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6章 ライゼン・獣人連合編
278話 奇襲
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そこは、ライゼンと獣人連合の国境にある検問所。以前、シンが入国審査を受けた場所でもある。
シンが通った頃には賑わいを見せていたそこも、十一月も終わりに近付き本格的な冬を間近に控えると、帰郷する獣人の姿も見えない。寒さの厳しいこの季節、都市外をうろつく者は少なく、大抵は家に引きこもるか、暖かい地域へ移動するかの二択だからだ。
それゆえ、この時期に入国審査を受ける者がいるとすれば、寒さに強い種族かヒト種の行商人などである。
──だからこそ、彼等も大して疑問には思わなかった。
「通れ──しかし、ここ数日はライゼンからの入国者が多いな」
「そうなのか?」
「ああ、ここ三日ほどは毎日十人程度が手続きに来てるな、今日もお前で四人──!!」
ズブリ──。
入国許可証を取り出すために横を向いた狼獣人は、脇腹に感じる焼けるような痛みに言葉が途切れ、直後にタックルしてきた男によって、その場に押し倒される。
ガラガラ──ドスン!!
「「キサマッ!! なんのつもりだ!?」」
狼獣人の両脇に控えていた二人の熊獣人も、いきなりの出来事に一瞬思考が追いつかなかったものの、すぐに事態に対処するべく、大声を上げて腰の剣に手を掛ける──それがいけなかった。
バァン!!
「「なっ!?」」
二人の上げた声が合図になったのか、検問所の外から数人の男達──審査待ちをしていたライゼンの『兵士』がなだれ込み、彼等に襲い掛かった!
そんな中、地面に寝転んだ二人は──、
「な──に、が……がぁっ!!」
男は、鎧で覆われていない脇腹に突き入れたままの短剣を、二度ほど捻って傷口を大きくした後に引き抜き、今度は両手で強く掴むと、革鎧に守られた心臓へ向かって振り下ろした。
ドスッ──!!
無闇に体温を奪う金属部品を使用せず、ましてや入国審査の一兵士にあてがわれる官給品、そんな物で凶刃を防ぐ事は叶わず、短剣はその鍔元まで、深々と入り込む。
「が……くそ……ムウゥ!!」
狼獣人の審査官は、最後の力を振り絞って警告の咆哮を上げようとするも、男によって下顎を押し上げられ、そのまま意識と命を失った──。
最初に事を起こした男が立ち上がる頃には、残る二人の獣人も男の同胞により、抵抗むなしく地面に倒れた。
「あっけないものだ」
「はんっ、ケダモノふぜいに期待してもしょうがねえさ」
「そうだな──それでは、始めるとしようか」
………………………………………………
………………………………………………
マニエル湿原───湿原という名の温泉地帯とはいえ、日の出前ともなれば空気は冷え込む。
おまけに、気温と水温の差が激しいため、湧きあがる水蒸気はたちまち冷え込み、湿原一帯を深い霧が覆う。
ドドドドドドド──
橋状通路を騎兵の集団が駆け抜ける。
彼等は、枝分かれした横道に数騎単位で入っていくと、馬の鞍に括り付けられた革袋を、袋から伸びたロープを振り回し、勢いをつけて次々と投げる。
投げられた革袋は、蜥蜴人が住居とするハンドツリーの太い幹に当たると、破裂して中身の『油』を周囲にぶちまけた。
キリリ……シュンッ──!
ボウッ!!
そして、騎兵から放たれた火矢や魔道士の魔法によって大木が炎に包まれると、マニエル湿原は昼間のように明るくなる。
やがて、
「キャアアアア!!」
「か、火事だと? なんで!?」
朝が弱いリザードマン達も次々と起きだすものの、マニエル湿原で大量火災などという異変に、思考が追いついて来ず、周りから聞こえる悲鳴は、さらに混乱を誘う。
ザパァン──!!
桶を手にしたリザードマンの男性が湿原に飛び降り、火を消すために水を汲んだ直後──
ズブリ。
「──!! がっ……く……何、が?」
気がつけば、男の胸には剣が突き立てられており、一体に自分に何が起きたのか、それを理解する事無くリザードマンの男性は、その場に崩れ落ちた。
視界不良の中にあって、炎を消すために奮闘するリザードマンが発する音を頼りに、濃霧の中に潜んだ兵士は次の標的に向かって静かに湿原を進む。
「フン、他愛もない──むっ?」
作戦の成功に満足げに頷く男──騎兵隊の指揮官は、本来であればもっと上がっていいはずの悲鳴が、短時間で収束した事に眉を顰める。
そして、少しの沈黙があったかと思えば、次に上がってきたのは、自軍の兵士が上げる、悲鳴だった。
「そんな、一体何が──!?」
──────────────
──────────────
一時の混乱に倒れた者も少なくは無いが、獣人としての本能か、それとも寒さで鈍った思考がたまたま良い方向に動いたか、緊急事態を認識した彼等は全員、寒露飴を口に入れる。
獣化率の高い蜥蜴人の戦士は、騎兵を標的にすると家から一気に跳躍、橋に飛び移ると襲い掛かった。
「寒さで満足に動けない欠陥種族ふぜいが、さっさとくたば──なにぃ!?」
しかし、騎兵に襲い掛かるリザードマンの動きは、冬場のそれではなく、夏場の全盛時さながらの速さと力強さを持ち、手にした槍から繰り出された一撃は、いとも簡単に兵士の心臓を貫いた。
橋の上の安全を確保した彼等は、家族を橋の上に避難させると、今度は湿原に飛び降りて湿原に潜んだ敵に襲い掛かる。
ハンドツリーを包む炎が上昇気流を生み出すと、霧が晴れた中から兵士達の姿が次々とあらわになる。そして、隠れる場所の無い彼等に、リザードマンの攻撃から逃げる術は無かった。
「──ちっ、トカゲどもを甘く見ていたか……仕方あるまい、少し早いが第二段階だ」
予想以上に早い反撃に口をへの字に曲げる指揮官だったが、声を張り上げ指示を出す。
「総員退却!! 急いで『オウカ』へ帰還するぞ──」
その声を聞いた兵士達は慌てた様子も無く、全力で馬を走らせ退却を始めた。
敵の敗走──しかし、家を焼かれ同胞を殺された彼等がそれをただ眺めているだけのはずも無く、
「逃がすか、追え──!! なにっ?」
ドゴーーン!!
橋の下から聞こえる爆発音と揺れる足元、バランスを崩すリザードマンに対し、想定済みなのか、揺れの中でもしっかりと駆け抜ける騎兵集団。そして次の瞬間──
バキバキバキバキ──!!
「なっ! うわああああぁぁぁ!!」
騎兵達が逃げる方向とは反対側から、その巨大な橋状通路が崩落を始める。
工兵と魔道士によって破壊された橋は、リザードマン達を巻き込みながら崩れ落ち、逃げ遅れて一緒に落ちた数騎を残し、マニエル湿原に奇襲をかけた集団は去って行った。
そんな中、敵の馬を奪ってその後を追跡した兎獣人が見たのは、『オウカ』を名乗りながら『コウエン』へ続く街道を駆けてゆく姿だった──。
──その集団の中に、彼等と一緒に馬を駆るシンの姿を目に収めながら。
シンが通った頃には賑わいを見せていたそこも、十一月も終わりに近付き本格的な冬を間近に控えると、帰郷する獣人の姿も見えない。寒さの厳しいこの季節、都市外をうろつく者は少なく、大抵は家に引きこもるか、暖かい地域へ移動するかの二択だからだ。
それゆえ、この時期に入国審査を受ける者がいるとすれば、寒さに強い種族かヒト種の行商人などである。
──だからこそ、彼等も大して疑問には思わなかった。
「通れ──しかし、ここ数日はライゼンからの入国者が多いな」
「そうなのか?」
「ああ、ここ三日ほどは毎日十人程度が手続きに来てるな、今日もお前で四人──!!」
ズブリ──。
入国許可証を取り出すために横を向いた狼獣人は、脇腹に感じる焼けるような痛みに言葉が途切れ、直後にタックルしてきた男によって、その場に押し倒される。
ガラガラ──ドスン!!
「「キサマッ!! なんのつもりだ!?」」
狼獣人の両脇に控えていた二人の熊獣人も、いきなりの出来事に一瞬思考が追いつかなかったものの、すぐに事態に対処するべく、大声を上げて腰の剣に手を掛ける──それがいけなかった。
バァン!!
「「なっ!?」」
二人の上げた声が合図になったのか、検問所の外から数人の男達──審査待ちをしていたライゼンの『兵士』がなだれ込み、彼等に襲い掛かった!
そんな中、地面に寝転んだ二人は──、
「な──に、が……がぁっ!!」
男は、鎧で覆われていない脇腹に突き入れたままの短剣を、二度ほど捻って傷口を大きくした後に引き抜き、今度は両手で強く掴むと、革鎧に守られた心臓へ向かって振り下ろした。
ドスッ──!!
無闇に体温を奪う金属部品を使用せず、ましてや入国審査の一兵士にあてがわれる官給品、そんな物で凶刃を防ぐ事は叶わず、短剣はその鍔元まで、深々と入り込む。
「が……くそ……ムウゥ!!」
狼獣人の審査官は、最後の力を振り絞って警告の咆哮を上げようとするも、男によって下顎を押し上げられ、そのまま意識と命を失った──。
最初に事を起こした男が立ち上がる頃には、残る二人の獣人も男の同胞により、抵抗むなしく地面に倒れた。
「あっけないものだ」
「はんっ、ケダモノふぜいに期待してもしょうがねえさ」
「そうだな──それでは、始めるとしようか」
………………………………………………
………………………………………………
マニエル湿原───湿原という名の温泉地帯とはいえ、日の出前ともなれば空気は冷え込む。
おまけに、気温と水温の差が激しいため、湧きあがる水蒸気はたちまち冷え込み、湿原一帯を深い霧が覆う。
ドドドドドドド──
橋状通路を騎兵の集団が駆け抜ける。
彼等は、枝分かれした横道に数騎単位で入っていくと、馬の鞍に括り付けられた革袋を、袋から伸びたロープを振り回し、勢いをつけて次々と投げる。
投げられた革袋は、蜥蜴人が住居とするハンドツリーの太い幹に当たると、破裂して中身の『油』を周囲にぶちまけた。
キリリ……シュンッ──!
ボウッ!!
そして、騎兵から放たれた火矢や魔道士の魔法によって大木が炎に包まれると、マニエル湿原は昼間のように明るくなる。
やがて、
「キャアアアア!!」
「か、火事だと? なんで!?」
朝が弱いリザードマン達も次々と起きだすものの、マニエル湿原で大量火災などという異変に、思考が追いついて来ず、周りから聞こえる悲鳴は、さらに混乱を誘う。
ザパァン──!!
桶を手にしたリザードマンの男性が湿原に飛び降り、火を消すために水を汲んだ直後──
ズブリ。
「──!! がっ……く……何、が?」
気がつけば、男の胸には剣が突き立てられており、一体に自分に何が起きたのか、それを理解する事無くリザードマンの男性は、その場に崩れ落ちた。
視界不良の中にあって、炎を消すために奮闘するリザードマンが発する音を頼りに、濃霧の中に潜んだ兵士は次の標的に向かって静かに湿原を進む。
「フン、他愛もない──むっ?」
作戦の成功に満足げに頷く男──騎兵隊の指揮官は、本来であればもっと上がっていいはずの悲鳴が、短時間で収束した事に眉を顰める。
そして、少しの沈黙があったかと思えば、次に上がってきたのは、自軍の兵士が上げる、悲鳴だった。
「そんな、一体何が──!?」
──────────────
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一時の混乱に倒れた者も少なくは無いが、獣人としての本能か、それとも寒さで鈍った思考がたまたま良い方向に動いたか、緊急事態を認識した彼等は全員、寒露飴を口に入れる。
獣化率の高い蜥蜴人の戦士は、騎兵を標的にすると家から一気に跳躍、橋に飛び移ると襲い掛かった。
「寒さで満足に動けない欠陥種族ふぜいが、さっさとくたば──なにぃ!?」
しかし、騎兵に襲い掛かるリザードマンの動きは、冬場のそれではなく、夏場の全盛時さながらの速さと力強さを持ち、手にした槍から繰り出された一撃は、いとも簡単に兵士の心臓を貫いた。
橋の上の安全を確保した彼等は、家族を橋の上に避難させると、今度は湿原に飛び降りて湿原に潜んだ敵に襲い掛かる。
ハンドツリーを包む炎が上昇気流を生み出すと、霧が晴れた中から兵士達の姿が次々とあらわになる。そして、隠れる場所の無い彼等に、リザードマンの攻撃から逃げる術は無かった。
「──ちっ、トカゲどもを甘く見ていたか……仕方あるまい、少し早いが第二段階だ」
予想以上に早い反撃に口をへの字に曲げる指揮官だったが、声を張り上げ指示を出す。
「総員退却!! 急いで『オウカ』へ帰還するぞ──」
その声を聞いた兵士達は慌てた様子も無く、全力で馬を走らせ退却を始めた。
敵の敗走──しかし、家を焼かれ同胞を殺された彼等がそれをただ眺めているだけのはずも無く、
「逃がすか、追え──!! なにっ?」
ドゴーーン!!
橋の下から聞こえる爆発音と揺れる足元、バランスを崩すリザードマンに対し、想定済みなのか、揺れの中でもしっかりと駆け抜ける騎兵集団。そして次の瞬間──
バキバキバキバキ──!!
「なっ! うわああああぁぁぁ!!」
騎兵達が逃げる方向とは反対側から、その巨大な橋状通路が崩落を始める。
工兵と魔道士によって破壊された橋は、リザードマン達を巻き込みながら崩れ落ち、逃げ遅れて一緒に落ちた数騎を残し、マニエル湿原に奇襲をかけた集団は去って行った。
そんな中、敵の馬を奪ってその後を追跡した兎獣人が見たのは、『オウカ』を名乗りながら『コウエン』へ続く街道を駆けてゆく姿だった──。
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