転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

257話 別れ

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 ギイィン!!

 突進と共にルフトが突き出してきた三叉槍、その穂先と柄の接合部分を俺は炭化タングステンの棒で弾き、そのまま滑るようにルフトの懐にもぐりこむと同時に腹を強かに打ちつける。

「ぐっ……しかし! ────!?」

 ガッ──!!

 殴られた痛みを反撃の気合に変えながらルフトは片手で槍の柄の中ほどを握り、引き戻しながら懐に入った俺を薙ごうとするが、棒を横一文字に構えた俺はルフトの背中にそれを押し当て、腕を後ろに引けなくする。

「くぅ……」

 棒が引っ掛かって腕を後ろに引けないルフトは悔しそうに一声唸ると、そのまま槍を立てて降伏の意を示す。

 スッ──

 パチパチパチ──

 ルフトにならって俺も棒を戻すと、外野から拍手が聞こえる。
 俺とルフトの稽古を見ていたエルや若さん、シュナ達が賞賛の拍手を送る中、

「相変わらずシンの戦い方はイヤらしいですね」

 そこの外野リオン失礼ですよ! 相手を必要以上に傷つけない、俺の慈愛に溢れた戦い方をイヤらしいだなどと無礼極まる。
 ──そんなやり取りがされるここはイズナバール、古代迷宮ではなく湖の、戦いの跡が未だに残るそのほとり


 ヴリトラ襲来・討伐から2週間が経過し、町はそれなりに落ち着きを取り戻している。
 迷宮内の崩落に巻き込まれた探索者と地上でブレスに巻き込まれた者など、生存確認が取れていない者は200人超との事だ。
 あの短時間でそれだけの被害が出たというのは確かに脅威だが、俺にしてみればアレ・・が暴れてよくそれだけの被害で済んだなという気分だ。
 とはいえ、古代迷宮付近が災害に見舞われたために、町のまとめ役や古参の腕利きの職人の方にも数人被害が出ているらしく、再度同様の事態が起きるのでは? との不安から迷宮付近だけ瓦礫の処理など復旧作業が始まってすらいないらしい。
 あんまり悠長にしてると、どこかの誰かが見知らぬ好事家名義で土地を買い占めそうな気もするが……まあ俺の知ったこっちゃないな。

 ヴリトラを倒して目当ての物も手に入れた俺としては、もうここにいる必要も無いんだが、色々と偽装工作ごまかしの最中だったりする。
 まずヴリトラについては、長年に渡り迷宮踏破者が出なかったため、古代迷宮というそれ自体が謎の存在が、実に1000年の間に貯えられた力を久しぶりの最下層到達者に対して振るった結果、あのような暴走に至ったという事で落ち着いた、いや落ち着かせた。
 実際、異種混合のリーダールフトとライゼンから派遣されたゲンマ、シュナの両名、そして、なぜか女戦士の姿を装ってその場に居合わせた大地の魔竜ガイアドラゴン、彼等の活躍によって「ヴリトラに似せた魔法生物」は討伐され、その姿は消えた・・・との事。
 そしてヴリトラの身体が消えた後に残されたのが、今ルフトが手にしている魔槍、という事だ。
 外見は以前ルフトが所持していた40層で手に入れた三叉槍と同様ながら、素材はヴリトラの骨と爪から出来ており、大きな鱗を使った鞘は、被せたまま使えば充分に凶悪な鈍器にもなる。コレを迷宮攻略の報酬に仕立て上げ、名実共に異種混合、ひいてはライゼンがここイズナバール周辺の所有権を手に入れることになった。めでたしめでたし。

 ……なのに暗い表情のヤツが一人、ゲンマだ。

「俺だけ活躍できた気がしない……」

 確かに、止めを刺したのは俺、そのお膳立てをしたのはヴリトラを終始押さえ込んでくれたリオン、大地に穴を開けたシュナ、足にでかい穴を開けて動きを一瞬止めさせたルフト……ウン、まあいいじゃん、ゲンマも頑張ったって。

「何言ってんのよ、ゲンマはヴリトラの尻尾と両足を切り落としたりしたじゃない?」
「バカ言うな、アレは向こうがワザと切り落とさせたんじゃねえか……」
「とはいえ、そのおかげでヴリトラはかなり消耗していた訳で、それがあったからこそ最後の技が決まったんですよ、だからこそゲンマさんにも「竜殺し」の称号が刻まれたんでしょう」

 そう、あの戦闘で既に持っている俺以外の3人にも竜殺しの称号が手に入った。
 竜殺しの称号は成竜の単独討伐、もしくは魔竜の討伐に功績ありとみなされるかだが、元来魔竜はいくら束になっても討伐できるような相手ではない。
 つまり3人の竜殺しの称号は通常の竜殺しより遥かに価値が高いのはずなのだが、ステータスの表示的には全く一緒。それってどうなの? とは思うがどうにもならん。

「……やっぱりそうかな?」
「ええ、誇っていいと思いますよ」
「──だよなあ! 俺も内心はそう思ってたんだが、やっぱ、人に断言されると自信になるな!!」

 元気を取り戻したゲンマがとても嬉しそうに、じつに良い笑顔になっている。
 うん、ウゼエ……調子こいてる野郎なんか見ても可愛くもなんとも無い。まあ、7つも年上の男がいじけてる姿はもっと見苦しかったのでまだマシではあるが。
 そしてこっちも若干申し訳無さそうな蜥蜴人リザードマンのオッサンが一人。

「しかし……貰ってよいのだろうか? こんな見事な槍をこの俺が」

 穂先から薄く魔力の波動を溢れさせる魔槍をルフトはしげしげと見つめながら、申し訳無さそうな、しかし目を爛々とさせて槍を見つめる。

「迷宮攻略の証が必要ですからねえ、ヴリトラの死体を残すとそれはそれで面倒事がありますので」

 暴竜ヴリトラは5年前に討伐され、その頭蓋は一度ライゼンにて周辺諸国にも公開された。その後オレが回収したのだが、もしここで再度ヴリトラの死体を残したら、あの時の骸が何らかの力によって復活したのだ、などと噂されては困る。アレはあくまで古代迷宮の作り出した未知の力の塊、という事になってもらうのがベストだ。
 なにより、魔竜の素材が市場に大々的に出回るのも困る。ドラゴンのものとすら比べ物にならない効果を及ぼす素材を求め、命知らずのアホ共が魔竜の討伐隊なんかを組んだりした日にゃ世界が混乱する、被害がバカ共だけで済めばいいが、怒り狂った魔竜が人類に牙を向ける未来を想像すると……想像すると……ああ、胸が痛むとも、それはもう。

「それに、本当にコレ・・が出たなんて事が判ったら、それこそ騒動の火種になってしまいますから、どうしてもオトリが必要なんですよ」

 俺は腰の異空間バッグをポンポンと叩き肩をすくめる。

「……囮……このような神器にも等しい武器が囮か……」
「ですが、武器が良くても結局は使い手次第ですから、慢心は禁物ですねえ」
「ぐっ……返す言葉も無いな」

 その槍を振るいながら、只の棒切れに押さえ込まれた自分を嘆くようにルフトは、俺の1.5倍近い巨躯を小さく丸めて反省している。

「スゴイですジンさん! ──いえ、シンさん」
「別にどっちでも構いませんよ、シンでもジンでも」

 目をキラキラさせながら駆け寄ってくるエル坊に向かって俺は答える。
 どうせもう会うことも無いだろうしな。
 町の騒ぎが収まる頃、エル坊には約束通り俺の身の上話を語って聞かせてやった。
 とは言ってもザックリと、色々とエルのトラウマにならないよう、オブラートを5枚くらい重ねで包んだ話だったが。

 ──子供の頃から器用だった俺は、魔法や鍛冶仕事など、色んな知識を街の大人達から教わり、神童などと呼ばれていた。
 しかし10歳の頃家族を失い、その現実に耐えられない俺は街を捨てて放浪の旅に出る、そんなある時度の途中で俺は変わり者のジイサンと出会い、そのジイサンから槍の技を教え込まれる。

色々・・とおかしなジイサンでね、自分の事を「槍聖」なんて吹いてましたよ」

 冗談めかしてオレが笑うと、エルは「槍聖」という言葉に興奮したのかそのジイサンの事を詳しく聞きたがった。請われるままに俺も色々聞かせたが、喜ぶエルとは対称的にサビーナとカレンが顔を青くしていたのが印象的だった。
 その後、ジイサンと別れて一人で旅を続け、表向きは「薬師のシン」として各地で自作の薬を売りながら生計を立てている。

「──ここに来た理由についてはナイショですぜ? あと、「シンドゥラ」って名前についても他言無用に願います」

 さすがに何でもかんでも喋る訳にはいかない、エルの好奇心はある程度満たせたみたいだし、シンドゥラの名前に関してはこれまたカレンが首を縦にブンブンと、軍人上がりのイレーネが横にブルンブルンと力強く振っていたので、他の連中もそれ以上言及する様子は無かった。ホント、長生きする人は引き際をわきまえている人だと思う。


………………………………………………
………………………………………………


「……それで、これから皆さんはどうされるので?」

 シンは炭化タングステンの棒を肩に担ぐと、その場の面々に問いかける。
 ルフトは魔槍を背負うと、リトルフィンガーを一瞥し、

「俺はコミュニティのリーダーとしてここにまだ残らねばならん。仲間もいるし、何よりウチはこれからが大変だ」

 迷宮攻略を果した異種混合は、今後ライゼンから派遣される軍や文官など、新たに手に入った領土を管理する連中とこの町の繋ぎ・・の役目が残っている。
 この地が国家の所有物となった以上、今まで通りの自由な人の出入りや税の問題など出てくるかもしれないが、その辺をあまり厳しくしてしまうと逆にこの町自体が寂れてしまう、その為にルフト達は、ライゼンの紐付きと言う立場ではあるものの、町の繁栄の為に探索者ギルドをはじめ、各コミュニティやギルドと連携を取ってゆかねばならない。
 せっかくの槍を振るう機会が少なくなる──そう嘆くルフトだった。

「ボクは一度実家に戻ります。家族やみなさんに話したい事が沢山出来ましたから!」
「エル坊、くれぐれも」
「ハイ、シン・・さんの事は上手く誤魔化しますから」
「話すのは話すのね……」
「ハイ♪」

 あまりに屈託の無い笑顔に、ダメと言えないシンは周りの護衛たちにアイコンタクトで、

『もしもの時はちゃんと止めろよ?』
『わかってます!!』

 一抹の不安を残しながらシンは、この場を後にするエル達を見送る。
 そしてシンはシュナとゲンマに顔を向け、

「お二人はすぐに国元へ?」
「ハッ、すでに他の者は迷宮攻略の報を伝えに戻りましたが、私達もそろそろ出立しようかと思っております」
「そんでよう、ジンの事はやっぱり黙ってなきゃダメか?」
「!! このバカゲンマ!! 申し訳ありませんシンド──」
「はいストップ」

 頭を下げようとするシュナをシンは手で制し、その後に続く言葉を飲み込ませると、

「まあ、詳細を聞かれれば色々矛盾が出て結局……てな事になるかもしれませんからねえ。2人は王に直接謁見できるのでしょう?」
「はい」
「ならば文官達に報告を上げる前に、王に直接詳細を伝えて他の口は塞ぐように仕向けてくださいな」

 シンの言葉に2人はコクリと頷き、口を引き締める。
 シンの表情は柔らかく目つきも柔和ではあったが、その奥に光る冷たい物に気付かないほど2人も鈍感ではなかった。
 その場を離れる2人の背中を見送ると、シンも「ウ~ン」と背伸びを一つすると、

「それじゃあ俺達も行きますかね」
「もう行くのか?」
「ええ、前にも行ったと思いますが、俺たちがここに来たのは「お使い」でしてね。それを果したんで急いで戻らにゃならんのですよ」

 背中越しにそう話すシンの両サイドには、リオンとルディがいつのまにか並んでいる。

「それじゃね、オジサン!」
「なかなか楽しかったですよ」
「それじゃルフトさん、お元気で」

 別れの言葉を受けながらルフトは3人に向かって大きく手を振る。
 そして、

「達者でな! もし機会があったら俺の故郷にも遊びに来てくれ」
「そうですね、気が向けば」
「出来れば義妹が一人身の間に──」
「だからなんで異種族間異性交遊をさせたがるんだ、テメエは!?」
「さすがシン、守備範囲が広いね♪」
「シン、その辺の所を詳しく話してもらえますか?」
「お前ら何か誤解してない!?」

 賑やかしく離れる3人の後姿に向かって、ルフトはずっと手を振り続けた──。
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