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「完成だ」
作り上げられた品は、赤い果実を詰めた、丸い宝石箱のようだった。おお、と妖精たちと感嘆の声を揃える。
皿の周囲からは、ぐるぐると出来上がった菓子の周りを走り回っているような音がする。早く食べたい、と言いたげな行動だった。
「ええと、舞踏場に住む妖精との通訳、これだと何個分だ?」
『みっつと、はんぶんだ』
「おい。もしかして四つあるから、って訳じゃないよな!?」
『ようせいは、ねぎりも、ねあげもせぬ』
風呂場で砂糖菓子を少なく見積もった事を、あまりにも棚上げした台詞だった。
俺たちの様子を見守っていたレグルスに向き直る。
「三つと半分だそうだ。俺たちが食べる分を差っ引いた、残りをぜんぶ寄越せ、だと」
「まあ、足りたなら良かった。どれくらいの大きさに切り分けようか」
動き回る足音がして、菓子の端が二カ所囓られる。
ああ、とレグルスは意図を察したようで、中心からその二カ所に向けてナイフを入れた。切り分けた分を、真っ白い皿に盛ると、香り付けの葉を添える。
次々と同じ方法で大きさを指示され、全員に行き渡るよう切り分けられた。
「イオ。お前もだ」
最後に残った一切れは、片方が大きくなるような、不揃いな切り方をされた。大きな方が皿に載せられ、俺のほうへと差し出される。
「俺、小さい方でいいんだが」
「甘いものは好きだろう?」
「好き、だけどさぁ……」
「私は自分で作れるから遠慮するな。紅茶を淹れてくる」
レグルスの分は、妖精たちのそれよりも小さかった。
俺がお茶を持ってくるまで待つと、彼は驚いたように目を丸くする。
「先に食べていて良かったのに」
妖精たちは既にむしゃむしゃと齧っている音がする。音だけでも、美味しいという評価が伝わってくるほどの勢いだった。
『こうちゃもくれ』
「はいはい。レグルス、妖精たち紅茶が欲しいって」
レグルスがスープ皿に紅茶を注ぐと、ちょうど飲みたかったらしく水面が下がった。
「熱いから、気をつけるんだぞ」
『おそい』
「……? 何か言っているか?」
彼は指先を不思議そうに持ち上げる。どうやら、指を引っぱたかれたらしい。
「警告が遅いってさ」
「そうか……、妖精は難しいな」
俺のカップにも紅茶が注がれ、午後はゆっくりと菓子を食べながら時間が過ぎていった。この敷地に閉じ込められてから、初めてといっていいくらい、穏やかで、気持ちのいい時間だった。
皿が空になると、レグルスは思い出したように言う。
「そういえば、イオの寝台を直さないとな」
彼の言葉に、妖精たちのうち一人の声が近くなる。
『そとはあめだ。それに、くぎもないぞ』
「レグルス、妖精がもう釘がないって言ってる」
「そうなのか。しまった、町で一緒に買ってくれば良かったな」
はは、と笑いつつ、皿を一緒に流し台へと運んだ。
やっぱり対価が払いすぎだったようで、今日の皿洗いは妖精たちが手伝ってくれるらしい。空中に皿が浮き、水が汚れを落としていく様を、興味深く見守った。
「寝台がそのまま、ってことは、今日も一緒に寝ることになるか」
「私は……寝返りも打てたし、暖かくて助かった部分もあったが……」
「はは。実は俺も。じゃあ、今日もお邪魔していいか?」
「構わない」
笑い合う俺たちの様子を、じい、と見つめる視線を感じる。
そちらの方を向いても何もないが、おそらく、視線の元は妖精なのだろうと思った。
「なんだ?」
『とりがいる。せきをはずさなければな』
そう言うと、妖精たちは皿洗いを終え、ぴゃっと気配を消した。あまりにも意味の分からない言動を伝えると、二人揃って首を傾げる。
午後の残りは、塔に関する資料を読んで過ごすことにした。舞踏場の木材は、周囲の山で穫れる木を使っているらしい。
近くの山から運んできたのなら、やはり、妖精と話せれば色々と知っていそうだ。
「────そろそろ、夕食にするか」
「今日は俺、なんか手伝おうか」
お菓子作りに引き続き、手伝いを申し出てみると、野菜の水洗いと皮剥きを頼まれた。熱した石板の上に保管しておいた肉を焼き、味付けした野菜を添える。
肉自体は凝った味付けではなかったが、高温、かつ短時間で仕上げた肉は美味しかった。以前よりも、レグルスとの食事が和やかというか、俺が彼の料理を褒めると、そこから会話が続く。気がつけば、皿は空っぽになっていた。
今日は食べすぎたな、と腹をさすり、風呂を沸かしに行こうと立ち上がる。
「風呂か?」
「ああ、沸かしてくる」
皿洗いをしているレグルスをそのままに行こうとすると、くい、と頭のてっぺんあたりにある髪が引かれた。
明らかに妖精の仕業であるそれに、大人しく立ち止まる。
『ふたりでふろにはいるなら、たいかをわりびくぞ』
「は!?」
俺の素っ頓狂な声に、レグルスも手を止め、こちらを見る。
あ、いや、と取り繕うように声を上げ、妖精がいるあたりを指差す。俺の奇声の理由は無事に伝わった。
「二人で、ってどういうことだよ!」
『ふたりなのに、ひとりずつはいるから、ゆをずっとあたたかくたもたねばならん』
「つってもなぁ……」
明らかに困ったような表情をしていたのか、説明してくれ、と視線で促された。誤魔化すのを諦め、長く息を吐く。
「俺らが風呂に一人ずつ入るから、保温時間が延びて、妖精たちの仕事時間が延びるのが不満なんだと。一緒に入れ、ってうるさい」
「…………まあ、私は構わないが。その方が対価も少なく済むんじゃないか」
「そうだけどさぁ……」
鍛えていない身体も、外に出るのを億劫がった生っ白い肌も、進んで見せたいものではなかった。
だが、彼に言い寄られている訳でもないのに、たかが一緒に風呂に入るだけ、を頑なに拒否するのも感じが悪い。
「わーかったよ。対価は安くしろ」
『さとうがし、ひとつだ』
「つか、散々食っただろ今日!」
『それはそれ。これはこれ』
人間めいた言葉を発し、妖精たちは対価をちゃっかり受け取ると、風呂を沸かしにぴょんぴょんと跳ねる音を立てていなくなった。
ったく、もう、と頭を掻き、服が仕舞ってある部屋へと向かう。
「レグルスの服も持って来ようか?」
皿洗いを切り上げようとした彼の動作を、言葉で制する。きょとんと目を見開くと、それじゃあ、と皿洗いを再開した。
「私が持ち込んだ、右の棚の一番上だ」
「知ってる。いつも見てるし」
「…………」
無言になったのを不思議に思いながら部屋を出て、二人分の服を回収して戻った。
俺が居間で少し待つと、やがて、皿洗いが終わった、とレグルスが来て、ふろがわいた、と妖精が報告に来た。
彼の服を押しつけ、二人で揃って風呂へ向かう。
「そういえば、この風呂はどういった仕組みになっているんだ?」
脱衣所に入ると、レグルスは躊躇いなく上着を脱ぎ捨てた。盛り上がった胸の筋肉と、いくつかの大きな傷跡が見える。
肌は適度に焼けており、そういえば外の畑仕事もしてくれていたな、と思い出す。
「堀から水を汲み上げるための管が通っていて、装置を妖精たちが動かして水をここまで運ぶ。風呂場に併設する形で、温度を変えるための装置があって、調節をしつつ、温度を上げてくれるんだ」
「ああ。だから風呂に入っている時、波紋ができるんだな」
話している間に向こうは服を脱ぎ終わり、俺は流石に迷いすぎか、と上着を脱いだ。レグルスの視線が、向けられているのが分かる。
「なんだよ?」
睨め付けながら、下の服も脱ぎ落とした。
「いや、……もっと太らせないと、と決意を新たにした」
「今日の菓子は効果があったと思うぞ」
身体の貧相さを指摘されず、ほっとした。彼を追い越し、風呂場へと入る。ばしゃりと頭から湯を被り、身体中を泡立てた。
追うように入ってきたレグルスも、同様に身体を洗い始める。ちらり、と視界に入る躰は、どこもかしこも大きい。
「……背中、洗ってやろうか?」
「ああ。いいのか」
植物を乾かして作った身体用の束子を泡立て、彼の背を擦る。僅かに赤みが出たが、尋ねると心地よい、と返事をされた。
確かに、少し掻くくらいが気持ちいいもんな、と思いつつ、広い背中を隅から隅まで洗い上げる。
本当に、身体のつくりが別の生き物みたいだ。
「終わり」
「ありがとう。じゃあ、イオも」
そうか、逆もか、と慌てて背中を向ける。大きな掌が、肩に掛かった。
びくん、と身を震わせる。
「どうした?」
「い、いや……。なんでも」
泡が背中に擦りつけられ、少しだけ力を掛けて背中が洗われていく。
自分では洗う場所だが、人にやってもらうのは心地が良かった。
彼と俺の魔力は相性が良いのかもしれない。養い親以外と深い付き合いはして来なかったが、彼との生活はあまりにも違和感がなさすぎる。
ばしゃ、と背中を流されると、一皮剥けたような心地だった。
「人に洗ってもらうの、いいな」
「私もそう思った」
示し合わせて、浴槽へと浸かる。ちょうどよい湯加減が全身を包み込んだ。
『ゆかげんは?』
「ちょうどいい……」
あぁ……、と声を漏らしながら、白い風呂のへりにもたれ掛かる。
浴槽は広く、二人で入ってもまだ余る。今まではそれぞれで入浴していたが、背中を洗って貰える事といい、対価が安く済むことといい、時間が合う時には、一緒に風呂も悪くない気がした。
「なぁ……、イオ」
「なんだ?」
「また、背中を洗ってくれ」
「いいぞ。俺の背中も洗ってくれるならな」
裸体を晒して、同じ湯に浸かっても、まったく嫌だとは思わない。それどころか、もっと、親しくなれたような気さえする。
広く取られている窓、温度で曇った硝子の先では、雨の降る音が響いている。ざあ、と遠くで響く音は、かえって音楽のように心地よく耳を打つ。
「あのさ、俺。ずっと、レグルスに対して感じ悪かったよな、って。思って」
「どうした、急に」
「いや。俺を外に出そうって思ってくれてること、知らなくて。なんかさ、ここに閉じ込められてから先、人間が信用できなくなってた。だから、……レグルスが優しいのをいいことに、八つ当たりしてた、と思う。ごめん」
視線が、水面から上げられない。
ぱしゃり、と水音がして、彼の腕が動くのが見えた。大きな掌は、俺の頭にぽすんと乗る。
「捕らえられた人間は、そういうものだ。しかも、罪がない人間なら、尚更だ」
「罪がない人間、って俺のこと、……か?」
「当たり前だ。ただ星読みをして、未来に起きる出来事を当てただけで幽閉する、というのは、私にはとても納得できない」
低い声は唸るようで、滲み出る怒気が伝わってくる。
俺を想って、俺の為に怒って、そして、解放しようとしてくれているのだ。もっと早く、態度を改めるべきだった。
これまでの怠惰な生活が頭を駆け巡って、更に肩が丸まった。
「なあ、俺も、レグルスの力になりたい。外に出たい、からじゃなくて、レグルスがしたいと思ってることを、叶える助けがしたい」
想いを言葉に出すたびに、輪郭を形作る。
いつからか零してきたものを、取り戻している気分だ。
「そうか。それなら、困った時には相談しよう」
頬に熱が上がって、ぼうっと頭がのぼせたようになる。浴槽から出て、段差の作られた部分に腰掛けた。
僅かに届く風が心地いい。どくり、どくり、と鳴り続けている鼓動は、送られてくる感情は、あまりにも湯の中で抱え込むには熱すぎた。
「完成だ」
作り上げられた品は、赤い果実を詰めた、丸い宝石箱のようだった。おお、と妖精たちと感嘆の声を揃える。
皿の周囲からは、ぐるぐると出来上がった菓子の周りを走り回っているような音がする。早く食べたい、と言いたげな行動だった。
「ええと、舞踏場に住む妖精との通訳、これだと何個分だ?」
『みっつと、はんぶんだ』
「おい。もしかして四つあるから、って訳じゃないよな!?」
『ようせいは、ねぎりも、ねあげもせぬ』
風呂場で砂糖菓子を少なく見積もった事を、あまりにも棚上げした台詞だった。
俺たちの様子を見守っていたレグルスに向き直る。
「三つと半分だそうだ。俺たちが食べる分を差っ引いた、残りをぜんぶ寄越せ、だと」
「まあ、足りたなら良かった。どれくらいの大きさに切り分けようか」
動き回る足音がして、菓子の端が二カ所囓られる。
ああ、とレグルスは意図を察したようで、中心からその二カ所に向けてナイフを入れた。切り分けた分を、真っ白い皿に盛ると、香り付けの葉を添える。
次々と同じ方法で大きさを指示され、全員に行き渡るよう切り分けられた。
「イオ。お前もだ」
最後に残った一切れは、片方が大きくなるような、不揃いな切り方をされた。大きな方が皿に載せられ、俺のほうへと差し出される。
「俺、小さい方でいいんだが」
「甘いものは好きだろう?」
「好き、だけどさぁ……」
「私は自分で作れるから遠慮するな。紅茶を淹れてくる」
レグルスの分は、妖精たちのそれよりも小さかった。
俺がお茶を持ってくるまで待つと、彼は驚いたように目を丸くする。
「先に食べていて良かったのに」
妖精たちは既にむしゃむしゃと齧っている音がする。音だけでも、美味しいという評価が伝わってくるほどの勢いだった。
『こうちゃもくれ』
「はいはい。レグルス、妖精たち紅茶が欲しいって」
レグルスがスープ皿に紅茶を注ぐと、ちょうど飲みたかったらしく水面が下がった。
「熱いから、気をつけるんだぞ」
『おそい』
「……? 何か言っているか?」
彼は指先を不思議そうに持ち上げる。どうやら、指を引っぱたかれたらしい。
「警告が遅いってさ」
「そうか……、妖精は難しいな」
俺のカップにも紅茶が注がれ、午後はゆっくりと菓子を食べながら時間が過ぎていった。この敷地に閉じ込められてから、初めてといっていいくらい、穏やかで、気持ちのいい時間だった。
皿が空になると、レグルスは思い出したように言う。
「そういえば、イオの寝台を直さないとな」
彼の言葉に、妖精たちのうち一人の声が近くなる。
『そとはあめだ。それに、くぎもないぞ』
「レグルス、妖精がもう釘がないって言ってる」
「そうなのか。しまった、町で一緒に買ってくれば良かったな」
はは、と笑いつつ、皿を一緒に流し台へと運んだ。
やっぱり対価が払いすぎだったようで、今日の皿洗いは妖精たちが手伝ってくれるらしい。空中に皿が浮き、水が汚れを落としていく様を、興味深く見守った。
「寝台がそのまま、ってことは、今日も一緒に寝ることになるか」
「私は……寝返りも打てたし、暖かくて助かった部分もあったが……」
「はは。実は俺も。じゃあ、今日もお邪魔していいか?」
「構わない」
笑い合う俺たちの様子を、じい、と見つめる視線を感じる。
そちらの方を向いても何もないが、おそらく、視線の元は妖精なのだろうと思った。
「なんだ?」
『とりがいる。せきをはずさなければな』
そう言うと、妖精たちは皿洗いを終え、ぴゃっと気配を消した。あまりにも意味の分からない言動を伝えると、二人揃って首を傾げる。
午後の残りは、塔に関する資料を読んで過ごすことにした。舞踏場の木材は、周囲の山で穫れる木を使っているらしい。
近くの山から運んできたのなら、やはり、妖精と話せれば色々と知っていそうだ。
「────そろそろ、夕食にするか」
「今日は俺、なんか手伝おうか」
お菓子作りに引き続き、手伝いを申し出てみると、野菜の水洗いと皮剥きを頼まれた。熱した石板の上に保管しておいた肉を焼き、味付けした野菜を添える。
肉自体は凝った味付けではなかったが、高温、かつ短時間で仕上げた肉は美味しかった。以前よりも、レグルスとの食事が和やかというか、俺が彼の料理を褒めると、そこから会話が続く。気がつけば、皿は空っぽになっていた。
今日は食べすぎたな、と腹をさすり、風呂を沸かしに行こうと立ち上がる。
「風呂か?」
「ああ、沸かしてくる」
皿洗いをしているレグルスをそのままに行こうとすると、くい、と頭のてっぺんあたりにある髪が引かれた。
明らかに妖精の仕業であるそれに、大人しく立ち止まる。
『ふたりでふろにはいるなら、たいかをわりびくぞ』
「は!?」
俺の素っ頓狂な声に、レグルスも手を止め、こちらを見る。
あ、いや、と取り繕うように声を上げ、妖精がいるあたりを指差す。俺の奇声の理由は無事に伝わった。
「二人で、ってどういうことだよ!」
『ふたりなのに、ひとりずつはいるから、ゆをずっとあたたかくたもたねばならん』
「つってもなぁ……」
明らかに困ったような表情をしていたのか、説明してくれ、と視線で促された。誤魔化すのを諦め、長く息を吐く。
「俺らが風呂に一人ずつ入るから、保温時間が延びて、妖精たちの仕事時間が延びるのが不満なんだと。一緒に入れ、ってうるさい」
「…………まあ、私は構わないが。その方が対価も少なく済むんじゃないか」
「そうだけどさぁ……」
鍛えていない身体も、外に出るのを億劫がった生っ白い肌も、進んで見せたいものではなかった。
だが、彼に言い寄られている訳でもないのに、たかが一緒に風呂に入るだけ、を頑なに拒否するのも感じが悪い。
「わーかったよ。対価は安くしろ」
『さとうがし、ひとつだ』
「つか、散々食っただろ今日!」
『それはそれ。これはこれ』
人間めいた言葉を発し、妖精たちは対価をちゃっかり受け取ると、風呂を沸かしにぴょんぴょんと跳ねる音を立てていなくなった。
ったく、もう、と頭を掻き、服が仕舞ってある部屋へと向かう。
「レグルスの服も持って来ようか?」
皿洗いを切り上げようとした彼の動作を、言葉で制する。きょとんと目を見開くと、それじゃあ、と皿洗いを再開した。
「私が持ち込んだ、右の棚の一番上だ」
「知ってる。いつも見てるし」
「…………」
無言になったのを不思議に思いながら部屋を出て、二人分の服を回収して戻った。
俺が居間で少し待つと、やがて、皿洗いが終わった、とレグルスが来て、ふろがわいた、と妖精が報告に来た。
彼の服を押しつけ、二人で揃って風呂へ向かう。
「そういえば、この風呂はどういった仕組みになっているんだ?」
脱衣所に入ると、レグルスは躊躇いなく上着を脱ぎ捨てた。盛り上がった胸の筋肉と、いくつかの大きな傷跡が見える。
肌は適度に焼けており、そういえば外の畑仕事もしてくれていたな、と思い出す。
「堀から水を汲み上げるための管が通っていて、装置を妖精たちが動かして水をここまで運ぶ。風呂場に併設する形で、温度を変えるための装置があって、調節をしつつ、温度を上げてくれるんだ」
「ああ。だから風呂に入っている時、波紋ができるんだな」
話している間に向こうは服を脱ぎ終わり、俺は流石に迷いすぎか、と上着を脱いだ。レグルスの視線が、向けられているのが分かる。
「なんだよ?」
睨め付けながら、下の服も脱ぎ落とした。
「いや、……もっと太らせないと、と決意を新たにした」
「今日の菓子は効果があったと思うぞ」
身体の貧相さを指摘されず、ほっとした。彼を追い越し、風呂場へと入る。ばしゃりと頭から湯を被り、身体中を泡立てた。
追うように入ってきたレグルスも、同様に身体を洗い始める。ちらり、と視界に入る躰は、どこもかしこも大きい。
「……背中、洗ってやろうか?」
「ああ。いいのか」
植物を乾かして作った身体用の束子を泡立て、彼の背を擦る。僅かに赤みが出たが、尋ねると心地よい、と返事をされた。
確かに、少し掻くくらいが気持ちいいもんな、と思いつつ、広い背中を隅から隅まで洗い上げる。
本当に、身体のつくりが別の生き物みたいだ。
「終わり」
「ありがとう。じゃあ、イオも」
そうか、逆もか、と慌てて背中を向ける。大きな掌が、肩に掛かった。
びくん、と身を震わせる。
「どうした?」
「い、いや……。なんでも」
泡が背中に擦りつけられ、少しだけ力を掛けて背中が洗われていく。
自分では洗う場所だが、人にやってもらうのは心地が良かった。
彼と俺の魔力は相性が良いのかもしれない。養い親以外と深い付き合いはして来なかったが、彼との生活はあまりにも違和感がなさすぎる。
ばしゃ、と背中を流されると、一皮剥けたような心地だった。
「人に洗ってもらうの、いいな」
「私もそう思った」
示し合わせて、浴槽へと浸かる。ちょうどよい湯加減が全身を包み込んだ。
『ゆかげんは?』
「ちょうどいい……」
あぁ……、と声を漏らしながら、白い風呂のへりにもたれ掛かる。
浴槽は広く、二人で入ってもまだ余る。今まではそれぞれで入浴していたが、背中を洗って貰える事といい、対価が安く済むことといい、時間が合う時には、一緒に風呂も悪くない気がした。
「なぁ……、イオ」
「なんだ?」
「また、背中を洗ってくれ」
「いいぞ。俺の背中も洗ってくれるならな」
裸体を晒して、同じ湯に浸かっても、まったく嫌だとは思わない。それどころか、もっと、親しくなれたような気さえする。
広く取られている窓、温度で曇った硝子の先では、雨の降る音が響いている。ざあ、と遠くで響く音は、かえって音楽のように心地よく耳を打つ。
「あのさ、俺。ずっと、レグルスに対して感じ悪かったよな、って。思って」
「どうした、急に」
「いや。俺を外に出そうって思ってくれてること、知らなくて。なんかさ、ここに閉じ込められてから先、人間が信用できなくなってた。だから、……レグルスが優しいのをいいことに、八つ当たりしてた、と思う。ごめん」
視線が、水面から上げられない。
ぱしゃり、と水音がして、彼の腕が動くのが見えた。大きな掌は、俺の頭にぽすんと乗る。
「捕らえられた人間は、そういうものだ。しかも、罪がない人間なら、尚更だ」
「罪がない人間、って俺のこと、……か?」
「当たり前だ。ただ星読みをして、未来に起きる出来事を当てただけで幽閉する、というのは、私にはとても納得できない」
低い声は唸るようで、滲み出る怒気が伝わってくる。
俺を想って、俺の為に怒って、そして、解放しようとしてくれているのだ。もっと早く、態度を改めるべきだった。
これまでの怠惰な生活が頭を駆け巡って、更に肩が丸まった。
「なあ、俺も、レグルスの力になりたい。外に出たい、からじゃなくて、レグルスがしたいと思ってることを、叶える助けがしたい」
想いを言葉に出すたびに、輪郭を形作る。
いつからか零してきたものを、取り戻している気分だ。
「そうか。それなら、困った時には相談しよう」
頬に熱が上がって、ぼうっと頭がのぼせたようになる。浴槽から出て、段差の作られた部分に腰掛けた。
僅かに届く風が心地いい。どくり、どくり、と鳴り続けている鼓動は、送られてくる感情は、あまりにも湯の中で抱え込むには熱すぎた。
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