とあるアルファと魔力の相性が良いらしいが、僕にはよく分からない【オメガバース】

さか【傘路さか】

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 待ち時間は永遠だったのか、一瞬だったのか分からない。僕は手元の箱を開閉して、まだ見知らぬアルファを思って溜め息を吐くことを繰り返した。

 その動作にも飽きて窓の外を眺めると、鏡越しに反射した薄紅色の目がこちらを見返す。髪色も幼少期は銀色と持て囃されていたが、手入れを怠った所為で光沢を失い、灰と呼ぶべき色になっていた。肩下まで伸びた髪を縛る紐も解けかけており、手早く整え直す。

 キィ、と扉が音を立てて開いたのは、僕がぼんやりと窓の反射を眺めていた時だった。

 視線を向けると、赤毛にほとんど黒に見えるほど暗い瞳を持つ、長身の男が立っている。男の体格はがっしりとしており、身に付けている制服にも、その目を引く容姿にも心当たりがあった。

「クレフ近衛隊長……?」

「君は…………、ネーベルか。王宮の魔術師だな」

 彼が僕の名を認識しているのを意外に思った。慌てて立ち上がり、口を開く。

「初めまして、ネーベルと申します。主に魔術装置の整備を担当しています」

 クレフ近衛隊長……クレフは僕の上から下までを舐めるように見回すと、僕に椅子に座るよう勧めた。その言葉に従い、素早く椅子に腰掛ける。

 躊躇いもなく向かいの椅子にどかりと腰掛けたクレフは、直ぐに口を開いた。

「ネーベル。君の雷管石を見せて貰っても?」

「はい! どうぞ」

「敬語はいい。……と言いたいが、君にとっては俺の方が職場の地位が上なのか」

 クレフは困ったような表情をしながら、僕から両手で箱を受け取った。その手つきは何か大切なものを受け取る所作で、僕自身が対象になっているようで心臓が跳ねる。

 彼の右前には、本人の雷管石が入った箱が置かれたままだ。クレフは貴族の家柄で、それならあの大きさの雷管石というのは変な気もする。だが、時おり雷管石の大きさに頓着しない人間も存在するものだ。クレフがそうだというのは、納得できるような気もした。

 蓋を開け、僕の雷管石に触れているクレフを見守る。

 近衛は国王の近くで民の目に触れることが多く、家柄と見目が良い人間が集まりがちだ。クレフもその例に漏れず、きつめではあるが美形と言えるだろう。

 短髪に隠れることのない鋭い目元は強く主張するし、鼻筋も綺麗に通っている。長身で体格の良い体つきも含め、ドワーズが言うように、アルファらしい容姿をしていた。

「成程。魔力には詳しくないが、相性が良いというのは分かる気がする」

「えっ……?」

「『えっ……?』」

「あ、いえ」

 僕が石を持った感想は、強引、とか、押しつけがましい、だろうか。相性がいい、ということを感じ取ることもできていない。寧ろ、相性が良くないのでは、と疑っていたところだ。

 とはいえ、鑑定士やクレフから見れば相性がいいということなのだから、僕が変に受け取っているだけかもしれなかった。

「俺は前向きに付き合いを持ちたいと思っているが、君はどうだ?」

「それは、僕もそうで…………っと。僕もそうだけど」

 職場で地位が上の相手に向けて、敬語を外すのは難しい。僕が慌てて言葉を訂正すると、クレフの口元が緩んだ。

 大きな手から雷管石が返され、手元の箱に仕舞い込む。

 その間に、机の上に紙袋が置かれた。慌てていて気づかなかったが、クレフが持参してきた物のようだ。

 紙袋が開かれると、そこから焼き菓子が机上に広げられる。

「……満腹だったりするか?」

 そう問われるということは、僕に向けて買ってこられたものらしい。慌てて手を伸ばす。

「いや、魔術師はすぐ腹が減るから助かる」

「ああ。近衛にいる魔術師もそうだな」

 ごろごろと数種類の果物が載ったパイを手に取り、口に運ぶ。噛み付けば蜜の味が口いっぱいに広がり、あとから甘酸っぱい果汁が溢れた。

「うまい」

「良かった。この店の菓子は絶品でな」

 初対面の人間と話をする時、間に菓子があるのは有難い気遣いだった。

 あんなにしかめっ面をして入ってきながら、それでも番候補に当たる僕に気を遣って菓子を用意するくらいには期待をしていたのだろう。

 貴族の生まれで、容姿も良く、こういった気遣いができる程度には性格に問題もない。逆に魔術師以外に美点の見当たらない僕の方が、天秤の皿は浮いてしまう。

 さく、さく、と菓子を咀嚼しているうちに、美味しかったはずの味が薄れていった。

「へえ。また食べたいな、この店ってどのあたり?」

「知っているかは分からないが、──────…………」

 クレフが挙げた店の場所は、転居先として紹介された家の近くだった。パイから口を離す。

「今度住むかもしれない家の近くだ。家賃が高くなるから憂鬱だったんだけど、美味しい店があるなら楽しみだな」

「あぁ、ネーベルは官舎か。急に建て替えが決まって災難だったな、うちの部下も何人か家を探している」

「そう。急なことだし、みんな纏めて引っ越すから、見付かった家は家賃は高くなるわ官舎のある地区よりも治安は悪くなるわで災難というか」

 やっと苦笑いとはいえ笑いが漏れ、かぷりとパイに齧り付く。こうやって食事を挟んで会話する声に堅苦しいところはなく、僕も肩の力が抜けてくる。

 だが、そのようやく力が抜けたところで、クレフの眉根が寄った。

「確かに、あの地区は歓楽街の近くで治安が良いとは言えないな」

「正直な。でも、駄目そうならまた引っ越せばいいし……」

 王宮勤めで薄給でもなければ、魔術書を買う以外の散財もしないから蓄えはある。心配そうな様子にそう取り繕った。

 けれど、クレフの眉は寄るばかりで、何か気に障ったのかとはらはらしながら次の言葉を待った。

「────うちに部屋はあるんだが、どれくらいの広さがあればいい?」

「はい?」

 流石に突然のことで、変な調子の声が漏れた。

 戸惑って答えを返せずにいると、クレフは流石に僕が戸惑っていることを察したらしい。

「うちには空き部屋があるんだが」

「はぁ」

「どれくらいの広さがあれば、荷物が入るだろうか」

「荷物? 何の」

「ネーベルの引っ越しの荷物だ」

 んん? と僕は声に出して首を傾げた。素直に考えれば、引っ越し先をうちにしないか? というお誘いなのだろうが、それは長い付き合いの友人相手ならまだ分かるような話だ。

 僕とクレフは、今さっき出会ったばかりの筈だった。

「誤解していたら悪いんだが、今の話だと『部屋が余っているから引っ越してこないか?』という風に聞こえる」

「聞こえるも何も、そう言っている。部屋はあるから、うちに引っ越すのはどうだ?」

「僕たち、今が初対面だよな?」

「そうだが……、石の相性は良いだろう」

 石の相性が良いと思っているのはクレフと鑑定士だけなのだが、それを口に出すのが不味いという空気だけは今の僕にも読めていた。ん、んん……、と言葉にならない声を漏らし、腕組みをして空中に視線をやってみる。

「……僕が、家の物を盗んだらとか…………」

「王宮勤めの魔術師が? 欲しいものがあったらやるから、盗む前に相談してくれ」

「あと、……片付けが下手かも」

「二人分くらいなら俺が請け負おう」

「あまり、喋りも上手くないというか……」

「いま意思疎通ができているのだから、問題無さそうに思えるが」

 断る理由を探している僕の方が、おかしなことを言っているような気分になってくる。一緒に住みたくなるほど、僕の魔力との相性は彼にとってはいいものなのだろうか。

 濁った声を漏らし、硬く組んだ腕を解く。

「発情期になったら、どうする?」

「両者の合意の元で、どうするか決めよう」

 言い切られてしまえば、確かにその時に決めれば良いか、という気にもなってくる。だが、あの石に触れたときに感じた感想は、間違ってはいなかった。

 巻き込んで、逃れられない嵐のような男だ。

「ちなみに、貞操観念はあるほう?」

「適度に。だが、俺はそういう付き合いも、仕事が忙しくなると面倒になってしまう方でな。一緒に住んで貰う方が、会う機会を作れずに自然消滅はしなさそうだ」

「あぁ……僕もそうかも。仕事が詰まってくると、人と会う予定を放りがちになるかな」

 お互いに仕事と人付き合いの配分が下手、ということは、このまま同居をせずに仲を縮めようとしても、仕事の波に押し流されそうだ。

 そもそもクレフが直ぐに身体を求めてくるような男には見えなかったし、聞いた答えも概ねその通りだ。近衛隊長という身分がある以上、僕に無体を働くこともないだろう。

「数日、泊まってみることから始めてもいいか?」

「是非。それなら、これから部屋を見に来ないか。ネーベルにとって部屋が狭かったら申し訳ない」

「そうだな」

 置いてけぼりになっていたパイの残りを口に突っ込んで立ち上がる。菓子はまだずいぶん残っていたが、これもクレフの家で食べればいいだろう。

 二人して、紙袋に菓子を仕舞い直す。

「ネーベル」

「ん?」

 頬に無骨な指先が触れ、パイの欠片を払い落とす。ありがとう、と礼を言うと、いや、と短く返された。

 ふい、と顔を背けられてしまい、見苦しかっただろうか、と肩を落とす。

 神殿を出て向かったクレフの家は二人暮らしには十分な広さで、僕に宛がわれる予定の部屋は官舎よりも広かった。立地も王宮の近くで、通勤も短くなる上に帰り道の治安も悪くない。

 隅っこに少ししか荷物が置かれていない物置にも案内され、実は本が沢山あって、と言うと、同居を始めたら物置にも本棚を作ろうか? と提案された。僕は手を組んで、是非、と目を輝かせる。

 今週末泊まりに来ないか、という誘いにも、僕は一も二もなく乗っかった。





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