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6章 ライゼン・獣人連合編
284話 シュナ
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オウカに謀反の兆しあり──九月初旬、イズナバール迷宮に関する報告を終え、実家のあるコウエンで職務にあたっていた私とゲンマは、送られてきた書簡の内容を読んで目眩を覚える。
それは予想されていた事でもあり、また同時に、想定外の事態だった。
コウエンと同じく、獣人連合とは国境を挟んで対峙する形のオウカだが、彼等は長く続いた緊張関係や小競り合いの歴史など、鬱積した感情により彼等を快く思っていない。
もちろん、コウエンも同じ様な歴史を辿ってはいるが、外からの人や物を受け入れる気質が幸いし、そういった感情は薄い。『ゲンマ』とその父が良い例だ。
ゲンマがライゼンの筆頭騎士に選ばれる時、最も強硬に反対したのはオウカであり、その後も、イズナバール迷宮では『サモン』が裏切りにも等しい行動を取っていた。
だから、オウカが離反するのは時間の問題とも思われていた。ただ、農作物の収穫を控えたこの時期にそのような報告が上がるのは流石に想定外だった。
農作物の収穫を終えたら冬が来る。寒さと雪という枷をしたままに戦など出来ようはずもなく、通常、軍を率いる戦闘は春になってからが通例となっている。
当然、今回報告されたような戦支度は、収穫期に紛れてこっそりとするもので、それを今の時期に察知されるという事は、冬場の戦も辞さないという事なのだろう。これは流石に想定外だった。
なぜ──?
恐らくは、ライゼンの行っている灌漑事業、この規模があまりに大きい為、焦ったドウマがライゼンを叩くため、オウカを自陣に取り込んだ。
ならば、それを逆手にとってドウマを潰す──それが中央、いや『コンゴウ』の見解であり、方針だった。
「──戦は春になってから、私はそう聞いていましたが?」
「弁解のしようもございません」
シン様の丁寧な、いや他人行儀な話し方が重く、心に圧し掛かる。
使徒シンドゥラ──女神ティアリーゼ様の、現世における神威の代行者。
神殿仕えの者には国王よりも尊重すべき相手であり、『筆頭剣士』に個別に仕える『戦巫女』であってもそれは変わらない。
その方に対して私は嘘をついた。ドウマの冬季侵攻、そしてオウカの裏切りを知りながら黙し、戦は春だと伝えた。
そうすれば、獣人連合を協力者として引き込むための手助けになるかもと考えて。
──しかし、やはり天は人々を見ているという事なのだろうか、最悪と言って良い事態が起きる。
オウカが獣人連合の街を襲った。
当初、ライゼンの予想していたドウマの動きは、地理的に最南の都市『ハクロウ』を攻め、それをもってライゼンへの宣戦布告とする。
現時点ではシュゲンとモロクの立場が不明な以上、援軍を出せるのは、東に位置する『オウカ』と『コウエン』のみとなる。
そして、行軍疲れを取るため、そして戦力を集中させるために、一旦オウカへ向かうコウエンの兵士を、ドウマの伏兵と離反したオウカの両軍が挟撃する。
これが当初、想定されていたドウマの作戦である。
ライゼンはコレを逆手にとり、秘密裏に獣人連合を味方に引き入れ、コウエンの支援部隊をエサに敵をおびき寄せ、逆にドウマの伏兵を挟み撃ちにし、その後『オウカ』の都市は獣人連合に包囲だけしてもらいその場に足止め、コウエンはハクロウへの支援に向かう──。
「──ライゼンに対し、獣人連合から支援は無い。そう思われておりましたので」
「その根拠は?」
「はい、オウカは獣人に対して差別意識が強く、たびたび獣人連合と揉めておりましたので、援軍などあるはずが無い、と」
私の答えに、シン様は片手で額を押さえ、ハァと深く溜め息をつく。
それはシン様だけではなく、族長と紹介されたヒューロ殿も同様に頭を振って溜め息をつく……私は何か、おかしな事を言ったのだろうか?
「あの、シン様」
「なるほど──そうやって丸め込まれたのか」
「えっ?」
「待てよシン! シュナが丸め込まれたって、何の話だ?」
シン様の言葉に反応したゲンマは、思わず立ち上がろうと身じろぎしたものの、
シュッ!
「うっ……」
ルフトさんの魔槍が眼前に差し出され、動きを止められてしまう。ただ、ルフトさん他、この場にいる全員が、シン様たちの態度に首をかしげている。
一体何が?
「ゲンマ、質問するが、今の作戦を誰から聞いた?」
「そりゃあ、シュナからだな。王都に呼び出されたとき、シュナだけ別室で聞かされたらしい」
「それを聞いて疑問には思わなかったか?」
「思ったけど、俺がおかしいと思うくらいの事は、シュナなら気付いてるし、解決策くらい考えてるだろ?」
え? チョット待って?
疑問って、どういうこと?
「ゲンマ! 疑問って、今の話、どこかおかしかった!?」
私がゲンマに詰め寄ると、ゲンマは戸惑いながら答えてくれた。
「そりゃあシュナ、お前……冬場に獣人が、それも蜥蜴人がまともに動けるわけねえだろう。どうやってドウマの連中と戦うんだよ?」
「あ──。ああああああ!!」
どうして! どうして気付かなかったの? 確かに、獣人連合をこちらの陣営に引き込む事に問題はあったはず。だけど、それは──
それは──あれ?
「ま、詐欺師の常套手段ですかね」
「シン、どういう事だ?」
ルフトさん達も疑問に思ったのか、シン様に視線が集中する。
それを見たシン様は肩をすくめ、語り始める。
「なに、単なる議論のすり替えですよ。獣人は冬場に動きが鈍る、獣人連合は『オウカ』に対して良い感情を持っていない、獣人連合は同盟国では無いため、ライゼンの戦に援軍を出す理由は無い。では質問、ドウマとライゼンの戦争に獣人連合が手を貸さない理由は?」
あ──。
私は自分のうかつさに思わず俯く。こんな言葉遊びに引っ掛かるなんて!!
「なあシン、今の何がおかしかったのだ?」
私の様子を見て不審に思ったのか、ルフトさんがシン様に話しかける。
「ルフトさんだったら、今の質問にどう答えます?」
「そりゃあ、ライゼンは友好国ではあっても同盟国ではない。こちらに相応のメリットが無い限り、軍を出す事は出来んだろう。まあ、オウカに対して思う所はあるが、流石に感情で判断する訳にはいかん」
「まあそうですねえ、冬場だから手は貸しません、なんてのは理由になりませんよねえ」
「!! ああ、そういう事か!!」
「ええ、そういう事ですよ。国や集団においての行動理由は全体の利益が一番重要で、次に大事なのは条約などの取り決め、そして群集心理、最後に個人の都合です」
種族特性によって冬場は実力が発揮できない、などという個人の事情は政策において考慮の対象ではない。だけど今回限っては、冬場の戦争に獣人を引き込むという無理難題がある。
それを解決するためには、獣人連合が自ら剣を取るだけの理由が必要になる──例えば、街が襲われるなどといった、彼等の心に火をつけるような……。
「この手の手法は、単純な人ほど騙されにくく、騙されないよう、いつも警戒してる人の方が、騙されやすいのが特徴なんですよ」
獣人連合が軍を動かさない理由は、国家間の関係とオウカへの悪感情。冬の戦に獣人が向かないなどという事情は、当たり前すぎて考える必要の無い事。
だから無視された、いや、あえて外された。その事を話し合えばどうなるか、強硬に反対する者が出てくるから、あえて私には伏せられた。
私はチラリと、横に座るゲンマの顔を見る。
渋い顔をしているゲンマは、私が聞いた説明をそのまま話した時、何も言わなかった。
それは、私なら当然その事に気付いているはずであり、その解決策も考えている、そう信じていたからだ。
考えるのは私で、動くのはゲンマ、私はその信頼にキズをつけた。
今のところ事態は最悪の方向に進んでいる、このままではシン様は私たちの敵になるだろう。そうなればゲンマはきっと、一番にシン様に剣を向ける。
ライゼンの『戦巫女』は、『筆頭剣士』の従者であると同時に『使徒』の僕、両者が対立する事など歴史上、一度も無かった。
だからこそ戦うだろう。それによってどちらかが死ねば、『戦巫女』である私は、残った側に従えば済むのだから。
だけど二人が戦ったとして、死ぬのは……。
………………………………。
覚悟は決めた、私は──
「どうします、族長? 私はザーザル族の決定を尊重する事にしますよ?」
顔を上げた私の耳に、シン様の声が響く。
それはとても落ち着いていて、同時に、全く感情を感じる事が出来ない。本当に、蜥蜴人の族長であるヒューロ殿の意向に沿うおつもりなのだろう。
「そうさのう、では──」
──────────────
──────────────
「では、その方向でよろしいですね?」
「ウム」
こうして私達──いえ、ライゼンの処遇は決まった。
それは予想されていた事でもあり、また同時に、想定外の事態だった。
コウエンと同じく、獣人連合とは国境を挟んで対峙する形のオウカだが、彼等は長く続いた緊張関係や小競り合いの歴史など、鬱積した感情により彼等を快く思っていない。
もちろん、コウエンも同じ様な歴史を辿ってはいるが、外からの人や物を受け入れる気質が幸いし、そういった感情は薄い。『ゲンマ』とその父が良い例だ。
ゲンマがライゼンの筆頭騎士に選ばれる時、最も強硬に反対したのはオウカであり、その後も、イズナバール迷宮では『サモン』が裏切りにも等しい行動を取っていた。
だから、オウカが離反するのは時間の問題とも思われていた。ただ、農作物の収穫を控えたこの時期にそのような報告が上がるのは流石に想定外だった。
農作物の収穫を終えたら冬が来る。寒さと雪という枷をしたままに戦など出来ようはずもなく、通常、軍を率いる戦闘は春になってからが通例となっている。
当然、今回報告されたような戦支度は、収穫期に紛れてこっそりとするもので、それを今の時期に察知されるという事は、冬場の戦も辞さないという事なのだろう。これは流石に想定外だった。
なぜ──?
恐らくは、ライゼンの行っている灌漑事業、この規模があまりに大きい為、焦ったドウマがライゼンを叩くため、オウカを自陣に取り込んだ。
ならば、それを逆手にとってドウマを潰す──それが中央、いや『コンゴウ』の見解であり、方針だった。
「──戦は春になってから、私はそう聞いていましたが?」
「弁解のしようもございません」
シン様の丁寧な、いや他人行儀な話し方が重く、心に圧し掛かる。
使徒シンドゥラ──女神ティアリーゼ様の、現世における神威の代行者。
神殿仕えの者には国王よりも尊重すべき相手であり、『筆頭剣士』に個別に仕える『戦巫女』であってもそれは変わらない。
その方に対して私は嘘をついた。ドウマの冬季侵攻、そしてオウカの裏切りを知りながら黙し、戦は春だと伝えた。
そうすれば、獣人連合を協力者として引き込むための手助けになるかもと考えて。
──しかし、やはり天は人々を見ているという事なのだろうか、最悪と言って良い事態が起きる。
オウカが獣人連合の街を襲った。
当初、ライゼンの予想していたドウマの動きは、地理的に最南の都市『ハクロウ』を攻め、それをもってライゼンへの宣戦布告とする。
現時点ではシュゲンとモロクの立場が不明な以上、援軍を出せるのは、東に位置する『オウカ』と『コウエン』のみとなる。
そして、行軍疲れを取るため、そして戦力を集中させるために、一旦オウカへ向かうコウエンの兵士を、ドウマの伏兵と離反したオウカの両軍が挟撃する。
これが当初、想定されていたドウマの作戦である。
ライゼンはコレを逆手にとり、秘密裏に獣人連合を味方に引き入れ、コウエンの支援部隊をエサに敵をおびき寄せ、逆にドウマの伏兵を挟み撃ちにし、その後『オウカ』の都市は獣人連合に包囲だけしてもらいその場に足止め、コウエンはハクロウへの支援に向かう──。
「──ライゼンに対し、獣人連合から支援は無い。そう思われておりましたので」
「その根拠は?」
「はい、オウカは獣人に対して差別意識が強く、たびたび獣人連合と揉めておりましたので、援軍などあるはずが無い、と」
私の答えに、シン様は片手で額を押さえ、ハァと深く溜め息をつく。
それはシン様だけではなく、族長と紹介されたヒューロ殿も同様に頭を振って溜め息をつく……私は何か、おかしな事を言ったのだろうか?
「あの、シン様」
「なるほど──そうやって丸め込まれたのか」
「えっ?」
「待てよシン! シュナが丸め込まれたって、何の話だ?」
シン様の言葉に反応したゲンマは、思わず立ち上がろうと身じろぎしたものの、
シュッ!
「うっ……」
ルフトさんの魔槍が眼前に差し出され、動きを止められてしまう。ただ、ルフトさん他、この場にいる全員が、シン様たちの態度に首をかしげている。
一体何が?
「ゲンマ、質問するが、今の作戦を誰から聞いた?」
「そりゃあ、シュナからだな。王都に呼び出されたとき、シュナだけ別室で聞かされたらしい」
「それを聞いて疑問には思わなかったか?」
「思ったけど、俺がおかしいと思うくらいの事は、シュナなら気付いてるし、解決策くらい考えてるだろ?」
え? チョット待って?
疑問って、どういうこと?
「ゲンマ! 疑問って、今の話、どこかおかしかった!?」
私がゲンマに詰め寄ると、ゲンマは戸惑いながら答えてくれた。
「そりゃあシュナ、お前……冬場に獣人が、それも蜥蜴人がまともに動けるわけねえだろう。どうやってドウマの連中と戦うんだよ?」
「あ──。ああああああ!!」
どうして! どうして気付かなかったの? 確かに、獣人連合をこちらの陣営に引き込む事に問題はあったはず。だけど、それは──
それは──あれ?
「ま、詐欺師の常套手段ですかね」
「シン、どういう事だ?」
ルフトさん達も疑問に思ったのか、シン様に視線が集中する。
それを見たシン様は肩をすくめ、語り始める。
「なに、単なる議論のすり替えですよ。獣人は冬場に動きが鈍る、獣人連合は『オウカ』に対して良い感情を持っていない、獣人連合は同盟国では無いため、ライゼンの戦に援軍を出す理由は無い。では質問、ドウマとライゼンの戦争に獣人連合が手を貸さない理由は?」
あ──。
私は自分のうかつさに思わず俯く。こんな言葉遊びに引っ掛かるなんて!!
「なあシン、今の何がおかしかったのだ?」
私の様子を見て不審に思ったのか、ルフトさんがシン様に話しかける。
「ルフトさんだったら、今の質問にどう答えます?」
「そりゃあ、ライゼンは友好国ではあっても同盟国ではない。こちらに相応のメリットが無い限り、軍を出す事は出来んだろう。まあ、オウカに対して思う所はあるが、流石に感情で判断する訳にはいかん」
「まあそうですねえ、冬場だから手は貸しません、なんてのは理由になりませんよねえ」
「!! ああ、そういう事か!!」
「ええ、そういう事ですよ。国や集団においての行動理由は全体の利益が一番重要で、次に大事なのは条約などの取り決め、そして群集心理、最後に個人の都合です」
種族特性によって冬場は実力が発揮できない、などという個人の事情は政策において考慮の対象ではない。だけど今回限っては、冬場の戦争に獣人を引き込むという無理難題がある。
それを解決するためには、獣人連合が自ら剣を取るだけの理由が必要になる──例えば、街が襲われるなどといった、彼等の心に火をつけるような……。
「この手の手法は、単純な人ほど騙されにくく、騙されないよう、いつも警戒してる人の方が、騙されやすいのが特徴なんですよ」
獣人連合が軍を動かさない理由は、国家間の関係とオウカへの悪感情。冬の戦に獣人が向かないなどという事情は、当たり前すぎて考える必要の無い事。
だから無視された、いや、あえて外された。その事を話し合えばどうなるか、強硬に反対する者が出てくるから、あえて私には伏せられた。
私はチラリと、横に座るゲンマの顔を見る。
渋い顔をしているゲンマは、私が聞いた説明をそのまま話した時、何も言わなかった。
それは、私なら当然その事に気付いているはずであり、その解決策も考えている、そう信じていたからだ。
考えるのは私で、動くのはゲンマ、私はその信頼にキズをつけた。
今のところ事態は最悪の方向に進んでいる、このままではシン様は私たちの敵になるだろう。そうなればゲンマはきっと、一番にシン様に剣を向ける。
ライゼンの『戦巫女』は、『筆頭剣士』の従者であると同時に『使徒』の僕、両者が対立する事など歴史上、一度も無かった。
だからこそ戦うだろう。それによってどちらかが死ねば、『戦巫女』である私は、残った側に従えば済むのだから。
だけど二人が戦ったとして、死ぬのは……。
………………………………。
覚悟は決めた、私は──
「どうします、族長? 私はザーザル族の決定を尊重する事にしますよ?」
顔を上げた私の耳に、シン様の声が響く。
それはとても落ち着いていて、同時に、全く感情を感じる事が出来ない。本当に、蜥蜴人の族長であるヒューロ殿の意向に沿うおつもりなのだろう。
「そうさのう、では──」
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「では、その方向でよろしいですね?」
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