転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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6章 ライゼン・獣人連合編

283話 冬の準備

「ありがとうございます! いやあ、これで無為むいな時間を過ごさなくて済みますよ」

 まるで、パーティの招待客を歓迎するように両手を広げ、屋内に入ってきた兵士を招き入れたニールセン──シンは、待っていたと言わんばかりに喜びの声を上げる。
 夜が開ける前に転移魔法で軟禁邸・・・に戻ってきたシンは、徹夜ハイの影響もあってか、やけに元気だ。
 見張りの交代に来た兵士から薬の材料を受け取ったシンは、テーブルの上に並ぶ様々な素材を手に取り、テキパキと分別を始めた。

「なに、俺らの同僚の中にも、アンタの薬で重症にならなくて済んだのは何人もいる、このくらい構わねえよ。何より、駄賃も貰ってるしな」

 そう言って一人の兵士は、手の中にある銀貨を一枚、指で弾いて遊んでいる。

「なんだよお前、ただ見張りをしてるだけの楽な仕事のクセに、そんなオマケまで付いてんのかよ、ズリィぞ!」
「あぁ? 楽な仕事なのはお前も一緒じゃねえかよ。羨ましかったら俺みたいに、そこの兄さんのお使いでもして来いよ」

 キラキラと輝く銀貨から目を離さない兵士は、シンが眠っていたはず・・の建物を、この冬空の下、夜通し扉の前で見張りをしていた可哀想な男たちだった。
 果たして、意味があるのか分からない民間人の見張りを、自分は夜通しさせられ、交代に来た男は、なにやら頼まれ事を果たして報酬まで受け取っている。冬場とはいえ、日のあたる時間帯にただ突っ立っているだけの簡単な仕事と自分を比べて不満を言いたくなるのも分からなくも無い。
 もっとも、そんな木っ端兵士の不満など、シンには関係の無いことなのだが。

「まあまあ、他にも作りたい薬もありますので、そちらの買い出しをお願いしてもよろしいですか? モチロン、報酬は払いますとも」
「おう、任しとけ! 冷えた身体を動かすには丁度いいからよ、昼までには用意してやるよ」
「おお、それはありがとうございます。それではリストを書き出しますのでお待ちくださいね」

 シンは羊皮紙に買出しリストを書き込むと、金貨と銀貨の詰まった布袋を取り出す。
 これから非番になる兵士は、布袋の口紐を解いて中身を確認すると、金貨を見つけては思わず頬ずりなどをはじめ、もう一人の兵士に笑われている。
 そして、シンから渡されたリストを二人で眺めながら、どっちがどこへ買い出しに出るかを話し合っている。
 そんな中、これから見張りに立つ兵士が、テーブルの上に並ぶ素材を眺めながらポツリと呟く。

「ところで兄さん、買って来といてなんだが、コイツは何の材料なんだ?」

 その問いにシンは、にこやかな表情を浮かべながら、

「これから厳しさを増す冬場に必要な物ですかねえ。しもやけや凍傷の薬、肌に塗れば外の寒さを遮断してくれるモノなんてのも出来ますよ」
「! 寒さを遮断って本当か!?」
「ええ、それこそ全身に塗ってしまえば、寒中水泳も出来ますよ」

 冬に水泳、それを聞いた兵士は顔を見合わせると呆れたように笑う。

「オイオイ兄さん、さすがにそりゃ法螺ほらが過ぎるぜ。まあ話半分としても、寒さは軽減できるんだろ? 俺らにも買える位の値段で頼むぜ」

 ──バタン、ガチャリ。

 扉が閉まり、外から鍵が閉められると、素材の鮮度と質を見ながら選別を続けるシンは、薄い笑みを浮かべながら、ひとり小さく呟く。

「まあ、『やまいは気から』と申しますし、信じるも信じないもその人次第、ですかねえ……」

 そして、ゴソゴソと異空間バッグから小さな小瓶を取り出すと、その中身を周囲に振りまき、自分は魔法で水を出して手荒いうがいを行った。

「さて、薬の調合は、ものによってはきれいな環境で行わないといけないからねえ……どこから変なモンが混じるか分かったもんじゃないし」

 その後もシンは、器材を消毒しながら誰に話すでもなく呟く。

「──特に危ないのは病原菌、アイツらはどこに潜んでるか分かったもんじゃない。冬場の乾燥した空気はもちろん、泥だらけの手足や衣服、ドアノブもしかり。ああ、そういえば、直に指先に触れるお金・・なんてのは特に危ないな、誰が触ったか分からないものが街中を行ったり来たり、潔癖症でも無い限り、わざわざお金を拭くような連中はここには居ないだろうな……くわばらくわばら」

 最後は、なぜか楽しそうな表情を浮かべるシンだった──。


………………………………………………
………………………………………………


 ライゼンと獣人連合を分かつ国境を越え、マニエル湿原と城郭都市コウエンを繋ぐ街道のほぼ中央に陣取る蜥蜴人リザードマンの一族、ザーザル族の戦士達一〇〇〇は、ダイヤモンドのような陣形を作り、それぞれが剣と盾、槍、鎚を構えた部隊と弓と魔法支援で編成されている。
 十二月の寒い中、そろそろ雪が降るであろうこの時期に、それでもリザードマン達の集団からは冷気を浴びて震える者はいない。
 『期日は四日間』という無茶な要求を受けて、馬に無理をさせ、後続の軍に先んじてその場所にやって来たたシュナとゲンマが見たものは、そんな、戦いを前に気がたかぶっている様にも見える彼等の姿だった。

「コイツはヤベエよなあ……」
「ゲンマ、早合点しないでよ。私達は話し合いに来てるんだからね」
「わかってるよ」

 明らかに分かっていない口調で答えるゲンマに、馬から下りたシュナはかぶりを振りながら、リザードマンの集団より前に設置されている陣幕にむかって歩き出す。

「ライゼンの『筆頭剣士』ゲンマ、並びに『戦巫女』のシュナ、コウエンより領主の名代としてまいりました。どうぞ、お取り次ぎをお願いします」

 頭を下げるシュナとゲンマに、槍を立てたままのリザードマンはアゴをしゃくり、陣幕へ入るように促した。
 武器を取り上げられる事すらなく陣幕に入る事になった二人は、逆にそれをこそ警戒し、ともすれば敵地にて、無意識に得物に伸びる手を制する事に苦心する。
 武器の携行を許されるという事は、二人の安全を保証しない・・・・・と言っているに等しい。場合によっては会談の相手として扱うつもりが無いという事だ。

「──よう来たのお二方。ワシはマニエル湿原北部に住まう蜥蜴人リザードマン、ザーザル族の長、ヒューロじゃ」
「ライゼンの筆頭剣士、ゲンマだ」
「その従者、戦巫女のシュナと申します。此度こたびにおける一連の──」

 ガツン──!!

 挨拶もそこそこに喋り出すシュナを、ヴリトラの魔槍で地面を叩くルフトが止める。
 二人は、そこではじめて、その場にいる面々に気が付いた。
 そこにはかつて、イズナバール迷宮で共に肩を並べて戦った者達が並んでいた。しかし、その誰もが二人に対して友好的な視線を送る事は無く、とても冷めた目で見つめている。
 ルフトのそんな態度を、族長ヒューロは片手を上げて制し、そのままゲンマとシュナに向かって告げる。

「お互い、言いたい事はあろうが、ここは主催者が来るのを待とうではないかの」
「失礼しました。して、その方は何処いずこへ?」
「あいにくその者は『オウカ』にて囚われの身らしくての。日中は出歩く事も出来ぬので、夜までゆるりと待たれるがよい」

 その言葉に、ゲンマは顔をしかめ、シュナは両手で顔を覆う。
 イヤな予感しかしなかった──。


 ──そして、完全に日が落ちて、夜も十時を過ぎようかと言う頃、

「ハイこんばんは。いや~さすがに寒いですねえ、手袋でもしてないと指先がまともに動きやしませんよ」

 バッ──!!

 重い陣幕内の空気を破壊するような軽薄な物言いが発せられると、その場の全員の視線が、その人物に集中する。

「シン!!」
「シン様!!」
「久しぶり──という程、会って無い訳ではありませんね。なので、さっさと本題にでも入りましょうか」

 シンは、テーブルを挟んで座る両者の間に立つと、卓に手をつき、自白を促す取調官とりしらべかんのように静かに語りかける。

「──言い訳ぐらいは聞いてやろう。ドウマとの戦に獣人連合を巻き込んで、ライゼンは何のつもりだ?」
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