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5章 イズナバール迷宮編
232話 淀んだ感情
──憎い──
一寸先は闇、そんな言葉が似合いな闇に包まれた世界で、それは聞こえる。
耳ではなく頭に直接叩き込まれるその言葉は、感情がそのまま言葉へと形を変えたように力強く、俺の感情を揺さぶる。
(一体何が……?)
自分は何故ここにいるのか? それ以前にここはどこなのか?
何も分からない、分かっているのはここには俺しかいないという事だ。
──イヤ、それすらも怪しい。周囲は闇に包まれ、手足の感覚は無い。目は開いているのか? 耳は聞こえているのか?
唯一できる行動は思考するだけ、今の俺はそんな状況だった。
──理不尽が憎い──
俺の目の前に、かつて見た事のある光景が映像となって浮かび上がる。
葬儀場には両親の遺影と中身の無い棺桶、感情が追いつかず、無表情で焦点の合わない瞳で、父の同僚や母の友人がすすり泣く声を背に読経を聞く俺。
今度は見たことの無い光景──争いを好まない魔竜が、狂った勇者の魔竜狩りから逃れるため、小さな町に人の姿で身を隠していた所を広範囲魔法で町ごと焼き払われる。
業火に焼かれ、灰燼と化した町にただ1人無傷で佇む魔竜は嘆きの咆哮を上げる。
突然奪われた命、なんら非のない人間が、ただそこに居たという理由で命を奪われる理不尽が憎い──。
──許せるものか──
俺の記憶の奥底に眠る光景、突如タンギルの街に姿を見せる軍艦──それは、小国ふぜいにその顔に泥を塗られた帝国が、面子を保つために寄越した大国の驕りの象徴。それを、穏便に解決させる方法を模索する事も無く、安直に戦端を開いた王国の浅慮。実にくだらない、後に判明した争いの理由。
お前達は先の大戦で我等に合力しなかったではないか──味方でない者はいずれ脅威になる、そんな理由で勇者によって次々と討伐される魔竜たち。
──誰に、どこにこの怒りをぶつけろというのか──
目の前で凌辱を受ける姉とその親友──戦火を退けた俺が最初にした事は隣人、そして信じていた人間を殺す事……何も守れなかった、俺はただ死体の山を作っただけ。
アレを殺す為、ただそれだけの為に、理不尽に殺された同胞を喰らい、アレに対抗しうる力を得るため仲間をこの牙で仕留めた、しかし我には復讐の機会すら与えられず、勇者は人の手で誅された。
──世界が俺(我)の邪魔するというのなら、いっそ全てを──
────────違う!!
違う違う違う違う──
──何が違う?
俺はそんな事しない! したいとも思わない!!
──戯言を、その手がどれほど血に塗れているか、己が知らぬはずも無かろう?
そんな事は誰に言われなくても分かってる。俺に敵対する奴、俺を騙そうとする奴、俺が気に入らない奴、いくらでも殺してきた!
──ならば貴様も我と同じだ
違う、俺とお前は一緒じゃない!
──どこが一緒では無いというのか?
俺は「殺したい」から殺したんだ!! 「殺されたくて」殺してきたお前とは違う!!
──────────
俺はこれからも、何人もの命をこの手で奪うだろう。
それでも殺す相手は俺が選ぶ、俺の基準で俺が決める、お前みたいに、目的の為の手段として誰彼構わず殺す様なマネは絶対にしない!
──その言葉、ゆめゆめ忘れるなかれ──
俺が俺として生きていれば必然的にそうなるだろうさ。
だからそんなくだらない事、一々憶えてやるものか。
──そうか……ならばよし、我はそなたを見ていよう──
……どんだけお前らは俺の人生を覗き見すれば気が済むんだ?
──諦めろ、それがそなたの定めなれば──
くそったれが──
──さん!
……声が聞こえる。
ジンさん! ジンさん!!
……ああ、俺を呼んでるのか。それにしても大きな声だ、この声はエル坊か? いくら高級宿とはいえ、そんな大声だと外まで聞こえるぞ?
……宿? いや、たしか俺は朝からイズナバール迷宮に、最下層エリアを探索するためにルフト達と一緒にいるはず──アレ?
とにかく、目を開けないと──
「ジンさん!!」
「……あと5分──おぐ!!」
──ゴス!!
ジンの腹部、革鎧の継ぎ目に当たる下腹部にリオンの拳が叩きつけられ、ジンは潰れたカエルのような悲鳴をあげて目を見開く。
「……んぐ……おごぉ……」
「──ジン、気分はいかがですか?」
「膝枕がゴツゴツして嬉しくないです……」
「では早々に起きて下さい」
立ち上がるリオンの反動でジンは投げ出され、そのままうつ伏せで地面にダイブする。
硬い岩盤で鼻をしたたか打ちつけたジンは、涙目になりながらも立ち上がり、ほこりをパンパンと払う。
「ジンさん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよエル坊、それにしても何がなにやら……」
心配そうに覗き込むエルをなだめ、ジンは迷宮に向かって怪訝な表情を向ける。
ジンの脳裏にこうなる前の事が鮮明に思い出される。
──準備を整え、40層で手に入れた鍵を使って最下層エリアへ通じる回廊を抜け、41層の入り口まで来たジン達と異種混合のメンバー。
ジェリク達は今回同行しなかった。
最下層エリアの探索は時間をかける必要がある。40層でAランクモンスターが現れたという事は、ここはそれ以上がいても何らおかしくは無い危険地帯。いくらゲンマ達がいたとしても、今までのように強行軍が許されるところではない。
今後、彼等をはじめコミュニティの大半のメンバーに課せられる役目は、低レベルの者は上層・中層で資金稼ぎ、ジェリク達のような中レベルは、先行したルフト達が一度攻略した階層の攻略ルートの確保、更に下へと挑む彼等の力を温存するための露払い役が待っている。
その為、「炭坑のカナリア」役はルフトやゲンマ達、コミュニティの中で最強の布陣が務める事になっている。そこに混じるジン達は遊撃部隊、物資供給・配達専門の「韋駄天」もいきなり未踏エリアに同行は出来ず、その部分の役目をジン達が負う事になっている。もちろん、危険な戦闘時には前にも出るため、のほほんと構えていられる状況ではない。
彼等がゾロゾロと41層に足を踏み入れる中、ジンだけが、41層に入り石畳を踏んだ瞬間、
「ああああああああああああああああ!!」
いきなり雄たけびを上げ、そのまま白目を向いてその場に倒れた。
「──どうした!? まさかトラップか?」
いきなりの事に困惑する面々は一旦41層から退避、通路まで戻ってジンの意識が戻るのを待っていたようである。
「それでジン、一体何があった?」
ルフトの質問にジンは首を横に振り、
「俺にも良くわかりません……あそこに足を踏み入れた途端ああなってしまって」
口を濁しながらジンは、あの時の感覚を思い出す。
喉の奥からこみ上げる吐き気にも似た不快な気分、胸の奥底から浮かび上がる怒りと憎しみの感情、それらが一気にジンの脳を侵食したため、このままでは危険だと本能が危険を察知したのか、ジンの意識は強制的に断たれたのだった。
そしてあの時こみ上げてきた物にジンは心当たりがあった。
(ヴリトラの竜宝珠……ここがイズナバール、そしてバスカロン連山の側にあるから活性化したのか? 昔を思い出して)
胸を、その奥で眠るヴリトラの竜宝珠をさすりながらジンは、意識を失った時の事を思い起こす。
昔は何度かあったがここ数年はこれが活性するような事は無かったのだが、やはり場所が場所だけにアレにも思うところがあるのかもしれないとジンは結論づける。
「……もしかしたら、自分じゃ気にしてませんが、トラウマになっているものがあるのかもしれませんねえ」
「トラウマ?」
「ええ、足を踏み入れた一瞬だけど、石造りのフロアの中に霧のような物が見えましてね」
首を傾げるルフトにジンは、もっともらしい嘘をついた。
「あの霧か? たしかにダンジョンに霧と言うのも珍しい事ではあるが……」
「ええ、無い訳じゃあないんですが、1つイヤな思い出がありましてね……フロア全体を霧で覆うような事をしでかす魔物ってやつに──」
ジンは意識を失う前に、不自然に立ち込める霧の鑑定結果について語りはじめる──。
一寸先は闇、そんな言葉が似合いな闇に包まれた世界で、それは聞こえる。
耳ではなく頭に直接叩き込まれるその言葉は、感情がそのまま言葉へと形を変えたように力強く、俺の感情を揺さぶる。
(一体何が……?)
自分は何故ここにいるのか? それ以前にここはどこなのか?
何も分からない、分かっているのはここには俺しかいないという事だ。
──イヤ、それすらも怪しい。周囲は闇に包まれ、手足の感覚は無い。目は開いているのか? 耳は聞こえているのか?
唯一できる行動は思考するだけ、今の俺はそんな状況だった。
──理不尽が憎い──
俺の目の前に、かつて見た事のある光景が映像となって浮かび上がる。
葬儀場には両親の遺影と中身の無い棺桶、感情が追いつかず、無表情で焦点の合わない瞳で、父の同僚や母の友人がすすり泣く声を背に読経を聞く俺。
今度は見たことの無い光景──争いを好まない魔竜が、狂った勇者の魔竜狩りから逃れるため、小さな町に人の姿で身を隠していた所を広範囲魔法で町ごと焼き払われる。
業火に焼かれ、灰燼と化した町にただ1人無傷で佇む魔竜は嘆きの咆哮を上げる。
突然奪われた命、なんら非のない人間が、ただそこに居たという理由で命を奪われる理不尽が憎い──。
──許せるものか──
俺の記憶の奥底に眠る光景、突如タンギルの街に姿を見せる軍艦──それは、小国ふぜいにその顔に泥を塗られた帝国が、面子を保つために寄越した大国の驕りの象徴。それを、穏便に解決させる方法を模索する事も無く、安直に戦端を開いた王国の浅慮。実にくだらない、後に判明した争いの理由。
お前達は先の大戦で我等に合力しなかったではないか──味方でない者はいずれ脅威になる、そんな理由で勇者によって次々と討伐される魔竜たち。
──誰に、どこにこの怒りをぶつけろというのか──
目の前で凌辱を受ける姉とその親友──戦火を退けた俺が最初にした事は隣人、そして信じていた人間を殺す事……何も守れなかった、俺はただ死体の山を作っただけ。
アレを殺す為、ただそれだけの為に、理不尽に殺された同胞を喰らい、アレに対抗しうる力を得るため仲間をこの牙で仕留めた、しかし我には復讐の機会すら与えられず、勇者は人の手で誅された。
──世界が俺(我)の邪魔するというのなら、いっそ全てを──
────────違う!!
違う違う違う違う──
──何が違う?
俺はそんな事しない! したいとも思わない!!
──戯言を、その手がどれほど血に塗れているか、己が知らぬはずも無かろう?
そんな事は誰に言われなくても分かってる。俺に敵対する奴、俺を騙そうとする奴、俺が気に入らない奴、いくらでも殺してきた!
──ならば貴様も我と同じだ
違う、俺とお前は一緒じゃない!
──どこが一緒では無いというのか?
俺は「殺したい」から殺したんだ!! 「殺されたくて」殺してきたお前とは違う!!
──────────
俺はこれからも、何人もの命をこの手で奪うだろう。
それでも殺す相手は俺が選ぶ、俺の基準で俺が決める、お前みたいに、目的の為の手段として誰彼構わず殺す様なマネは絶対にしない!
──その言葉、ゆめゆめ忘れるなかれ──
俺が俺として生きていれば必然的にそうなるだろうさ。
だからそんなくだらない事、一々憶えてやるものか。
──そうか……ならばよし、我はそなたを見ていよう──
……どんだけお前らは俺の人生を覗き見すれば気が済むんだ?
──諦めろ、それがそなたの定めなれば──
くそったれが──
──さん!
……声が聞こえる。
ジンさん! ジンさん!!
……ああ、俺を呼んでるのか。それにしても大きな声だ、この声はエル坊か? いくら高級宿とはいえ、そんな大声だと外まで聞こえるぞ?
……宿? いや、たしか俺は朝からイズナバール迷宮に、最下層エリアを探索するためにルフト達と一緒にいるはず──アレ?
とにかく、目を開けないと──
「ジンさん!!」
「……あと5分──おぐ!!」
──ゴス!!
ジンの腹部、革鎧の継ぎ目に当たる下腹部にリオンの拳が叩きつけられ、ジンは潰れたカエルのような悲鳴をあげて目を見開く。
「……んぐ……おごぉ……」
「──ジン、気分はいかがですか?」
「膝枕がゴツゴツして嬉しくないです……」
「では早々に起きて下さい」
立ち上がるリオンの反動でジンは投げ出され、そのままうつ伏せで地面にダイブする。
硬い岩盤で鼻をしたたか打ちつけたジンは、涙目になりながらも立ち上がり、ほこりをパンパンと払う。
「ジンさん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよエル坊、それにしても何がなにやら……」
心配そうに覗き込むエルをなだめ、ジンは迷宮に向かって怪訝な表情を向ける。
ジンの脳裏にこうなる前の事が鮮明に思い出される。
──準備を整え、40層で手に入れた鍵を使って最下層エリアへ通じる回廊を抜け、41層の入り口まで来たジン達と異種混合のメンバー。
ジェリク達は今回同行しなかった。
最下層エリアの探索は時間をかける必要がある。40層でAランクモンスターが現れたという事は、ここはそれ以上がいても何らおかしくは無い危険地帯。いくらゲンマ達がいたとしても、今までのように強行軍が許されるところではない。
今後、彼等をはじめコミュニティの大半のメンバーに課せられる役目は、低レベルの者は上層・中層で資金稼ぎ、ジェリク達のような中レベルは、先行したルフト達が一度攻略した階層の攻略ルートの確保、更に下へと挑む彼等の力を温存するための露払い役が待っている。
その為、「炭坑のカナリア」役はルフトやゲンマ達、コミュニティの中で最強の布陣が務める事になっている。そこに混じるジン達は遊撃部隊、物資供給・配達専門の「韋駄天」もいきなり未踏エリアに同行は出来ず、その部分の役目をジン達が負う事になっている。もちろん、危険な戦闘時には前にも出るため、のほほんと構えていられる状況ではない。
彼等がゾロゾロと41層に足を踏み入れる中、ジンだけが、41層に入り石畳を踏んだ瞬間、
「ああああああああああああああああ!!」
いきなり雄たけびを上げ、そのまま白目を向いてその場に倒れた。
「──どうした!? まさかトラップか?」
いきなりの事に困惑する面々は一旦41層から退避、通路まで戻ってジンの意識が戻るのを待っていたようである。
「それでジン、一体何があった?」
ルフトの質問にジンは首を横に振り、
「俺にも良くわかりません……あそこに足を踏み入れた途端ああなってしまって」
口を濁しながらジンは、あの時の感覚を思い出す。
喉の奥からこみ上げる吐き気にも似た不快な気分、胸の奥底から浮かび上がる怒りと憎しみの感情、それらが一気にジンの脳を侵食したため、このままでは危険だと本能が危険を察知したのか、ジンの意識は強制的に断たれたのだった。
そしてあの時こみ上げてきた物にジンは心当たりがあった。
(ヴリトラの竜宝珠……ここがイズナバール、そしてバスカロン連山の側にあるから活性化したのか? 昔を思い出して)
胸を、その奥で眠るヴリトラの竜宝珠をさすりながらジンは、意識を失った時の事を思い起こす。
昔は何度かあったがここ数年はこれが活性するような事は無かったのだが、やはり場所が場所だけにアレにも思うところがあるのかもしれないとジンは結論づける。
「……もしかしたら、自分じゃ気にしてませんが、トラウマになっているものがあるのかもしれませんねえ」
「トラウマ?」
「ええ、足を踏み入れた一瞬だけど、石造りのフロアの中に霧のような物が見えましてね」
首を傾げるルフトにジンは、もっともらしい嘘をついた。
「あの霧か? たしかにダンジョンに霧と言うのも珍しい事ではあるが……」
「ええ、無い訳じゃあないんですが、1つイヤな思い出がありましてね……フロア全体を霧で覆うような事をしでかす魔物ってやつに──」
ジンは意識を失う前に、不自然に立ち込める霧の鑑定結果について語りはじめる──。
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