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6章 ライゼン・獣人連合編
281話 帰参
マニエル湿原から撤退する五〇〇騎ほどの集団──『オウカ』の騎兵と並んで馬を走らせながらシンは、彼等を観察しながらその姿に違和感を覚える。
ライゼンにおいて、戦の主戦力は歩兵集団の『剣士隊』だ。ライゼンの騎兵は槍騎兵と弓騎兵の二種類で、どちらも突撃による一撃離脱と支援攻撃、また勝敗を決定付けるための突撃時に運用される集団とされている。
足場の悪いマニエル湿原、そこに騎兵だけで攻め入るのは無理がある。しかも最終的には橋を破壊しての後退、いや撤退。
本気で攻めるつもりなら、それこそ街中に張り巡らされている橋上通路に油を撒いて、居住区全域を火の海にしてやればよかった。なのにそんな事もせず、中途半端な攻め方をしたあげく反撃に遭い、奇襲は失敗という形で収まっている。
(最初から侵略の意思は無く、撤退ありきで奇襲をかけたってことか……)
シンの予想を裏付けるように、撤退した部隊が撤退先で合流した集団は、荷馬車で編成された補給部隊のみで、『剣士隊』等、歩兵らしき姿は見当たらない。
そして彼等も、奇襲が失敗に終わった部隊を迎えながら、さして悔しそうな顔もせず、ただ淡々と隊列を組みなおすと街道に沿って『コウエン』方面へと馬を歩かせた。
やがて、川べりにて小休止をとるべく行軍が止まると、その後ろをついてゆくシンに向かって、さきほどやり取りをしていた男が声を掛ける。
「おいおぬし! そういえば薬を扱っていると言っていたな。済まぬが、後払いにて幾つか都合してくれぬか。むろん、代金は戻った時に耳を揃えて支払おう」
「あ、ハイ。それはもう、喜んで!」
シンは手もみをしながら近付くと、ずだ袋の中から回復薬に塗るタイプの傷薬、ヤケド用の薬などを取り出して男の前に並べる。
男は主にヤケド用の薬を大量に買い上げると、冬の冷たい川の水で傷口をキレイに洗っている兵士達に投げて渡す。そして思い出したように、シンに向かって振り返る。
「その方、名はなんと申した?」
その言葉を聞いてシンはにっこりと微笑み答える。
「ハイ、旅商人のニールセンと申します。どうぞお見知りおきを──」
………………………………………………
………………………………………………
シンが新たな違和感を覚えたのは、その日の夜だった。
用意されている食料が多い──量にしておよそ二週間分。
マニエル湿原とコウエンを往復するのに必要な日数はおよそ一週間。二倍の量である。
もちろん、戦争を想定した場合は明らかに少ない。城攻めではないとは言え、侵略に行くのであれば兵糧は最低限、月単位で必要になる。攻めた先で確実に食料が手に入る保証はどこにも無い。
しかし、彼等は明らかに長期の作戦を想定された集団ではなかった。なにせ、外部の者に薬の融通を頼むほど、補給物資の中身は戦闘での被害を想定していないのだから。
「──つまり、奇襲自体が擬装、狙いはライゼンと獣人連合を敵対させる事か? そうだとして、オウカを名乗る理由、コウエンへ撤退する理由、そして補給物資の量……」
果たして、答えはすぐに得られる事になる。
獣人連合との国境からおよそ一〇〇キロほど離れた三日目の朝、彼等は急に集団を崩すと街道を外れ、数騎単位で南下を始めた。
「え? あの、どういう事でしょうか!?」
「ニールセンか……。そういえばおぬしには言っておらなんだな、我らは『オウカ』の兵士だ」
「オウカですって!? じゃあなんで、今まであの街道を──っ!!」
ニールセン(シン)は、『オウカ』の名を初めて聞いたかのように驚いておもわず口走るも、弾かれたように口を押さえて無言になる。
それを見た指揮官の男は、苦笑しつつも鋭い目つきで睨みつけながら、
「それでいい──それ以上口にするようならキサマを斬らねばならなかったからな。おかしな言い方かもしれぬが、礼を言うぞ。民間人を手にかけるなどという不名誉を、回避できた事にな……ついて来い、逃げてはならんぞ?」
そう言って男は、シンを先導するように馬を走らせる。
無言でついて来るシンを背中で感じながら男は、作戦の成功を喜んでか、馬を走らせる仕草に余裕を感じさせていた。
だから気付かなかった、男を追う様に馬を走らせるシンの眼差しが、氷のように冷たく、そして獲物を真っ直ぐに見据える猛獣のようであった事を──。
もし男が、少しでもシンの事を気にかけ、一度でも振り返ることがあったら、今後の彼の人生は違っていたかもしれない。
彼等は危険物を内包したまま我先にと、まるで競争でもするかの様に近くの者と談笑しながら、三日間かけてオウカの街に帰還した──。
………………………………………………
………………………………………………
「──まあ、そう言う訳だ。すまぬが、暫くの間は不自由をしてもらう事になる」
「お気になさらずに。最初に申した通り、アイツらのキバや爪で殺されると思えばこのくらい、なんの事はございませんとも」
『オウカ』の街に着いた早々身柄を確保されたシンは、民間人であるがゆえに捕虜として扱う訳にも行かない。
とはいえ、情報を外に漏らす訳にもいかない以上、どこかに幽閉しておく必要が生じる。
しかし、まがりなりにも、蜥蜴人から想定外の反撃を受けて戦傷を負い、医薬品が足りずに難儀していた所を、彼のおかげで救われた兵も多数いる手前、無碍な扱いをするわけにもいかない。
結果、空き家となっている建物に、外から鍵を掛けての軟禁、という形に収まった。
シンからすれば、金は稼げないが三食護衛付きの身分といえなくも無い。
格子窓の隙間から、扉の前に立つ二人の兵士を視界に捕らえながらシンは、
「厳重な事で……」
そう呟くと奥の部屋に入り、椅子に腰かけながら情報を整理する。
「目的はライゼン……じゃないな。コウエンに敵意を向けるための擬装、いや、これは手段であって目的は──コウエンに対する足止め策か?」
冬に入る前のこの時期、思うように動けない蜥蜴人達に追撃は無理でも、コウエンへ続く街道を戻ってゆく騎兵集団の姿を、何人かは見たはずだ。
ライゼンと名乗らず、あえて『オウカ』を名乗る集団が『コウエン』方向へ撤退する、当然彼等も疑うだろう、──コウエンがオウカの名を騙った、と。
コウエンと獣人連合、とりわけザーザル族との緊張状態を作ることが目的だとして、その先に果たして何があるのか──。
「どうやら、コウエンの兵士に出張って欲しく無いヤツがいるらしいな……」
ゲンマ率いる『剣士隊』に力を振るって欲しくない存在──ドウマ。
つまり、ドウマがライゼンの都市を攻める際、コウエンから送られる援軍を足止めするのが目的なのだろう、辻褄はそれで合う。
しかし、そうなると当然、別の疑問が湧いてくる。
何故オウカがそんな真似を?
ドウマに襲われる可能性がある南部の三都市、その一つの『オウカ』が『コウエン』の動きを封じる策を敢えて行う理由など、一つしかない──。
「オウカはライゼンから離反した、か……」
その理由を推し量る事はできないが、シンの脳裏には二人の男の顔が浮かぶ。
「サモン──それに指揮官らしき男の態度を見る限り、ここは獣人への敵愾心が強いらしい……いや、差別意識か?」
──民間人を手にかけるなどという不名誉を──
(獣人は人の部類にゃ入らねえってか? いい度胸してるじゃねえか)
男の言葉を思い出すと、シンは部屋で一人、冷笑を浮かべながらクククと妖しげに嗤いその後、リビングから外の兵士に向かって声を掛ける。
「すみません、お願いしたい事があるのですが……」
「……なんだ?」
「いえ、こう見えて私、薬の調合も嗜んでおりまして。今すぐに、とは言いませんので、見張りを交代する時にでも、薬の材料になる物を買ってきて頂けると大変ありがたいのです──」
………………………………………………
………………………………………………
「──とまあ、現状分かってるのはこのくらいでしょうか」
「なるほどのう……」
シンが蜥蜴人の族長やルフト達と別れてから六日後の夜、そう遠くない日に起こるであろう戦の為に、練武場で鍛錬に余念の無い族長とルフトの前に、
「どうも」
「シン!!」
唐突に現れたシンは、驚く二人への挨拶もそこそこに、現状説明の為に主だった戦士達を集めてもらうと、現状知り得た事実を彼等の前で説明する。
「と言うわけで族長、今日までみなさんをこの街に留めていただいてありがとうございました」
「なに、今は焼け出された者達が住む仮住まいや街の復旧が先でな。血の気が多い連中も、例の飴っこさえ取り上げておけば外には出れぬよ」
そう笑う族長の視線の先には、なぜかそっぽを向くルフトの姿があったが、武士の情けか、シンは気付かないフリをした。
そんな中、集められたリザードマンの一人が立ち上がると、シンに話しかける。
「つまり、我らを襲ったのはライゼンには違いないが、オウカの連中に限定される、という事でよいのか? 我らが戦う相手はそやつ等であると?」
シンはその問いに対して首を横に振ると──
「いえ、突き詰めてゆくと敵は『ドウマ』という事になるのですが、少々事情が入り乱れますのでねえ……」
シンは説明を続ける──。
ライゼンにおいて、戦の主戦力は歩兵集団の『剣士隊』だ。ライゼンの騎兵は槍騎兵と弓騎兵の二種類で、どちらも突撃による一撃離脱と支援攻撃、また勝敗を決定付けるための突撃時に運用される集団とされている。
足場の悪いマニエル湿原、そこに騎兵だけで攻め入るのは無理がある。しかも最終的には橋を破壊しての後退、いや撤退。
本気で攻めるつもりなら、それこそ街中に張り巡らされている橋上通路に油を撒いて、居住区全域を火の海にしてやればよかった。なのにそんな事もせず、中途半端な攻め方をしたあげく反撃に遭い、奇襲は失敗という形で収まっている。
(最初から侵略の意思は無く、撤退ありきで奇襲をかけたってことか……)
シンの予想を裏付けるように、撤退した部隊が撤退先で合流した集団は、荷馬車で編成された補給部隊のみで、『剣士隊』等、歩兵らしき姿は見当たらない。
そして彼等も、奇襲が失敗に終わった部隊を迎えながら、さして悔しそうな顔もせず、ただ淡々と隊列を組みなおすと街道に沿って『コウエン』方面へと馬を歩かせた。
やがて、川べりにて小休止をとるべく行軍が止まると、その後ろをついてゆくシンに向かって、さきほどやり取りをしていた男が声を掛ける。
「おいおぬし! そういえば薬を扱っていると言っていたな。済まぬが、後払いにて幾つか都合してくれぬか。むろん、代金は戻った時に耳を揃えて支払おう」
「あ、ハイ。それはもう、喜んで!」
シンは手もみをしながら近付くと、ずだ袋の中から回復薬に塗るタイプの傷薬、ヤケド用の薬などを取り出して男の前に並べる。
男は主にヤケド用の薬を大量に買い上げると、冬の冷たい川の水で傷口をキレイに洗っている兵士達に投げて渡す。そして思い出したように、シンに向かって振り返る。
「その方、名はなんと申した?」
その言葉を聞いてシンはにっこりと微笑み答える。
「ハイ、旅商人のニールセンと申します。どうぞお見知りおきを──」
………………………………………………
………………………………………………
シンが新たな違和感を覚えたのは、その日の夜だった。
用意されている食料が多い──量にしておよそ二週間分。
マニエル湿原とコウエンを往復するのに必要な日数はおよそ一週間。二倍の量である。
もちろん、戦争を想定した場合は明らかに少ない。城攻めではないとは言え、侵略に行くのであれば兵糧は最低限、月単位で必要になる。攻めた先で確実に食料が手に入る保証はどこにも無い。
しかし、彼等は明らかに長期の作戦を想定された集団ではなかった。なにせ、外部の者に薬の融通を頼むほど、補給物資の中身は戦闘での被害を想定していないのだから。
「──つまり、奇襲自体が擬装、狙いはライゼンと獣人連合を敵対させる事か? そうだとして、オウカを名乗る理由、コウエンへ撤退する理由、そして補給物資の量……」
果たして、答えはすぐに得られる事になる。
獣人連合との国境からおよそ一〇〇キロほど離れた三日目の朝、彼等は急に集団を崩すと街道を外れ、数騎単位で南下を始めた。
「え? あの、どういう事でしょうか!?」
「ニールセンか……。そういえばおぬしには言っておらなんだな、我らは『オウカ』の兵士だ」
「オウカですって!? じゃあなんで、今まであの街道を──っ!!」
ニールセン(シン)は、『オウカ』の名を初めて聞いたかのように驚いておもわず口走るも、弾かれたように口を押さえて無言になる。
それを見た指揮官の男は、苦笑しつつも鋭い目つきで睨みつけながら、
「それでいい──それ以上口にするようならキサマを斬らねばならなかったからな。おかしな言い方かもしれぬが、礼を言うぞ。民間人を手にかけるなどという不名誉を、回避できた事にな……ついて来い、逃げてはならんぞ?」
そう言って男は、シンを先導するように馬を走らせる。
無言でついて来るシンを背中で感じながら男は、作戦の成功を喜んでか、馬を走らせる仕草に余裕を感じさせていた。
だから気付かなかった、男を追う様に馬を走らせるシンの眼差しが、氷のように冷たく、そして獲物を真っ直ぐに見据える猛獣のようであった事を──。
もし男が、少しでもシンの事を気にかけ、一度でも振り返ることがあったら、今後の彼の人生は違っていたかもしれない。
彼等は危険物を内包したまま我先にと、まるで競争でもするかの様に近くの者と談笑しながら、三日間かけてオウカの街に帰還した──。
………………………………………………
………………………………………………
「──まあ、そう言う訳だ。すまぬが、暫くの間は不自由をしてもらう事になる」
「お気になさらずに。最初に申した通り、アイツらのキバや爪で殺されると思えばこのくらい、なんの事はございませんとも」
『オウカ』の街に着いた早々身柄を確保されたシンは、民間人であるがゆえに捕虜として扱う訳にも行かない。
とはいえ、情報を外に漏らす訳にもいかない以上、どこかに幽閉しておく必要が生じる。
しかし、まがりなりにも、蜥蜴人から想定外の反撃を受けて戦傷を負い、医薬品が足りずに難儀していた所を、彼のおかげで救われた兵も多数いる手前、無碍な扱いをするわけにもいかない。
結果、空き家となっている建物に、外から鍵を掛けての軟禁、という形に収まった。
シンからすれば、金は稼げないが三食護衛付きの身分といえなくも無い。
格子窓の隙間から、扉の前に立つ二人の兵士を視界に捕らえながらシンは、
「厳重な事で……」
そう呟くと奥の部屋に入り、椅子に腰かけながら情報を整理する。
「目的はライゼン……じゃないな。コウエンに敵意を向けるための擬装、いや、これは手段であって目的は──コウエンに対する足止め策か?」
冬に入る前のこの時期、思うように動けない蜥蜴人達に追撃は無理でも、コウエンへ続く街道を戻ってゆく騎兵集団の姿を、何人かは見たはずだ。
ライゼンと名乗らず、あえて『オウカ』を名乗る集団が『コウエン』方向へ撤退する、当然彼等も疑うだろう、──コウエンがオウカの名を騙った、と。
コウエンと獣人連合、とりわけザーザル族との緊張状態を作ることが目的だとして、その先に果たして何があるのか──。
「どうやら、コウエンの兵士に出張って欲しく無いヤツがいるらしいな……」
ゲンマ率いる『剣士隊』に力を振るって欲しくない存在──ドウマ。
つまり、ドウマがライゼンの都市を攻める際、コウエンから送られる援軍を足止めするのが目的なのだろう、辻褄はそれで合う。
しかし、そうなると当然、別の疑問が湧いてくる。
何故オウカがそんな真似を?
ドウマに襲われる可能性がある南部の三都市、その一つの『オウカ』が『コウエン』の動きを封じる策を敢えて行う理由など、一つしかない──。
「オウカはライゼンから離反した、か……」
その理由を推し量る事はできないが、シンの脳裏には二人の男の顔が浮かぶ。
「サモン──それに指揮官らしき男の態度を見る限り、ここは獣人への敵愾心が強いらしい……いや、差別意識か?」
──民間人を手にかけるなどという不名誉を──
(獣人は人の部類にゃ入らねえってか? いい度胸してるじゃねえか)
男の言葉を思い出すと、シンは部屋で一人、冷笑を浮かべながらクククと妖しげに嗤いその後、リビングから外の兵士に向かって声を掛ける。
「すみません、お願いしたい事があるのですが……」
「……なんだ?」
「いえ、こう見えて私、薬の調合も嗜んでおりまして。今すぐに、とは言いませんので、見張りを交代する時にでも、薬の材料になる物を買ってきて頂けると大変ありがたいのです──」
………………………………………………
………………………………………………
「──とまあ、現状分かってるのはこのくらいでしょうか」
「なるほどのう……」
シンが蜥蜴人の族長やルフト達と別れてから六日後の夜、そう遠くない日に起こるであろう戦の為に、練武場で鍛錬に余念の無い族長とルフトの前に、
「どうも」
「シン!!」
唐突に現れたシンは、驚く二人への挨拶もそこそこに、現状説明の為に主だった戦士達を集めてもらうと、現状知り得た事実を彼等の前で説明する。
「と言うわけで族長、今日までみなさんをこの街に留めていただいてありがとうございました」
「なに、今は焼け出された者達が住む仮住まいや街の復旧が先でな。血の気が多い連中も、例の飴っこさえ取り上げておけば外には出れぬよ」
そう笑う族長の視線の先には、なぜかそっぽを向くルフトの姿があったが、武士の情けか、シンは気付かないフリをした。
そんな中、集められたリザードマンの一人が立ち上がると、シンに話しかける。
「つまり、我らを襲ったのはライゼンには違いないが、オウカの連中に限定される、という事でよいのか? 我らが戦う相手はそやつ等であると?」
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