転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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6章 ライゼン・獣人連合編

268話 防寒対策

 十一月ともなればさすがに夜は寒い。南大陸サザント育ちの俺にしてみれば尚更だ。
 ……だというのに、

「本当に寒いのが苦手なんですねえ……それで冬本番になったらどうなるんです?」

 夜営中の焚き火の真ん前で、手をかざしたまま微動だにしない、えらく古典的なパントマイムに忙しいルフトに向かってそう話しかけるのだが、

「………………………………」

 返事が無い、ただの……もとい、冬眠間近のトカゲにしか見えんな。

「しょうがねえさ、ルフトは俺ら獣人の中でも「獣化率」が高けぇからな」
「獣化率?」

獣化率──獣人において、ベースとなる獣の外見的特徴や生態特性をどれだけ濃く受け継いでいるかの指標。

 そういえば、ルフトなんかは直立歩行するトカゲにしか見えないが、オルバやガリュウなんかはヒトと獣で半々ってくらいヒト成分強めだよな……どっちも体毛はかなり濃そうだけど。
 リーヴァルなんて、わざわざウサ耳獣人と言ってしまうくらいに人間型で、それこそ頭にウサ耳を着けてるだけにしか見えないからなあ……だからなんで男なんだよ、アンタ。
 さらに、外見特徴は生態特性にも影響するらしく、ほぼヒト型のリーヴァルであっても五感に加えてウサギ特有の脚力を備えており、ルフトレベルの獣化率まで来るとトカゲ並に肉体の欠損部位の再生も可能らしい。マジか、この薬師の天敵め。

「へぇ……ん? となると、パートナーに選ぶ異性はやっぱり同族の、しかも獣化率も同じくらいの方を選ぶんでしょうか?」

 婚活大変そうだな……。
 そんな俺の懸念は、その場の全員に一蹴される。
 曰く、獣人ビーストマンのパートナー選びに種族や見た目は関係無いそうだ。
 もちろん同族の異性とつがいになるのが大多数ではあるが、時には異種族婚もあるらしい。
 そんな時、生まれてくる子供は決まって「どちらかの」種族特性を受け継ぐそうで、ほとんどが母親側を受け継ぐらしいのだが、父親の方が高レベル冒険者だったり圧倒的に強い場合は、父親側の素養を受け継ぐ事もあるそうだ。

「まあ俺達は全員、同族の嫁さんを貰ってるけどな」
「だけどルフトんとこは大変だぜ、嫁さんの獣化率はリーヴァル並みの低さだしな」

 ──なんだと?

「あの細い身体でルフトの巨体にのしかかられたんじゃあ、毎回嫁さんも大変だろうぜ」
「なにより美人だしな、久々の里帰りで大変な事にならねばいいが」

 くそ! お前ら全員が妻帯者というだけでも腹立たしいのに、ルフトにいたっては美人の嫁さんだと!? しかも驚きの獣化率(の低さ)!
 俺の脳裏に、頬骨の辺りや手足の一部が艶やかな鱗で覆われ、トカゲの特性を受け継いだ手入れ不要のスベスベのお肌、感情に反応してピクピク動く尻尾を生やした妙齢の女性像が投影される。
 やいルフト、その槍返すか、ハードラックに愛されるようなエンチャント付けさせろ!

「………………………………」

 しかし、ルフトはそんな俺達の会話など右から左へ、ひたすら焚き火の炎に集中している。
 冬場に敵が襲ってきたらどうするのか、本気で心配になるわ……。
 なので聞いてみた。

「変温動物系の獣人って、冬場はどうしてるんですか?」

 この調子だと、種族全体ヤバイ感じしかしない。

「なぁに、そういう連中は冬場になるとさとに帰って家の中でゴロゴロしてるのさ」
「冬場は主に獣化率の低い連中が働き夏場はその分、獣化率の高いやつが働く、能力的にも恵まれてるからな」
「獣人連合内ならケンカ程度はまだしも、種族間抗争なんてしようもんなら、一族郎党つまはじきに遭うしよ」

 とりあえず安全……なのか?
 ちなみに、そういう時にこそ役に立つ「マッド・ペッパー」らしいのだが、ルフトは肌に合わないらしく、すぐに肌が炎症を起こしてしまうのだそうだ。強いのか弱いのかどっちだ、アンタ。

「シン……」

 俺の視線に気付いたのか、ルフトが話しかけてくる。しかし、実に弱々しい。

「どうかしましたか、ルフトさん?」
「情け無い姿を晒した上、重ねて申し訳ないのだが……こんな時に効く薬は無いものだろうか?」

 防寒具ではなく、防寒薬と来ましたか。

「酒でも飲むんじゃダメですかね?」
「あいにくこの身体は酒の分解も速くてな、体温が上昇する前に抜けてしまう」

 アンタどんだけ不遇な身体してんだよ……。
 なんだか可哀相になってきたので、俺は腰の異空間バッグをゴソゴソと漁る。

「なんだシン、マジでそんな都合のいいもん持ってるのか?」
「都合がいいというか……この前作ったばかりの試作品ですが、まあ一応」

 俺は異空間バッグから一リットルサイズのガラス瓶を取り出し、フタを開けて中から丸い飴玉を取り出す。

「ソイツは──?」

寒露飴カンロあめ──体温を上昇させる効果のある飴。
 蜂蜜とすりおろしたランジャの根を牛の乳に溶かして煮詰めた後、それが冷えて固まる前に、炒って辛味が増したマッド・ペッパーの粉末を混ぜて飴玉状にしたもの。
 舐めると暫くの間、身体の内部から温められる状態が続く。
※熱を生み出すためにカロリーを消費するので、けっこうお腹が減る。

「オルバさんに貰ったマッド・ペッパーを使って作ってみたんですが、獣人にも効くかは試して無いので分からないですねぇ……」

 そう言いながらルフトの顔をチラ見するのだが、

「────────────」

 ガン見も甚だしい、視線が飴玉から離れねえよ!
 舐めてみます? ──と目で問いかけると、ルフトの頭は激しく上下し、なにやら大切な贈答品を受け取るかのように両手を恭しく差し出す……それほどまでにか!?
 俺が手の平の上に飴玉を乗せると、一度だけスンスンと匂いを嗅いだルフトは、

 パクン──ゴリ……ゴリリ──ゴクン。

 ……オイ、飴玉だっつってんだろ。

「…………!! オオッ、これは!?」

 そして効果が出るの早っ!
 獣人だからか? それともルフトの胃袋が特殊すぎるのか?
 おもむろに立ち上がったルフトはフンスと荒い鼻息を鳴らすと、以前俺が作ったヴリトラの魔槍を握り、野営地から離れた場所で素振りを始めだす。

 ブォン──!!

 ん~? 前見た時より槍を振るう速度が上がってないか?

「おお、ルフトのやろう絶好調だな。夏場の全盛時みたいだぜ」
「全盛時?」
「ああ、ルフトは七~八月の暑い季節が一番元気でよ、反面冬場はまあ……あんなだ」

 つまりアレだ……効きすぎたか。
 やっぱりマッド・ペッパーの粉末を混ぜたせいで細胞の活性化が勢いづいたからか? 炒らずに粉末にした方が、いや材料をアギア・ガザルの実にしておいた方が良かったか?
 なにせ、ちょびっと粉末を舐めただけで俺も酷い目に遭ったしな、アレ……。
 さすがに俺も、アッチマッド・ペッパーをアトラに食べさせようなどとは思わない。泣かれても困るし、喜ばれたらもっと困る・・・・・
 そして、目を瞑ってそんな事を考えていたら、いつのまにかルフトがいなくなっていた。

「あれ──ルフトさん?」
「ああ、なんか気力が充実しすぎて治まらんので、「一狩りしてくる」つって走ってった」
「…………」
「魔物のニ~三匹も狩ったら戻ってくるだろ。それよりスゲェなアレ、俺にも一つくれよ」
「あ、俺も」

 オルバとガリュウが興味津々といった風で俺を見てくる、リーヴァルは遠慮している所を見るあたり、獣化度が高いほど好奇心も強いのだろうか?
 野生が間違った方向に活性化されてるな。
 とはいえ、俺としても検体・・は多いほうがありがたいのも事実だ。かつては肩を並べて剣を振るったこともある相手に対して心苦しくはあるが、本人が納得しているのだから問題は無いよな?
 俺の渡した飴玉をバリボリと噛み砕く──だから舐めろよ──二人も、何事も無かったのは少しの間だけで、

「!! ウオオオォォ──!!」
「来ぃたぁぜぇぇぇぇぇぇ──!!」

 上半身の筋肉をビクビクと躍らせながら、荷物の中から得物を取り出すと、鎧も着けずに夜の中へ消えて行った──。
 ………………………………。

「シン……」
「……別に危険な成分は入っていないはずなのですが……」

 リーヴァルの真剣な眼差しを受けた俺も、これはさすがに弁明しないといけない。
 ──と思っていたのだが、

「いや、その辺はどうでもいいから、アレを大量に作る事は出来るだろうか?」
「……………………ハイ?」
「うん、アレを大量に備蓄しておけばいざと言うときの防衛力に……いや、むしろ常備させておく事で今後は獣人連合の軍事力のバラつきは無くなるか……」

 リーヴァルの赤い瞳が別の方向にイッちゃっていた。

「あのぉ……」
「安心しろシン、お前の獣人連合への入国に関しては、俺たちが全力でサポートするぞ。なんならウチの一族に賓客ひんきゃくとして迎えてもいい」
「!! いえいえ、そこまで大仰おおぎょうにして頂く訳には……」

 全力で御免こうむるわ──!!
 そんな、及び腰の俺を見たリーヴァルは、俺の肩に腕を回すと悪魔のような囁きをしてくる。

「ウチの一族の娘達はみな可愛いぞ──」
「────!?」

 それはまさか、アレか? バニーなガール達の楽園だと言いたいのか!?
 反射的に真剣な表情を浮かべた俺の顔を見てニヤリと笑うリーヴァルは、色々と俺に吹き込んでくれやがる。
 なんでも、リーヴァル達ウサ耳獣人たちは、マジでウサ耳獣人と呼ぶのが正しいのかと思うほどに獣化率が低いものばかりなのだそうだ。
 まれに獣化率の高い子が生まれると、その高い戦闘力や潜在魔力によって族長、または重要な役職につくことになるらしい。
 そんなウサ耳さん達だが、ある時期になるとウサ耳さん達は男も女もヒト族の国に出稼ぎに出るらしく、かえって来る時にはかなりの大金を持って帰るそうだ。
 とくに如何いかがわしい仕事と言うわけでもなく、宿屋の給仕や酒場でお酌をする程度の仕事で充分な報酬がもらえるらしい……コッチの連中もたいがい業が深いな。
 まあ、そんな事はどうでもいい、大事な事は俺のこれからだ!

「リーヴァルさん、その辺の話をもう少し詳しく聞きたいのですが……」
「そうだな、どうせアイツらが帰ってくるまで時間はたっぷりある、酒でも飲みながらゆっくりと話すとしよう」
「あ、酒ならいいのがありますから出しますよ」
「おお、ありがたい──」

 その後、キャンプ地から出て行った三人が大量の魔物の死体を持ち帰るまで、シンとリーヴァルの会話が途切れる事は無かった。
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