転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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6章 ライゼン・獣人連合編

270話 帰郷

 シュナとゲンマの近況・・を聞いたシンは、朝も開けきらぬうちから市場で飼葉や牛の乳など色んな物を買い込んでコウエンの街を後にする。
 ……給金を貰って里帰りするルフト達四人を荷車に乗せて。

「いやあ、タダで乗せてもらって悪りぃな」

 欠片も悪びれない獅子獣人オルバの言葉を背中で受けながら、シンも軽口を返す。

「心配要りませんよ、コッチもタダで護衛をしてもらってる訳ですから」

 積荷を満載した荷車が街を出るのに、護衛無しなどありえない。だからシンは給金を貰ったその日のうちに街を出ようとする四人を、宿代まで払って翌日まで引き止めて荷車に乗せている。
 名が売れたせいで顔まで知られている四人を乗せているため、同じ様に帰郷する獣人たちに声をかけられる事は多いが、その分面倒事を起こしそうな連中は近付いてこない。虫除け効果は抜群だった。

「オイオイ、冒険者をタダ働きさせるつもりか? あこぎな商人じゃねえか、ガハハハ」
「へえへえ、あいにく俺は薬師であって商人じゃありませんよ。それに、無理に危険から守ってもらわなくても大丈夫ですよ、そうなった時は荷馬車ごと積荷を捨てて逃げ──」
「ダメだ!!」
「積荷もシンも、俺たちが絶対に守る!」

 ルフトとリーヴァルが強い声で断言する。

「わぁーってるって、心配しなくても、いざって時はやってやるって」

 四人とも積み荷が何であるか、そしてそれをどうするのかは知っており、それの価値は身をもって知っているので、かりにシンに頼まれなくても護衛を買ってでていただろう。特にリーヴァルとルフトの二人は、寒露飴カンロあめの為なら修羅にでもなりそうな勢いだった。
 とはいえ荷馬車が行く道は、舗装されてはいないもののライゼンと獣人連合を繋ぐ二本の交易街道の一つであり、悪党が出張ってくる場面などありはしなかった。
 五人は何事も無く荷馬車での移動を続け、コウエンの街を離れて五日目の朝には道の先に、木材で作った検問所のような建物と大きな門扉を視界に捕らえる。

「……戻ってきたな」

 誰かの呟いた言葉に残りの三人もしみじみと頷く。

ビスタリア獣人連合──数多あまたの種族の獣人ビーストマンが所属する部族間連合国。
 東大陸エステラの南東部全域が獣人たちの棲息圏内であり、その中でも国土部分に当たる支配領域は大陸面積の八分の一ほどに及ぶ、規模だけで言えば帝国に次ぐ大陸第二の列強国。
 ただし、多種族間での連携などはほとんど見られず、反目する種族・部族も少なくないため国の規模に比べて国力は高くない。
 軍事面においても統制が取れているとは言い難く、ただの人間を凌駕する能力を個々が持っているにもかかわらず、同数の戦では互角の戦いを強いられる事も多い。
 この種の問題は、絶対的な指導者の不在によるものが原因と言われている。

 獣人連合の入国審査が行われる場所は数えるほどしかなく、ここはその数少ないうちの一つでありまた、現在は灌漑かんがい事業の為ライゼンとの行き来が盛んな場所。
 その為もあってか、獣人たちの入出国は名前を書いた木札を提出して、時間が空いた時にまとめて処理と言うかなり大ざっぱな手続きをしていた。
 ただし、それは獣人に限った話で、ヒト種のシンについては入念な手続きが──

「通れ──」

 ──無かった。
 入国時は肌身離さず持ち歩くようにと綺麗な羽飾りを渡され、頭にバンダナを巻いてそこに刺しただけで、入国審査は終わった。

「……え?」

 シンは答えを求めるようにルフト達に顔を向けるが、当のルフト達もこんなのは初めて、と言わんばかりに困惑の表情を浮かべる。
 どう考えてもどこかから・・・・・の働きかけがあったとしか思えないシンは、頭を抱えつつもなるべく目立たないように行動しようと、決意を改め荷馬車を転がす。

 ガラララララ……

 やがてシンがその視界の端に捉えたのは、早朝でも無いのに朝靄あさもやの様に地上数十センチの風景が霞んで見える、あしのような草が頭を覗かせた前方に広がる一面の水場。

「……池……湖? いや、湿地帯か……ルフトさん、あれは?」
「シン、とりあえずその視力の良さは隠しておいた方がいいな……あそこは俺達蜥蜴人リザードマンの一族が生活する地、「マニエル湿原」だ」

マニエル湿原──ライゼンと獣人連合の国境線に広がるように南北に続く広大な湿原地帯。
 通常の水深は五〇センチメートルほどだが、雨季になると一メートルまで水位が上がる事もしばしば。
 リザードマン達はハンドツリーと呼ばれる、まるで広げた手を天に突き出す様な形に幹を伸ばす巨木の上に家を建ててそこに家族で住む。
 水辺に生える葦は、そんなリザードマンたちの家財道具に加工されるため定期的に刈り取られ、彼等の生活の一部となっている。
 水深の深さに反し、一抱えもするような魚が周囲を泳いでいたりする。

 早速の目立つ行動に酸っぱい顔を浮かべるシンだったが、遥か前方の湿原に立ち込める霧を見て、さらに渋面になる。

「ルフトさん……陽も高くなろうって時間に未だに霧が立つって、蜥蜴人が生活するには地獄じゃありませんか?」
「……? ──ああ! シン、それは違う。あれは霧ではない」
「へ?」
「まあまあ、行けばわかるからとっととロバを走らせなって」

 オルバに急かされるように荷馬車の速度を上げたシンは、やがて近付くにつれて違和感に気付き、そして湿原が目の前に現れると理解する。

「温かい──まさか温泉、この広大な湿原全部?」
「そういうこった! 面白れぇだろ、ガハハハ!」

 マニエル湿原──別名、マニエル温水公園──常に三〇度前後の温水に満たされた天然の温泉。
 効能──神経痛、冷え性、美肌・・
 シンは【組成解析】で温泉の成分を分析した瞬間、すごい勢いでルフトに向き直ると、そのツヤツヤの肌に視線を這わせ、微妙な表情を浮かべる。

「……どうした、シン?」
「いえ……快適そうな我が家で結構な事です」
「──ルフト?」

 ふと、風に乗って透き通るような美しい声が、会話の途切れたシン達五人の耳に運ばれてきた。
 耳をくすぐる可憐な音に反応した男達が同時に声の方に顔を向けると、そこには膝上十センチ程、白い袖無しのチュニックに身を包んだ、頬骨の辺りの一部と腕と脚の外側二割程度が鮮やかな浅葱色あさぎいろの鱗で覆われた、柔らかい表情を浮かべる美女が立っている。

「ミリル!!」

 そう叫んだルフトは、荷馬車から飛び出すように地面に降り立つと、ミリルと呼んだ女性に向かって突撃し、そのまま女性を抱えあげるとクルクルと独楽の様に回り始める。

「アハハ、ウフフ……とでも聞こえてきそうですねえ」
「ああ、いつも・・・の光景だな」
「……いつも?」
「ルフトの野郎は里帰りするたび、あんなん・・・・だよ」
「………………………………」

 本日二度目の酸っぱい表情になるシンだった──。

「今帰ったぞ、ミリル!!」
「お帰りなさい、あなた──」

 ルフトのメリーゴーランド・・・・・・・・はその後、三分間続いた。
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