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外伝
sideユークリッド_夜会3/3
しおりを挟む「アレクシス第三王子殿下、ユークリッド殿下にご挨拶申し上げます」
(殿下なんだなぁ。俺…)
まだ違和感のある呼称に笑顔で会釈をして返す。
男同士という特殊な婚姻関係である以上、ゆとりある態度をとらねば不審がられてしまうのが世の常だ。
クリスさんの養子に入ったと思えばアレクシスとの婚約をすっ飛ばした結婚と、俺は時の人状態らしく好奇の目がやたらと突き刺さる。
「ユークリッド殿下はロズウェル子爵家から侍従で城に…」
「あのレヴァン公爵閣下が…」
気になるよな、わかるよ。俺もよくわからないうちに自分の立場が凄いことになった。
クリスさんの言葉も、アレクシスの言葉も信用してるけど
それでも時々、「本当に俺でいいの?」って疑問に思う。
俺は、自分自身に公爵家の養子になる素質も、王族に婿入りする素質も
どちらも持たない普通の人間…いや、身体的にはむしろ劣っていると自覚している。
だけど自信がないからって与えられた役割から逃げるのは違う。間違ってる。だから頑張るんだ。
「…ユーク、あそこの人だかり、見てごらん。囲まれているのはクリスだ」
「ほんとだ」
人の切れ目にアレクシスが小声で耳打ちしてきた。
クリスさんも今日は参加者側で会場に来ているから、ここぞとばかりに質問責めされていそうだ。
俺のせいで大変そうだと思ったけど、アレクシスは面白そうにクスクス笑っているので大丈夫なんだろう。
ロズウェル子爵家は家がゴタついているから誰も来られないだろうとヴィルヘルムから聞いている。色々と悪さをしていたらしい。
まぁ脅されるくらいなら会いたくなかったから、どうでもいい。
───正直、それよりも大きな問題が目の前にあった。
「あの…アレクシス殿下、お初にお目にかかります…」
恥じらい混じりに頬を染め、俺には一切の目線を投げずアレクシスに目配せをする女性が多いのは…少し不服だ。
亡霊王子という悪評で社交界に出て来なかった第三王子が、ここまで麗しい見た目をしていたとは思わなかった人が多いようだ。
人前だからすました顔は崩さないけど、内心はずっとざわついている。
「ユーク」
「…ん?なに?アレク」
「そろそろダンスに行こうか」
女性に無視されている間も流れ作業のように会釈をして微笑んでいると、気付けば挨拶は終わったらしい。
アレクシスが手を差し出しているので反射で手を乗せたらそのままダンス会場へとエスコートされた。
ついに、今日の最難関課題に向き合う時がきた。
「……急に緊張してきたかも」
「私を見てくれないってこと?」
「そんな事は言ってない!」
アレクシスだって初めて人前でダンスするはずなのに、その自信たっぷりの振る舞いは天性のなせる技か。
緊張をほぐそうとしてくれるアレクシスの優しい顔を見ていると、今度は不安が俺の中で渦巻いてくる。
人前で、そんなかっこいい顔をしないでほしいと欲が出る。
これは、間違った欲の形だ。
「アレク、あのさ…」
「うん?」
俺達を中心に、様々なペアが踊るために集まってくる。
男同士は俺達だけで、他は皆、男女のペアで女性はそれぞれ華やかなドレスに身を包んで動く度にひらひらと舞って視線を掴まれる。
俺は、それを持ってない。
「…あのさ、………俺だけを、見ててくれる?」
アレクシスを信じてないわけじゃない。
でも俺は、綺麗なドレスは着れないし、可愛くもない、ただの男なんだ。
貴族達からの挨拶で、アレクシスに見惚れた女性が沢山いた。きっと、俺より魅力的な人なんて大勢いるんだって今更気付いた。
「……この場でキスしたくなること、言われると困るんだけど」
ほんのり頬が赤くなっているアレクシスが、眉間に皺を寄せて軽く睨んできた。
そんな顔だってやっぱりかっこよくて、誰にも見せたくなくて、そんな気持ちに自分でびっくりする。
「ユーク、始まるよ」
「あ、ごめ」
「私はユークリッドだけが大好きで、愛してるから」
音楽が始まる。ゆらゆらと身体が揺れ、練習を重ねた足は自然とステップを踏む
じわじわと顔の温度が上がるけど、両手は今、塞がっていて隠せない。
急にそんなことを言われたら、アレクシスのこと意外考えられないじゃないか。
「……緊張もなにもかも、吹っ飛んだ…」
「ははっ、でも終わったらちゃんとキスするからね」
「なっ…!」
曲の流れに合わせて腰を掴まれ、軽々と持ち上げられる。
俺はアレクシスの両肩を掴んで、くるくると回って下ろされた。
床に足がついたら、今までより一層密着する。
「…やっぱ、ここの流れ好きだ。世界にアレクしか居なくなる」
「…この夜会で私をどれだけ翻弄する気かな」
正直な感想を言っただけなんだけど。でもアレクシスが俺しか見てないって実感するくらい真っ直ぐに俺の言葉で困ったり頬を染めたりするのは、悪くない。
…違うな、凄く嬉しい。
「大好きだよ、アレク」
「ッ──ユーク!」
「あははっ」
いつの間にか曲は終わって、思ったままの言葉が飛び出した俺を、アレクシスは抱き締めながら怒った。
「………ここだけ激甘だったな」
「見せつけて牽制する、という狙いだったらこれが最適解だろう」
「そうか…そうだな…?」
「兄上、お待たせしました」
「ランス兄さん、ヘル兄さん!ダンス失敗しなかった!」
「偉いなユークリッド」
「おー…これで必要な工程は終わったから、引っ込むぞ。既婚の王族がいつまでも居たところで貴族達の気が休まらねーからな」
ランスロット達がなにやら話しながら歩み寄ってきたので、4人でその場を離脱することに。
夜会は基本、貴族達の交流がメインだ。お披露目は終わったし先に帰っても良いらしい。とりあえず控え室に戻ってきて報告会になった。
「ユークリッド、ダンスがとても上手で素晴らしかった」
「へへ。ありがとランス兄さん。俺ちゃんと挨拶出来てた?」
「長い列だったのに一度も姿勢が崩れず完璧だった。私も兄として誇らしい」
「へへ…」
やっぱり頭を撫でるのが癖になってる。俺の頭を撫でようと宙に浮いたランスロットの手を、今度はヴィルヘルムが握って止めた。
ランスロットは案外うっかりさんなのかもしれないと最近思い始めている。王様としての能力は別として。
「アレクシス、挨拶で不敬な者は」
「うーん…ユークを無視する令嬢が複数人居たかな」
「…セレーネに報告しておくか」
「しなくていいって!」
アレクシスが予想外にかっこよすぎたせいなのに。変なことで正妃殿下を使わないでほしい。
「ランス、婦人達は仲良いの連れて談話室に移動したらしいぞ」
「顔を出した方がいいか」
「いや……邪魔をするなって念押しされた」
「……そうか」
ランスロットと奥さんの力関係が地味に気になる。聞いてもいい範囲だろうかと二人の様子を伺っていると、アレクシスが手を握ってきた。
「ユーク、疲れたね。お茶をしてから戻る?それとも部屋がいい?」
「んー…」
ランスロットとヴィルヘルムを見たら、会話はあちこちに飛んで今はいつもの口喧嘩みたいなやり取りをしている。
ランスロットは俺やアレクシスにはとにかく甘いのに、ヴィルヘルムに対しては辛辣だ。一周回って仲がいいなと思う。
「…二人でお茶しよ」
「ん。──兄上、私達は先に部屋に戻ります」
「おう。ゆっくり休めよ」
「おやすみ」
とりあえず、誰にも頭を撫でてもらえないのも落ち着かないからお風呂に入りたい。習慣って怖いものだ。欲ばっかり増えていく。
「おやすみなさい!」
二人の兄に見送られて、俺とアレクシスは部屋に戻った。
「わ、サンドイッチだ!お腹すいてたんだー」
「フルーツも用意してもらったから、好きなのを食べよう」
それぞれお風呂を済ませて、夜着でいつもの部屋に戻ったらテーブルいっぱいにお茶と食べ物が並んでいた。
席に着こうと歩み寄った俺を、アレクシスは何故か横抱きに持ち上げたので頭にハテナが浮いた。
「食べるんじゃないの?」
「今日は甘やかしたい気分」
そう言って俺を抱いたままソファに座る。こういう時のアレクシスは結構強情だ。
俺も抱っこされるのに慣れてきてしまって、お腹すいたから早く食べたいなとテーブルの上を見た。
「恥ずかしがらなくなって嬉しいやら寂しいやら…はい」
「あ。」
なるほど食べさせたい気分か。
躊躇なく口を開けてアレクシスが差し出したサンドイッチにかじりつく。レタスとハムのシンプルな具材がほっとする。
「ユークは、こういうのは平気だよね」
「熱出した時も食べさせてくれたじゃん。お茶は危ないから流石に一人で座って飲みたいんだけど」
「…はい」
何か諦めたような顔をして隣に降ろしたアレクシスを見て、自分もお腹すいてるんじゃないのかと気になった。
「アーレク」
「ん?」
「あーん」
クリームをたっぷり乗せたスコーンをアレクシスに差し出した。
アレクシスは食事中に俺の様子を見る事に夢中だけど、俺だってアレクシスをよく見てるんだ。
飲み物に砂糖とかは入れないけど、案外、甘さが控えめのものは好きだって知ってる。
「………自分でやられると、こんなに恥ずかしいんだね」
「そう?あーん」
「……あー」
育ちがいいから大きな口を開けて見せるのが恥ずかしいのかもしれない。スコーンを選んだのは間違いだったかも。
頬を染めながらスコーンを咀嚼するアレクシスの口元にクリームがついてて、なんだか可愛いなって気持ちと
こんな表情は俺以外に見れないよなって独占欲が満たされて、夜会での嫉妬がどこかに飛んでいった。
口元のクリームを指で拭って、自分の口に入れた。うんうん、厨房の人達はアレクシスの好みをちゃんと把握してるから甘さ控えめだ。
「ユーク」
「うん?」
「……はぁ。続きを食べようか」
何か言いたそうだったのに、俺の食事を優先して言葉を飲み込んだアレクシスに
愛されてるなぁって食べかけのサンドイッチにかじりついた。
アレクシスと過ごす何気ない時間が幸せで、この時間がずっと続いてくれるなら
来たくはなかったけど、この世界に生まれてよかったと思えるだろう。
こうして、今日も穏やかに一日が終わっていった。
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