凶星を招く星読師と監視者と黒く白い双塔

さか【傘路さか】

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 翌日、目を覚ますと、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 身を起こし、窓辺に視線をやる。寝室の中に、俺以外の気配はなかった。寒さに震えながら寝台を出ると、欠伸を噛み殺して居間に向かう。

 予想通り、誰の姿もなかった。

「レグルスがいないと、ほんと、ひとりっぽっちだなぁ。……俺」

 はは、と乾いた笑いを浮かべ、食卓についてパンを囓る。余らせていた干し肉は、表面が乾いてひどい味になっていた。唾液でふやかしながら、腹に納める。

 居間に戻ってきて、積み上げた本に視線をやった。レグルスが数日、帰らないつもりだというのなら、待っているだけの時間が勿体ない。

「妖精くん。きのう借りた本、返すな」

『しょうちした』

 持ち上げた本は、ぱっと空中に消えていった。それと引き換えに、妖精の気配が机の上に乗り上がる。

 このまま調査を続けてもいいが、と一人で悩むことを諦め、話し相手にはなる筈の妖精を手招きして留まらせる。

「なあ、妖精くん。俺さ、舞踏場で妖精の声を聞きたいんだよ。でもほら、レグルスが帰ってこないだろ」

『そうだな』

「かといって、のんびりしてたら、白亜の塔が崩れるかもしれない。特に、領主の娘の婚約を祝した舞踏会とやらは、明日の夜のはずだ。どうしたらいいと思う?」

『どうしたらいいかおしえてほしい、という、いらいか?』

「そっか……妖精相手だとこうなるのか」

 おちおち相談もできやしない。机の端に置き忘れていた飴玉の瓶を引き寄せると、中からひとつ、琥珀色の飴玉を取り出した。

「いくつだ?」

『それだけでいい』

 摘まみ上げた飴玉が空中に持ち上がると、ぱくりと食べるように消えた。

 もごもごと音がする、しばらく食事をのんびりと待つ。

『りょうしゅは、とうをみに、そとにでてもいい、といった』

「でも、あれは。レグルスが監視するなら、って条件で……」

『きいていない。きいていないことは、かなえられない』

「……俺もあんたらと同じように、傍若無人に生きてみたいよ」

『ようせいは、えんりょえしゃく、だ』

 何か言っているような気がするが、妖精が遠慮会釈だなんて、俺も養い親も思いはしないだろう。

 彼らが従っているものは、彼らの理だ。人の理を慮ったりなどしない。

「勝手に外に出ちゃえばいいじゃん、ってことか?」

『なにをなやんでいるのか、ようせいにはわからない』

「そもそも、俺は外に出られないんだって」

『でたいのか?』

「出たいだろ」

 妖精は黙ると、がらがらと飴玉の入った硝子瓶が揺れた。彼らが、報酬を要求するときの行動だ。

 腕組みをして、あれ、と首を傾げる。

「なんで、報酬を払え、って催促するんだ」

『ほしよみしは、かんがよくない』

「はっきり悪いって言え。えー……? 待て、待てよ」

 ああ……! と叫ぶと、妖精は大声を出した俺に抗議をするように、ガラガラと硝子瓶を揺らした。

 悪い、と謝罪を入れ、すう、と息を吸い込む。

「妖精くん。俺は外に出たい! 外に出るための方法を教えてくれ!」

『ようせいはねびきをしない。ねびきをしないが、たまに、けいさんをまちがえることはある』

 硝子瓶の蓋が開き、ざらざらと中身が零れていく。だが、零れていく最中に、次々と飴玉は消えていった。

 硝子瓶が、すっきりと空になる。ゴロゴロゴロ、と飴玉同士が擦れる音が響く。大人しく待っていると、やがて音は止んだ。

『ほしよみしを、このとうのかんりにんとして、とうろくしてやる』

「管理人? レグルスが出入りできたのは、管理人だからか?」

『あちらは、しようしゃ、だ。ひとりしか、ゆるしていない』

 塔の管理人と、使用者はまた別の存在であるらしい。妖精は、とっ、と机から降りる音を立てると、居間の扉が開いた。

『ついてこい』

 足音を頼りに付いていくと、塔の頂上へ行くときに使う小部屋へと通された。俺が何を言うまでもなく、小部屋は釣り上げられ、頂上まで辿り着く。

 だが、小部屋の扉は開かず、代わりに天井で、カコン、と音がした。するすると目の前に縄梯子が下ろされ、その先は天井に開いた小さな扉へと繋がっている。

「えぇ……?」

 気圧されながら、恐るおそる縄梯子を上る。

 扉から頭を出すと、目の前には別の通路が奥に向かって延びていた。明らかに使われていない様子で、埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。

「いつから使ってないんだ……?」

『ずっとだ』

 ととと、と小さな足音がして、瞬きの間に埃と蜘蛛の巣が払われていく。

 綺麗になった先の道は、俺の身長程度の高さはあるが、両手を伸ばせばつっかえるくらいの広さしかなかった。

 ぼう、と吊り下げられていた照明が点る。薄暗い廊下に、一歩踏み出した。

「なんだ、ここ……」

 壁には幾本もの管が通り、見知らぬ釦も多い。奥へ奥へと歩いて行く足音を追うと、最奥には一つの小部屋が存在していた。

 カシャン、と何かが解錠された音を響かせ、ゆっくりと扉が開く。

『ここが、かんりしつ、だ。かんりにんのとうろくは、ここでおこなう』

 前面には、外を映した大画面が存在する。似たものを挙げるとするなら、魔術機の画面と似ている。

 だが、こんなに大規模に、外を監視する画面は見たことがない。

「ここに入れば、外の監視ができるのか?」

『そうだな。ふしんしゃを、とおざけるしくみもある』

 釦を押すと、水を撒いたり、砲弾を飛ばしたりすることもできるらしい。失われた技術、というものが世の中に取り上げられる事は多いが、この装置は最高峰のものだろう。

 操作盤のような装置の中央。金で枠を囲まれた範囲には、人の手形を模した窪みがあった。

『ここに、てをおけ』

 手を押しつけると、ちくり、と人差し指に痛みが走った。ぼとり、ぼとりと血が流れ、枠から広がっている溝を伝っていく。

 流れた分は極少量のはずなのに、血は固まることなく、溝を通って操作盤全体に広がっていった。

『管理人を、登録しました。ようこそ、我々の世界へ』

 人の声に近しい、だが微妙に発音のおかしい声がそう告げる。声音は、妖精たちの発する声に似ていた。

 ぽすん、と肩に重みが乗っかる。

『うまくいったようだな』

「そうだな。……って、え?」

 俺の肩に、ちっこくてまるっとした小さい人が乗っている。輪郭は丸く、子どもみたいだ。帽子を被り、俺の感覚でいえば古い形をした服を着ていた。

 視線が合うと、ちんまい手を振られる。

『よう』

「よう。って……妖精くん、そんな姿してたのか」

『あいらしいであろう』

「まあ、……えと、うん。…………そうだ、外に出たいって話は」

『なんでことばをにごす。まあいい、ここをおせ』

 言われるがままに釦を押すと、レグルスが跳ね橋を動かす時にやっていた、手の動きを解説する図が画面に表示される。

「俺も管理人だから。この動作を真似れば開く、ってことか」

『そうだ』

「よし、舞踏場に……! ……って、俺じゃ、馬動かせないか。それに、馬もない」

『ここをおせ』

 また言われるがままに釦を押すと、今度は画面に古い文字が浮かび上がってくる。今の言葉に直すなら、『自動走行式台車』とでも言うだろうか。

 塔の外で、ガシャン、ガシャン、と何かが動作する音がした。

「何がなんだか分からないが、何がなんだか分からなくてもいいし。時間もないし、準備して出発するか……!」

『いくぞー』

 元来た廊下を通って小部屋に降り、階を下降して、服を準備する。軽い食料と記録用の筆記具、妖精への対価になりそうな天然石を鞄に詰めた。

 普段なら替えの利く菓子類で済ませているのだが、連日力を借りっぱなしで尽きてしまったのだ。

 最後に妖精を服に突っ込み、塔の外へ出た。

「何これ」

『うま、みたいなものだ』

 台車、と訳しただけあって、蓋のない、底の浅い箱状の荷台に車輪が付いている。そして、先頭のあたりには操作用らしい、縦になった棒が付いている。

「これ、動力は?」

『まりょくだ』

 怯えながら荷台に乗り、操作棒を両手で掴む。

『てまえにひけ』

「お、おう」

 言われた通りにすると、車輪が動き始める。試しに操作棒を右に倒すと、車体も右に曲がった。

 速度を落としたいときは逆に奥に倒せばいいらしい。直感的な操作方法には、すぐに慣れた。

 台車を動かし、最も内側にある壁の出入り口に近づく。特に操作をする必要もなく、扉は開いた。

 そのまま残り二つの壁を開け、跳ね橋の動作を指示する動きを手順通りに行う。前回、通った時と同じように、跳ね橋は道を作った。

 台車を操作して、橋を渡る。台車の揺れは大きく、とても心地がよいものではないはずだったが、どくどくと胸が騒いだ。

 ようやく、俺は外に出たのだ。

「よし、行くぞ」

 大きく風が吹く。髪を巻き上げる突風の中、ただ、俺は前だけを見据えていた。




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