12 / 14
12
▽12
目を覚ますと、窓の外は晴天だった。
鳥が穏やかに鳴き、雨の降る音はもうしない。名残のように頭の中で鳴る雨音を、かぶりを振って払った。
眠らされていたのは、俺が寝るにしては大きすぎる寝台だ。隣に、誰かの気配はなかった。
『おきたか』
『ぶとうじょうは、ぶじだったぞ』
『ひとのこも、ぶじだった』
身を起こすと、ちょろちょろと扉の外から妖精たちが駆け寄ってくる。肩に乗ったり、頭に乗ったり、膝の上を跳ね回ったりと、俺が大人しいからといって好き勝手している。
誰にも被害がなかった、という結果にほっと息を吐く。
「俺の星読み、久し振りに外れたなぁ……!」
自分の能力不足、という結果なのに、久しぶりに清々しい気分だ。
伸びをしていると、寝室の扉が大きく開いた。
「イオ……! 起きたか。あまりにも眠っているものだから、心配した」
「はは。多分、魔力不足だと思う」
「そうか。妖精たちもそう言ってはいたのだが、本当に、良かった……!」
寝台に乗り上がったレグルスが、両手を広げ、俺の身体を抱き竦めた。
俺は固まり、ただ、瞬きを繰り返す。腕は優しく、だがしっかりと、腰に回り、離れることを許さない。
「……心配、かけちゃったみたいだな」
「いや。私が勝手にしたことだ」
レグルスは俺の身体を放すと、寝台の端に腰掛け、俺が気絶した後のことを話し出す。
あれから、作られた擁壁を魔術で補強しながら夜を明かし、平行して夜通しで大道路の方の土砂崩れの復旧を行った。
翌日、道が元通りになった朝には、屋敷へと来賓達を避難させ、詫びともてなしをした上で、帰宅の運びとなったそうだ。
俺は丸一日寝こけて起きず、昨日の夜、レグルスが俺を塔に連れ帰ったらしい。
「────崖の上の植林はもちろん必要だが、出来上がった壁は建造物としても、魔術としても出来のいい物のようで、長期的に改修を加えて利用すべき、との話になった」
「あれ、俺の魔術はあんまり良くないけど、妖精たちが張り切って伴唱してたからな。植林が進めば、舞踏場の魔力も壁を媒介に植林した樹木へ流れ、魔力の停滞も解ける。いい土地になると思うよ」
失われた技術を目いっぱい使った、俺の力というには勿体ない出来栄えだ。
もし、そのまま活用してくれるなら、舞踏場に住む妖精たちも安心して過ごせるだろう。
「あと、ミネラヴァ……異母妹が、父上に絞られたようで、後日お詫びを、と言っている。まあ、受けるも受けないも、任せるが」
レグルスの眉が寄り、身体からは怒気が滲み出る。
解決を急いでいた時に拘束された彼はお怒りなのだろうが、俺は行き過ぎた噂が呼んだ、事故みたいなもの、という感覚だ。
それに、もう全て解決した。とっくに下がる溜飲も残っていない。
「本人が望むなら受けるよ」
レグルスの肩を叩くと、彼は渋々、というように頷いた。
この様子では謝罪を受けるにしても、時間をおいた方が平穏に終わるかもしれない。
「あんた……領主の息子だったんだな」
「ああ。とはいえ、知らされたのは最近で、ずっと母一人、子一人の貧しい暮らしだった。母が死んで、傭兵をしてまで稼いで金を送る必要もなくなったがな」
領主の下で、息子として働くのか、そう問いかけたかったが、唇がうまく動かなかった。話に区切りが付くと、レグルスは寝台から立ち上がる。
伸ばされた手のひらを取ると、そのまま起き上がらされた。
「イオが起きたら食べさせようと、たくさん料理の下拵えをしておいた。腹も減っているだろう。すぐに用意する」
「おお。祝賀会だな」
食卓へ向かうと、言葉通り、すぐに机の上には大量の料理が並べられた。
机の端には小さな敷布に、これまた小さな座布団が乗せられている。首を傾げていると、わらわらと妖精たちが集まり、それぞれの席に座った。
端っこの方には、舞踏場で見た妖精の姿もある。手を振って示すと、俺に対して何か言い、ぺこりと頭を下げた。
「舞踏場の妖精も呼んでくれたのか?」
鍋を持ってきたレグルスに問いかけると、彼は配膳をしながら答える。
「本来は、石壁を作るところまでが契約だっただろう。対価を、と話をしたら、料理が食べたいと言うもので」
『いつも、ほしよみしばかり、ずるい』
『でも、ようせいはまねかれぬと、たべられぬ』
「折角なら、あの時に働いてくれた全員連れてこられないか、と相談したら、呼んでくれた」
「助かる。俺も、思ったより働かせたの、気になってたんだよ」
食卓の準備が整うと、最後に酒瓶がどんと置かれた。
俺の前にグラスが置かれ、とくりとくりと泡立つ黄金色の酒が注がれる。妖精たちにも、底の浅い容器に酒が注がれた。
レグルスはグラスを持ち上げ、俺に向けて掲げる。
「乾杯!」
「『『かんぱーい!』』」
最も大きな牛肉の塊を切り分け、口元に運ぶ。味付けは凝ったものではなかったが、肉の質がいいのだろう、嚙み締めると肉汁を垂らしながらほぐれる。
パンは温められ、上から溶かした牛酪がたっぷりと掛かっている。半分に割ると、ほくりと湯気が上がった。
「妖精くん。パン美味いぞ」
『ようせいはまだたべていない』
『『おかわり』』
「はいはい。少し待て」
客たちの注文があまりにも多いが、レグルスは慣れたように厨房と食卓を行き来しては、料理を追加する。
俺は酒のグラスをくっと喉に流し込む。しゅわしゅわとした炭酸が喉を流れ、滑り落ちていった。かっと頬が熱くなる。
このまま頭がぼうっとなって、未来の事なんて全て忘れてしまいたかった。
『ほしよみし』
「なんだ?」
『なつかしい、こうけいよなあ』
「…………人間と妖精が、こうやって、宴をすることがか?」
妖精は、ふふん、と満足げに笑うと、酒の入った器に頭を突っ込んだ。ごきゅりごきゅりと喉が鳴り、酒は消えてなくなる。
俺が器に注ぎ足すと、また満足そうに飲み進めた。明らかに、妖精の容量より多く飲んでいる。
「妖精は、底のない枠だな」
「沢山買ってきた筈だが、私の飲む分がどんどん消えていく」
レグルスは快活に笑い、妖精たちの望むままに飲ませていく。炭で焼いた大きな肉、じっくりと煮込まれた野菜、大きな卵焼きと、揚げた芋。
そして最後に、以前作った菓子が、まるまる四つ運ばれてきた。妖精たちは大喝采である。元々飲めや歌え、という気分だったのに、あの美味しかった菓子まで運ばれてきてしまった。
満腹になった、おそらく古よりの偉大であろう存在たちは、用意された敷布の上にごろりと横になって眠りはじめる。
俺は残った料理をつつきながら、ようやく仕事が落ち着いたレグルスと杯をぶつけた。
「お疲れ様。もう、対価としては十分だろう」
「そうか。良かった。昔の文献に、妖精は対価を与えないと消えてしまう、という記述があって、心配になってな」
過剰と思われる食事と酒、そして菓子は、仕事をしすぎてしまった妖精たちを慮るものであったらしい。
だが、彼らの生態を知っている俺は、首を傾げる。
「対価を払わないと、腹を立てて家出する、ってだけだと思う」
「消えないのか?」
「こいつらの力の源は、世界だからなあ。消える……消えるかなあ……?」
肩を竦めてみせると、レグルスはほっとしたように息を吐いた。ゆっくりと酒を味わい、鈍くなった舌で塩辛い料理を摘まむ。
隣からは、すぴすぴと満足げな寝息が届いていた。
「なあ……領主が言っていた、ことだけど」
「ああ。監視者としての役目を外れて、正式に父上の元で働かないかと打診された」
駆け引きのない、誤魔化すつもりのない言葉が、今は胸を引っ掻く。
彼の美点だと分かっていても、もう少し、優しい嘘が欲しかった。
「…………行くのか?」
「未練が無さそうに、背中を押さないでくれ。────まだ、悩んでいる」
そうか、と呟き、話を終わらせる。未練は大ありだが、あるように見えないのは助かった。
拘束されていた日のこと、彼の異母妹のこと、塔の管理人のこと。そして、無事何事もなく、助けられた人たちのこと。
取り留めのない、掛け替えのない時間を、なんでもない事のように話をしながら過ごした。
傾けた酒瓶から、滴が落ちる。あれだけあった酒は、すべて無くなってしまった。
「お開きだな」
机から立ち上がると、酔いが回ってぐらりと身体が傾ぐ。倒れようとした俺を支えたレグルスは、そのまま抱え上げた。
居間の長椅子に寝かされ、毛布を掛けられる。
「悪い。片付け……」
「慣れている。それに、功労者はゆっくり休むべきだ」
微睡んでいると、指先が前髪を払った。反応を返さず、深く息を繰り返していると、額に柔らかいものが触れる。
彼が、何の意図でそうしたのか。夢なのか、現実なのかも分からない。ただ目を閉じ、暗闇を見続け、やがて眠気に負けた。
数日の間、レグルスは変わりなく塔で過ごした。俺は、いつ居なくなるのかと怯えながら、表面上は変わりない日常を演じた。
同じ寝台で寝起きして、ふと、怖くなる。明日、目覚めて、彼はそこにいるんだろうか。
その日は、珍しく俺の方が先に起きた。絡みついている腕を持ち上げて身を起こし、目元を擦る。そして、ぱしぱしと隣で寝ている男の身体を叩いて起床させた。
「……おはよう」
「はよ。寒い…………」
レグルスはすぐに起き上がると、羽織るための上着を持ってきてくれた。服を羽織らされ、揃って寝室から出る。
なんだか、恋人だか、伴侶にでもなったみたいだ。硝子に映った自分たちを見て、もし本当にそうであったのなら、彼は出て行かないだろうに、と詮無いことを考えた。
ふと、窓の外に見慣れぬ影を見つける。止まり木の上には、以前、連絡を持ってきた鳥がいた。
「なあ、レグルス。あれ、領主様からの連絡じゃないか」
俺の指さした先を見たレグルスは、僅かに目を見開く。二人で外に出ると、鳥は確かに以前、手紙を届けた個体と同じだった。
俺が鳥に餌をやっている間に、彼は手紙に目を通す。
「土砂崩れの件で、経緯の説明に俺に来てほしいそうだ」
「説明? 誰に」
「国から調査団が来ているらしい。周辺の地域でも大雨の被害が多く、白亜の塔と周辺の建物はどうやって被害を免れたか、話が聞きたいと」
「そうか。自動走行式台車は要るか?」
茶化して尋ねると、彼はつられて笑った。
「いや。馬がいるからいい。準備をしたら、すぐに出る」
宣言通り、レグルスはすぐに支度を調え、馬に跨がって出て行ってしまった。
俺は欠伸を噛み殺すと、食事を準備せねば、と厨房に立つ。近寄ってきた妖精たちは、厨房にいるのが俺であることに、あからさまにがっかりした顔をする。
『かんししゃではないのか』
「レグルスがつまみ食いさせてくれるからって甘えすぎだ」
『しっけいな。そうじをてつだう、たいかであるぞ』
妖精たちとレグルスの間には、なんらかの契約関係が成立しているらしい。そういえば、彼もまた塔の管理人であり、会話が交わせるようになれば、交渉もできるのだ
ぴょこん、といつの間にか肩に乗ってくる。
『ぱんをやいてくれ。それで、あの、きいろくてあまいのをかけてくれ』
「牛酪を溶かして掛けるやつ? まぁ……それくらいなら。その代わり、風呂掃除してくれよ」
『まかされよ』
交渉が済むと、パンを焼き、上から牛酪を軽く溶かしてかける。牛乳を温めると、少しだけ砂糖を溶かして横に置いた。
パンを要求してきたのは一人だけだったが、何故か食べる段階になると人数が増えている。結局、何個もパンを焼かされる羽目になった。
「疲れた……。レグルスの存在の有り難さが身に染みる」
帰ったら礼を言おう。そして、もっと手伝いを増やそう。
決心してぴかぴかに磨き上げた部屋に、レグルスはその日、帰ることはなかった。
目を覚ますと、窓の外は晴天だった。
鳥が穏やかに鳴き、雨の降る音はもうしない。名残のように頭の中で鳴る雨音を、かぶりを振って払った。
眠らされていたのは、俺が寝るにしては大きすぎる寝台だ。隣に、誰かの気配はなかった。
『おきたか』
『ぶとうじょうは、ぶじだったぞ』
『ひとのこも、ぶじだった』
身を起こすと、ちょろちょろと扉の外から妖精たちが駆け寄ってくる。肩に乗ったり、頭に乗ったり、膝の上を跳ね回ったりと、俺が大人しいからといって好き勝手している。
誰にも被害がなかった、という結果にほっと息を吐く。
「俺の星読み、久し振りに外れたなぁ……!」
自分の能力不足、という結果なのに、久しぶりに清々しい気分だ。
伸びをしていると、寝室の扉が大きく開いた。
「イオ……! 起きたか。あまりにも眠っているものだから、心配した」
「はは。多分、魔力不足だと思う」
「そうか。妖精たちもそう言ってはいたのだが、本当に、良かった……!」
寝台に乗り上がったレグルスが、両手を広げ、俺の身体を抱き竦めた。
俺は固まり、ただ、瞬きを繰り返す。腕は優しく、だがしっかりと、腰に回り、離れることを許さない。
「……心配、かけちゃったみたいだな」
「いや。私が勝手にしたことだ」
レグルスは俺の身体を放すと、寝台の端に腰掛け、俺が気絶した後のことを話し出す。
あれから、作られた擁壁を魔術で補強しながら夜を明かし、平行して夜通しで大道路の方の土砂崩れの復旧を行った。
翌日、道が元通りになった朝には、屋敷へと来賓達を避難させ、詫びともてなしをした上で、帰宅の運びとなったそうだ。
俺は丸一日寝こけて起きず、昨日の夜、レグルスが俺を塔に連れ帰ったらしい。
「────崖の上の植林はもちろん必要だが、出来上がった壁は建造物としても、魔術としても出来のいい物のようで、長期的に改修を加えて利用すべき、との話になった」
「あれ、俺の魔術はあんまり良くないけど、妖精たちが張り切って伴唱してたからな。植林が進めば、舞踏場の魔力も壁を媒介に植林した樹木へ流れ、魔力の停滞も解ける。いい土地になると思うよ」
失われた技術を目いっぱい使った、俺の力というには勿体ない出来栄えだ。
もし、そのまま活用してくれるなら、舞踏場に住む妖精たちも安心して過ごせるだろう。
「あと、ミネラヴァ……異母妹が、父上に絞られたようで、後日お詫びを、と言っている。まあ、受けるも受けないも、任せるが」
レグルスの眉が寄り、身体からは怒気が滲み出る。
解決を急いでいた時に拘束された彼はお怒りなのだろうが、俺は行き過ぎた噂が呼んだ、事故みたいなもの、という感覚だ。
それに、もう全て解決した。とっくに下がる溜飲も残っていない。
「本人が望むなら受けるよ」
レグルスの肩を叩くと、彼は渋々、というように頷いた。
この様子では謝罪を受けるにしても、時間をおいた方が平穏に終わるかもしれない。
「あんた……領主の息子だったんだな」
「ああ。とはいえ、知らされたのは最近で、ずっと母一人、子一人の貧しい暮らしだった。母が死んで、傭兵をしてまで稼いで金を送る必要もなくなったがな」
領主の下で、息子として働くのか、そう問いかけたかったが、唇がうまく動かなかった。話に区切りが付くと、レグルスは寝台から立ち上がる。
伸ばされた手のひらを取ると、そのまま起き上がらされた。
「イオが起きたら食べさせようと、たくさん料理の下拵えをしておいた。腹も減っているだろう。すぐに用意する」
「おお。祝賀会だな」
食卓へ向かうと、言葉通り、すぐに机の上には大量の料理が並べられた。
机の端には小さな敷布に、これまた小さな座布団が乗せられている。首を傾げていると、わらわらと妖精たちが集まり、それぞれの席に座った。
端っこの方には、舞踏場で見た妖精の姿もある。手を振って示すと、俺に対して何か言い、ぺこりと頭を下げた。
「舞踏場の妖精も呼んでくれたのか?」
鍋を持ってきたレグルスに問いかけると、彼は配膳をしながら答える。
「本来は、石壁を作るところまでが契約だっただろう。対価を、と話をしたら、料理が食べたいと言うもので」
『いつも、ほしよみしばかり、ずるい』
『でも、ようせいはまねかれぬと、たべられぬ』
「折角なら、あの時に働いてくれた全員連れてこられないか、と相談したら、呼んでくれた」
「助かる。俺も、思ったより働かせたの、気になってたんだよ」
食卓の準備が整うと、最後に酒瓶がどんと置かれた。
俺の前にグラスが置かれ、とくりとくりと泡立つ黄金色の酒が注がれる。妖精たちにも、底の浅い容器に酒が注がれた。
レグルスはグラスを持ち上げ、俺に向けて掲げる。
「乾杯!」
「『『かんぱーい!』』」
最も大きな牛肉の塊を切り分け、口元に運ぶ。味付けは凝ったものではなかったが、肉の質がいいのだろう、嚙み締めると肉汁を垂らしながらほぐれる。
パンは温められ、上から溶かした牛酪がたっぷりと掛かっている。半分に割ると、ほくりと湯気が上がった。
「妖精くん。パン美味いぞ」
『ようせいはまだたべていない』
『『おかわり』』
「はいはい。少し待て」
客たちの注文があまりにも多いが、レグルスは慣れたように厨房と食卓を行き来しては、料理を追加する。
俺は酒のグラスをくっと喉に流し込む。しゅわしゅわとした炭酸が喉を流れ、滑り落ちていった。かっと頬が熱くなる。
このまま頭がぼうっとなって、未来の事なんて全て忘れてしまいたかった。
『ほしよみし』
「なんだ?」
『なつかしい、こうけいよなあ』
「…………人間と妖精が、こうやって、宴をすることがか?」
妖精は、ふふん、と満足げに笑うと、酒の入った器に頭を突っ込んだ。ごきゅりごきゅりと喉が鳴り、酒は消えてなくなる。
俺が器に注ぎ足すと、また満足そうに飲み進めた。明らかに、妖精の容量より多く飲んでいる。
「妖精は、底のない枠だな」
「沢山買ってきた筈だが、私の飲む分がどんどん消えていく」
レグルスは快活に笑い、妖精たちの望むままに飲ませていく。炭で焼いた大きな肉、じっくりと煮込まれた野菜、大きな卵焼きと、揚げた芋。
そして最後に、以前作った菓子が、まるまる四つ運ばれてきた。妖精たちは大喝采である。元々飲めや歌え、という気分だったのに、あの美味しかった菓子まで運ばれてきてしまった。
満腹になった、おそらく古よりの偉大であろう存在たちは、用意された敷布の上にごろりと横になって眠りはじめる。
俺は残った料理をつつきながら、ようやく仕事が落ち着いたレグルスと杯をぶつけた。
「お疲れ様。もう、対価としては十分だろう」
「そうか。良かった。昔の文献に、妖精は対価を与えないと消えてしまう、という記述があって、心配になってな」
過剰と思われる食事と酒、そして菓子は、仕事をしすぎてしまった妖精たちを慮るものであったらしい。
だが、彼らの生態を知っている俺は、首を傾げる。
「対価を払わないと、腹を立てて家出する、ってだけだと思う」
「消えないのか?」
「こいつらの力の源は、世界だからなあ。消える……消えるかなあ……?」
肩を竦めてみせると、レグルスはほっとしたように息を吐いた。ゆっくりと酒を味わい、鈍くなった舌で塩辛い料理を摘まむ。
隣からは、すぴすぴと満足げな寝息が届いていた。
「なあ……領主が言っていた、ことだけど」
「ああ。監視者としての役目を外れて、正式に父上の元で働かないかと打診された」
駆け引きのない、誤魔化すつもりのない言葉が、今は胸を引っ掻く。
彼の美点だと分かっていても、もう少し、優しい嘘が欲しかった。
「…………行くのか?」
「未練が無さそうに、背中を押さないでくれ。────まだ、悩んでいる」
そうか、と呟き、話を終わらせる。未練は大ありだが、あるように見えないのは助かった。
拘束されていた日のこと、彼の異母妹のこと、塔の管理人のこと。そして、無事何事もなく、助けられた人たちのこと。
取り留めのない、掛け替えのない時間を、なんでもない事のように話をしながら過ごした。
傾けた酒瓶から、滴が落ちる。あれだけあった酒は、すべて無くなってしまった。
「お開きだな」
机から立ち上がると、酔いが回ってぐらりと身体が傾ぐ。倒れようとした俺を支えたレグルスは、そのまま抱え上げた。
居間の長椅子に寝かされ、毛布を掛けられる。
「悪い。片付け……」
「慣れている。それに、功労者はゆっくり休むべきだ」
微睡んでいると、指先が前髪を払った。反応を返さず、深く息を繰り返していると、額に柔らかいものが触れる。
彼が、何の意図でそうしたのか。夢なのか、現実なのかも分からない。ただ目を閉じ、暗闇を見続け、やがて眠気に負けた。
数日の間、レグルスは変わりなく塔で過ごした。俺は、いつ居なくなるのかと怯えながら、表面上は変わりない日常を演じた。
同じ寝台で寝起きして、ふと、怖くなる。明日、目覚めて、彼はそこにいるんだろうか。
その日は、珍しく俺の方が先に起きた。絡みついている腕を持ち上げて身を起こし、目元を擦る。そして、ぱしぱしと隣で寝ている男の身体を叩いて起床させた。
「……おはよう」
「はよ。寒い…………」
レグルスはすぐに起き上がると、羽織るための上着を持ってきてくれた。服を羽織らされ、揃って寝室から出る。
なんだか、恋人だか、伴侶にでもなったみたいだ。硝子に映った自分たちを見て、もし本当にそうであったのなら、彼は出て行かないだろうに、と詮無いことを考えた。
ふと、窓の外に見慣れぬ影を見つける。止まり木の上には、以前、連絡を持ってきた鳥がいた。
「なあ、レグルス。あれ、領主様からの連絡じゃないか」
俺の指さした先を見たレグルスは、僅かに目を見開く。二人で外に出ると、鳥は確かに以前、手紙を届けた個体と同じだった。
俺が鳥に餌をやっている間に、彼は手紙に目を通す。
「土砂崩れの件で、経緯の説明に俺に来てほしいそうだ」
「説明? 誰に」
「国から調査団が来ているらしい。周辺の地域でも大雨の被害が多く、白亜の塔と周辺の建物はどうやって被害を免れたか、話が聞きたいと」
「そうか。自動走行式台車は要るか?」
茶化して尋ねると、彼はつられて笑った。
「いや。馬がいるからいい。準備をしたら、すぐに出る」
宣言通り、レグルスはすぐに支度を調え、馬に跨がって出て行ってしまった。
俺は欠伸を噛み殺すと、食事を準備せねば、と厨房に立つ。近寄ってきた妖精たちは、厨房にいるのが俺であることに、あからさまにがっかりした顔をする。
『かんししゃではないのか』
「レグルスがつまみ食いさせてくれるからって甘えすぎだ」
『しっけいな。そうじをてつだう、たいかであるぞ』
妖精たちとレグルスの間には、なんらかの契約関係が成立しているらしい。そういえば、彼もまた塔の管理人であり、会話が交わせるようになれば、交渉もできるのだ
ぴょこん、といつの間にか肩に乗ってくる。
『ぱんをやいてくれ。それで、あの、きいろくてあまいのをかけてくれ』
「牛酪を溶かして掛けるやつ? まぁ……それくらいなら。その代わり、風呂掃除してくれよ」
『まかされよ』
交渉が済むと、パンを焼き、上から牛酪を軽く溶かしてかける。牛乳を温めると、少しだけ砂糖を溶かして横に置いた。
パンを要求してきたのは一人だけだったが、何故か食べる段階になると人数が増えている。結局、何個もパンを焼かされる羽目になった。
「疲れた……。レグルスの存在の有り難さが身に染みる」
帰ったら礼を言おう。そして、もっと手伝いを増やそう。
決心してぴかぴかに磨き上げた部屋に、レグルスはその日、帰ることはなかった。
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
元カレに追い出された専門学生がネカフェでP活相手のパパちんぽに理解らせられてトロトロのメロメロになっちゃう話
ルシーアンナ
BL
既婚子持ちバイ×専門学生
Pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27436158
ムーンライトノベルズ https://novel18.syosetu.com/n1512ls/
fujossy https://fujossy.jp/books/31185
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。