凶星を招く星読師と監視者と黒く白い双塔

さか【傘路さか】

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 台車は順調に、白亜の塔までの道を走りきった。

 動いているところを通行人に見られてはまずい、と人の気配がする度に台車を止め、休憩することになったが、想像よりも魔力の消費は少なく済んだ。

 俺のような魔術師が、近くを散策する時に使っていたのだろうか。

「妖精くん、人の気配はするか」

 白亜の塔のある敷地に近寄るが、人の気配はない。

『たいかを……ようきゅうするのもぶすいか、しないぞ』

「助かる。後でたくさん払うよ」

 そのまま台車を動かし、敷地へと入った。

 迷いなく舞踏場へと近づくと、荷台から降りる。しんと静まりかえった建物は、どこか物寂しい。

 前に立ち寄った時のように扉へ近付き、鍵を失念していた事に気づく。

「鍵借りて来てない……」

 頭を抱えてしゃがみ込む。折角ここまでたどり着いたのに、これでは無駄足だ。

『かぎなどいらぬ』

「え?」

『よべばよかろう。おぉい』

 妖精がキィン、と鳴るような声を出した。思わず両手で耳を塞ぐ。

 なんだ、ときょろきょろ辺りを見渡すと、扉の下からよじよじと這い出てくる影がある。塔で出会う妖精たちと姿形は似ていたが、こちらの服はぼろぼろだった。

 妖精たちは向かい合うように座ると、ごにょごにょと何事かを話し始める。

『なんのようだ? ときいている』

「ええ、っと、俺は、少し離れた塔で星読みをしていて────」

 これまでの経緯をうちの妖精越しに語る間、舞踏場に住む妖精は真摯に言葉を聞き取っている様子だった。

 俺の話が終わると、今度はあちらが妖精同士で話をする。

『ほしよみし。やはり、くずれる』

「ああ、だから塔が……」

『がけのほうだ』

 妖精たちは揃って、崖のある方をちいさい指で差した。

 俺は、その方向を見る。可能性として考えていたのは、塔が崩れることによる副次的な崩壊だ。

『ぶとうじょうのようせいは、もとはがけのうえの、きにすんでいた。きがたてものになったから、こちらにうつりすんだ』

 それが、自然の中で生まれる妖精たちが人工物に住むようになる理由だ。

 彼らは長く棲んだ木を愛する。木が切り倒され、建物になったとしても、木があるのならそこに移り住む。

『さいきんは、あめがおおい。じばんがゆるんでいる。そして、おおあめがくる』

「土は固そうに見えるけど、それじゃ保たないか?」

『つちをくずれぬよう、からめとるのが、きのねっこだ。ねをぬくと、とたんにもろくなる』

 崖の上方から側面にかけて木はなく、おそらく景色的に醜いと思われたのか、綺麗に根も取り去られていた。

『とうはたおれる。たてものもすべてが、つちにのまれて、だ』

 そこまで聞いて、ようやく舞踏場に住む妖精たちが俺に協力的な理由を察した。

 彼らは、全力で建物を維持し、守る。俺に頼ることもまた、彼らが建物を守りたいと願うからこそ、だ。

 つぶらな瞳は、じっとこちらを見上げている。そろり、と手を伸ばし、額あたりを撫でた。

「この建物を建てた領主が、塔を、館を、そして、舞踏場を守ることを望んでいるんだ。だから、俺はこうやってここに来た」

 撫でられた妖精は、何事かまた話をしている。言葉は分からなかったが、感謝の意を伝えられていることは分かった。

「それで、大雨はいつ?」

 妖精たちの間で、短く声が交わされる。

『あしたのよる、だそうだ』

「舞踏会の日、大当たりかよ……!」

 舞踏会の当日ともなれば、遠方からの参加者が到着し始める。俺がここに来られたのは、本当に滑り込みだった。

 このまま領主の家へ飛び込んで、レグルスを訪ねるか。一度、戻るか。

 妖精は妙な理屈を捏ねていたが、俺はそもそも塔の外に出てはいけないはずだ。外出を咎められれば、もっと悪い境遇に落とされる。

 もしかしたら、レグルスも今日は戻ってくるかもしれない。

「妖精くん、一旦帰るぞ。レグルスが戻ってきてたら、伝えないと」

『わかった』

「……ええと、舞踏場の妖精くん。俺たちは領主と相談して、また来る。少しだけ、待っていてほしい」

 妖精の間で言葉が通訳されると、相手もこくりと頷き、舞踏場へと戻っていった。

 俺たちも自動走行式台車へ乗り込むと、自身が管理人である牢獄へと舞い戻るのだった。








 舞踏会前日の夜。そして、舞踏会当日の朝になっても、レグルスは戻ってこなかった。

 あれほど星読みの結果を重く見ていた彼が戻ってこないことに、流石に予期せぬ事態が起きていることを悟る。

 朝になり、もう飽きてきたパンを囓りながら、妖精と向かい合う。

「もう、領主の所に乗り込むしかないよな……」

 はあ、と息を吐き、温めただけのお湯を飲んだ。

 妖精は俺の手元からパンの欠片を盗み、咀嚼すると、不味い、とでも言いたげな顔をする。

『ほしよみし、しんだらほねはひろってやろう』

「本当にな……! 領主が話が通じない奴だったら即刻打ち首だぞ!」

 とはいえ、もう舞踏会は今日の夜だ。

 このままレグルスの帰りを待つ、という選択肢は昨日で終わっていた。窓から外を眺めると、朝から雨が降っている。

 昨日の夕方から降り続けている雨は、今日は止むことはなさそうだ。

「もう、考えるのも疲れた。行く」

 服を着替え、雨具を上に羽織った。

 妖精はもぞもぞと足下から服を這い上がり、頭巾の中に収まる。一人がそうすると、今日は二人、三人、と服を登り始めた。

 予期せぬ大所帯で、頭巾は満杯だ。仕方なく鞄を開け、その中に入るよう促した。

 外に出ると、ざあ、と雨が頭を叩いた。自動走行式台車に乗り込み、発進させる。雨であれ、変わらなく動いてくれるのは有難い。

 壁を通り、跳ね橋を渡ると、黒く聳え立つ塔を見上げる。

「帰ってくることを、祈っていてくれ」

 誰に言ったのか分からない言葉は、雨の音に掻き消された。

 台車の操作棒を引くと、カラカラと車輪が回る。

 雨だからか、道路には人っ子一人いない。これ幸いと台車は進み、領主の屋敷の近くへと辿り着いた。

 そろそろ人が増えるだろう場所まで辿り着くと、台車に取っ手を取り付け、引いて歩く。

 ようやく辿り着いた領主の屋敷の塀は高く、先端には槍のような装飾が付いていた。ぐるりと屋敷を囲む塀には切れ目もない。こっそりと忍び込むのは難しそうだ。

「打ち首覚悟で、正面突破か……」

 少し離れた場所で悩んでいると、近くを馬車が通った。水溜まりを通った車輪によって泥水がばらまかれ、頭から水を被る。

「うげ……」

 顔や妖精の入った鞄こそ無事だが、雨具も台車も泥塗れだ。俺が泥を落としていると、少し進んだ先で馬車が停まる。

 中から出てきたのは、傘を差した領主の娘……ミネラヴァだった。雨具を纏ってはいるものの、その可愛らしさは健在だ。泥塗れになっている俺とはえらい違いだった。

 彼女は俺を見つけると、きっ、と眦を釣り上げた。

「『凶星を招く星読師』……なぜ、ここにいるの。────脱走者よ! 捕らえなさい!」

 ミネラヴァの後から続いた男たちに腕を掴まれ、縄のようなもので縛り上げられる。俺は地面に叩き付けられながら、綺麗なままの彼女を見上げた。

 近づいてくるヒールが雨水を踏む。ぴしゃり、と頬に泥が跳ねた。

「どうして、お……監視者無しに、塔から出ているの」

 俺が黙っていると、彼女は護衛らしき男たちに俺を屋敷へ連れて行くよう指示を出す。

 地面から強い力で引き上げられ、歩くよう背を小突かれた。

「なあ、レグルスは何処に……!?」

 俺が『レグルス』と呼んだ瞬間、彼女の瞳に炎が宿った。明らかな敵意に、ぞっと背を伝うものがある。

「貴方の監視者だった人物は、『本人の希望で』職務を外れることになったわ。ご愁傷様」

 すっと彼女の目が眇められる。

 口元を覆う手のひらは白く、汚れなど知らない爪は磨き上げられた宝石のようだった。

「連れて行きなさい」

 また、強い力で背を押される。体格の違う男たちにそうされれば一溜まりもなく、屋敷の裏口へと歩かされた。

 雨具や持ち物を奪われ、辿り着いた先は地下だ。じめじめとした空気は、以前、権力者の死を読んだ後に幽閉された部屋と似ていた。

「領主様から沙汰が下るまで、大人しく待つように」

 縛られていた腕が解かれると、室内に突き飛ばされる。床から起き上がった時には、鉄格子の付いた硬質な扉は、閉じられた後だった。

 周囲を見渡しても、窓一つない。牢ではなく、簡素な小部屋、といった内装だったが、それにしてはあまりにも空っぽ、がらんとしすぎていた。

 木張りの床に座り込むと、手持ちの道具がすべて取り上げられている事を思い知った。自動走行式台車も、妖精たちの入った鞄もだ。

 俺の手元には、今、何もない。試しに魔術を使おうとしてみたが、術式が纏まらずに掻き消えた。妨害魔術が仕込まれているらしい。

 愕然と両手を見下ろす。

 ぼろり、と頬に何かが伝って、それを拭う余裕も、何か確かめる余裕もありはしなかった。




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