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5章 イズナバール迷宮編
231話 束の間の平穏
「──おうニイちゃん、頼まれモンなら出来てるぜ」
「ありがとうございます。おー、さすが名工の仕事は見た目から違いますねえ、手にすると更に凄さが伝わってきますよ!」
鍛冶屋のカウンターでジンが含みの無い、心底感動したような口調で職人の仕事を褒めちぎる。
「……デイジー、あいつ、何か悪い物でも食べたのか? 人を褒めてるぞ」
「知らん、どうせ何か企んでるんだろ」
「ドロテアさんにデイジーさん、普段の俺を何だと思って……なんで皆も同じ目で見るんですかねえ?」
傷付いたと嘆くジンは半眼になって振り返るが、返ってきたのは全員の疑わしげな表情で、流石のジンも普段の行いを反省する。尤も、後悔などしないが。
ジンは職人が好きだ。才能とは違う長い修行と経験、そして受け継がれてきた技術によって生み出される、才無き者が才能を凌駕した努力の結晶をジンは賞賛せずにはいられない。
「お試し転生」という名目で、ジンは生まれた時から神によって既に色々と便宜を図って貰っている。
速い成長速度と2つの異能、ジンは肉体を鍛える事も、ものづくり等の技術を習得するのも人より早く、また効率も良い。
──早い。しかし、だからこそジンの技術には深みが無い、長年の経験と言う確固たる土台が無い、苦しい研鑽の果てに生まれる精緻さが無い。
いわばジンの作品は高い、そして様々な技術を組み合わせた最新の工業製品であり、「芸術作品」には成り得ない。
稀にリオンが気に入った魔道鎧みたいな物も出来上がるが、あくまで材料に使われた物の性能、そしてたまたまが組み合わさったに過ぎない。
だからこそジンは優れた職人の作品に素直に感動する。手にした物の代償ゆえに、自分には辿り着けない境地に至る芸術作品に。
「俺ほど職人を尊敬する人間はいないと自負してるんですが」
「一気に胡散臭くなったね、ジン」
酷い言われようである。
「……まあいいんですけどね。ホレ若さんとエル坊、コイツを着なさいな」
そう言ってジンはカウンターに並べられたモノを2人に差し出す。
「これは──?」
──それは薄い板を紐で縫い合わせた、一般的に薄片鎧と呼ばれる物によく似ていた。
ただ、動きやすさを優先させているのか、肩から上腕の部分は肩口から垂れる肩掛けのように、腰から膝まではフレアスカートに板を縫い付けた様に、それぞれ手足に直接かかる荷重を減らすような仕様になっている。
どことなく当世具足に似た鎧に身を包んだ2人は、
「どうです、似合ってますか?」
「おう、可愛い可愛い、「五月人形」みたいだな」
五月人形が何か分からないエルは、それでも褒められたのが嬉しくエヘヘと笑って護衛たちにも見せびらかしている。
そしてルディは、
「ジン、これってヘヴィ・トータスの?」
「ええ、腹甲の方ですよ」
悪路での活動をものともしないヘヴィ・トータスの腹甲は、頑強な背甲とは違い、硬さは勿論の事、弾性にも富んでいる。
その薄い腹甲を更に薄く削り編み上げて作ったのが2人が身に着けている鎧である。
「ちなみに結ぶ為の紐はスパイダーシルク製、全身の基礎部分はイエローオーガの皮膚なんで、魔力を通せば速度が上がりますよ」
「なるほど、戦闘用じゃないんだ」
「ええ、あくまで身を守るためのモンです、調子に乗って前に出ないようお願いしますよ」
その後もジンは、ヘヴィ・トータスの背甲から削りだした大盾や小さなサイズの中間加工品、加工の際に出た粉末や欠片を分けてもらい代金を渡す。
「!! ニイちゃんいいのか? チョイと貰い過ぎの気がするぜ?」
袋の中でうなる金貨を見てドワーフの鍛冶師は目を丸くするが、ジンは笑って返す。
「いえいえ、アレを見ればあの鎧に相当手間をかけてるのは分かりますからね」
「まあな、コッチも最近は高価な素材が回ってくるようになったっつっても、他でも手に入るようなモンばかりでよ、ヘヴィ・トータスの甲羅をまるまる一体分扱えるっちゅうんでみんなも必要以上に気合が入っちまったワイ♪」
「そういうのも込みでの代金ですよ。また何かあったらよろしくお願いします」
「オイ、こっちも楽しみにしてるぜ!」
嬉しそうな職人の笑顔を背中に受けながら、ジン達は店を出る。
そしてその道すがら──
「ジン、ユアン達はもうちょっかいかけて来ないよね?」
「殺さない条件の中に近付かない事ってのがありはしますが、まあ無理でしょうね」
「やけに自信ありげですね、根拠は?」
「コレだよ」
ジンは胸元から木片を取り出し、それをルディとリオンに見せる。
それは一見するとただの木の棒にしか見えないが、サビーナをはじめ魔力感知に長けている者には、それこそ魔力の塊に見えている。
しかもジンの懐から出た直後から周囲に放出される魔力の量は、サビーナとカレンが思わず眉をひそめるほどである。
「ジンさん、なんですか、それ?」
「コイツですかい? ……まあ、言うなれば願いを叶える為の道しるべってとこですかね」
「??」
「コイツを持って願い事を考えると、何をすればいいのか、ざっくりとですが頭に直接流れてくるんですよ」
木片の形をした古代迷宮の秘宝、これはジンが有する加護の一つ「必要条件」と似た能力を持った魔道具だった。
違いがあるとすれば、ジンの異能は何かを成すために「何が必要か」を教えてくれるが、この秘宝は「何所其処に行って○○をしろ」と言う具合に具体的な行動を指し示してくれる。
まさに未来を紡ぐ道しるべと言うわけだ。
「なんだそれは、とんでもない代物じゃないか!?」
「そりゃまあ、古代迷宮の最深部から持ち出された秘宝ですから」
「それで、その口ぶりじゃあ使ってみたんだろ? どんな答えが返ってきたんだよ?」
イレーネが面白そうにジンに質問すると、ルディや他の連中も興味津々でジンの言葉を待つ。
そんなみんなの態度に呆れつつもジンは、あまり面白く無さそうに肩をすくめ、
「何度か願ってはみたんですが、どれもこれも同じ答えばかりで……正直困りましたよ」
「答えが同じって、何を願ったらそんな事になるの?」
「大したことは願っちゃいませんよ、若さん。そうですねえ、リオンが俺にベタ惚れして甘やかしてくれる未来とか、デイジーさん達が全員俺の情婦になる未来とか、他にも色々と試してみたんですが、帰ってくる答えはどれも一緒で、イズナバール迷宮を攻略しろとしか……ぬごっ!!」
ボグッ──!! ドカ、ゲシッ!!
デイジーに後頭部を殴られてドロテアに背中を蹴り飛ばされたジンは、地面に這い蹲ったところをリオンに踏みつけられ苦悶の表情を浮かべながらバンバンとしきりに地面を叩く。
残念ながら異世界に降参の概念は無かった。
「ジン、お望みでしたら本気の全力で甘えてあげましょう、受け止めてもらえますか?」
「ゴメンナサイ、調子こきました!!」
大地の魔竜の巨体から繰り出される頬ずりや、全体重を乗せたダイビングボディプレスを想像したジンは即座に謝罪する。
「なんだいジン、デイジーみたいな初心なのからアタシらみたいな子持ちの人妻までとは、なかなか守備範囲が広いじゃないか」
「あははは、お褒めに預かり──スミマセン、お願いだから蹴るのと汚物を見るような目で見るのは勘弁してください!!」
町の往来で衆目に晒されながら罵倒される事10分、ようやく解放されたジンはグッタリした表情で、
「まあ、いくらコイツの助言通りに行動したとして、その夢がいつ叶うとかは教えてくれませんし、その間どんな目に遭うかも分かったもんじゃありませんからねえ」
ジンは木片をヒラヒラとさせながら、衆人環視の元で大恥をかく羽目になったコレの以前の所有者の事を暗に臭わせる。
望む未来の過程で悲惨な目に遭うかもしれない──その可能性を指摘されたそ面々は、なるほどと複雑な表情を浮かべ、素晴らしい秘宝だと思っていたものが途端に胡散臭いものに見えてしまっていた。
「とはいえ、あの男は相当コイツにご執心でしたかねら、いずれ必ず、取り返しに来ますよ……」
そう語るジンの表情に笑顔は無く、ましてや怒りでも蔑みでもない、敵対するであろう相手に向かっては珍しく、憐憫の表情を浮かべていた。
ジンは一度だけ「フン」と鼻を鳴らすと、秘宝の木片を懐に納め、みんなと一緒に定食屋の扉をくぐる。
明日はいよいよ、最下層エリアの探索だった──。
「ありがとうございます。おー、さすが名工の仕事は見た目から違いますねえ、手にすると更に凄さが伝わってきますよ!」
鍛冶屋のカウンターでジンが含みの無い、心底感動したような口調で職人の仕事を褒めちぎる。
「……デイジー、あいつ、何か悪い物でも食べたのか? 人を褒めてるぞ」
「知らん、どうせ何か企んでるんだろ」
「ドロテアさんにデイジーさん、普段の俺を何だと思って……なんで皆も同じ目で見るんですかねえ?」
傷付いたと嘆くジンは半眼になって振り返るが、返ってきたのは全員の疑わしげな表情で、流石のジンも普段の行いを反省する。尤も、後悔などしないが。
ジンは職人が好きだ。才能とは違う長い修行と経験、そして受け継がれてきた技術によって生み出される、才無き者が才能を凌駕した努力の結晶をジンは賞賛せずにはいられない。
「お試し転生」という名目で、ジンは生まれた時から神によって既に色々と便宜を図って貰っている。
速い成長速度と2つの異能、ジンは肉体を鍛える事も、ものづくり等の技術を習得するのも人より早く、また効率も良い。
──早い。しかし、だからこそジンの技術には深みが無い、長年の経験と言う確固たる土台が無い、苦しい研鑽の果てに生まれる精緻さが無い。
いわばジンの作品は高い、そして様々な技術を組み合わせた最新の工業製品であり、「芸術作品」には成り得ない。
稀にリオンが気に入った魔道鎧みたいな物も出来上がるが、あくまで材料に使われた物の性能、そしてたまたまが組み合わさったに過ぎない。
だからこそジンは優れた職人の作品に素直に感動する。手にした物の代償ゆえに、自分には辿り着けない境地に至る芸術作品に。
「俺ほど職人を尊敬する人間はいないと自負してるんですが」
「一気に胡散臭くなったね、ジン」
酷い言われようである。
「……まあいいんですけどね。ホレ若さんとエル坊、コイツを着なさいな」
そう言ってジンはカウンターに並べられたモノを2人に差し出す。
「これは──?」
──それは薄い板を紐で縫い合わせた、一般的に薄片鎧と呼ばれる物によく似ていた。
ただ、動きやすさを優先させているのか、肩から上腕の部分は肩口から垂れる肩掛けのように、腰から膝まではフレアスカートに板を縫い付けた様に、それぞれ手足に直接かかる荷重を減らすような仕様になっている。
どことなく当世具足に似た鎧に身を包んだ2人は、
「どうです、似合ってますか?」
「おう、可愛い可愛い、「五月人形」みたいだな」
五月人形が何か分からないエルは、それでも褒められたのが嬉しくエヘヘと笑って護衛たちにも見せびらかしている。
そしてルディは、
「ジン、これってヘヴィ・トータスの?」
「ええ、腹甲の方ですよ」
悪路での活動をものともしないヘヴィ・トータスの腹甲は、頑強な背甲とは違い、硬さは勿論の事、弾性にも富んでいる。
その薄い腹甲を更に薄く削り編み上げて作ったのが2人が身に着けている鎧である。
「ちなみに結ぶ為の紐はスパイダーシルク製、全身の基礎部分はイエローオーガの皮膚なんで、魔力を通せば速度が上がりますよ」
「なるほど、戦闘用じゃないんだ」
「ええ、あくまで身を守るためのモンです、調子に乗って前に出ないようお願いしますよ」
その後もジンは、ヘヴィ・トータスの背甲から削りだした大盾や小さなサイズの中間加工品、加工の際に出た粉末や欠片を分けてもらい代金を渡す。
「!! ニイちゃんいいのか? チョイと貰い過ぎの気がするぜ?」
袋の中でうなる金貨を見てドワーフの鍛冶師は目を丸くするが、ジンは笑って返す。
「いえいえ、アレを見ればあの鎧に相当手間をかけてるのは分かりますからね」
「まあな、コッチも最近は高価な素材が回ってくるようになったっつっても、他でも手に入るようなモンばかりでよ、ヘヴィ・トータスの甲羅をまるまる一体分扱えるっちゅうんでみんなも必要以上に気合が入っちまったワイ♪」
「そういうのも込みでの代金ですよ。また何かあったらよろしくお願いします」
「オイ、こっちも楽しみにしてるぜ!」
嬉しそうな職人の笑顔を背中に受けながら、ジン達は店を出る。
そしてその道すがら──
「ジン、ユアン達はもうちょっかいかけて来ないよね?」
「殺さない条件の中に近付かない事ってのがありはしますが、まあ無理でしょうね」
「やけに自信ありげですね、根拠は?」
「コレだよ」
ジンは胸元から木片を取り出し、それをルディとリオンに見せる。
それは一見するとただの木の棒にしか見えないが、サビーナをはじめ魔力感知に長けている者には、それこそ魔力の塊に見えている。
しかもジンの懐から出た直後から周囲に放出される魔力の量は、サビーナとカレンが思わず眉をひそめるほどである。
「ジンさん、なんですか、それ?」
「コイツですかい? ……まあ、言うなれば願いを叶える為の道しるべってとこですかね」
「??」
「コイツを持って願い事を考えると、何をすればいいのか、ざっくりとですが頭に直接流れてくるんですよ」
木片の形をした古代迷宮の秘宝、これはジンが有する加護の一つ「必要条件」と似た能力を持った魔道具だった。
違いがあるとすれば、ジンの異能は何かを成すために「何が必要か」を教えてくれるが、この秘宝は「何所其処に行って○○をしろ」と言う具合に具体的な行動を指し示してくれる。
まさに未来を紡ぐ道しるべと言うわけだ。
「なんだそれは、とんでもない代物じゃないか!?」
「そりゃまあ、古代迷宮の最深部から持ち出された秘宝ですから」
「それで、その口ぶりじゃあ使ってみたんだろ? どんな答えが返ってきたんだよ?」
イレーネが面白そうにジンに質問すると、ルディや他の連中も興味津々でジンの言葉を待つ。
そんなみんなの態度に呆れつつもジンは、あまり面白く無さそうに肩をすくめ、
「何度か願ってはみたんですが、どれもこれも同じ答えばかりで……正直困りましたよ」
「答えが同じって、何を願ったらそんな事になるの?」
「大したことは願っちゃいませんよ、若さん。そうですねえ、リオンが俺にベタ惚れして甘やかしてくれる未来とか、デイジーさん達が全員俺の情婦になる未来とか、他にも色々と試してみたんですが、帰ってくる答えはどれも一緒で、イズナバール迷宮を攻略しろとしか……ぬごっ!!」
ボグッ──!! ドカ、ゲシッ!!
デイジーに後頭部を殴られてドロテアに背中を蹴り飛ばされたジンは、地面に這い蹲ったところをリオンに踏みつけられ苦悶の表情を浮かべながらバンバンとしきりに地面を叩く。
残念ながら異世界に降参の概念は無かった。
「ジン、お望みでしたら本気の全力で甘えてあげましょう、受け止めてもらえますか?」
「ゴメンナサイ、調子こきました!!」
大地の魔竜の巨体から繰り出される頬ずりや、全体重を乗せたダイビングボディプレスを想像したジンは即座に謝罪する。
「なんだいジン、デイジーみたいな初心なのからアタシらみたいな子持ちの人妻までとは、なかなか守備範囲が広いじゃないか」
「あははは、お褒めに預かり──スミマセン、お願いだから蹴るのと汚物を見るような目で見るのは勘弁してください!!」
町の往来で衆目に晒されながら罵倒される事10分、ようやく解放されたジンはグッタリした表情で、
「まあ、いくらコイツの助言通りに行動したとして、その夢がいつ叶うとかは教えてくれませんし、その間どんな目に遭うかも分かったもんじゃありませんからねえ」
ジンは木片をヒラヒラとさせながら、衆人環視の元で大恥をかく羽目になったコレの以前の所有者の事を暗に臭わせる。
望む未来の過程で悲惨な目に遭うかもしれない──その可能性を指摘されたそ面々は、なるほどと複雑な表情を浮かべ、素晴らしい秘宝だと思っていたものが途端に胡散臭いものに見えてしまっていた。
「とはいえ、あの男は相当コイツにご執心でしたかねら、いずれ必ず、取り返しに来ますよ……」
そう語るジンの表情に笑顔は無く、ましてや怒りでも蔑みでもない、敵対するであろう相手に向かっては珍しく、憐憫の表情を浮かべていた。
ジンは一度だけ「フン」と鼻を鳴らすと、秘宝の木片を懐に納め、みんなと一緒に定食屋の扉をくぐる。
明日はいよいよ、最下層エリアの探索だった──。
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