転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
220 / 231
6章 ライゼン・獣人連合編

283話 冬の準備

しおりを挟む
「ありがとうございます! いやあ、これで無為むいな時間を過ごさなくて済みますよ」

 まるで、パーティの招待客を歓迎するように両手を広げ、屋内に入ってきた兵士を招き入れたニールセン──シンは、待っていたと言わんばかりに喜びの声を上げる。
 夜が開ける前に転移魔法で軟禁邸・・・に戻ってきたシンは、徹夜ハイの影響もあってか、やけに元気だ。
 見張りの交代に来た兵士から薬の材料を受け取ったシンは、テーブルの上に並ぶ様々な素材を手に取り、テキパキと分別を始めた。

「なに、俺らの同僚の中にも、アンタの薬で重症にならなくて済んだのは何人もいる、このくらい構わねえよ。何より、駄賃も貰ってるしな」

 そう言って一人の兵士は、手の中にある銀貨を一枚、指で弾いて遊んでいる。

「なんだよお前、ただ見張りをしてるだけの楽な仕事のクセに、そんなオマケまで付いてんのかよ、ズリィぞ!」
「あぁ? 楽な仕事なのはお前も一緒じゃねえかよ。羨ましかったら俺みたいに、そこの兄さんのお使いでもして来いよ」

 キラキラと輝く銀貨から目を離さない兵士は、シンが眠っていたはず・・の建物を、この冬空の下、夜通し扉の前で見張りをしていた可哀想な男たちだった。
 果たして、意味があるのか分からない民間人の見張りを、自分は夜通しさせられ、交代に来た男は、なにやら頼まれ事を果たして報酬まで受け取っている。冬場とはいえ、日のあたる時間帯にただ突っ立っているだけの簡単な仕事と自分を比べて不満を言いたくなるのも分からなくも無い。
 もっとも、そんな木っ端兵士の不満など、シンには関係の無いことなのだが。

「まあまあ、他にも作りたい薬もありますので、そちらの買い出しをお願いしてもよろしいですか? モチロン、報酬は払いますとも」
「おう、任しとけ! 冷えた身体を動かすには丁度いいからよ、昼までには用意してやるよ」
「おお、それはありがとうございます。それではリストを書き出しますのでお待ちくださいね」

 シンは羊皮紙に買出しリストを書き込むと、金貨と銀貨の詰まった布袋を取り出す。
 これから非番になる兵士は、布袋の口紐を解いて中身を確認すると、金貨を見つけては思わず頬ずりなどをはじめ、もう一人の兵士に笑われている。
 そして、シンから渡されたリストを二人で眺めながら、どっちがどこへ買い出しに出るかを話し合っている。
 そんな中、これから見張りに立つ兵士が、テーブルの上に並ぶ素材を眺めながらポツリと呟く。

「ところで兄さん、買って来といてなんだが、コイツは何の材料なんだ?」

 その問いにシンは、にこやかな表情を浮かべながら、

「これから厳しさを増す冬場に必要な物ですかねえ。しもやけや凍傷の薬、肌に塗れば外の寒さを遮断してくれるモノなんてのも出来ますよ」
「! 寒さを遮断って本当か!?」
「ええ、それこそ全身に塗ってしまえば、寒中水泳も出来ますよ」

 冬に水泳、それを聞いた兵士は顔を見合わせると呆れたように笑う。

「オイオイ兄さん、さすがにそりゃ法螺ほらが過ぎるぜ。まあ話半分としても、寒さは軽減できるんだろ? 俺らにも買える位の値段で頼むぜ」

 ──バタン、ガチャリ。

 扉が閉まり、外から鍵が閉められると、素材の鮮度と質を見ながら選別を続けるシンは、薄い笑みを浮かべながら、ひとり小さく呟く。

「まあ、『やまいは気から』と申しますし、信じるも信じないもその人次第、ですかねえ……」

 そして、ゴソゴソと異空間バッグから小さな小瓶を取り出すと、その中身を周囲に振りまき、自分は魔法で水を出して手荒いうがいを行った。

「さて、薬の調合は、ものによってはきれいな環境で行わないといけないからねえ……どこから変なモンが混じるか分かったもんじゃないし」

 その後もシンは、器材を消毒しながら誰に話すでもなく呟く。

「──特に危ないのは病原菌、アイツらはどこに潜んでるか分かったもんじゃない。冬場の乾燥した空気はもちろん、泥だらけの手足や衣服、ドアノブもしかり。ああ、そういえば、直に指先に触れるお金・・なんてのは特に危ないな、誰が触ったか分からないものが街中を行ったり来たり、潔癖症でも無い限り、わざわざお金を拭くような連中はここには居ないだろうな……くわばらくわばら」

 最後は、なぜか楽しそうな表情を浮かべるシンだった──。


………………………………………………
………………………………………………


 ライゼンと獣人連合を分かつ国境を越え、マニエル湿原と城郭都市コウエンを繋ぐ街道のほぼ中央に陣取る蜥蜴人リザードマンの一族、ザーザル族の戦士達一〇〇〇は、ダイヤモンドのような陣形を作り、それぞれが剣と盾、槍、鎚を構えた部隊と弓と魔法支援で編成されている。
 十二月の寒い中、そろそろ雪が降るであろうこの時期に、それでもリザードマン達の集団からは冷気を浴びて震える者はいない。
 『期日は四日間』という無茶な要求を受けて、馬に無理をさせ、後続の軍に先んじてその場所にやって来たたシュナとゲンマが見たものは、そんな、戦いを前に気がたかぶっている様にも見える彼等の姿だった。

「コイツはヤベエよなあ……」
「ゲンマ、早合点しないでよ。私達は話し合いに来てるんだからね」
「わかってるよ」

 明らかに分かっていない口調で答えるゲンマに、馬から下りたシュナはかぶりを振りながら、リザードマンの集団より前に設置されている陣幕にむかって歩き出す。

「ライゼンの『筆頭剣士』ゲンマ、並びに『戦巫女』のシュナ、コウエンより領主の名代としてまいりました。どうぞ、お取り次ぎをお願いします」

 頭を下げるシュナとゲンマに、槍を立てたままのリザードマンはアゴをしゃくり、陣幕へ入るように促した。
 武器を取り上げられる事すらなく陣幕に入る事になった二人は、逆にそれをこそ警戒し、ともすれば敵地にて、無意識に得物に伸びる手を制する事に苦心する。
 武器の携行を許されるという事は、二人の安全を保証しない・・・・・と言っているに等しい。場合によっては会談の相手として扱うつもりが無いという事だ。

「──よう来たのお二方。ワシはマニエル湿原北部に住まう蜥蜴人リザードマン、ザーザル族の長、ヒューロじゃ」
「ライゼンの筆頭剣士、ゲンマだ」
「その従者、戦巫女のシュナと申します。此度こたびにおける一連の──」

 ガツン──!!

 挨拶もそこそこに喋り出すシュナを、ヴリトラの魔槍で地面を叩くルフトが止める。
 二人は、そこではじめて、その場にいる面々に気が付いた。
 そこにはかつて、イズナバール迷宮で共に肩を並べて戦った者達が並んでいた。しかし、その誰もが二人に対して友好的な視線を送る事は無く、とても冷めた目で見つめている。
 ルフトのそんな態度を、族長ヒューロは片手を上げて制し、そのままゲンマとシュナに向かって告げる。

「お互い、言いたい事はあろうが、ここは主催者が来るのを待とうではないかの」
「失礼しました。して、その方は何処いずこへ?」
「あいにくその者は『オウカ』にて囚われの身らしくての。日中は出歩く事も出来ぬので、夜までゆるりと待たれるがよい」

 その言葉に、ゲンマは顔をしかめ、シュナは両手で顔を覆う。
 イヤな予感しかしなかった──。


 ──そして、完全に日が落ちて、夜も十時を過ぎようかと言う頃、

「ハイこんばんは。いや~さすがに寒いですねえ、手袋でもしてないと指先がまともに動きやしませんよ」

 バッ──!!

 重い陣幕内の空気を破壊するような軽薄な物言いが発せられると、その場の全員の視線が、その人物に集中する。

「シン!!」
「シン様!!」
「久しぶり──という程、会って無い訳ではありませんね。なので、さっさと本題にでも入りましょうか」

 シンは、テーブルを挟んで座る両者の間に立つと、卓に手をつき、自白を促す取調官とりしらべかんのように静かに語りかける。

「──言い訳ぐらいは聞いてやろう。ドウマとの戦に獣人連合を巻き込んで、ライゼンは何のつもりだ?」
しおりを挟む
感想 497

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。