凶星を招く星読師と監視者と黒く白い双塔

さか【傘路さか】

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 夕食を終え、寝る準備を整えると、レグルスは居間にある長椅子に腰掛け、白亜の塔、周辺の建物の資料を眺め始める。

 俺はふと思いついて、作った飲み物を持って彼の隣に座った。

「何の資料?」

 二つ用意したカップの片方を、彼に渡す。

 レグルスは驚いたように目を見開きながら、カップを受け取った。

「これ。中身はなんだ?」

「薬草茶」

 彼はおずおずと口を付ける。酷い味ではなかったようで、大人しく飲み始めた。

 疲労回復作用がある薬草を、薄く煮出したものだ。養い親から教えられた調合と作り方で、味が悪くなりようもない。

「これは、建物の建築材に関する資料を書き写してきたものだ。本来は、白亜の塔が崩れやすい材質なのでは、と思っていたのだが、白い石造りで、すごく脆いかと言われると、そうでもない」

「舞踏場は?」

「そう。そちらが気になっていたのだが、木造だな。特別に、何かある訳でもなかった」

 書き写された文字は、戦いを仕事にしてきた者とは思えないほど整っている。

 言葉も、知識も、領主に仕えているという事実からも、彼は学ぶ術を身に付けている類の人間だと分かる。

 どうして、俺の監視などという、左遷のような仕事をしているのかは未だに疑問だ。

「倒れやすい……けど、舞踏場が倒れたとして、塔には届かないよな」

「ああ。館と違って、天井が高いとはいえ一階部分しかないからな」

 レグルスは書類を放り出し、腕組みを始める。

 ミネラヴァにはああ言ったものの、彼も俺も、塔が倒れない、と信じ切れないのだった。

「やっぱり、舞踏場に住む妖精の話を聞きたいよな。館も、何かあるかもしれないけど」

「妖精、な……。この塔に住む妖精に、彼らの言葉を教えてもらうのはどうだ?」

「……教える、のは大変だろ…………。あ! いや、連れていけばいいんだ!」

 妖精から直接聞こうとするから躓くのであって、通訳してもらえばいい話だった。

 彼らの事を口に出していた所為か、近くにいくつも気配がある。

「妖精くん。ちょっと相談があるんだけど!」

『なんだ?』

 白亜の塔の近くに建物があって、話をしたいが通じなくて、とこれまでの経緯を話す。

 ふむ、と妖精は俺の頭に跳び乗る。声が近くなった。

『さとうがし、ひゃくだ』

「砂糖菓子、百個!? あの菓子、そんなには店に売ってないだろ……!」

 俺が声を上げると、一人だけ話が聞こえていなかったレグルスが何事かと問う。俺が砂糖菓子を百個要求されている、と伝えると、顎に手を当てた。

「店主に相談すれば用意は可能だと思う……、が、イオ。妖精たちは、何を対価とすると喜ばれる?」

「綺麗な宝飾品、織物、陶器、工芸品。それに、甘くて美味しい食べ物。……綺麗で、人の手によって技術が注ぎ込まれた品を、殊更好む」

「綺麗で、甘くて、美味しいお菓子ならもっと少なくて済むか?」

 レグルスの問いに、妖精が間髪入れずに答える。資質のない人間には声が聞こえないと分かっているはずなのに、気が急いたらしい。

『すむ』

「済む、と妖精が言ってる」

「それなら、明日、街に食材を買い出しに行ってくる。大きくて綺麗な焼き菓子を作ろう」

「じゃあ、館は……」

「館にも妖精がいて、重要な情報を持っていたら二度手間になる。明日は、妖精たちへの対価を用意する日としないか?」

「そう。……だな、町を経由して、塔へ行くには時間が足りないし」

 俺たち二人が頷き合うと、頭の上で声がする。

『おいしくなければ、だめだ』

「妖精が、美味しくなきゃ駄目だって」

「そうか、腕によりをかけて作らなければ」

 レグルスは机の上に広げていた資料を片付けると、温くなったカップの中身を飲み干した。

 早く解決しなければ、と急いでいた所に、肩透かしを食らった気分だった。

 だが、妖精からの話を聞かなければ、情報を取り落とす気がする。彼の提案した順序が、適切なはずだ。

「イオは、今日は星読みをするのか?」

「いや。白亜の塔の件で頭がいっぱいで……。あまり、こういう時は読まない方がいいんだ」

「そうか。今日はたくさん移動をしたものな、ゆっくり休んだ方がいい」

 レグルスは俺に上着を羽織らせ、竈の火を落とした。

 二人揃って寝室へ向かうべく、廊下を歩いていると、途中で肩の上に何かが乗った気配がする。

『ほしよみし』

「なんだ?」

 俺が足を止め、声を上げたことで、レグルスがぎょっとしたような顔になる。肩の上を指差した。

 ああ、と納得したように彼も立ち止まる。

『しんだいを、もうつかうな』

「え? 寝台?」

『てきとうにくぎうったものを、つかいすぎてげんかいだ。われる』

「それ、俺の寝台? レグルスの寝台?」

『ほしよみしのだ』

 ええ……、と肩を落とし、大人しく聞いていたレグルスの方を見る。

「なんか、俺の寝台。適当に作ったのを使いすぎて、割れるから使うな、って」

「それは残念だな。良ければ、私が補修をしようか。弱っている板を取り替えて、釘を打ち直せばいいだろう」

「本当か? 助かる!」

 やった、と両手を挙げるが、修理してもらうにしても今日はもう遅い。寝具だけ持って、居間の長椅子で寝るのが妥当だろうか。

 伝えるだけ伝えて満足したらしく、肩から重みが消えた。

「木が割れる、というのも、妖精には分かるのか?」

「あいつらは自然から生まれるから、自然由来の建材の状態変化には敏いんだよ。換気せずに木が黴そうになると、親の敵のように怒られる。まあ、親の敵なんだけど」

 廊下を歩いて寝室に入り、俺は自分の寝台から寝具を拾い上げる。そのまま抱えて部屋を出ようとすると、レグルスに止められた。

「どこへ行くんだ?」

「いや、寝台が使えないから、居間の長椅子で寝ようかと」

「寝るには狭いだろうに」

「けど、床はこの時期、寒くてさ」

 苦笑すると、彼は自分の寝台の毛布を捲ってみせた。

「ここで寝るといい。私が床で寝る、寝具を貸してくれ」

「いや! 俺が適当に寝台を作ったのが悪いんだし、それで変に体重を掛けて駄目にしたんだ。俺の所為だよ」

「仮にイオの所為としても、今日連れ回した相手を狭い場所で寝かせるのは私自身が許せない。私は野宿に慣れているから……」

 しばらくの間、責任が己にあるという俺と、どんな場所ででも寝られるレグルスとの間で意見を交わし合ったが、お互いの主張が譲られることはなかった。

 だが、今日は長時間、移動して疲れている。眠気も襲ってきており、早く決着を付けたかった。

「分かった。レグルスの寝台を貸してくれ」

「分かってくれたのなら良かった」

「その代わり、あんたも一緒に寝ろ。俺はこの通り細い。そのでかい寝台ならいいだろ」

 目の前の男の時間が、かなり長い間、静止した。

 俺の言葉が飲み込めなかったようで、瞬きも少ない。何度もその頭で言葉を繰り返して、呑み込もうとしているようだった。

「一緒に、寝…………?」

「じゃなかったら、俺は長椅子に行く」

「────。そう、だな。イオの大きさなら、いける、か」

 はっきりとしない返事だったが、彼も納得したようだった。俺は寝具を自分の寝台に戻し、枕だけを持ってレグルスの寝台へと入る。

 目いっぱい壁側に近づくと、もうひとり入れるくらいの空間ができた。

「邪魔を、する…………」

「いや、邪魔してるのは俺のほうだろ。大丈夫か?」

 毛布を持ち上げると、おずおずと彼は身体を入れた。

 動きはかちこちで、要らない力が入っているように見える。魔術で照明を消し、真っ暗になった部屋の中で、レグルスの肩に触れた。

「どうした? なんか、変な姿勢になってないか?」

「な、なってはいない……! 大丈夫だ。だから、しっかり休息を取ってくれ……!」

「いや。休息を取った方がいいのは、あんたの方じゃないか」

 いや、その、と口ごもり、やがて彼は黙り込んだ。

 珍しい一面が見られた事を面白く感じ、近づくほど強ばる相手に身を寄せる。

「体温があると、あたたかいな」

「…………そ。そう、だな」

 やっぱり、態度が妙な気がする。風呂に入ったばかりで匂いはしないはずだが。

 寝間着の裾に鼻先を押し当てるが、衣類用にレグルスが使っている石鹸の匂いしかしなかった。

「俺、変な匂いしてる?」

「そんなことはない。…………いい匂いが、い、いや。済まない。……普通の匂いだと思う」

「そうか」

 試すように近寄っても、彼は怒ったりはしない。別にひどい臭いがしている訳ではないようだ。

 何故。なぜ、と気になって、何度も話しかけては、その態度の異様さが気にかかる。その最中、ぽすん、と俺の上に重みが乗った。

『かんししゃを、ねかせてやれ』

 普段は、寝室には入ってこないはずの妖精が、わざわざ入ってきてそう言うのだ。今日のところは好奇心を押し殺して、眠ることにした。

「早く寝たいのにごめん。黙るな」

「あ、ああ……。おやすみ」

 これでいいのか、と布団の上に視線を向けると、ふわり、と重さは軽くなった。そして、部屋から気配が消える。

 寝台が壊れる、と警告した手前、きちんと守っているのか気になったのだろうか。律儀なものだ。

 体温を感じながら眠るのは、養い親の元を離れて以来だ。すぐに眠気が襲い、欠伸をして目を閉じる。

 夢さえみない、穏やかな夜だった。





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