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6章 ライゼン・獣人連合編
269話 ライゼン
ライゼン──東大陸の南西部にある小国家のひとつ。
かつて「邪竜の水飲み場」と呼ばれていた湖イズナバール、それを囲むように存在する四つの国のうちの一つであり、それぞれ北にシュゲン、東にライゼン、南にドウマ、西にモロクが存在する。
何者かによって邪竜が討伐され、イズナバール湖近辺に古代迷宮が発見されると、各国領地の中心に白紙となって存在する土地の領有権および古代迷宮の管理権を巡り、各々の派遣した人材による迷宮踏破の競争が行われ、その結果ライゼンが古代迷宮を踏破し、正式にライゼンの領地として吸収される事になる。
めでたしめでたし──なんて言えれば世界は平和なんだが、現実はそう簡単にいかないらしい。
そもそも古代迷宮は国家によって「管理・運営」されてはいるが、国家の所有物では無いそうだ、俺も知らなかった。
古代迷宮の奥から持ち帰られる無尽蔵にも思える財宝や魔物の素材など、一国が恒常的に受け続けるには過ぎた恩恵だとして、国家による所有権の主張を禁じているんだとか。
その為、古代迷宮を擁する国はその土地を「探索者」登録をした者に開放し、迷宮探索を終えた彼等から素材や財宝を買い取り、そこで発生する商売や地域の活性化による税収など、ある種の観光事業となっていたりもする。
ただし、古代迷宮の最深部で手に入る秘宝だけは、古代迷宮を管理する国家に帰属するものとして、探索者が持ち出すのを禁止しているそうだ。まあその辺の飴が無いと国の方も納得はしないって事か……。
ところで、この取り決めがされたのは二〇年程前と、ごく最近の事らしい。
それまでは、やはりそこで得られる利益が大き過ぎるという事でたびたび所有権を争って戦争が起きていたそうだ。南大陸でも当時古代迷宮を所有していたハルト王国に対してあのカドモスが執拗に手を出していたらしい……ったく、今も昔も碌なことをしねえな、あそこは。
それで、戦争が起きる原因が古代迷宮にあるのなら、いっそ国家から取り上げてしまえという事で締結された国際条約みたいなものらしいが、発起人はなんと、ブレイバード帝国なんだとよ。
他の三国──東大陸のは当時未発見だからな──は出来れば反対したいところだったが、古代迷宮を独占して得られる利益と戦争によって疲弊する国力を秤にかけ、その提案を飲まざるをえなかった。何より、その強大さゆえに攻めいれられる心配の無い帝国の発案である、断る理由が無かった。
その結果、古代迷宮を巡って戦争が起きる事は無くなり、古代迷宮の周辺には商人や職人が溢れ、経済的にも国家の安定にとっても良い事ずくめと言ってよかった──表向きは。
人が多く流れ込んで経済が活性化する──裏を返せばつまり、各国が放った密偵や裏家業の人間がそういった者の中に紛れて流入するリスクも孕んでいるのだから、その辺の面倒事もセットで国が負わなけりゃならんとは面倒な話だ。
ただ、その中で帝国、あそこが管理している五大陸中最大の古代迷宮は中央大陸の中心付近にあるので、仮に古代迷宮目当てを装って入国を図ろうにも、帝国内で途中何度も審査を受けることになり、各国の密偵がその網をすり抜けるのは難しいといえる。
それに比べて他国の古代迷宮周辺はといえば……うん、この条約の発起人が誰か、聞かなくても判るわ。
そんな、余分に背負い込んだ面倒事のせいだろうか、ライゼンの衛星都市の一つであるここ「コウエン」も、都市全体の空気が若干ピリついており実に居心地が悪い。
入都市審査にしても、俺がモグリだという事を差し置いても執拗に理由を聞かれる。
とはいえ、審査が長いからといって「では結構です」などと捨て台詞を吐いてこの場から逃げようとすればそれこそ不審者として捕縛される可能性が最大値。
結局、俺の入都市審査が長すぎる事を不審に思ったルフト達四人のおかげで事なきを得たのだが、なに、アンタ達そんなに影響力高いの?
「シン、そりゃあお前、俺たちゃ一応古代迷宮の踏破パーティなんだぜ?」
「あ!」
「シンよ……お主がその設定を忘れてどうするのだ」
そうかそうか、獣人連合から派遣されてるコイツらって、一応はライゼン主催のコミュニティ所属だった訳だから、こっちじゃ地元の英雄みたいなもんだったわ。
そんな訳で無事ライゼンへ入国および入都市出来た俺だが……よく考えたらわざわざ金を払って街に入る理由が特に無かった。
まあ、一つ言い訳をさせてもらえば、タイミングが全て悪かった。
自身の思い描いた未来予想図を墨で塗りつぶされたジェリクは、結局みんなと冒険者家業を続けるそうで、そのせいで荷車とロバが不要になってしまった。
甘ったれのアイツ等が俺に泣きついて来た所を、丁度俺もリーヴァルとの話し合いで寒露飴の大量生産をする事になっており、その為に材料の牛の乳を運搬する必要があったため、ロバごと荷車を買い取った。もちろん相場の半額で。
ただ、そんな運搬用の荷車を持っている商人──俺は薬師なんだが……──が、荷台を空にしたまま都市に入らないなどありえない話な訳で……結論、ジェリク達が悪い。うん、きっと。
作業員としての報酬を受け取りに役所へ行くルフト達……役所の連中驚くんじゃねえか? ……と別れた俺は、以前は気にもしなかったライゼンの街並みに目を向ける。
ライゼンは、東と西では街並みがまるで違う。
ライゼンの北東に位置するコウエンの街並みは、石造りの建物の並ぶ、なんというか地中海風建築だ。
東洋的な要素が漂うゲンマの鎧やシュナの巫女服が、なんだかとたんに胡散臭く見えてくるのは、きっとこの世界で俺だけの感性だと思う。どうせエルダーあたりは「コレはこれでアリ」とか言ってるはずだからな……。
一応理由はあるらしく、この都市のさらに東、獣人連合と国境を挟んですぐの土地は湖と、それに隣接する形で広大な湿地帯が広がっているらしい。
季節風がもたらす湿気を帯びた空気は、石やレンガ造りの建築にとってあまり嬉しくはないらしいのだが、それは夏場の一時期のみで、その他の季節この一帯の空気は乾燥が激しく、木造建築ではいざ火災が起きた時に被害がとんでもない事になるのだそうだ。
ただこれが、ライゼンの中央以西になると湿度も適度なものへと変化するため、そちらでは木造建築が主流だそうで、街並みもガラリと変わる。
つまり、石造りの街並みが見られるのはライゼンの中でも北東に位置するコウエンと、南東に位置する「オウカ」の二都市だけらしい。
……という話を俺は、御者台に座ってロバを歩かせながら、後ろの荷台に乗っているゲンマとシュナ──主にシュナから話を聞いた。
「シン様──いえ、シン……あの先の十字路を右に曲がった通りに行商人がよく利用する宿屋が多く並んでおりまして、そこならこの荷馬車も預かってもらえるはずです」
「……ありがとうございます」
「──いやあ、入都市審査の連中から緊急の通達があったと聞いた時は、一体何事かと思ったぜ」
「ちょっと、ゲンマ!」
「なんだよ、本当の事だろ?」
どうやら、俺の入都市審査での事が上の方に挙がってしまったらしい。
まあ確かに、身分証を一切持たないモグリの薬師が、ルフト率いる高名なパーティの後ろ盾を貰って審査を通ったなんて、普通に考えて要注意案件だろう。
第一、ライゼンと獣人連合はあくまで「友好関係」の間柄であって、同盟国と言う訳でも無い。
しかし、それだけの理由でルフト達が身元を保証する俺に対して、あらぬ嫌疑をかけるわけにも行かない、どうする? という所に、別の用事でたまたまその場にいたゲンマとシュナに白羽の矢が立った、という訳だ。
二人ならルフト達とも面識がある、もしかしたらその不審な人物に対しても何か知っている可能性もある、との事で、わざわざライゼンでもかなりの重要人物二人が出張ってきたらしい。
……まあなんだ、十中八九俺だと思ったらしい。
しかも、ゲンマは単に顔が見たかっただけだと言う、アホの子らしくアホな理由に対してシュナの方はと言えば、別の人間が俺に対して失礼を働いた場合の報復を恐れて、文字通り飛んで来たらしい……どうも彼女の俺に対する認識が、根本の部分で間違っているのではと思うのは、決して俺の気のせいではないはずだ。
「シン……なんと申せばよいか……申し訳ありません」
「……まあ、いいんですけどね」
出来れば何事も無く街を出られればいいんだが……そもそもどうしてこうなった?
………………………………。
……結論、やっぱりジェリク達が悪いな。うん、きっと、絶対。
大事な事なので二回言いました──。
「どうせなら俺かシュナの実家にでも泊まればいいのに。宿代もタダだし歓迎もしてくれるはずだぜ?」
「全力でお断りします!!」
「ゲンマ! アンタは本当に……申し訳ありません、シンさ──シン」
本当に、どうしてこんな残念な子がライゼンの「筆頭剣士」なんてやっているんだろう……。
かつて「邪竜の水飲み場」と呼ばれていた湖イズナバール、それを囲むように存在する四つの国のうちの一つであり、それぞれ北にシュゲン、東にライゼン、南にドウマ、西にモロクが存在する。
何者かによって邪竜が討伐され、イズナバール湖近辺に古代迷宮が発見されると、各国領地の中心に白紙となって存在する土地の領有権および古代迷宮の管理権を巡り、各々の派遣した人材による迷宮踏破の競争が行われ、その結果ライゼンが古代迷宮を踏破し、正式にライゼンの領地として吸収される事になる。
めでたしめでたし──なんて言えれば世界は平和なんだが、現実はそう簡単にいかないらしい。
そもそも古代迷宮は国家によって「管理・運営」されてはいるが、国家の所有物では無いそうだ、俺も知らなかった。
古代迷宮の奥から持ち帰られる無尽蔵にも思える財宝や魔物の素材など、一国が恒常的に受け続けるには過ぎた恩恵だとして、国家による所有権の主張を禁じているんだとか。
その為、古代迷宮を擁する国はその土地を「探索者」登録をした者に開放し、迷宮探索を終えた彼等から素材や財宝を買い取り、そこで発生する商売や地域の活性化による税収など、ある種の観光事業となっていたりもする。
ただし、古代迷宮の最深部で手に入る秘宝だけは、古代迷宮を管理する国家に帰属するものとして、探索者が持ち出すのを禁止しているそうだ。まあその辺の飴が無いと国の方も納得はしないって事か……。
ところで、この取り決めがされたのは二〇年程前と、ごく最近の事らしい。
それまでは、やはりそこで得られる利益が大き過ぎるという事でたびたび所有権を争って戦争が起きていたそうだ。南大陸でも当時古代迷宮を所有していたハルト王国に対してあのカドモスが執拗に手を出していたらしい……ったく、今も昔も碌なことをしねえな、あそこは。
それで、戦争が起きる原因が古代迷宮にあるのなら、いっそ国家から取り上げてしまえという事で締結された国際条約みたいなものらしいが、発起人はなんと、ブレイバード帝国なんだとよ。
他の三国──東大陸のは当時未発見だからな──は出来れば反対したいところだったが、古代迷宮を独占して得られる利益と戦争によって疲弊する国力を秤にかけ、その提案を飲まざるをえなかった。何より、その強大さゆえに攻めいれられる心配の無い帝国の発案である、断る理由が無かった。
その結果、古代迷宮を巡って戦争が起きる事は無くなり、古代迷宮の周辺には商人や職人が溢れ、経済的にも国家の安定にとっても良い事ずくめと言ってよかった──表向きは。
人が多く流れ込んで経済が活性化する──裏を返せばつまり、各国が放った密偵や裏家業の人間がそういった者の中に紛れて流入するリスクも孕んでいるのだから、その辺の面倒事もセットで国が負わなけりゃならんとは面倒な話だ。
ただ、その中で帝国、あそこが管理している五大陸中最大の古代迷宮は中央大陸の中心付近にあるので、仮に古代迷宮目当てを装って入国を図ろうにも、帝国内で途中何度も審査を受けることになり、各国の密偵がその網をすり抜けるのは難しいといえる。
それに比べて他国の古代迷宮周辺はといえば……うん、この条約の発起人が誰か、聞かなくても判るわ。
そんな、余分に背負い込んだ面倒事のせいだろうか、ライゼンの衛星都市の一つであるここ「コウエン」も、都市全体の空気が若干ピリついており実に居心地が悪い。
入都市審査にしても、俺がモグリだという事を差し置いても執拗に理由を聞かれる。
とはいえ、審査が長いからといって「では結構です」などと捨て台詞を吐いてこの場から逃げようとすればそれこそ不審者として捕縛される可能性が最大値。
結局、俺の入都市審査が長すぎる事を不審に思ったルフト達四人のおかげで事なきを得たのだが、なに、アンタ達そんなに影響力高いの?
「シン、そりゃあお前、俺たちゃ一応古代迷宮の踏破パーティなんだぜ?」
「あ!」
「シンよ……お主がその設定を忘れてどうするのだ」
そうかそうか、獣人連合から派遣されてるコイツらって、一応はライゼン主催のコミュニティ所属だった訳だから、こっちじゃ地元の英雄みたいなもんだったわ。
そんな訳で無事ライゼンへ入国および入都市出来た俺だが……よく考えたらわざわざ金を払って街に入る理由が特に無かった。
まあ、一つ言い訳をさせてもらえば、タイミングが全て悪かった。
自身の思い描いた未来予想図を墨で塗りつぶされたジェリクは、結局みんなと冒険者家業を続けるそうで、そのせいで荷車とロバが不要になってしまった。
甘ったれのアイツ等が俺に泣きついて来た所を、丁度俺もリーヴァルとの話し合いで寒露飴の大量生産をする事になっており、その為に材料の牛の乳を運搬する必要があったため、ロバごと荷車を買い取った。もちろん相場の半額で。
ただ、そんな運搬用の荷車を持っている商人──俺は薬師なんだが……──が、荷台を空にしたまま都市に入らないなどありえない話な訳で……結論、ジェリク達が悪い。うん、きっと。
作業員としての報酬を受け取りに役所へ行くルフト達……役所の連中驚くんじゃねえか? ……と別れた俺は、以前は気にもしなかったライゼンの街並みに目を向ける。
ライゼンは、東と西では街並みがまるで違う。
ライゼンの北東に位置するコウエンの街並みは、石造りの建物の並ぶ、なんというか地中海風建築だ。
東洋的な要素が漂うゲンマの鎧やシュナの巫女服が、なんだかとたんに胡散臭く見えてくるのは、きっとこの世界で俺だけの感性だと思う。どうせエルダーあたりは「コレはこれでアリ」とか言ってるはずだからな……。
一応理由はあるらしく、この都市のさらに東、獣人連合と国境を挟んですぐの土地は湖と、それに隣接する形で広大な湿地帯が広がっているらしい。
季節風がもたらす湿気を帯びた空気は、石やレンガ造りの建築にとってあまり嬉しくはないらしいのだが、それは夏場の一時期のみで、その他の季節この一帯の空気は乾燥が激しく、木造建築ではいざ火災が起きた時に被害がとんでもない事になるのだそうだ。
ただこれが、ライゼンの中央以西になると湿度も適度なものへと変化するため、そちらでは木造建築が主流だそうで、街並みもガラリと変わる。
つまり、石造りの街並みが見られるのはライゼンの中でも北東に位置するコウエンと、南東に位置する「オウカ」の二都市だけらしい。
……という話を俺は、御者台に座ってロバを歩かせながら、後ろの荷台に乗っているゲンマとシュナ──主にシュナから話を聞いた。
「シン様──いえ、シン……あの先の十字路を右に曲がった通りに行商人がよく利用する宿屋が多く並んでおりまして、そこならこの荷馬車も預かってもらえるはずです」
「……ありがとうございます」
「──いやあ、入都市審査の連中から緊急の通達があったと聞いた時は、一体何事かと思ったぜ」
「ちょっと、ゲンマ!」
「なんだよ、本当の事だろ?」
どうやら、俺の入都市審査での事が上の方に挙がってしまったらしい。
まあ確かに、身分証を一切持たないモグリの薬師が、ルフト率いる高名なパーティの後ろ盾を貰って審査を通ったなんて、普通に考えて要注意案件だろう。
第一、ライゼンと獣人連合はあくまで「友好関係」の間柄であって、同盟国と言う訳でも無い。
しかし、それだけの理由でルフト達が身元を保証する俺に対して、あらぬ嫌疑をかけるわけにも行かない、どうする? という所に、別の用事でたまたまその場にいたゲンマとシュナに白羽の矢が立った、という訳だ。
二人ならルフト達とも面識がある、もしかしたらその不審な人物に対しても何か知っている可能性もある、との事で、わざわざライゼンでもかなりの重要人物二人が出張ってきたらしい。
……まあなんだ、十中八九俺だと思ったらしい。
しかも、ゲンマは単に顔が見たかっただけだと言う、アホの子らしくアホな理由に対してシュナの方はと言えば、別の人間が俺に対して失礼を働いた場合の報復を恐れて、文字通り飛んで来たらしい……どうも彼女の俺に対する認識が、根本の部分で間違っているのではと思うのは、決して俺の気のせいではないはずだ。
「シン……なんと申せばよいか……申し訳ありません」
「……まあ、いいんですけどね」
出来れば何事も無く街を出られればいいんだが……そもそもどうしてこうなった?
………………………………。
……結論、やっぱりジェリク達が悪いな。うん、きっと、絶対。
大事な事なので二回言いました──。
「どうせなら俺かシュナの実家にでも泊まればいいのに。宿代もタダだし歓迎もしてくれるはずだぜ?」
「全力でお断りします!!」
「ゲンマ! アンタは本当に……申し訳ありません、シンさ──シン」
本当に、どうしてこんな残念な子がライゼンの「筆頭剣士」なんてやっているんだろう……。
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