人数で囲まれても彼女達ならば逃走も容易だ。
だからこそユアンは心配などしておらず、ジンと異種混合の合同部隊が40層攻略に潜るという話を聞いた時には、3人だけで彼等を尾行、そして迷宮から戻ってきた後は彼女達にどこで油を売っていたのか、お仕置きをしないといけないなあ、などと気楽な考えでここにいた。
傲岸不遜ここに極まれり、とはこの事だが、ユアンはそれが許される力を持っている為、余計に性質が悪かった。
「で、どんな感じだった、アイツら?」
「超級に強いのは2人、国元から送り込まれたっていうゲンマとかいう大剣使いと全身鎧の女戦士──リオンね、あとはルフトとドロテアっていうのがモーラ達と互角で、それ以外は格下と見ていいかしら」
「──あのジンってガキは?」
ピクッ!
後ろで2人の会話を静かに聞いていたリーゼが微かに身じろぎするのをユアンは視界の端に捕らえていたが、あえて気付かないフリをした。
「下半身が蜘蛛型のキマイラの後方でずっと糸を避けてたわ。多分スパイダーシルクを手に入れるための囮役だったみたい」
そう言ってリシェンヌは、ユアンが最近特に気にしている、いや、その名前を出すたびにピリ付いた感じになる男の戦いを事細かに説明する。
「”加速剤”に”超人剤”か……フン、薬に頼らなきゃまともに戦えねえ臆病モンが調子に乗ってんじゃねえよ」
ユアンは侮蔑の感情丸出しでジンの戦い方を酷評する。
周りが彼をどう評しようとも、彼自身はいつだって敵の攻撃を正面から迎え撃つタイプだ。いくら仲間を鍛えても、それはあくまでサポートとして、危険は全て自分の担当だとする彼の戦闘スタイルは、仲間の女性達から絶大な信頼を手にしている。
それなのにジンという男は、相棒だかなんだか知らないが、女に前衛をはらせて自分は後方でちょこまかと動き回る、しかも低レベルの肉体を薬に頼って底上げして、だ。
ユアンとは真逆の臆病者、それが、周囲の人間からは一定の評価と信用を得ている──最近はユアンとの件で一部から「ヘタれ」の烙印を押されてもいるが──ユアンにとっては思わず蹴飛ばしたくなる人間だった。
その男の愚行はそれに留まらず、あろうことかリーゼに色目を使ったという。今まで一途にユアンの事だけを見ていたリーゼが、ユアンに対して日頃の行いを省みろ、などと「暴言」を吐いてきた。
幸い一時の記の迷いだったのだのか、ユアンの、リーゼに対する愛をその身で思い知って以降は口出しをすることも無かったが、今の反応を見ると完全に断ち切られたとは言い難い──少なくともユアンはそう感じた。
──結果、必要以上に憎悪の対象にされたジンであった。
「誰かの後ろでいきがってる勘違い野郎にはお仕置きが必要だな……リシェンヌ、どうすればいいと思う?」
「薬が無ければ何も出来ない相手に策が必要? それと、奥の手らしい”超人剤”だけど、副作用無しで5分間使えるらしいから、50層の攻略に使えるかもしれないわ」
「おお、そいつは有り難い。今度分けてくれるようアイツに話でもしてみるか」
「名前も聞いた事無かったし、表に出回ってる薬じゃ無いわよ、多分。恐らくあのお坊ちゃんの実家から持ち出したんじゃないかしら? 保管もあの子の首にかけてる綺麗な皮袋に仕舞ってたしね」
「なるほどねえ……」
わざとらしいユアンの言葉にリシェンヌは補足をしつつ、リーゼと共に野営の準備を始める、40層が攻略されたという事はこれから12時間、ここで入り口が出現するのを待たなければいけないからだ。
……そして、40層へ降りたユアン達の前に立ちはだかったのは亜竜が2体だったらしいが、ユアン達はそれを3人で討伐、それを聞いた探索者や冒険者達は「迷宮荒らし」「辺境の勇者」の名に偽り無しと、恐れと畏れを胸に刻んだという。
……その数日後、コミュニティ「森羅万象」が何者かによって皆殺しにされたと一時期騒ぎになったが、誰がやったのか、それを知る者、知ろうとする者はなぜかほとんどいなかった。
…………………………。
…………………………。
──閑話──
「なあジン」
「なんですかい、ゲンマさん?」
「このスパイダーシルクってやつは、そんなに目の色を変えて欲しがるようなもんなのか?」
素材の分配にあーでもないこーでもないと騒ぐコミュニティメンバーやジンの所の女性陣を横目にゲンマが呆れた目つきで聞いてくる。
そんなゲンマの気持ちを察したジンは、
「……ああ、まあ正直かなりの高級品ですよ。普通に蚕から採れるシルクの軽く20倍は高価ですからねえ」
「!! そんなにか!?」
「ええ、糸から生地に、生地から服や装備に使う際の効果付与が実に効率がいいもので、魔力のかかった装備を作るには最適なんですよ。というか、シュナさんの千早は100%スパイダーシルク製の超高価な逸品ですよ?」
「ゲッ!! マジかよ……」
肉片と血に塗れ、汚臭の漂っていたアレと、あそこまで怒りに震えた般若の形相を思い出し、ゲンマは肩を抱きすくめて震える。
そしてジンを見ると
(何とかならねえか?)
(そちらで調整すれば1着分は確保できますが、仕立てようと思ったら半年はかかりますぜ?)
(マジかよ、1週間でなんとか出来ねえか?)
(職人仕事をなんだと思ってるんですか……)
打ちひしがれるゲンマの姿に、最近女性に振り回されているジンは同病相憐れんだか、1本の小さい壺を取り出す。
「コイツは?」
「特製の洗剤、ですかねえ。綺麗な水を人肌まで温めてコイツを混ぜ、一晩漬け込んでおけば汚れに臭いも全部綺麗に取れますよ。分量は──」
ガバッ──!!
「ジン、ありがとよ!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
力一杯に抱きしめるゲンマの抱擁を受けて涙目のジンを尻目に、特製洗剤を手に走るゲンマの後姿は、彼が歩むであろう将来の2人の関係を示しているようだった。
ジンはそんなゲンマの背中に、静かに手を合わせた──。
「らしいな、40層への通路も塞がれたようだぜ」
足元にぽっかりと空いた40層への入り口、それが周囲の大地と同化するのを確認した男は、言葉を発した女性達の元へ戻る。
男はユアン──北方大陸においてかつて「辺境の勇者」と呼ばれた男である。
しがない山村の子供が命の危機に力に目覚め、はじめは村の守護者のようにありがたがれ、そして領主に召抱えられ、やがてその名を周辺諸国に響かせる、それはまさに、子守唄代わりに親が語り聞かせる英雄譚の様であった。
──しかし、その栄光も過去の事、賞賛を浴びる裏で横暴の限りを尽くした勇者はやがて国家にさえ牙をむき、故郷を捨てて中央大陸に渡る。
中央大陸でもユアンはその心の赴くままに剣を振るい、賞賛と怨嗟を浴びながら仲間を連れて各地を旅し、そして今度はここ東方大陸、千年近く踏破者の現れていないイズナバール迷宮のお宝に標的を定めやって来たのである。
「で、リシェンヌ、どうだった?」
使い魔を使い40層の中を監視していた魔道士の女に向かって、ユアンが尋ねる。
「40層で現れるのはAランクモンスター2体、そのくらいの戦力ってことかしら。今回の相手はキマイラの変異種が2体だったみたいよ」
「なるほどね、まあそのくらいなら前衛と後衛2人でも大丈夫だろ……ったく、アイツらはどこで遊んでるんだか」
ユアンはヤレヤレと肩をすくめ、パーティの中でも奔放でイタズラ好きの2人組の事を思い浮かべる。
『いいコトを思いついた』
2週間前、そう言って楽しそうにしていた2人は、その週末出て行ったきり戻ってこなかった。
2人とも基本レベルは130越え、ユアンといういくら攻撃しても避けられてしまう練習相手がいるために、幾らでも全力、本気の殺意を乗せての訓練が生んだ猛者だ、ここリトルフィンガーで敵う相手などいない、たとえ多人数で囲まれても彼女達ならば逃走も容易だ。
だからこそユアンは心配などしておらず、ジンと異種混合の合同部隊が40層攻略に潜るという話を聞いた時には、3人だけで彼等を尾行、そして迷宮から戻ってきた後は彼女達にどこで油を売っていたのか、お仕置きをしないといけないなあ、などと気楽な考えでここにいた。
傲岸不遜ここに極まれり、とはこの事だが、ユアンはそれが許される力を持っている為、余計に性質が悪かった。
「で、どんな感じだった、アイツら?」
「超級に強いのは2人、国元から送り込まれたっていうゲンマとかいう大剣使いと全身鎧の女戦士──リオンね、あとはルフトとドロテアっていうのがモーラ達と互角で、それ以外は格下と見ていいかしら」
「──あのジンってガキは?」
ピクッ!
後ろで2人の会話を静かに聞いていたリーゼが微かに身じろぎするのをユアンは視界の端に捕らえていたが、あえて気付かないフリをした。
「下半身が蜘蛛型のキマイラの後方でずっと糸を避けてたわ。多分スパイダーシルクを手に入れるための囮役だったみたい」
そう言ってリシェンヌは、ユアンが最近特に気にしている、いや、その名前を出すたびにピリ付いた感じになる男の戦いを事細かに説明する。
「”加速剤”に”超人剤”か……フン、薬に頼らなきゃまともに戦えねえ臆病モンが調子に乗ってんじゃねえよ」
ユアンは侮蔑の感情丸出しでジンの戦い方を酷評する。
周りが彼をどう評しようとも、彼自身はいつだって敵の攻撃を正面から迎え撃つタイプだ。いくら仲間を鍛えても、それはあくまでサポートとして、危険は全て自分の担当だとする彼の戦闘スタイルは、仲間の女性達から絶大な信頼を手にしている。
それなのにジンという男は、相棒だかなんだか知らないが、女に前衛をはらせて自分は後方でちょこまかと動き回る、しかも低レベルの肉体を薬に頼って底上げして、だ。
ユアンとは真逆の臆病者、それが、周囲の人間からは一定の評価と信用を得ている──最近はユアンとの件で一部から「ヘタれ」の烙印を押されてもいるが──ユアンにとっては思わず蹴飛ばしたくなる人間だった。
その男の愚行はそれに留まらず、あろうことかリーゼに色目を使ったという。今まで一途にユアンの事だけを見ていたリーゼが、ユアンに対して日頃の行いを省みろ、などと「暴言」を吐いてきた。
幸い一時の記の迷いだったのだのか、ユアンの、リーゼに対する愛をその身で思い知って以降は口出しをすることも無かったが、今の反応を見ると完全に断ち切られたとは言い難い──少なくともユアンはそう感じた。
──結果、必要以上に憎悪の対象にされたジンであった。
「誰かの後ろでいきがってる勘違い野郎にはお仕置きが必要だな……リシェンヌ、どうすればいいと思う?」
「薬が無ければ何も出来ない相手に策が必要? それと、奥の手らしい”超人剤”だけど、副作用無しで5分間使えるらしいから、50層の攻略に使えるかもしれないわ」
「おお、そいつは有り難い。今度分けてくれるようアイツに話でもしてみるか」
「名前も聞いた事無かったし、表に出回ってる薬じゃ無いわよ、多分。恐らくあのお坊ちゃんの実家から持ち出したんじゃないかしら? 保管もあの子の首にかけてる綺麗な皮袋に仕舞ってたしね」
「なるほどねえ……」
わざとらしいユアンの言葉にリシェンヌは補足をしつつ、リーゼと共に野営の準備を始める、40層が攻略されたという事はこれから12時間、ここで入り口が出現するのを待たなければいけないからだ。
……そして、40層へ降りたユアン達の前に立ちはだかったのは亜竜が2体だったらしいが、ユアン達はそれを3人で討伐、それを聞いた探索者や冒険者達は「迷宮荒らし」「辺境の勇者」の名に偽り無しと、恐れと畏れを胸に刻んだという。
……その数日後、コミュニティ「森羅万象」が何者かによって皆殺しにされたと一時期騒ぎになったが、誰がやったのか、それを知る者、知ろうとする者はなぜかほとんどいなかった。
…………………………。
…………………………。
──閑話──
「なあジン」
「なんですかい、ゲンマさん?」
「このスパイダーシルクってやつは、そんなに目の色を変えて欲しがるようなもんなのか?」
素材の分配にあーでもないこーでもないと騒ぐコミュニティメンバーやジンの所の女性陣を横目にゲンマが呆れた目つきで聞いてくる。
そんなゲンマの気持ちを察したジンは、
「……ああ、まあ正直かなりの高級品ですよ。普通に蚕から採れるシルクの軽く20倍は高価ですからねえ」
「!! そんなにか!?」
「ええ、糸から生地に、生地から服や装備に使う際の効果付与が実に効率がいいもので、魔力のかかった装備を作るには最適なんですよ。というか、シュナさんの千早は100%スパイダーシルク製の超高価な逸品ですよ?」
「ゲッ!! マジかよ……」
肉片と血に塗れ、汚臭の漂っていたアレと、あそこまで怒りに震えた般若の形相を思い出し、ゲンマは肩を抱きすくめて震える。
そしてジンを見ると
(何とかならねえか?)
(そちらで調整すれば1着分は確保できますが、仕立てようと思ったら半年はかかりますぜ?)
(マジかよ、1週間でなんとか出来ねえか?)
(職人仕事をなんだと思ってるんですか……)
打ちひしがれるゲンマの姿に、最近女性に振り回されているジンは同病相憐れんだか、1本の小さい壺を取り出す。
「コイツは?」
「特製の洗剤、ですかねえ。綺麗な水を人肌まで温めてコイツを混ぜ、一晩漬け込んでおけば汚れに臭いも全部綺麗に取れますよ。分量は──」
ガバッ──!!
「ジン、ありがとよ!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
力一杯に抱きしめるゲンマの抱擁を受けて涙目のジンを尻目に、特製洗剤を手に走るゲンマの後姿は、彼が歩むであろう将来の2人の関係を示しているようだった。
ジンはそんなゲンマの背中に、静かに手を合わせた──。
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