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展示会の会場を出ると、昼食に誘われた。俺の具合が悪く見えたのか、テイクアウトして環の自宅で食べないかと提案される。
ゆっくりと、他に人がいないところで話をしたかったのも事実で、彼の提案を受け入れた。店に立ち寄って優しい味付けの料理を選び、環の家へ向かう。
久しぶりに訪れた彼の家は、表面上はいつもと変わらない。だが、雑誌の片付け方が雑だったり、ブランケットの畳み方がおざなりになっているのが気になった。
環は食卓に料理を並べようとするが、俺はそんな彼の服の裾を引いた。
「すこし、話したいことがあるんだ」
「なに?」
彼は皿を置くと、俺に向き直る。
心臓が早鐘を打ち、息が上手く吸えない。けれど、俺こそ、別れを切り出さなければならないのだ。
「俺。もう環の家に来るの、これきりにしようと思うんだ」
「………………。どうして?」
長い沈黙のあとで、彼は短く言葉を絞り出した。
うん、と頷き、鋭い視線を見つめ返す。
「兄に、番でもないアルファと深い付き合いをするのは良くない、って言われた。最初は、そんなことない、って思ってたけど……」
展示会の最中、彼が放った言葉が蘇る。
俺がきちんと関係を終わらせることは、彼にとっても、彼の意中の相手にとっても良いことなはずだ。
「あんた。脈がない、って言ってた。ってことは、好きな人がいるんだろ。それに、もう流石にさ、俺の顔にも慣れたんじゃないか。これ以上、番になる気もないアルファとオメガが、付き合いを深めるのは良くないと思う」
腕が伸びてきて、俺の両肩を掴む。
痛みに顔を顰めると、はっと表情が変わって力が緩んだ。そう、と包み込むように、肩が抱かれる。
「だから、……最近、突き放すような真似をしたの?」
「やんわり自然消滅できたら良かったんだけどな。あんた律儀だしさ。きちんと、話をした方がいいかと思って」
肩から手が離れて、俺の背後に回り込んだ。腕が腰を捉え、強く掻き抱く。
胸元に押しつけられると、強い匂いが漂った。発情期に近い匂いの変化は、彼の激情をつぶさに伝えてくる。
「最初から、『番になる気もない』のは君だけだよ」
「…………は?」
彼は言うと、俺の身体を強く繋ぎ止める。
触れた部分から心臓の鼓動が伝わる。落ち着いていて、表情をコントロールできる彼らしくない、跳ねるような、乱れた音だ。
喉から絞り出すように、言葉が放たれる。
「君のほうが、……俺と他のアルファを見分けてくれないんじゃないか」
「は? そもそも、他のアルファとなんて知り合ってない。あんたが紹介してくれなくて……」
「誰が紹介なんかするもんか!」
吐き捨てるように言う言葉は、嫉妬に塗れている。
縫い止められた腕は、アルファの力から逃れられない。跳ねた鼓動と、上がる体温と、強くなる匂いを浴びせられながら、その場に留められる。
「面食いを直す必要なんて、最初からなかったよ。あれは、建前」
「建前って、……だって、面食いを直さなきゃ番だって」
「最高に好みの匂いを見つけたら、顔も好きになった。あとは、その人と深く関係を築くだけ。だけど、全くもって脈がなくて」
どくん、どくん、と心臓の鼓動が移る。
耳元に囁かれる言葉は、身体の奥まで染みこませるかのように低く響く。
「────遊。もう、流石にさ。……気づいてくれないかな」
自分の中で何度も言葉を反復して、もしかして、と可能性に辿り着く。
腕を伸ばして、相手の背に添えると、俺を抱く力が強くなった。俺の出した回答は、間違っていなかったようだ。
背を抱く力が緩み、少し離れて視線を絡める。蕩ける目元も、上気した頬も、どれもこれも、俺に恋をした顔をしている。
「お、れは……、美人じゃ…………」
「ううん。何かね、元々の顔の好みとか、一瞬でどうでも良くなった。俺は、遊の顔が好きみたいだ」
好き。告げられた言葉は聞き慣れないもので、ぼっと頬が赤くなる。
慌てている俺に気づき、環はこちらを覗き込んでくる。美しい顔立ちが、至近距離にまで近付いた。
「だから、これからはさ……。俺が君を好きなことを前提に、付き合いをしよう。泊まったりは良くないなら、外で会いたい。勿論、君が嫌でなかったら、だけど」
「あ、あの……」
「そしていずれは、俺を番にすることを考えてほしい」
好きになった顔が、綺麗だと思った顔が、間近で真剣に愛を囁く。
心臓はまったく落ち着かず、逃れようにも腰を抱かれて動けない。動揺しすぎて言葉が出ない。
だが、このままでは彼の片思い、と結論づけられてしまう。
「環。あのな」
「うん」
「俺、……環が俺のこと好きでいてくれてるの、知らなくて」
「だと思ったよ。でも、いま知ってくれたのなら────」
「そうじゃなくて!」
息を整えて、熱くなった頬を手のひらで冷ます。
この男を番にしたいのなら、自分が美人だと思えなくとも、相手への好意を伝えなくてはいけないのだ。
「本当に、面食いを直したいから、付き合ってくれてるんだと思ってたんだ。だから、俺。…………おれ、は」
言葉が詰まって、代わりに目元から水滴がぼろぼろとこぼれ落ちる。
伝えなくちゃ叶わないのに、誰かに好意を伝える事が怖い。口を開けて、喉を震わせて、相手の服に縋り付く。
「……将来の番のために。俺と付き合うあんたを見ているのが、さみしかった」
醜い独占欲を吐露して、頬を滑る水滴を拭うこともできない。きっと、今の俺はひどい顔をしているんだろう。
「遊。……なんだか、告白されているみたいだ」
「鈍いな。あんたの方こそ、気づけよ」
こつん、と額を合わせると、相手の瞳が潤んでいる事に気付く。
いちど顔を離して、それから、唇同士を軽く触れさせた。俺を抱き込んだ環は、ちゅ、と、額にキスを落とす。
「好きだよ。俺の番になってほしいな」
「俺も、あんたが番だったら。嬉しい」
間近で彼の顔を見ていると、段々と愛おしい思いが膨れていく。
今は他のアルファと同じには見えない、と伝えると、彼は嬉しそうに顔を蕩けさせ、また俺を腕に閉じ込めた。
展示会の会場を出ると、昼食に誘われた。俺の具合が悪く見えたのか、テイクアウトして環の自宅で食べないかと提案される。
ゆっくりと、他に人がいないところで話をしたかったのも事実で、彼の提案を受け入れた。店に立ち寄って優しい味付けの料理を選び、環の家へ向かう。
久しぶりに訪れた彼の家は、表面上はいつもと変わらない。だが、雑誌の片付け方が雑だったり、ブランケットの畳み方がおざなりになっているのが気になった。
環は食卓に料理を並べようとするが、俺はそんな彼の服の裾を引いた。
「すこし、話したいことがあるんだ」
「なに?」
彼は皿を置くと、俺に向き直る。
心臓が早鐘を打ち、息が上手く吸えない。けれど、俺こそ、別れを切り出さなければならないのだ。
「俺。もう環の家に来るの、これきりにしようと思うんだ」
「………………。どうして?」
長い沈黙のあとで、彼は短く言葉を絞り出した。
うん、と頷き、鋭い視線を見つめ返す。
「兄に、番でもないアルファと深い付き合いをするのは良くない、って言われた。最初は、そんなことない、って思ってたけど……」
展示会の最中、彼が放った言葉が蘇る。
俺がきちんと関係を終わらせることは、彼にとっても、彼の意中の相手にとっても良いことなはずだ。
「あんた。脈がない、って言ってた。ってことは、好きな人がいるんだろ。それに、もう流石にさ、俺の顔にも慣れたんじゃないか。これ以上、番になる気もないアルファとオメガが、付き合いを深めるのは良くないと思う」
腕が伸びてきて、俺の両肩を掴む。
痛みに顔を顰めると、はっと表情が変わって力が緩んだ。そう、と包み込むように、肩が抱かれる。
「だから、……最近、突き放すような真似をしたの?」
「やんわり自然消滅できたら良かったんだけどな。あんた律儀だしさ。きちんと、話をした方がいいかと思って」
肩から手が離れて、俺の背後に回り込んだ。腕が腰を捉え、強く掻き抱く。
胸元に押しつけられると、強い匂いが漂った。発情期に近い匂いの変化は、彼の激情をつぶさに伝えてくる。
「最初から、『番になる気もない』のは君だけだよ」
「…………は?」
彼は言うと、俺の身体を強く繋ぎ止める。
触れた部分から心臓の鼓動が伝わる。落ち着いていて、表情をコントロールできる彼らしくない、跳ねるような、乱れた音だ。
喉から絞り出すように、言葉が放たれる。
「君のほうが、……俺と他のアルファを見分けてくれないんじゃないか」
「は? そもそも、他のアルファとなんて知り合ってない。あんたが紹介してくれなくて……」
「誰が紹介なんかするもんか!」
吐き捨てるように言う言葉は、嫉妬に塗れている。
縫い止められた腕は、アルファの力から逃れられない。跳ねた鼓動と、上がる体温と、強くなる匂いを浴びせられながら、その場に留められる。
「面食いを直す必要なんて、最初からなかったよ。あれは、建前」
「建前って、……だって、面食いを直さなきゃ番だって」
「最高に好みの匂いを見つけたら、顔も好きになった。あとは、その人と深く関係を築くだけ。だけど、全くもって脈がなくて」
どくん、どくん、と心臓の鼓動が移る。
耳元に囁かれる言葉は、身体の奥まで染みこませるかのように低く響く。
「────遊。もう、流石にさ。……気づいてくれないかな」
自分の中で何度も言葉を反復して、もしかして、と可能性に辿り着く。
腕を伸ばして、相手の背に添えると、俺を抱く力が強くなった。俺の出した回答は、間違っていなかったようだ。
背を抱く力が緩み、少し離れて視線を絡める。蕩ける目元も、上気した頬も、どれもこれも、俺に恋をした顔をしている。
「お、れは……、美人じゃ…………」
「ううん。何かね、元々の顔の好みとか、一瞬でどうでも良くなった。俺は、遊の顔が好きみたいだ」
好き。告げられた言葉は聞き慣れないもので、ぼっと頬が赤くなる。
慌てている俺に気づき、環はこちらを覗き込んでくる。美しい顔立ちが、至近距離にまで近付いた。
「だから、これからはさ……。俺が君を好きなことを前提に、付き合いをしよう。泊まったりは良くないなら、外で会いたい。勿論、君が嫌でなかったら、だけど」
「あ、あの……」
「そしていずれは、俺を番にすることを考えてほしい」
好きになった顔が、綺麗だと思った顔が、間近で真剣に愛を囁く。
心臓はまったく落ち着かず、逃れようにも腰を抱かれて動けない。動揺しすぎて言葉が出ない。
だが、このままでは彼の片思い、と結論づけられてしまう。
「環。あのな」
「うん」
「俺、……環が俺のこと好きでいてくれてるの、知らなくて」
「だと思ったよ。でも、いま知ってくれたのなら────」
「そうじゃなくて!」
息を整えて、熱くなった頬を手のひらで冷ます。
この男を番にしたいのなら、自分が美人だと思えなくとも、相手への好意を伝えなくてはいけないのだ。
「本当に、面食いを直したいから、付き合ってくれてるんだと思ってたんだ。だから、俺。…………おれ、は」
言葉が詰まって、代わりに目元から水滴がぼろぼろとこぼれ落ちる。
伝えなくちゃ叶わないのに、誰かに好意を伝える事が怖い。口を開けて、喉を震わせて、相手の服に縋り付く。
「……将来の番のために。俺と付き合うあんたを見ているのが、さみしかった」
醜い独占欲を吐露して、頬を滑る水滴を拭うこともできない。きっと、今の俺はひどい顔をしているんだろう。
「遊。……なんだか、告白されているみたいだ」
「鈍いな。あんたの方こそ、気づけよ」
こつん、と額を合わせると、相手の瞳が潤んでいる事に気付く。
いちど顔を離して、それから、唇同士を軽く触れさせた。俺を抱き込んだ環は、ちゅ、と、額にキスを落とす。
「好きだよ。俺の番になってほしいな」
「俺も、あんたが番だったら。嬉しい」
間近で彼の顔を見ていると、段々と愛おしい思いが膨れていく。
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