転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

239話 対峙

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「そこで止まれ!!」

 ジンの声は薄暗いダンジョンの石壁を反響し、ジェリク達を追いかけていたユアン率いる3国合同部隊は思わずその場で立ち止まる。
 先頭を走っていたマーニーとジン達の距離は2ブロック半、およそ15メートルほどの空間をまたいで対峙すると後続の連中も集合し、一つの塊になる。
 とはいえ流石に武器を構える程度には間隔を開け、いつでもこちらに飛び掛る準備は怠っていないのは、流石に熟練の探索者と言えるのだが。

「止まれと言って止まる時点でバカとしか言い様がありませんねえ……」
「……奴等も立つ瀬が無いな」

 ジンの呟きに隣で魔弓ミーティアを構える蜥蜴人ルフトは思わずつっこむ。

「敵を見つけたらとりあえず立ち止まって体勢を立て直す──迷宮で魔物ばかり相手にしてるからおかしなクセが付くんですよ。相手が人間、しかも少数ならまずは一戦交えるべきでしたね、これじゃあ相手にも時間を与える事になる」

 ジンの辛辣な言葉に、ルフトをはじめ背後で休息しているジェリクやマリーダ達は、顔には出さずに反省する。心当たりがあるらしく、身につまされる話だったようだ。
 あえて気付かないフリをするジンは、目当ての人物を視界に捕らえると先程よりも大きな声で話しかける。

「よう糞漏らし!! こんだけ離れてても臭いが風に乗ってくるから隠れてもバレバレだぞ!? しっかし、お前らもよく一緒にいられるな、特殊な性癖でも持ってんのか?」

 ブッ──!!

 ジンの周りから噴出す声が上がり、よく見れば向こう側でも肩を震わす姿が見受けられる。そんな中、ひときわ大きく肩を震わせ、いや怒らせたユアンがジンを睨み殺す勢いで噛み付いてくる。

「黙れええええええええ!!」
「あんまり大声で喋んじゃねえよ、吐く息まで臭いだろうが! だいたいユアン、お前は「今後一切ジン様には近付きません、愚かで臭い私をどうかお許し下さい」とか言って見逃してもらったはずだが?」
「俺はそんな事言っちゃいねえし、俺が約束した訳でもねえ!! 周りが勝手にやった事だ、俺が従う義理はねえ!!」
「本人はああ言ってるが、命のかかった約束すら反故にする奴と、一体どんな契約を結んで一緒に行動してるんだ、おまえ等?」
「……………………………………」

 ジンの問いに答える者はいない、みな一様に顔を顰めて視線を逸らすのみである。
 やれやれと大げさに肩をすくめるジンは、今度はユアンの取り巻きの女性に目を向けるが、こちらもユアン同様、ジンを忌々しげに睨み付けるか目を逸らすかのどちらかであった。

「2度目は手加減しないぜ?」
「バカか手前は! まともにやり合ってお前が俺に勝てるわけねえだろうが!!」
「そうでもないんじゃないか? そういえばユアン、お前いま基本レベルはいくつだ?」
「──────!!」

 ジンの言葉を聞いたユアンは肩をビクリと弾ませ、口をパクパクとさせながら、15メートル先でニヤニヤと笑うジンをいっぱいに開いた目で見つめる。

「いやあ、手足の切れたお前を治すために飲ませた薬なんだが、アレの副作用について伝えるのを忘れてたもんでなあ……」

 再生薬には2種類存在する。特に副作用を生じない上位版と、切り落とされた手足を繋げ直す場合は問題ないが、新たに生やそうとする場合はその材料を体内からかき集める──つまり本人の身体から少しづつ補填するため、筋力・骨密度など、肉体の強度が急激に落ちる下位版である。
 ジンがユアンに飲ませたのは下位版──それが意味する所は、副作用として基本レベルの低下が起きることを意味する。

「手足1本あたり10レベル前後下がるんだがお前の場合は4本、膝先・肘先を考慮してもまるまる2本分が必要だった。俺も2本一度に飲んだ奴は初めてでな、相乗効果でどこまで下がったか教えてくれないか?」

 ザワ──

 ジンの言葉にユアンの周りの探索者が一斉にユアンを見る。

「……やっぱり、テメエの仕業か……」
「やっぱりとか言われてもなあ、俺はたまたま薬の副作用を伝え忘れただけだぜ?」
「ふざけんじゃねえ!! 例えあのままの状態だったとしても、高位の治癒魔法さえ受けりゃあ」
「はっはっは、そんなヤツが何所にいるんだよ? いたとしても出血多量で死んでたんじゃねえの、お前?」
「リーゼが使えたんだよ! 一度には無理でも、何度かかけ続けりゃあ治療は出来た!」
「そのリーゼの魔法とやらは、あの時お前を治してくれなかったみたいだが?」
「ぐっ──」

 ジンの言葉にさらに顔を顰めるユアンは、歯を食いしばりながらその場で石畳をダンダンと踏み締める。
 そんな中──

「レベル114? ユアン、手前……」

 再生薬の多重摂取による無理な再生による反動は、相当ユアンの身体に負担をかけたようで、とんでもないレベルダウンを引き起こしていた。

「……だったらどうした? 今ならお前らが俺に勝てるとでも言いてえのか?」
「う、いや……」

 とはいえ、いかに基本レベルが下がろうともユアンの異能である”先見”がある限り、彼に攻撃が当たることは無いのが現状であり、彼等には何も言う事が出来ない……ある男を除いては──。

「ほー、114? 結構下がったなあ! 面白い情報が聞けたぜ、ありがとよ♪」
「……そうかい、それじゃあ報酬代わりにテメエの命を貰うとするぜ」
「はぁ? 俺の強さに糞まで漏らすわ惨めな姿を晒すわのお前が誰の命を貰うって?」
「黙れえっ!! テメエの卑怯な罠にさえかからなければ、小細工無しで戦えば、たとえレベルが下がっても俺が負けるはずはねえんだよ!!」

 そう言い放つとユアンは背中からバスタードソードを引き抜くと、

 ズシン──!

 ゆっくり、そして力強く石畳を踏み締め近付く。
 そんな力強い下半身とは裏腹に、ユアンの上半身はさながら幽鬼の様にフラフラと揺れている。
 これがユアン本来の戦闘スタイル、相手の攻撃を避けながらカウンターで必殺の一撃を見舞う、剣舞ソードダンスと呼ばれたユアンだけの闘法だった。
 そんな誰もが息を止めて張り詰める空気の中、ジンだけはニヤけ面を崩さず、

「剣舞ね……知ってるかユアン、お前の弱点」
「俺の弱点? はっ! あったらぜひ教えてもらいたいもんだ!」
「自信満々のバカは本当に見ていて哀れだな……そんな欠陥だらけの異能でよく今まで生きてこれたもんだ」

 ピタ──

「あ?」

 ジンの言葉にユアンは立ち止まり、首を斜めに傾けながら威嚇するようにジンを睨みつける。
 ジンはモーニングスターを肩に担いだまま3歩進むと、左手を水平に上げてルフト達に下がるよう促し、続けてユアンに向かって言葉を投げる。

「聞こえなかったのか? お前の異能は弱点だらけで、お前が今まで生き延びてきたのはただ運に恵まれていただけなんだよ。そういう意味じゃあお前の異能は人より幸運なところなのかもな」

 ユアンは動かない。腹立たしくはあるが、ジンの言葉の先が気になりその場から動けない。

「ユアン、お前の異能はお前に届く攻撃を事前予測できるだけで未来が見えるわけじゃあない、だから──」

 ジンは肩に担いだモーニングスターを両手で握り振りかぶり、

 ブオン──!!

「──お前以外に対する攻撃は見えない。当然、その後に繋がる未来もな」

 ゴウウウウウウウンン──!!

 ジンが振り下ろしたモーニングスターは周囲に轟音を響き渡らせ、そして、

大崩壊ブレイクダウン、発動」

 パリン──

「──えっ?」

 まるでガラスが割れるような音がすると──地面が壊れた。


アースブレイカー
 突起スパイク部分に魔竜ヴリトラの牙を使用した星球武器モーニングスター
 魔竜の牙を鍛造した突起は対象に突き刺さると振動波を出し続け、1・2本であれば痺れる程度で済むが3本以上刺さると共振破壊を引き起こす。
 それを応用した大崩壊ブレイクダウンは、最大200メートル半径の任意の地形を広範囲にわたって崩落させ、敵を地の底に叩き落す。


「さて、絶叫系のアトラクションが好きなヤツは何人いるかな?」

 非常識な光景を前に言葉の無いルフト達を背に、モーニングスターアースブレイカーを肩に担ぎ直したジンは暢気に呟いた。

「あああああああああああああ──!!」

 どうやら、ユアン達は絶叫系のアトラクションはお気に召さないようだった。
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