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▽11
白亜の塔までの道は、細く、荒れた道しか残っていない。俺が操作に手こずっていると、途中でレグルスが操作棒を握った。
魔術師でなくとも動作するらしい台車は、良い操舵手を得て、木々を掻き分け、全力疾走をする馬と見まごう速度で進んでいく。
「レグルス……! 壊すなよ!」
「任せろ!」
ギュル、と車輪が泥道を掻いた。僅かに車体を浮き上がらせながら、速度を落とさずに曲がりきる。
浮いた車体は足で踏みつけて水平に均した。さっき、身体が浮いた気がする。
光も少ない夜の道を、ただ覚えている道順だけを頼りに、駆けに駆けた。
「塔が見えたぞ!」
あれ、と俺は目を擦る。見間違いか、と雨水を払っても、同じ景色が見えた。
壁の側面。崖の頂上とまったく同じ高さまで、擁壁が聳え立っている。おそらく石を積み上げたものであろうが、継ぎ目が全く見えなかった。
あの造りを、俺は知っている。俺が住んでいる塔の側面も、同じような組み方で作られていた。では、あの黒い塔は、元は人と妖精たちの手によって造られたのか。
舞踏場の間近まで台車を走らせる。連絡が届いたのか、舞踏会は開かれてはいなかった。だが、館には照明が光っている。
石壁を見上げる。近くで見ても、どう組み上げれば、と疑いたくなるほど、素晴らしい出来だった。
『ぶとうじょうの、ようせいたちも、かせいした。いいできだ』
「助かった。あとは、魔術を発動させれば……」
だが、まだ屋敷の魔術師たちが応援に来る様子はない。俺たちは先に着いたが、あの悪路だ。あの台車の速度が異様だった。
待てるのか。待って、大丈夫なのか。俺の迷いを読んだかのように、妖精が声を上げる。
『くるぞ』
ザァ、と雨脚が強くなった。桶から水をひっくり返したような雨が、頭を叩く。もう、土砂が崩れる雨量としては、十分すぎる。
遠くから、土の動く嫌な音がする。俺は加勢を諦め、術式の詠唱を始める。
「────牛の革を重ね、複ね、累ね。最後に青銅を当てる。輪郭は壁。我らを隔てる、高き壁』
ず、ず、と崖の頂上が滑る。一撃めが、石壁に激突した。
ぱらぱらと小さな石が降ってくる。あの、石壁が崩れたら、俺たちもろとも呑まれる。
「…………!」
続け様に、二撃めが石壁を叩いた。
崩れてもいないのに、泣き言を言いそうになって歯を食いしばる。まだ、壁は耐えている。
「『汝は十三人目の客である。木造りの馬は赦さぬ、たったの一穴さえも許さぬ』」
三撃、四撃。轟音が響くたびに、心臓が竦み上がる。
呪文を放り出して、逃げ出したら間に合うのだろうか。そうしたら、レグルスだけでも助けられるのだろうか。
救いを求めるように、傍らに立つ人へ視線を向ける。何で、このひとは、いま此処に、こんなにも危険な場所にいるのだろうか。
冷たくなった指先が、温かい掌に包まれた。境界を崩すと、親しみを感じる魔力が流れ込んでくる。
唇の震えが止まった。もう、逃げようもないのだ。
「『邪なる眼は汝を睨む。決して』……────ッ!」
一人で大量の土砂を止める、という規模の魔術に、供給があっても力が抜けていく。崩れ落ちそうな足を踏みしめ。また、唇を開く。
ぎりりと噛んだ口内には、鉄の味がした。
『ご。そして、ろく』
五撃、六撃。土砂が叩き付ける音が、大地すらも震わせる。
耳元に、うわん、と人のものではない響きが届く。右肩には見知った妖精が乗り、そして、左肩には舞踏場で見た、あの妖精が乗った。
『ようせいは、いちをしらぬ』
『かさね』
『まだ、かさね』
『もっと、かさね』
響く声は、歌に似ている。黙って聞き入りたくなる声は、人を海へ招く水妖のようだ。
うっすらと薄く羽衣のような、魔術とは外れた何かが、石壁を覆った。
宝飾品を与えた見返りは、石壁を作るだけだ、と彼らは言った。魔術的な伴唱、詠唱者の増幅は、契約外の、妖精からの温情だ。そして、自分の住処への愛情だ。
するり、と空いている方の手で、舞踏場に住んでいた妖精の頬を撫でる。
「『一から進んで、我は七を超える!』 決して、この盾は砕かせない────!!」
術式の完成と共に、土の動く音が止んだ。
残った魔力を注ぎ込み、壁への魔術を完成させる。ふらり、とよろめいた俺の身体を、レグルスが受け止めた。
今までの雨が嘘のように、空も静寂を取り戻す。
『……まじゅつし、きたぞ』
背後から足音がする。
レグルスと話している内容からすると、屋敷に仕えている魔術師たちのようだ。意識を失いそうになりながら、出来上がっている魔術の補強を頼んだ。
新しく、大きな魔力が石壁を強化していく。もう、どれだけ崩れても大丈夫だ、という程に術式が重ね掛けされるまで、俺は意識との境へ必死に縋り付いていた。
「レグルス!」
領主の声がした。レグルスは俺を支えたまま、これまでの経緯を説明する。
来賓に怪我はないようだ、という領主の言葉が聞こえた。ほう、と胸をなで下ろす。
「無茶をする。星読師も、君も」
「いえ。私は、何もできませんでした。土砂崩れの被害が出なかったのは、イオの功績です」
俺を最初に動かしたのは、レグルスだ。
この塔へ引き入れたのも、大量の書物を集め、調べ続けていたのも。だが、もう声を上げることさえも辛かった。
二人は、これからの対応について話し合う。その終わりごろ、領主が口調を変えた。
「────レグルス。やはり、私は、君に領地の運営に携わってほしい」
「ですが……!」
「君の母は、聡明な女性だった。私が与えた宝石を、大切に保管して、すべてを君に与えるような。そして、君もそうだ。舞踏会が行われ、多くの死者が出ていたら、私は失脚していたはずだ」
土砂が動く音は、完全に止んだままだ。魔術師たちは、今も魔術式で補強を続けている。
複数人の魔力の気配があり、もう、これ以上の被害は出ないだろう。俺の星読みの結果は、すべて回避されたのだ。
「……頼りない父親だと思うかもしれないが。私は、これから君の支えが欲しい」
声を抑えて告げられた言葉が、くっきりと輪郭を持って浮かび上がった。
領主が、父親。レグルスは、領主の息子なのか。
おそらく、母は、愛人だったのだろう。ミネラヴァが俺を遠ざけようとした理由が理解できた気がした。
異母兄が、『凶星を招く星読師』なんかと付き合いがあったら、それは、引き離しに掛かる。監視者としての仕事も、大怪我の後の、様子見のつもりだったのだろう。
いっそ、笑い出したくて仕方がなかった。同じ夢を抱けても、あまりにも立場が違う。
「……父上。私、は…………いえ。今は、そんな場合ではない────」
二人が、来賓の避難の算段を立てるのを耳にしつつ、意識の崖から手を離す。
妖精たちが、呼びかける声が聞こえる。少しくらい寝かせてくれ、と伸びてくるその指先を払った。
白亜の塔までの道は、細く、荒れた道しか残っていない。俺が操作に手こずっていると、途中でレグルスが操作棒を握った。
魔術師でなくとも動作するらしい台車は、良い操舵手を得て、木々を掻き分け、全力疾走をする馬と見まごう速度で進んでいく。
「レグルス……! 壊すなよ!」
「任せろ!」
ギュル、と車輪が泥道を掻いた。僅かに車体を浮き上がらせながら、速度を落とさずに曲がりきる。
浮いた車体は足で踏みつけて水平に均した。さっき、身体が浮いた気がする。
光も少ない夜の道を、ただ覚えている道順だけを頼りに、駆けに駆けた。
「塔が見えたぞ!」
あれ、と俺は目を擦る。見間違いか、と雨水を払っても、同じ景色が見えた。
壁の側面。崖の頂上とまったく同じ高さまで、擁壁が聳え立っている。おそらく石を積み上げたものであろうが、継ぎ目が全く見えなかった。
あの造りを、俺は知っている。俺が住んでいる塔の側面も、同じような組み方で作られていた。では、あの黒い塔は、元は人と妖精たちの手によって造られたのか。
舞踏場の間近まで台車を走らせる。連絡が届いたのか、舞踏会は開かれてはいなかった。だが、館には照明が光っている。
石壁を見上げる。近くで見ても、どう組み上げれば、と疑いたくなるほど、素晴らしい出来だった。
『ぶとうじょうの、ようせいたちも、かせいした。いいできだ』
「助かった。あとは、魔術を発動させれば……」
だが、まだ屋敷の魔術師たちが応援に来る様子はない。俺たちは先に着いたが、あの悪路だ。あの台車の速度が異様だった。
待てるのか。待って、大丈夫なのか。俺の迷いを読んだかのように、妖精が声を上げる。
『くるぞ』
ザァ、と雨脚が強くなった。桶から水をひっくり返したような雨が、頭を叩く。もう、土砂が崩れる雨量としては、十分すぎる。
遠くから、土の動く嫌な音がする。俺は加勢を諦め、術式の詠唱を始める。
「────牛の革を重ね、複ね、累ね。最後に青銅を当てる。輪郭は壁。我らを隔てる、高き壁』
ず、ず、と崖の頂上が滑る。一撃めが、石壁に激突した。
ぱらぱらと小さな石が降ってくる。あの、石壁が崩れたら、俺たちもろとも呑まれる。
「…………!」
続け様に、二撃めが石壁を叩いた。
崩れてもいないのに、泣き言を言いそうになって歯を食いしばる。まだ、壁は耐えている。
「『汝は十三人目の客である。木造りの馬は赦さぬ、たったの一穴さえも許さぬ』」
三撃、四撃。轟音が響くたびに、心臓が竦み上がる。
呪文を放り出して、逃げ出したら間に合うのだろうか。そうしたら、レグルスだけでも助けられるのだろうか。
救いを求めるように、傍らに立つ人へ視線を向ける。何で、このひとは、いま此処に、こんなにも危険な場所にいるのだろうか。
冷たくなった指先が、温かい掌に包まれた。境界を崩すと、親しみを感じる魔力が流れ込んでくる。
唇の震えが止まった。もう、逃げようもないのだ。
「『邪なる眼は汝を睨む。決して』……────ッ!」
一人で大量の土砂を止める、という規模の魔術に、供給があっても力が抜けていく。崩れ落ちそうな足を踏みしめ。また、唇を開く。
ぎりりと噛んだ口内には、鉄の味がした。
『ご。そして、ろく』
五撃、六撃。土砂が叩き付ける音が、大地すらも震わせる。
耳元に、うわん、と人のものではない響きが届く。右肩には見知った妖精が乗り、そして、左肩には舞踏場で見た、あの妖精が乗った。
『ようせいは、いちをしらぬ』
『かさね』
『まだ、かさね』
『もっと、かさね』
響く声は、歌に似ている。黙って聞き入りたくなる声は、人を海へ招く水妖のようだ。
うっすらと薄く羽衣のような、魔術とは外れた何かが、石壁を覆った。
宝飾品を与えた見返りは、石壁を作るだけだ、と彼らは言った。魔術的な伴唱、詠唱者の増幅は、契約外の、妖精からの温情だ。そして、自分の住処への愛情だ。
するり、と空いている方の手で、舞踏場に住んでいた妖精の頬を撫でる。
「『一から進んで、我は七を超える!』 決して、この盾は砕かせない────!!」
術式の完成と共に、土の動く音が止んだ。
残った魔力を注ぎ込み、壁への魔術を完成させる。ふらり、とよろめいた俺の身体を、レグルスが受け止めた。
今までの雨が嘘のように、空も静寂を取り戻す。
『……まじゅつし、きたぞ』
背後から足音がする。
レグルスと話している内容からすると、屋敷に仕えている魔術師たちのようだ。意識を失いそうになりながら、出来上がっている魔術の補強を頼んだ。
新しく、大きな魔力が石壁を強化していく。もう、どれだけ崩れても大丈夫だ、という程に術式が重ね掛けされるまで、俺は意識との境へ必死に縋り付いていた。
「レグルス!」
領主の声がした。レグルスは俺を支えたまま、これまでの経緯を説明する。
来賓に怪我はないようだ、という領主の言葉が聞こえた。ほう、と胸をなで下ろす。
「無茶をする。星読師も、君も」
「いえ。私は、何もできませんでした。土砂崩れの被害が出なかったのは、イオの功績です」
俺を最初に動かしたのは、レグルスだ。
この塔へ引き入れたのも、大量の書物を集め、調べ続けていたのも。だが、もう声を上げることさえも辛かった。
二人は、これからの対応について話し合う。その終わりごろ、領主が口調を変えた。
「────レグルス。やはり、私は、君に領地の運営に携わってほしい」
「ですが……!」
「君の母は、聡明な女性だった。私が与えた宝石を、大切に保管して、すべてを君に与えるような。そして、君もそうだ。舞踏会が行われ、多くの死者が出ていたら、私は失脚していたはずだ」
土砂が動く音は、完全に止んだままだ。魔術師たちは、今も魔術式で補強を続けている。
複数人の魔力の気配があり、もう、これ以上の被害は出ないだろう。俺の星読みの結果は、すべて回避されたのだ。
「……頼りない父親だと思うかもしれないが。私は、これから君の支えが欲しい」
声を抑えて告げられた言葉が、くっきりと輪郭を持って浮かび上がった。
領主が、父親。レグルスは、領主の息子なのか。
おそらく、母は、愛人だったのだろう。ミネラヴァが俺を遠ざけようとした理由が理解できた気がした。
異母兄が、『凶星を招く星読師』なんかと付き合いがあったら、それは、引き離しに掛かる。監視者としての仕事も、大怪我の後の、様子見のつもりだったのだろう。
いっそ、笑い出したくて仕方がなかった。同じ夢を抱けても、あまりにも立場が違う。
「……父上。私、は…………いえ。今は、そんな場合ではない────」
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