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新しい住所に引っ越しが済んだのは、それからしばらく後のことだ。結局、クレフが治安を案じていたあの部屋しか見付からず、僕はその家に住むことになった。
折衷案として僕の荷物のいくらかはクレフの家に保管されることになり、新居に運んだ荷物は限定的だ。すぐに必要ない物も多く、結構な荷物を彼の家に置かせてもらった。
クレフが新居に来ることもあったが、そもそも立地も良くない家のため、僕が彼の家に行くことが多い。けれど、招かれなければ行くことはできなかったし、日々艶やかになっていく髪を機に同居を持ちかけることもしなかった。
その日は、ふと思い出して神殿を訪れた。
鑑定士……ドワーズの予定が空いているなら話をしようと思っていたら、ちょうど空きだったようでこの間と同じ個室に通される。
椅子に座ったドワーズは、石を視てもらった時と変わりなかった。ここ最近が目まぐるしかったから長かったように思えるが、実際の月日はそれほど経っていない。
手土産を机の上に置き、中から菓子の箱を引き出す。
「こんにちは。これ、ご挨拶ついでにお礼にと思って。甘いもの、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。そうだ、お茶を淹れますから、一緒に召し上がりませんか」
「はい、いただきます」
ドワーズは部屋の隅にある別の扉から出ていき、しばらくして盆を持って帰ってきた。あの扉が給湯室に繋がっているのだろうか。
カップには紅茶が淹れられており、持参した焼き菓子とも相性が良さそうだ。
「お礼に、といらっしゃったのですから、クレフさんとはその後も?」
「はい。いい友人として付き合いを続けています」
「友人……ですか」
ふむ、とドワーズは口元に手を当てると、やんわりと問い掛ける。
「これからする質問は、答えたくなければお答えいただかなくて結構です。────番として、クレフさんを選ぶことは今後ありえますか?」
今の悩みの真ん中を突くような質問に、ぐっと口籠もった。カップを持ち上げ、一口飲んで息を吐く。
目の前に湯気が立ち上るが、ふわりふわりと浮いては掴み所がなかった。
「僕は、選びたいと思っています。でも、僕とでは釣り合いが取れていないんじゃないかと思うことが多くて、踏ん切りが付かないというか」
「釣り合わない……とは……? あれだけ魔力の相性がいいのに、お互いが等しくなければならない、と考える方が勿体なく思いますが」
ドワーズは、その瞳で魔力の相性が見えている。彼の瞳が僕にあったら、こんなに思い悩むことはなかったはずだ。
「でも、石を触った時、僕はあんまり相性がいいようには思えなくて……」
「あぁ、そうか。魔術師の貴方は、普通の人より敏感に魔力を察知するのですね。それなら、あの時に貴方にクレフさんの雷管石を渡したのは間違いでした」
僕が首を傾げると、ドワーズは困惑を察したのか言葉を続けた。
「クレフさんの雷管石は比較的小さいものでした。あの大きさであれば、少量の魔力しか込められない。魔力に波があっても、波は石の中で平均化されます。ですが、少量の魔力は、その人が構成する魔力のうち一部分の波でしかない」
「その人の性質……性格の一部しか雷管石に込められていなかった……?」
「そうです。クレフさんの石を預かった日は…………」
ドワーズは近くの棚に近寄ると、いくつかの手帳を取り出し、机の上にぶちまけた。ぱらぱらと頁を捲っては、手帳を机に放り出す。それを繰り返して、ようやく目当ての頁に辿り着いた。
手帳をこちらに向け、その記述を指す。
「ああ。『朝番の護衛の途中で物盗りに出くわして、捕縛してから昼から神殿に来た』経験上、こういった武芸者が戦った直後は、魔力の波は上振れします。感情は興奮や怒り、そして相手を圧したいといったものでしょう。それが番への期待と混ざって、ネーベルさんにとっては相性がいいと感じられなかったのでは?」
「そういえば、クレフと直接触れた時には、あまり相性が悪い、とは感じませんでした。そっか、そっちを信じたら良かったんだ……」
自然と、口元には安堵の笑みが浮かんだ。視線を上げると、ドワーズの表情も和らいでいる。
「普通の人であれば、ここまで微細な魔力の波は感じられません。ですが、ネーベルさんは魔力の感度が高いようだ。この様子だとクレフさんに触れれば、魔力から感情すら分かってしまうのでは?」
「はい。いつも、何となく伝わっていました」
くすくすと笑うと、別の声音の同じ波が重なった。手帳を見下ろすと、クレフからドワーズが聞き取った内容が細かく書かれていた。
武術には自信があるから番を守りたいと思っていること、恋愛には慣れていなくて出会った後が不安だということ、そして、自分と相性がいい番がいるか不安に思っていること。その言葉は、番への期待で溢れていた。
「僕で、いいのかな…………」
ぽつりと零した言葉に対して、ドワーズは言い慣れているように、滑らかに返答した。
「きっと、貴方がいいんだと思いますよ」
ぼたぼたと目元から机に水滴が落ちて、それを視認して泣き出してしまったことに気づいた。ドワーズはそれを見なかったことにして、窓辺に視線を向ける。
気が済むまで泣いてそれが止まると、ドワーズは子どもにするように菓子を勧めてくる。菓子に手を伸ばしてさくさくしたそれに歯を当てると、ほろりと口の中で溶けた。
折衷案として僕の荷物のいくらかはクレフの家に保管されることになり、新居に運んだ荷物は限定的だ。すぐに必要ない物も多く、結構な荷物を彼の家に置かせてもらった。
クレフが新居に来ることもあったが、そもそも立地も良くない家のため、僕が彼の家に行くことが多い。けれど、招かれなければ行くことはできなかったし、日々艶やかになっていく髪を機に同居を持ちかけることもしなかった。
その日は、ふと思い出して神殿を訪れた。
鑑定士……ドワーズの予定が空いているなら話をしようと思っていたら、ちょうど空きだったようでこの間と同じ個室に通される。
椅子に座ったドワーズは、石を視てもらった時と変わりなかった。ここ最近が目まぐるしかったから長かったように思えるが、実際の月日はそれほど経っていない。
手土産を机の上に置き、中から菓子の箱を引き出す。
「こんにちは。これ、ご挨拶ついでにお礼にと思って。甘いもの、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。そうだ、お茶を淹れますから、一緒に召し上がりませんか」
「はい、いただきます」
ドワーズは部屋の隅にある別の扉から出ていき、しばらくして盆を持って帰ってきた。あの扉が給湯室に繋がっているのだろうか。
カップには紅茶が淹れられており、持参した焼き菓子とも相性が良さそうだ。
「お礼に、といらっしゃったのですから、クレフさんとはその後も?」
「はい。いい友人として付き合いを続けています」
「友人……ですか」
ふむ、とドワーズは口元に手を当てると、やんわりと問い掛ける。
「これからする質問は、答えたくなければお答えいただかなくて結構です。────番として、クレフさんを選ぶことは今後ありえますか?」
今の悩みの真ん中を突くような質問に、ぐっと口籠もった。カップを持ち上げ、一口飲んで息を吐く。
目の前に湯気が立ち上るが、ふわりふわりと浮いては掴み所がなかった。
「僕は、選びたいと思っています。でも、僕とでは釣り合いが取れていないんじゃないかと思うことが多くて、踏ん切りが付かないというか」
「釣り合わない……とは……? あれだけ魔力の相性がいいのに、お互いが等しくなければならない、と考える方が勿体なく思いますが」
ドワーズは、その瞳で魔力の相性が見えている。彼の瞳が僕にあったら、こんなに思い悩むことはなかったはずだ。
「でも、石を触った時、僕はあんまり相性がいいようには思えなくて……」
「あぁ、そうか。魔術師の貴方は、普通の人より敏感に魔力を察知するのですね。それなら、あの時に貴方にクレフさんの雷管石を渡したのは間違いでした」
僕が首を傾げると、ドワーズは困惑を察したのか言葉を続けた。
「クレフさんの雷管石は比較的小さいものでした。あの大きさであれば、少量の魔力しか込められない。魔力に波があっても、波は石の中で平均化されます。ですが、少量の魔力は、その人が構成する魔力のうち一部分の波でしかない」
「その人の性質……性格の一部しか雷管石に込められていなかった……?」
「そうです。クレフさんの石を預かった日は…………」
ドワーズは近くの棚に近寄ると、いくつかの手帳を取り出し、机の上にぶちまけた。ぱらぱらと頁を捲っては、手帳を机に放り出す。それを繰り返して、ようやく目当ての頁に辿り着いた。
手帳をこちらに向け、その記述を指す。
「ああ。『朝番の護衛の途中で物盗りに出くわして、捕縛してから昼から神殿に来た』経験上、こういった武芸者が戦った直後は、魔力の波は上振れします。感情は興奮や怒り、そして相手を圧したいといったものでしょう。それが番への期待と混ざって、ネーベルさんにとっては相性がいいと感じられなかったのでは?」
「そういえば、クレフと直接触れた時には、あまり相性が悪い、とは感じませんでした。そっか、そっちを信じたら良かったんだ……」
自然と、口元には安堵の笑みが浮かんだ。視線を上げると、ドワーズの表情も和らいでいる。
「普通の人であれば、ここまで微細な魔力の波は感じられません。ですが、ネーベルさんは魔力の感度が高いようだ。この様子だとクレフさんに触れれば、魔力から感情すら分かってしまうのでは?」
「はい。いつも、何となく伝わっていました」
くすくすと笑うと、別の声音の同じ波が重なった。手帳を見下ろすと、クレフからドワーズが聞き取った内容が細かく書かれていた。
武術には自信があるから番を守りたいと思っていること、恋愛には慣れていなくて出会った後が不安だということ、そして、自分と相性がいい番がいるか不安に思っていること。その言葉は、番への期待で溢れていた。
「僕で、いいのかな…………」
ぽつりと零した言葉に対して、ドワーズは言い慣れているように、滑らかに返答した。
「きっと、貴方がいいんだと思いますよ」
ぼたぼたと目元から机に水滴が落ちて、それを視認して泣き出してしまったことに気づいた。ドワーズはそれを見なかったことにして、窓辺に視線を向ける。
気が済むまで泣いてそれが止まると、ドワーズは子どもにするように菓子を勧めてくる。菓子に手を伸ばしてさくさくしたそれに歯を当てると、ほろりと口の中で溶けた。
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