転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

251話 再戦

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『シン、助けてもらって言うのもなんですが……』
「お小言は後にしてくれ、天上の女神に我は請う──」

 リオンの肩に乗ったシンは、反対側の抉れた肩を治癒魔法で治すと、ヴリトラの観察を始める。

『天上の女神に我は請う──』

 ヴリトラも同様に呪文の詠唱を始めるのを確認しながら、シンはポツリと漏らす。

「スキルも無いくせに膨大な保有魔力だけでムリヤリ魔法を発動させるのはインチキ以外の何物でもないと思うんだが……」
『魔竜にスキルの有無を求められても困りますよ』

 スキルを習得できるのがヒトに属する種族に限るのだから当然と言えば当然であるが、だからといってズルイとしかシンには思えなかった。
 特定の魔物が魔法や、その他スキルに似た何かを使うのは本能に根ざしたものであり修練の結果ではない、自己の成長・強さによってある日突然目覚めるらしい。
 それを考えると、ヴリトラ──ブライティアが神聖魔法を行使できるのは自身の伸び代なのかそれとも完全なイレギュラーなのか……どちらにせよシンには面倒事でしかないのだが。

「リオンもそのうち俺の習得魔法が全部使えるようになるのかね……もしもの時はやっかいだなあ」
『……心配しなくてもアレを見てシンと闘う気になどなれませんよ、恐ろしい』

 リオンは以前ヴァルナと交わした会話を思い出しながら「まだまだ甘かった」と、自分の想像力の乏しさとシンの斜め上過ぎるやり方に、身どころか色々と引き締まる思いだった。

『──我が身を暫し巻き戻し賜え、”復元レストレーション”』

 詠唱が終わりヴリトラの身体が光に包まれると、下腹部・・・からの出血は収まりその巨体を地面に着地させる。
 その後、自分の体を確かめるように腕をニギニギさせるのを見たシンは、

「ふぅん、使えはするが使いこなすにはまだ時間がかかるか……その前に仕留めねえとな──おっと」

 頭をボリボリと掻こうとしたシンは、自分の腕力が暴走状態になっているのを思い出しとっさに手を引きヘンな体勢になる。
 その直後、ヴリトラから激しい怒りの感情を孕んだ波動を受けたシンは、一瞬顔を顰めた後すぐに挑発的に笑みを返す。

『シンドゥラ!! 許さぬ、絶対に許さぬ!!』
「その物言いは聞き飽きたよ、いい加減別の表現使えや!」

 シンは下級の魔力回復薬を口に含むと、空飛ぶマントエアライダーに魔力を込めてリオンの肩から浮かび上がる。

「そんじゃリオンは上を取り続けてくれ、アイツに自由に飛び回られちゃあ勝ちの目が出なくなるんでな」
『了解しましたよ……ところでシン、どうして下級のポーションなんですか?』

 リオンは首を曲げて顔をシンに向けると、既にクセになっているのか首をかしげてシンに質問してくる──曰く、全快させないの? と。

「暴走状態だって知ってるだろ、マントこいつを発動させただけで空になるまで魔力が吐き出されるんだよ、いくら自前だからって毎度々々使ってられるかっての」
『シンのほうが尻の穴は小さそうですねえ……』
「そうか、ならリオンはきっとデカイんだな──うおっ!?」

 確実に心臓を狙った爪をとっさにかわしながら「バカヤロー!」と落ちてゆくシンに向かってリオンは、援護なのか追い討ちなのか、力一杯羽ばたいて突風を起こしてシンの体をそれに巻き込む。
 『セクハラは許しませんよー!』という現地では理解不能な言葉を背に受け、シンはそのまま下に向かって加速、ヴリトラに迫る。
 迎え撃つ側のヴリトラはシンを噛み殺そうと大きく口を開いて待ち構え、

「──”風爆エア・バースト”」
『ぎゃふっ──!』

 残ったなけなしの魔力で放った魔法はヴリトラの鼻先で爆発すると、ヴリトラは思わず首を引き口を閉じる。シンはだんごの様に手足を丸めてその口目がけて体当たりし、

 ──ビキイッ!!

 硬化付与ハードコートを施した邪竜ヴリトラ及び聖竜王ブライティアの鱗で作られた魔道鎧アトラスが、砲弾のようにヴリトラの太く鋭い牙の側面に衝突すると、全てを引き千切る邪竜の牙に無数の亀裂が入る。

『~~~~~~~~~~!!』
「くうぅっ!!」

 しかし聞こえた破砕音はヴリトラの牙からだけではなく、衝突の衝撃でシンの前腕部と脛の骨はポキリと折れる。
 痛みを堪えながらシンは、筋肉に力を込めると手甲と足甲をギブス代わりに立ち上がり、異空間バッグから星球武器アースブレイカーを取り出して振りかぶる。

「っつつ……どうだい、手前の鱗を叩きつけられた感想は、よっ!!」

 バギャギャギャン!!

『クアアアアアア!!』

 口前面に並ぶ牙が全て砕け散ると、痛みで頭を振るヴリトラから放り出されたシンは、痛みで持ちきれなくなったアースブレイカーを取り落としながら地面に落下、全身をしたたかに打つ。

「がっ──ゴホゴホッ!!」

 背中から落ちてその場で咳き込むシンを忌々しげに睨むヴリトラは、尻尾を振り上げるとシンに向かって叩き付けようと振りかぶる。

『シン!!』

 思わずリオンが叫ぶも、両者の距離が近すぎてブレスは吐けない、また、今からでは到底間に合わない。リオンは最悪を連想する!
 ──が、

「よっしゃあ! ようやく俺の出番が回ってきたぜ!!」

 突如シンとヴリトラの間に割って入る人影が、意気揚々と言い放つ。
 声の主──ゲンマは大剣を担ぐように両手で振りかぶると、脚を開いて腰を落とし、迎撃の構えを取る。

『有象無象の分際で、我の前に立ちはだかるな!!』
「ウルセエ! ケツから血ィ流してる間抜けが偉そうな口叩いてんじゃねえよ!!」
『キサマアアアアア!!』

 響く挑発の声に激昂したヴリトラは、渾身の勢いで尻尾を振り下ろす。ゲンマとシン、両方まとめて叩き潰すために──。

「──じゃ、後はヨロシク」
「ちょ!! シンド──ジン!?」

 背後でノロノロと薬瓶を取り出すシンに向かってゲンマは、とばっちりでしかない理不尽な怒りの矛先を向けられながらも、迫り来る攻撃に覚悟を決める。

「ええい、こうなったら来やがれ! 必殺、大波返しカウンターストライク!!」

 ──ギュバン!!

『!? ギャアアアアア────!!』

 ゲンマの掛け声一閃、轟雷牙は文字通り雷を纏うと、魔力と雷撃を巨大な刀身に変えヴリトラの尻尾を両断した。
 シン以外の人間に肉体が傷つけられた事実にヴリトラは、悲鳴と困惑、そして憤怒の表情を浮かべて天に向かって雄たけびを上げる。
 ──しかして、その偉業をなした男はというと、

「~~~~~!! 痛ってええ!!」

 相棒であるはずの轟雷牙を取り落とすと、その場に膝をつきながらこれまたポッキリと折れた両腕を見ながらうめいていた。

「あ~、超人剤を飲んだ3倍筋力でアレを斬り飛ばせば、まあそうなりますねえ」
「腕だけじゃねえよ! 踏ん張った足までヒビが入ってるって! ってかジン、お前さっきから骨折を繰り返しながら攻撃してるけど、一体どんな神経してんだよ!?」
「……慣れ、ですかね」
「とんでもねえな……」

 そんなのほほんとした会話をヴリトラの足元でしている2人は、突如襟首を掴まれそのまま引きずられてゆく。

「2人とも、バカ話してないで早く退避しなさい!!」

 シュナに引きずられて2人がヴリトラから距離を取る頃、再度ヴリトラから呪文の詠唱が聞こえてくる。

「チョット待て、アレも治るってのか?」
「そりゃもちろん、なにせ”復元魔法”ですからねえ。どうせなら切り落とした尻尾はそのままに新しく生やしてくれれば素材が増えて損失も補填できるんですが」
「ジンさま、そのような余裕は私共には……」
「ま、なんにせよ計画通りだよ、我、世界に呼びかける、彼方かなた此方こなたを結ぶ道、繋ぎし門をわが前に、”ゲート”」

 シンは転移魔法を発動させるが、シンの前には、そしてヴリトラの前にも転移門は現れない。
 やがて光に包まれたヴリトラが身体を現すと、そこには再び5体満足の、牙も尻尾も修復がなされたヴリトラの姿が、

 ──ドスッ!!

『グヌウ!?』

 回復直後、まだ使い慣れない魔法の行使で硬直状態にあったヴリトラの背中、両翼の付け根部分に鋭い音と共に矢が刺さる。

「メタリオン様、お背中失礼いたします」
『構いません……そういえばルフト、私の背中に乗ったのはシンに続いてあなたが2人目ですね』
「それは、光栄の至りです!」
『私に対してドラゴンなどと暴言を吐いたのも2人目でしたが……』
「……あ、その……申し訳ありません」
『冗談ですよ』
『ぐぬぬ、こっちにも虫けらがおったか!!』

 ヴリトラは己の頭上、リオンの背中で弓を構える蜥蜴人ルフトを視界に捕らえると、怒りのままに飛び上がろうとし、異変に気付く。

 ヴン──

『……これは!?』

 魔弓ミーティアから放たれた2本の矢は見事、鱗の隙間を付いて深く突き刺さると、ヘヴィ・トータスの角から作られた鏃が重力結界を生み出す。
 近距離に打ち込まれたおかげで重力結界は相乗効果で威力が増大、魔竜の巨体ゆえに地面に押し付けられるような効果は起きないが、翼を自在に羽ばたかせる事が出来なくなってしまう。

『くうう、まさか!?』
「元々その魔法は傷は治せても異物の排除は出来ねえんでな、とりあえず空のアドバンテージは封じさせてもらった、むしろリオンがいる分コッチが有利だな」
『くっ──シンドゥラ!!』
「棚からぼた餅で手に入れた力なんぞで手に入りゃあしねえんだよ……勝利も、幸せも」

 シンはヴリトラを見上げながらシニカルな笑みを浮かべる。
 それはヴリトラに向けたものでもあり、自分に向けたものでもあり、そして、この場にいない誰かに向けたものでもあった。
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