ただ君の顔が好きである【オメガバース】

さか【傘路さか】

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【人物】
碌谷 遊(ろくや ゆう)
有菱 環(ありびし たまき)
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▽1

 夕食にしては遅い時間に、誰もいない実家に帰宅する。

 日常のルーチンは今日も変わらず、左手にはビジネス鞄を、右手には買い物袋を提げたまま玄関扉を開けた。

 通りすがり様に、姿見に自分の顔が映る。

 表情を何処かに置き忘れてきたかのように唇は引き結ばれ、疲れからか寒さからか、血の気の引いた顔色をした男が立っていた。

 郵便受けから取り出した封筒を指定のカゴに放り込みつつ、自分の名を探す。普段なら全てカゴに放り込むことになる封筒は、今日は一通だけ手元に残った。

 『碌谷 遊 様』

 靴を脱いで揃え、玄関の隅に置く。

 よく使われている靴は出歩く主人と共に外出しており、つるりと磨き上げられた床面をがらんどうに見せていた。

 広い廊下は歩く度に勝手に照明が灯り、リビングのソファに鞄を投げ出して食卓へ向かう。

 机の上に買い物袋を置き、中から買った弁当を取り出す。間を空けず電子レンジに放り込んで、あたためのスイッチを押した。ぼう、と力なくランプが灯ったのを確認し、片手に握り続けていた封筒を開く。

 中身は、自治体主催の見合いパーティーの招待状だった。

 見合いだけあって自らの性別を明らかにして、という類いのものだが、アルファ、ベータ、オメガどの性別でも参加が可能のようだ。また、二十代後半から三十代前半まで、ときっちり年齢制限がされての招待らしい。

 役所のホールにて開催されるそれは、抽選会やクイズ大会などの小さなイベントこそあれど、基本的には立食の時間がメインだ。参加費は自治体負担、お土産なども用意された催しだった。

「ベータ限定、じゃない……?」

 引く手あまたなアルファの参加者はいないだろうが、ベータだけではなくオメガも参加可能といい、途中に挟まれる小イベントのゆるいラインナップといい、見合いパーティとはいえ気軽なものらしい。

 服装もドレスやスーツ不可、カジュアルな服推奨と記載されており、役所のホールだものな、と場所も含めて納得する。

 とはいえ、参加したいかと言われれば否だ。書かれていたコードを読み込んでウェブページを見てみたが、参加者登録ボタンには指が伸びない。

「せっかくの休みになぁ」

 温まった弁当を取り出し、蓋を開けると湯気が立つ。箸を指に挟んだまま、いただきます、と呟いて鮭に口を付けた。

 いくら食事代とお土産が無料とはいえ、本気で恋人が欲しい、という訳ではない人間が冷やかしに行くのは申し訳ない気がする。

 しかも『オメガ』が、だ。

 職場では性別を明かしており、発情期には家族には家を空けて貰っている。とはいえ、ベータが多数のパーティに男のオメガが行くのは肩身が狭い。

 うだうだと考えながら咀嚼し、ウェブページを指先でスクロールさせていると、指の端が参加者登録ボタンに触れてしまう。

 遷移したページがすぐ申し込みページ、という訳ではなかったが、それぞれの性別で規定人数に達しているかどうかの表示があった。

 『アルファ:○ ベータ:△ オメガ:○』

 ページの下部には凡例として『◎:参加者募集中、○:空き多数、△:空きあり、×:満員』と書かれている。あれ、と俺は米粒を飲み込んで首を傾げる。

 アルファの欄が、『◎』ではなく、参加登録をしている人がいるのだ。驚いて目を瞬かせる。

「まぁ、……アルファでも、見合いパーティ行きたい奴、も、いるか……?」

 呟いている俺の感覚では、珍しい人もいるものだ、と思う。同じ年くらいのアルファはたいがい番持ちだし、逆に番を持とうとしない、遊び好きの危ない相手もいる。

 もしパーティへ参加するとしたら、後者のはずだ。

 けれど、ぴたりと指先は止まり、ページを閉じるのを惜しむ自分がいる。そんな奇特なアルファがいるのなら見てみたい、とも、つい思ってしまった。

 既に申し込みをしたオメガもいる、その事実も背を押すばかりだ。

「あー…………」

 ふと、就職前に運命の番を探せないか足掻いていたことを思い出した。

 無駄に歩き回ってみたり、遠方を選んで旅行をしてみたり、と今思えばもっとやりようがあったであろう努力をしていた苦い記憶ばかりが蘇る。

 本当なら大学生時代、近くにいたはずのアルファと仲良くなろうとすべきだった。

 だが、万人に埋もれるような顔立ちも押しの強くない性格もそうだが、最大の欠点とも言うべきなのがこの表情筋の動きの悪さだ。

 動きが少なく緩慢な所為で、面白いと思っているのに面白くないのだと誤解させてしまうのが常だった。

「…………土産貰いに行くか」

 参加希望欄に情報を記載し、申し込みのボタンを押す。

 あの時に足掻いた自分を無駄にしたくなかった気もするし、そんな大層な想いではないような気もした。

 ただ、送り終わった後の自分は、大仕事をやり遂げたかのように長く息を吐く。

 抽選会で何か当たればいいな、だとか、美味い食事が食べられるといいな、と思いながら放置していた弁当に向き直る。

 考える時間が長すぎたのか冷え切った弁当は、また温める羽目になった。













 見合いパーティーまでの期間、『キレイめカジュアルな私服』とは何かを考えつつ過ごす。だが、結局のところ何も分からず、餅は餅屋、と普段より少し高めの服屋で一式揃えて貰うことにした。

 明るめのジャケットに濃い色のニット、裾を絞ったパンツを合わせ、手持ちのシューズを磨いて合わせる。

 清潔感が保たれる程度の長さの髪は、会社でもあるまいし、と分け目を変えた。柔らかい所為で纏まりづらく、仕事の時はかっちり固めるのだが、今の服にはそれも似合わない。

 はっきりとしない二重と、濃い色の瞳。どのパーツが際立つわけでもない人の記憶に残らない顔立ちが、前髪の向こうからこちらを見返していた。

 緊張が滲み出ている所為で、顔の強張り方も隈も酷い。

 朝早くに出掛けていった両親はアルファとオメガだが、オメガの母親は俺よりもはっきりとした目鼻立ちをしている。

 兄二人もアルファな為、祖母似、と言われる俺の顔は家族写真の中でも浮いて見えた。

「今日のミッションはお土産を貰うだけ」

 自分に言い聞かせるように靴の踵に指を差し込んで皺を直し、ボディバッグを背負って家を出た。

 久しぶりに朝から外に出歩いている気がする。休日は疲れて昼ごろ目を覚ますことが多く、眩しい日差しを浴びると目元が僅かに傷んだ。

 普段は縁のない役所までの道のりは物珍しく、子どもの頃から変化した街並みを眺めながら歩いた。

 外観だけしか気にせずに選んだシューズは足裏が痛み始め、立食だったことを思い出して既に後悔し始める。

「受付はこちらです」

 役所のホールに近付くと、誘導の声と、同じ年代らしい人々が受付をしている様子が見えた。学生時代の旧友の姿を無意識に探すが、出入りが激しい都市部だけあって見知った顔もいない。

 時間を確認し、あまり余裕もないことに気づいて受付に並んだ。

 招待状と名前などを確認され、性別で色分けされたステッカーを服の上に貼る。ちら、と受付を終えた面々を見ていると、ベータの色が多いが、オメガの色のステッカーを貼っている男女もいた。

 待合スペースの隅に座って待つと、隣の会話も聞こえてくる。

 真剣に相手を探すというよりも、手に入りづらいゲーム機がラインナップされた抽選会の景品や、食事、お土産の内容を話している声の方が聞こえてくるくらいだ。

 なんだ、と肩身の狭さを気にしすぎていた自分に嘆息する。

 参加を悩んだ一瞬、血が巡るようなあの感覚を思い出して、おそらく、がっかりしたのだろうと思う。

「あっ……、ごめんなさい!」

 軽くぶつかるような音と、女性の謝る声に顔を上げる。斜め前で、その女性は長身の男に向かって頭を下げていた。

「いえ、こちらこそ不注意でした。痛みはありませんか?」

 柔らかい声音で告げる男性の容姿に目を見開く。

 その薄い髪色と肌の色は彼を異国人めいて見せ、長身ですらりとした体躯ながらいくらか筋肉が服を押し上げているのが分かる。

 アルファだ、と直感的に分かった。

 彼の立っている場所だけが、浮いて見える。隙さえも愛嬌として見えるほどで、普段はモデルをしている、と言われても納得できた。

 目元ははっきりと主張する二重で、綺麗に垂れ気味のカーブを描いている。眉も薄く、顔立ち自体からの圧はない。

 しかし、あまりにも市井に紛れるには綺麗すぎる気がするし、小心者には会話するのに気後れする。

 アルファの中でも番を得るのに困っているというよりは、あえて番を持たないようなタイプに思えた。それにしても、彼の容姿なら遊び相手を探すにしろ、見合いパーティなど必要無いだろう。

 何故、あえて参加登録してまでこの催しに参加したのか、疑問で仕方なかった。

 男はすぐにオメガのステッカー纏った参加者に囲まれ、ひときわ賑やかになる。ベータも視線をちらちらと向けているが、無理もない。彼がいる一角だけ、全く別のイベントでもやっているようだ。

「──……────?」

 面白がって眺めていると、偶然こちらを見た男と視線が合う。

 愛想笑いを浮かべようとして、うまく笑えずに口の端に手を当てる。悩んでいる内に、いちど絡んだ視線は解けていた。

 やがて、係員から誘導があり、会場であるホールに向かう。

 中は明らかに備品であろうテーブルが並んでおり、その上に大皿に盛った食事が並んでいた。自治体主催とはいえ、いくらか協賛もあり、ホテルから取り寄せたような食事ばかりだった。

 時間進行も緩く、もう食事を始めてもいいらしい。皿を受け取り、記念日などにしか口にしない料理を取り分ける。

「美味……」

 アルコールの提供はなかったものの、口にする料理はどれも美味しかった。

 ちら、と人だかりになっている場所を眺める。周囲の人々から一人だけ身長の高いその輪の中心は、薦められる料理を受け取りながら微笑んでいた。

 あからさまに押せ押せ、という空気が滲み出ていて、ベータの中からも面白がって視線を向けている者もいる。久しぶりにアルファと接触を持つというのも目当てだった筈なのだが、あの空気を見ていると自分も行くのは申し訳なくなってしまった。

「では、これから○×クイズ大会を開始します!」

 やがて全員参加の地域クイズ大会が始まり、抽選会と続く。

 わらわらと移動する所為で、ベータやオメガ問わず、わいわいと近くにいる人に声を掛け合った。その中には連絡先の交換などをしている人もおり、多少なりとも成果が上がっているのを目にする。

 案外、休日の過ごし方にしては悪くない空気だった。

 俺のように積極的に話しかけに行かない景品目当ての人もおり、とはいえ抽選会の参加賞に土産まで貰えるのは悪くない。

 知らなかった地元の観光地や、縁のない業界話。耳に届く新しい話題は物珍しさに溢れていた。

「続いて、一対一でのトークタイムを開始します」

 トークタイムは抽選会と似たような形で、番号が呼ばれた者同士で用意された外のブース内で話をする時間のようだ。とはいえ、用意されたブースも限られているため、運が悪ければ呼ばれずに会食を続けることになる。

 この時間になってくると腹いっぱいになり、眠気に手招きされ始める。会場の隅に用意された椅子に座って、ホール内をぼんやり眺めていた。

「────二十三番、……──」

 自分の番号を呼ぶ声に、はっと我に返る。

 本当に自身の番号か疑いつつ立ち上がり、呼ばれた人が集められている方向に歩いていった。

 誘導された場所では、ブースで区切られたスペースがあり、机が一つと向かい合わせに椅子が設置されている。

 片方の椅子に座って待つと、やがて向かい側の椅子の後ろに人が立った。

「こんにちは」

 にこりと笑って告げたのは、物珍しいアルファのあの男だった。目を見開きつつも、不自然にならないように慌てて口を開く。

「……こんにちは。碌谷といいます、よろしくお願いします」

「有菱です」

 抽選会の特賞よりも、人によっては当たりだと思うような男が来てしまった。彼に見えない位置で、拳をぎゅっと握り込む。

 彼は似合わない事務椅子に腰掛けると、俺に視線を向けた。目を惹く造作の所為か、向けられている視線が自分には眩しすぎる。

 あからさまでない程度に視線を逸らしつつ、指先を自身の服に滑らせた。

「抽選会、何か当たりました?」

 当たり障りもない言葉を放ち、そわそわと答えを待つ。俺を捕らえる眼差しは逸らされないまま、有菱、と名乗った男は眦を緩める。

「近くの百貨店の商品券」

「え。いいなぁ……」

 気の抜けた言葉を返してしまい、くすくすと笑われた。彼は懐から封筒を取り出し、机に置いてこちらに滑らせる。

「あげるよ」

「え!? いや、あの。そんなつもりじゃないし、貰えない」

 せいいっぱい封筒を押し返すと、そう? と有菱さんは残念そうに懐に仕舞った。明らかに賞品目当てではないような行動に、疑問が浮かぶ。

「有菱さん、って賞品目当てに来た訳じゃないんですね?」

 うん、と彼は迷いなく頷く。

「番のタイプに拘りすぎる弊害が出ていて、解消の為に色んな人とお話ししたいな、と」

「拘り、って……匂いとかですか?」

 口に出して、目の前の人物の匂いを自覚する。軽く香水を纏っているようで分かりづらいが、やっぱり微かなフェロモンが彼自身を主張していた。

 複雑に混ざって、これと特定できない掴みづらい匂いだ。

「いや。……顔が……なんというか…………」

「面食い?」

 もののずばりを言い当てたのか、彼は苦笑と共に観念して肯定した。

「多数が綺麗だと言うような人ばかりを好きになる。面食いみたいだね」

 へぇ、と思わず言葉が漏れ出た。とはいえ、彼くらいの美形ならばそう要求しても嫌味に思えないのが不思議だった。

 彼の隣に釣り合う美貌が並んでいるのは芸能人を見るような感覚に近く、自分はそれを嫌悪したりはしないだろう。

「……それって、改善しなきゃいけないもの、……です?」

「一生ものの番を見つけたくとも、長続きしなくて焦ってるんだよ」

 彼が漏らす笑みは情けない空気を纏い、眉も下がってしまう。俺から見ればそのうち番は見付かる気がするが、相手にとっては深刻な悩みなのかもしれない。

「こういったきっかけを持つの、いいことですよね。でも俺、この年代のアルファの人が参加してることに驚きました」

「あぁ……。そうか、俺の歳になると、アルファの参加者も減るなぁ。同年代も番持ちが増えてきたからね」

「俺もです」

 はは、と声だけの笑いを揃えて。これだけタイプの違うアルファとオメガでも共通点はあるのだな、と面白く思った。

 久しぶりにアルファと近くでじっくり話すことへの気負いも、杞憂だったようだ。

「面食いかぁ……。じゃあ、服とかも拘る人ですね」

「そうそう。でもこれは自社製品で」

 さらりとジャケットを持ち上げて紹介する服は、布地もしっかりとしているし、シルエットも綺麗だ。

 彼はキレイめカジュアル、に数日間悩まされた俺と対極にいる。

「服を選ぶノウハウがあるの羨ましいなあ。俺、今日のパーティの服もかなり迷いましたよ。カジュアルだけど名目上、お見合いパーティじゃないですか」

「あぁ、俺も悩んだよ。最初に一式揃えたらあまりにもかっちりしすぎていて────」

 服談義に花を咲かせていると、そのうち時間制限が来る。

 アルファ相手に途切れず話せたことに満足感を覚えつつ、じゃあ、と席を立った。振り返ろうとした服の裾が引かれ、頭の方向を戻す。

 軽く目を伏せた有菱さんが、言葉に迷うように口を開けて閉じた。

「あの、言葉は普通だから。不機嫌、だった訳じゃないんだよね?」

「ああ。よく無表情って言われます、あんまり顔が動かない質で」

 俺の言葉に、ほっと息が漏れた。ずっと気にさせていたのなら申し訳ない、と眉を下げる。

「……あと、香水付けてる?」

「いや、あんまりそういうのは苦手で。ここまで歩いてきたので、汗臭かったらすみませんでした」

 匂いが得意ではない、と、香水を選ぶことが苦手、な両方の理由が俺を人工的な匂いから遠ざけている。

 何も考えずにそう返すと、有菱さんは不思議そうな顔をして裾を離した。

「そういう訳ではなくて、いい匂いだと思うよ。……ありがとう」

 離れていく自分の手とは造りの違う指先を見送り、改めて軽く頭を下げてその場を去る。

 高く鳴っていた鼓動の余韻で胸が痛い。ホールに戻った途端、胸元を握り締めて大きく息を吐いた。

 俺の後にもある程度の人数が呼ばれ、それぞれの交流が過ぎていく。一対一のトークタイムが終わると、パーティも最終イベントだ。

「これから仲良くしたいと思った相手の番号を紙に書いて────」

 司会が投票用紙の説明を進めていた。仲良くしたいと思った相手の番号を書いて、規定のボックスに入れるらしい。

 もし、両思いの二人が成立すれば、後ほど読み上げてくれるそうだ。

 俺は白紙の投票用紙を見ながら、困り果てていた。これまで多少の会話は発生したが、番号を覚えていない。周囲では忘れた相手の番号を見に行こうとしたり、紙に何事かを書く人達がいる。

 その中で、投票用紙を折りたたんでポケットに入れてしまう人がいた。

 ああ、と目を見開く。変に相手が成立して面倒ごとになるくらいなら、投票しなければいいのだった。

 俺は近くの係員に書きたい相手が見付からなかった、と伝え、投票用紙を返却した。

 集計用のボックスには、相手の番号を書いた人達が投票へと向かっていく。その中には先ほど話した有菱さんの姿もあった。

「いい人が見付かったんだ、良かったなぁ」

 悩んでいた姿を思い出して、独りごちる。邪魔にならないようにホールの壁に身体を預け、集計時間から続く発表をぼんやりと見守った。

 だが、マッチングされた二人組の中に、有菱さんの姿はなかった。あんな引く手あまたに見えるアルファでも、両思いになれないことはあるらしい。

 閉会の挨拶があり、出口付近でお土産の配布が始まる。地元の和菓子店の詰め合わせセットはどうやら好きな菓子が詰まっていそうで、浮上した気分と共にホールを後にした。

 ざわざわとお相手と話している二人組の間を、すいすいと抜けて歩く。人の群れから解放されると、眩しい日差しがまた目を刺した。

「────碌谷さん……!」

 背後から名を呼ぶ声がして振り返ると、人波を掻き分けてこちらへ来る有菱さんの姿があった。

 不思議に思いながら歩み寄ると、目の前に荒く息を吐くアルファが立つ。

「有菱さん。パーティお疲れ様でした。……えっと、俺、何か忘れ物でもしましたっけ?」

「そうじゃなくて、連絡先を交換できないかと思って」

 ぱち、と彼の姿をいちど瞼の裏に隠して、改めて相手を見る。

 綺麗な顔立ちは、僅かに上気していた。日差しがきらきらと薄い色の髪に反射して、やっぱり眩しく映る。

 無言でいる俺の返事を待っている姿に、鞄から携帯電話を取りだした。

「いい、……けど。俺、基本的に愛想は無いらしいし、十人に聞いても一人も美形だって言われない顔だけど?」

 首を傾げて携帯電話を持つ腕ごと差し出すと、有菱さんは我に返ったようにポケットから携帯電話を取り出す。

 端末を操作する指先は縺れ、俺の反応に虚を衝かれたようだった。

「面食いを直したいんだから、碌谷さんがいいよ」

「…………『美形だって言われない』ほうを否定してほしかった」

 有菱さんは失敗した、とでも言うように視線を逸らし、背中を丸めた。差し出してくる端末同士を突き合わせ、互いの連絡先を交換する。

 携帯電話を鞄に仕舞い、ふむ、と顎に手を当てた。

「俺も番は欲しいから、アルファと接触できそうな機会があったらくれると嬉しい」

「……碌谷さんの、顔の好みは?」

「区別がつかない。アルファは大体みんな美形だって思う」

 言葉を吐いて、無にも等しい要望を出したこと自覚した。

 温かい風が、無言を纏って二人の間を通り過ぎる。答えを聞いて、彼は困ったような、いびつな表情をしていた。






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