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 生まれた時からある、獣の形をした三角の耳が『きらい』だ。

 オメガは魔力を多く有する傾向にあるが、耳付きは更に多くの魔力を生み出せる。無尽蔵な魔力庫。人としては有り余るような力を、人々は神からの贈り物だと言う。

 だが、その代償としてなのか、耳付きは一代限りだ。

 公に次代が生まれた記録が残っておらず、生殖能力がないとされている。神は力を与え、自らの姿を分けた耳付きを酷く愛する。

 だからこそ、その要素を人の世界に残さず、手をかけた芸術品のように自らの元に還してしまうのではないか。

 そう、言い伝えられている。







 鏡の前で、ぴんと立った白い耳を撫でる。髪色と同じその耳は、窓の外で鳴く鳥を追ってぴくぴくと動いた。

「動物みてえ」

 はは、と乾いた笑いを零し、服を仕舞った棚を開ける。寝間着を脱ぎ、動きやすい仕事用の服を取り出す。一番上にはローブを羽織った。

 ふわふわの髪をなんとか纏め、櫛で撫で付ける。きょろりきょろりと鏡越しに髪を追う瞳は、晴天と同じ色をしていた。

 広めの髪留めを取り出し、耳を押し潰すように巻く。顔の側面を通り、後頭部で軽く結ぶと、畳まれた耳は隠れて見えなくなった。

 ほんの少しだけ、外界の音が遠くなる。けれど、敏感な聴覚にはそのほうが心地いい。

「飯の時間……!」

 はっと時計から視線を外し、廊下を駆ける。急いで外履きに足を通し、家を出ると、魔術装置に触れて玄関を施錠する。

 カシャン、と音が鳴り、扉の取っ手は動かなくなった。

 官舎から、勤務先である魔術研究所までは近い。強化魔術を使って駆けても良かったが、飯抜きの身体には億劫で、早足で移動するに留めた。

 魔術研究所は王宮に併設された施設である。魔術を国家的に重視していく政策の元、前身となった王宮内の魔術組織が研究所として独立した組織だ。

 王宮の堀を眺めつつ、せかせかと足を動かす。真面目に移動した結果なのか、始業の鐘が鳴る前に職場に辿り着いた。

 王宮と併設されるに相応しい、白を基調とした外観。華美な装飾はなく、側面は最低限の飾り彫り以外はすっきりと平坦だ。

 窓枠も簡素なものだ。装飾としての意味合いも兼ねているのか、はたまた魔術師が研究に没頭して時間を意識しないことに配慮してか、窓自体は多い。

 正面玄関で門番の確認を受け、魔術装置で更に検査されてから、在籍している課の研究室へと向かった。

「おはようございます」

 挨拶をすると、ぱらぱらと返事がある。各々の机の間を抜け、自席に腰掛けた瞬間、ぽん、と両肩に手を置かれた。

 振り返ると、にこにこと微笑む部長が立っている。俺の所属している班の、更に所属している課の、そして課を束ねる部の長だ。

「おはよう。フェーレスくん」

「お、……おはようございます。サーシ部長」

 年齢的には壮年であるはずの部長は、朝から服装的にはぴしりと整いつつも、どこか柔らかい容姿をしている。

 俺が急な呼び掛けに胸に手を当て振り返ると、彼は首を傾げてみせた。

「魔力が崩れているね。今日は、……何かあったかな? 寝不足?」

「あ。いえ、朝食を食べそびれて……」

「じゃあ、お腹が空いているだろう。少し、話したいことがあるんだ。研究所内の店で悪いけど、ごはん奢るから、付き合ってくれるかな」

「は、はい……!」

 先導する部長について行くと、所内の一角、飲食物も置いている小さな店ですぐに食べられるものを買い求めてくれた。

 朝食にしては多いはずの食物を抱え、会議用の小部屋に入る。小さな窓がひとつぽっちの部屋は、中央に小さな机と簡素な椅子が並んでいた。

 机の上に食事を並べ、椅子に腰掛ける。早速、飲み物に口をつけた。店舗で注いでくれた液体は、まだ熱い。

「いただきます」

 食欲には勝てず、向かいにいる上司を放って食べ物に齧り付く。

 俺が夢中になって食べている様を、サーシ部長はにこにこと笑い、時おり近くの食べ物を摘まみつつ見守った。

 腹が六分目ほど埋まると、ようやく顔を上げる余裕が生まれる。

「あの……、話、は」

「食べながらで構わないよ。半分は仕事で、半分は君の私生活の話だ。途中、不快な気持ちになったら、指摘して貰ってもいいかな?」

「は、はい!」

「ふふ。少し、上経由で提案があってね。断ってもらってもいいけど」

 部長が直々に話を持ってくるということは、それなりの線を通ってきた提案だということだ。

 口の端に付いていた欠片を拭い、膝の上に手を置く。一気に糖を身体に入れた所為か、目眩のようにぐるりと魔力が巡った。

「魔術研究所内で『耳付き』の人間に対して、協力依頼があった。出所は医療魔術部だ」

「ああ。だから俺に」

 耳のある位置を指差してみせると、目の前の上司はこくりと頷いた。

 部内でも耳付きの者はいるが、年齢が下で、他の仕事に影響が少ないのは若輩者である俺だ。

「医療魔術部……って、身体の治療とかの研究をしている部署ですよね」

「そうだね。そこで、耳付きの…………あんまり言いたくないけど、話が進まないから言うよ……生殖能力についての研究をしたいんだそうだ」

 うわ、とあからさまに表情を変えた俺に対し、告げた本人も気まずいようで視線が外れる。

「……俺もあんまり聞きたくなかったです。断っていいですか?」

「まあ、断ってもいいけど。取り敢えず、概要だけ話してもいいかな」

「はい。俺は飯を食いながら聞きます」

 断る前提で食べ物に手を伸ばした俺を、サーシ部長は苦笑しながら眺める。だが、あちらも真面目に話す気がなくなったようで、手元に引き寄せた包みを開いていた。

 かさり、と紙のこすれる音がする。

「あちらの部に、魔力と知識はあるんだけど、研究対象に容赦のない職員がいてね。イザナ、って名前なんだけど」

「聞いたこと、あるような。……ないような。その人が、耳付きの研究をしたいと?」

「そう。人体に対しての魔力の扱いと、薬物の知識に長けている人物で、そのイザナくんから、研究をしたい、と上に書類が提出された。研究所……というか、国家としては歓迎、という空気になったらしい」

「それはまた、どうして……」

 己の頭は動かさず、すべてを承知しているであろう相手に問いかける。囓っていた甘いパンは一旦、手元に掴んだままにした。

「耳付きの魔力量は、非常に優れている。魔力が多いオメガの中でも、更に抜きん出たものがある。魔術師を育成する国家としては、次代の魔術師が多く生まれることは望ましいことだ」

「まあ、耳付きに子どもが生まれた記録が残っていない以上、魔力量が多い子が生まれるとは限りませんけどね?」

「でも、魔力量の多い番の子は、やはり魔術師として大成しやすいよ」

 上司は言葉を切って、机の上にあった砂糖菓子の包みを開いた。真っ白く、丸い粒を自らの口に運ぶ。

 白い歯によって砕かれたそれは、こくんと喉の奥に消えていった。

「国王陛下には、もうお子がいる。『だから』ね、そういう意味でも、研究を進めてほしいとのことだ」

「…………。そこまで大事な研究なら、担当は課長とかの方がいいんじゃないですか。同じ耳付きでも」

 同じ課の上司にも、頭の上に獣の三角耳がある。あちらも大量の魔力を振るう、魔術師として優秀な人物だ。

 魔力量に技術面が追いつかない自分よりも、研究が進みそうな気がした。

「あはは。課長くんは既に番持ちだからね。しかも、イザナくんはアルファだ。既婚者で番持ちのオメガと、番無しのアルファが研究、というのは良くないかな、と」

「そう、か。番は絶対、ですもんね」

 理解は示しつつも、相手がアルファ、というのが引っ掛かった。魔術研究所に勤めるくらい優秀なアルファと、一緒に研究をする。

 あまりにも魔力相性が悪すぎて、研究にすらならなかったら。不安が過るのを、甘ったるい生地と共に噛んで飲み下す。

「相手、アルファなんですね」

「うん。だから、『研究にならない』ようだったら、すぐに中断する」

「いいんですか?」

「それはこっちの台詞だよ。他人の生殖能力の研究、だなんて、被験者を特定せざるを得ないからこそ妥協するものの。気分は、よくないでしょう」

 声の縁には、じんわりと濁った響きが纏わり付いている。

 この人が、俺のために他者に腹を立てるとは意外だった。もう少し、仕事上、という付き合いに思われているような気がしていた。

「俺、姉がいるんです」

 突拍子もない話題に、サーシ部長は目をわずかに見開く。

 上司は、続けていい、というように口は開かなかった。

「姉も『耳付き』なんですけど、結婚したばかりなんです。お節介とは分かっているんですが、俺が研究に協力して姉の可能性が広がるなら、嬉しい。だから、そのイザナさんと、話くらいはしてみたいです」

「……君の家は、『耳付き』が生まれやすい?」

「兄弟のうち、上の姉と俺だけ『耳付き』です。うちの家は神殿の近所にあって、昔から神殿の周囲を綺麗に保つよう努めていたそうです。だからかな、耳付きはよく生まれていたと聞きます」

 姉もその魔力量を巧く使い、魔術師としては名が知れている。

 有名な魔術師の血統、という訳でもない家から魔術師が二人も出たのは、耳付きだからだ。そして、耳付きが多く生まれるのは、実家の土地に由来するのでは、と言われていた。

 人間の社会に属する上で、贈り物の筈の耳は、今は髪留めの下でぺしゃんこに潰れている。

「じゃあ、あちらにはまずは詳しい話を、と返事をしておこう。研究を進める中で、嫌なことがあったら僕でも、課長にでも相談するといい。課長くんもね、君に任せるくらいなら同じ耳付きの自分が研究に協力する、とか言っていたから」

「ありがとうございます。力にはなれないかもしれませんが、一応、できる限りやってみます」

 それから、二人で机の上の食事を片付けた。買いすぎだったか、と一瞬思ったが、上司は大口でパンに噛み付く。

 勢いに驚く俺を見て、上司は、僕も朝食がまだだったんだ、と照れ笑いしていた。








 朝に話を持ちかけられ、午後には当事者であるイザナ、という職員と話をすることになった。

 部長も課長も口を揃えて、自分も付いていこうか、と言うのだが、流石に顔合わせ程度の予定に上司を付き合わせるのも気が引けた。

 大丈夫だ、と伝え、一人で指定された会議室へと向かう。

 魔術研究所内でも医療魔術部とは交流が浅く、建物内でも距離がある。雨避けのある外廊下を通り、目的の会議室の前に立った。

 ひっそりとだが、人の気配がする。腕を持ち上げて、扉を叩いた。

「あの、フェーレスです。…………こちらに……」

「どうぞ」

 内側から、扉が引かれた。見下ろしてきた男は、やけに背が高い。体格が良すぎる程でもないが、アルファらしく身体は適度に服を押し上げている。

 暗い場所では黒、日の光を浴びると青く輝く髪は、背の半分くらいまで長さがあった。そのままでは研究に邪魔なのか、背後で一つに括っている。

 きらり、と動くたびに彼の掛けた丸眼鏡が煌めく。今日は天気が良すぎるらしい。硝子の下の瞳は、大地の色をしていた。

「はじめまして、……でもないんだけれど。一応、はじめまして! 僕はイザナ。医療魔術部所属の魔術師だよ」

「は、初めまして。魔術式構築部に所属しています、フェ……」

「フェーレス! 研究に協力してくれるんだって? ……嬉しいよ!」

 腕を広げたアルファは、その大きな身体で俺を抱き込んだ。目を白黒させながら、腕の中で固まる。

 息を吸い込むたびに、アルファの匂いがする。こんなに濃い匂いは久しぶりで、一気に心拍が煩く鳴った。

「な、んだ。あんたは……」

「ああ、怖がらせてごめん。つい興奮して、距離を詰めすぎたね」

 イザナはぱっと手を放し、距離を取った。先に身を引かれてしまい、俺は逆に動揺しながらその場に留まる。

 彼は白衣を身に纏っており、胸元に開いた掌を当てた。

「僕がアルファということは、伝えておいて欲しいと頼んだんだけど。知っているかな?」

「ああ。教えてもらった」

「良かった。それでね……」

 彼は俺の両手をそれぞれ取ると、中央に纏めて握り込んだ。ずい、と距離が詰められる。これまで接した人物の中で、最高に距離感が可笑しい。

 彼の目元は染まっており、興奮している、という自己申告が嘘ではないことが伝わってくる。

「僕は、君の番に立候補するよ!」

「は、…………はぁ!?」

 胸の前で捕まった手を、ぶん、と振って放し、相手の襟首を引っ掴む。

 職場の関係者だ、と我に返るが、嬉しそうに襟首を掴まれている相手が奇妙すぎて、解放する機会を失った。

「じゃ、じゃあなんで、生殖能力についての研究だなんて……! 嘘か!?」

「ああ。それも本当」

 けろりと言うイザナに、毒気を抜かれてしまう。手を放すと、彼は残念そうに襟を正した。

 会議室の椅子へ腰掛けることを勧められ、大人しく腰を下ろす。

「あ、何か飲み物とかいるかい?」

「いや。まず話をしよう。……なんで番に立候補、なんてとち狂った話が出たんだ」

 彼の座っている椅子は、簡素な事務用のそれだ。だが、ゆったりと背に体重を預け、脚を組む。

 俺と話しているこの時間だって、何の気負いをしている様子もない。

「僕のこと、覚えてないかな? 一度、飲み物を奢ってもらったんだけど」

「ぼんやりと、は……? 研究所全体が修羅場の時期じゃないか?」

「そう。忙しくしていた時期に、僕は君に飲み物を貰ったんだ。その日は実験に魔力を多用して、酷く疲れていてね。天上の飲み物でも与えられたようだった────」

 それから、目の前の男は飲み物を差し出した時の俺が如何に美しく見えたかを語るのだが、早口で専門用語混じりのそれは、右から入って左に抜けていく。

 俺がどうやら褒められているらしい事だけは理解できた。

「──君のことを他の人に尋ねたら、『耳付き』だと言うじゃないか。耳付きには生殖能力がない、というのがこれまでの人間社会での経験則だ。となると、僕は君と番ったとして、美しい君に似た子を見ることが、試す前から叶わない」

「待て、まて! 飛躍が物凄いな!」

「そこで僕は思った。耳付きの特性を調査するにも、君を口説くにも、どちらにしても君の協力が必要だ。一石を投じて二鳥を落とす。仕事にかこつけて生殖能力が無いといわれる原因を調べ、並行して君を口説き落とせば完璧ではないかと考えたんだ!」

「名案だと言いたげに胸を張られても、全、然、納得できないが!?」

 きらきらと瞳を輝かせ、自らの計画を語る男に、嘘偽りは感じ取れない。罵り文句として、正直、と言われる類の人間だ。

 頭を抱え、視線を床に落とす。手酷く口撃するには、動機があまりにも真っ直ぐすぎた。

「つまり。えと、……俺を口説くために、生殖能力についての調査を立案した……?」

「まあ。半分はそうかもしれない。けれど、魔術師として、耳付きの研究がしたいのも本当だよ」

 イザナは手のひらを差し出してくる。一回りは大きい手を、二人の間で握った。

 ぶわり、と強く魔力が押し込まれる。絡め取るように身体を巡る魔力に、不思議と嫌なものは感じなかった。

 波に沿うように、上手く魔力が流れる。心情的に困惑している相手に対して、魔力が妙に馴染んでいる。

「本当に、豊かに湧く、澄んだ水のような魔力だ。だからこそ、生殖能力がない、と言われるのに違和感がある」

「…………違和感?」

 ずっと握っていた手を、我に返って放す。目の前の男は、残念そうに手を引いた。

「魔力というものは、生命力が転じたものだ。生命力とは精力であり、魔力が多い、質の良い魔力を持つものは、生殖能力の高い傾向にある」

「ああ」

「では、質の良い魔力を大量に保有する耳付きだって、生殖能力が高い傾向になければおかしい。そう思って資料を当たってみたんだけど、見事に資料が出てこなかった。確かに、耳付きが一般社会で生活を始めたのは最近のことで、少し前までは、神殿で保護することが慣例となっていたんだけど」

「ああ。一応、実家にも、そうしないかって打診はあった」

 神殿に保護されれば、衣食住は保障される。社会ではまだ耳付きだからと遠巻きにされることも多く、それを憂いて、神殿での生活を選ぶ者もいる。

 耳付きのことが調べられ始めたのは、最近のこと。そして、神殿外にいる数も少ない。

「あまりにも耳付きについての資料が少なく、その大部分は神殿が厳重に保管している。それなら、あとは本人を調べさせて貰うしかない、と思った訳だ」

「理屈は、分からなくもないが。自分を口説いてくるアルファ相手に、一緒に研究しましょう、ってなると思ったのか」

「え…………? 思ったけど」

「その妙な自信はなんなんだよ!」

 軽く叫ぶと、イザナはきょとんとしていた。顔立ちは端正でアルファらしいのだが、言葉の端々で、螺子が何処となく外れている。

 本人に悪意はないようで、ただ、方向性の定まらない純粋な力を向けられているようだ。

「僕が相手だと、駄目かな……?」

 しょんぼりと肩を萎めてしまう姿を見ると、大型の愛玩動物を虐めているような気持ちになった。

 彼の告白を完全に切り捨てるつもりはなかったのだが、重たい空気を背負い始めた相手に、失言だったか、と口元を押さえる。

「駄目、っていうか。初対面に近い相手と……」

「じゃあ、これから交流を深めていけばいいんだね!?」

「それを俺が言うまで待てよ!」

 人を殴りたいと思うことはないが、この男に関しては、軽くひっぱたく位、許されるだろうか。

 はあ、と息を吐いて、椅子の背に身体を預ける。

「────俺だけの問題ならいいんだけど。うちの姉も耳付きなんだよ。だから、生殖能力がない、って言われる原因を調べてもらう事自体は、有難いと思ってる」

「ふぅん。承諾されたのは、そういう理由か」

「初対面のアルファと研究なんて、他の研究なら断ってる。不満か?」

 視線を合わせると、彼はゆっくり瞬きをした。

 値踏みするような視線を向けられ、獲物として追いかけられているような気分になる。

「いや、目的が果たされやすくなるなら、理由は別になんだっていいよ。美しい君だけじゃなく、君のお姉さんの力になれるのなら僕も嬉しい」

「美しい、っての、こそばゆいから止めろ!」

 彼は少し考え、その場に立ち上がる。ゆっくりと俺に歩み寄ると、両手を俺の後頭部に回した。

 するり、と結んでいた布が解かれ、ぴん、と耳が起き上がる。耳を隠していた髪留めは、完全に取り払われた。

 反射的に、全身を強張らせる。この耳を見ると、みな奇異なものをみるような目をする。同じ人間とは、見てくれない。

「────綺麗だ」

 彼はおおきな掌で、俺の耳を撫でる。

 賞賛の言葉は耳込みで言われているのだ、と言葉を添えられなくとも分かった。かっと頬に血が上る。

「僕が神様だったとしたら、こんな綺麗なものには、望むとおりに生きてほしいと願う気がする。フェーレスが望むことをしよう。僕は、その望みの手伝いがしたい」

「…………取りあえず、研究、には協力する。けど! 俺の嫌がる事をしたら、すぐに外れるからな!」

「勿論。君を番にしたいんだから、君の嫌がることなんてしないよ」

 両手を広げ、俺に抱きつこうとした男の脛を蹴る。

 イザナはしばらくその場に屈み込み、ほんの少しだけ下がった肩と共に反省していた。



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