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第3章:水の心臓編
058 呼んでるから
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宿屋にて三人部屋を取り、シャワーを浴びたり今後の話し合いをしている内に夜になった。
ひとまず話し合って決まったこととしては、明日はダンジョンへの入り口を捜索するということ。
とは言え、一応二人の力によってある程度の範囲は分かるので、明日はその範囲を捜索する。
「まさか、ダンジョンへの入り口が見つからない、なんてことになるとはねぇ……」
部屋の窓から外を眺めながら、私はそう呟いた。
オアシスは大きい上に町の真ん中にある為、宿屋の部屋からでも余裕で見えた。
私の言葉に、リートはベッドに腰かけて窓の外を見つめながら「そうじゃのう」と呟いた。
「まさか、このような事態になるとは思わんかったわ。……参ったのう」
「まぁこの町にあることは分かってんだ。探せば見つかるだろ」
「簡単に言うのでは無いわ、全く……お主の時はどれだけ簡単だったか」
不満そうに言うリートに、フレアは「悪うござんした」と言いながら、ボリボリと頭を掻く。
しかし、現状を考えると、確かにフレアの時は簡単だったな。
どこもあんな風に簡単に済めば良いものを……と考えつつ、私は壁の方に歩いて行き、電気を消した。
室内が暗闇に包まれるのを確認すると、私は手探りで自分のベッドを探し、横になった。
今日はなんだか、色々と疲れたな。
あまり体を動かすようなことをしたわけでは無いが、なんだか凄く眠い。
ベッドに横になると瞬く間に瞼が重くなり、眠気が襲ってくる。
私は枕に頭を預け、眠気に任せて瞼を閉じた。
すると、あっという間に意識が闇に沈み、気を失うように眠った。
---
瞼を開くと、そこには海が広がっていた。
突然のことに、私はすぐに辺りを見渡した。
私がいる場所はどうやら人気の無い夜の砂浜のようで、波のさざめく音だけが響き渡っていた。
「こ、ここは一体……?」
「こっ……こころちゃん!」
名前を呼ばれ、私はパッと顔を向けた。
声のした方に視線を向けた私は、その声の主を見た瞬間、目を見開いた。
「……と、友子……ちゃん……?」
咄嗟に名前を呼んだが、驚きのあまりに声が掠れてしまい、何だかぎこちない感じになってしまった。
それに友子ちゃんは小さく笑って、続けた。
「ひ、久しぶり、だね」
「なんで、ここに……」
「こ、こころちゃんに……会い、たくて……」
相変わらずのぎこちない口調で言いながら、恥ずかしそうにはにかんだ。
それに、私は自分の頬が緩むのを感じた。
何が起こっているのかも、ここがどこなのかも、サッパリ分からない。
しかし、久しぶりに唯一無二の友達に出会えた喜びが、今はどんな感情よりも勝った。
「私も会いたかった。……何も言わずにいなくなっちゃったし……心配掛けたよね?」
「て、寺島さんに、事情は、聞いてた、から……だ、大体は、知ってる、けど……こ、こころ、ちゃんの口から、聞き、たかった……」
「……ごめんなさい」
友子ちゃんの言うことは尤もなので、私はそう謝りながら両手を挙げて降参のポーズを取った。
すると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐにはにかむように笑って「良いよ」と答えた。
相変わらずの長い前髪で、その表情を完全に伺うことは出来ないが、今はあまり気にならなかった。
「……私、友子ちゃんと話したいことが、たくさんあるんだ」
私はそう言いながら、一歩彼女に近付く。
突然再会したものだから、何から話せば良いのかサッパリ分からない。
色々なことがあった。その出来事が次から次へと頭の中に湧き上がってきて、洪水のように私の脳内で渦を巻く。
「色々あったんだよ。……何から話せば良いのか、上手く整理出来ないんだけど」
「……大丈夫。急がなくても、時間はあるよ」
そう言って微笑む友子ちゃんに、無意識の内に笑い返す。
フラフラと引き寄せられるように、彼女の方へと歩いていく。
すると、彼女は口元に緩やかな笑みを浮かべて踵を返し、こちらに背を向けて歩き出す。
「ま、待って……!」
私はそう声を掛けながら、必死に彼女に向かって走り出す。
しかし、まるで水の中を歩いているような不思議な感覚がして、上手く歩くことが出来ない。
どれだけ足を動かしても、どれだけ必死に前に進もうとしても、その一歩は錘のように重い。
足元が砂浜であるせいだろうか。……分からない。
しかし、今はこの状況でも、友子ちゃんを追いかけることしか出来なかった。
「待って! そっちは海だよ!」
私の言葉に、友子ちゃんの肩がピクリと震えて、その足が止まる。
それに追いつこうと無我夢中で前に進んでいると、彼女はこちらに振り向き、長い前髪越しに私を見てきた。
「待ってるよ。……水の中で」
小さく笑みを浮かべながら彼女がそう言った時、波打つ音が大きくなるのを感じた。
打ち上げた波が彼女の足に触れた時、まるでその水に溶けるかのように、彼女の体が消えていった。
それに慌てて手を伸ばすが、その手が彼女に触れることは無く、目の前からその姿は消えていった。
「なん……で……」
掠れた声で呟きながら、私はその場に膝をついた。
なんで……こんな、ことに……?
……私は……。
『待ってるよ。……水の中で』
その時、友子ちゃんの言葉が、脳内で反芻した。
「待ってるよ……水の、中で……」
無意識の内に、復唱する。
彼女は、水の中で待っている。
私が来るのを、待っている。
波打つ音が、さらに大きくなっていくのを感じる。
まるで脳に直接響くような波の音と、友子ちゃんの声が、頭の中で混ざり合って溶けていく。
「待ってるよ……水の中で……」
もう一度、復唱する。
友子ちゃんが、海の中で待っていると言うのなら……この海の中に行けば、会いに行けるのでは無いか……?
泳ぎはあまり得意では無いが、カナヅチと言う程でも無い。
……行かないと……。
友子ちゃんが待っている。……唯一の友達が、待っているんだ……。
私はフラフラと立ち上がり、目の前に広がる海を見つめた。
「……行か……ないと……」
小さく呟きながら、私は海に向かって、一歩踏み出す。
一瞬、脳裏に黒髪の少女の顔が過ったが、大きくなった波の音によって打ち消された。
頭がぼんやりして、上手く思考が働かない。
けど、今はそんなこと、気にならなかった。
それよりも、早くこの水の中に行かないと……。
友子ちゃんが、私を待っているから……。
呼ばれてるから……行かないと……。
両手は重力に従ってダランと垂れ、歩く動作に合わせて揺れる。
まるで引き寄せられるように、フラフラと、私は海に向かって歩き出した。
---
カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……。
時計の針が時を刻む音が、室内に静かに響く。
掛け布団を抱き枕のように抱きしめて眠るリートの寝息と、ベッドから落ちてほとんど床で寝ているような状態のフレアのいびきが、静かな部屋の中に反響する。
そんな中で、こころは静かに体を起こした。
「……」
起き上がったこころは、静かに、窓の外に広がる湖……オアシスを見た。
その目は虚ろで、全く光を宿していない。
顔も、まるで何の感情も抱いていないような、虚ろな顔をしていた。
「……いかないと……」
掠れた声で、彼女は呟く。
時計の針と、二人の少女の寝息が響く部屋の中。
しかし、こころの頭の中には、それ以外にも聴こえる音があった。
彼女の思考を絡め取り、流して呑み込んでいくような波の音。
「待っている」と言った、友の声。
それらが頭の中で渦を巻くように反芻し、こころの思考を奪っていく。
虚ろな表情のまま、彼女はベッドから立ち上がった。
「……よん……でる……いか……ないと……」
まるで独り言のように、重たい声でそう呟きながら、こころはフラフラと歩き出す。
まるで、何かに引き寄せられているかのように……何かに、操られているかのように……。
その時、室内に響く寝息の内の一つが止んだ。
「……んぁ? いのせ……?」
目を覚ましたフレアが、部屋を出ていこうとしているこころに、そう声を掛けた。
しかし、こころはそれを気に留めることもなく、部屋から出て行ってしまった。
床の上で体を起こしたフレアは、その後ろ姿を見送りながら、ガリガリと頭を掻いた。
──……トイレか?
どこか能天気にそんなことを考えながらも、特に気にする必要は無いと考え、彼女は一つ欠伸をしてからその場に横になった。
ベッドに上がるのも億劫らしく、彼女はそのまま眠りについた。
ひとまず話し合って決まったこととしては、明日はダンジョンへの入り口を捜索するということ。
とは言え、一応二人の力によってある程度の範囲は分かるので、明日はその範囲を捜索する。
「まさか、ダンジョンへの入り口が見つからない、なんてことになるとはねぇ……」
部屋の窓から外を眺めながら、私はそう呟いた。
オアシスは大きい上に町の真ん中にある為、宿屋の部屋からでも余裕で見えた。
私の言葉に、リートはベッドに腰かけて窓の外を見つめながら「そうじゃのう」と呟いた。
「まさか、このような事態になるとは思わんかったわ。……参ったのう」
「まぁこの町にあることは分かってんだ。探せば見つかるだろ」
「簡単に言うのでは無いわ、全く……お主の時はどれだけ簡単だったか」
不満そうに言うリートに、フレアは「悪うござんした」と言いながら、ボリボリと頭を掻く。
しかし、現状を考えると、確かにフレアの時は簡単だったな。
どこもあんな風に簡単に済めば良いものを……と考えつつ、私は壁の方に歩いて行き、電気を消した。
室内が暗闇に包まれるのを確認すると、私は手探りで自分のベッドを探し、横になった。
今日はなんだか、色々と疲れたな。
あまり体を動かすようなことをしたわけでは無いが、なんだか凄く眠い。
ベッドに横になると瞬く間に瞼が重くなり、眠気が襲ってくる。
私は枕に頭を預け、眠気に任せて瞼を閉じた。
すると、あっという間に意識が闇に沈み、気を失うように眠った。
---
瞼を開くと、そこには海が広がっていた。
突然のことに、私はすぐに辺りを見渡した。
私がいる場所はどうやら人気の無い夜の砂浜のようで、波のさざめく音だけが響き渡っていた。
「こ、ここは一体……?」
「こっ……こころちゃん!」
名前を呼ばれ、私はパッと顔を向けた。
声のした方に視線を向けた私は、その声の主を見た瞬間、目を見開いた。
「……と、友子……ちゃん……?」
咄嗟に名前を呼んだが、驚きのあまりに声が掠れてしまい、何だかぎこちない感じになってしまった。
それに友子ちゃんは小さく笑って、続けた。
「ひ、久しぶり、だね」
「なんで、ここに……」
「こ、こころちゃんに……会い、たくて……」
相変わらずのぎこちない口調で言いながら、恥ずかしそうにはにかんだ。
それに、私は自分の頬が緩むのを感じた。
何が起こっているのかも、ここがどこなのかも、サッパリ分からない。
しかし、久しぶりに唯一無二の友達に出会えた喜びが、今はどんな感情よりも勝った。
「私も会いたかった。……何も言わずにいなくなっちゃったし……心配掛けたよね?」
「て、寺島さんに、事情は、聞いてた、から……だ、大体は、知ってる、けど……こ、こころ、ちゃんの口から、聞き、たかった……」
「……ごめんなさい」
友子ちゃんの言うことは尤もなので、私はそう謝りながら両手を挙げて降参のポーズを取った。
すると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐにはにかむように笑って「良いよ」と答えた。
相変わらずの長い前髪で、その表情を完全に伺うことは出来ないが、今はあまり気にならなかった。
「……私、友子ちゃんと話したいことが、たくさんあるんだ」
私はそう言いながら、一歩彼女に近付く。
突然再会したものだから、何から話せば良いのかサッパリ分からない。
色々なことがあった。その出来事が次から次へと頭の中に湧き上がってきて、洪水のように私の脳内で渦を巻く。
「色々あったんだよ。……何から話せば良いのか、上手く整理出来ないんだけど」
「……大丈夫。急がなくても、時間はあるよ」
そう言って微笑む友子ちゃんに、無意識の内に笑い返す。
フラフラと引き寄せられるように、彼女の方へと歩いていく。
すると、彼女は口元に緩やかな笑みを浮かべて踵を返し、こちらに背を向けて歩き出す。
「ま、待って……!」
私はそう声を掛けながら、必死に彼女に向かって走り出す。
しかし、まるで水の中を歩いているような不思議な感覚がして、上手く歩くことが出来ない。
どれだけ足を動かしても、どれだけ必死に前に進もうとしても、その一歩は錘のように重い。
足元が砂浜であるせいだろうか。……分からない。
しかし、今はこの状況でも、友子ちゃんを追いかけることしか出来なかった。
「待って! そっちは海だよ!」
私の言葉に、友子ちゃんの肩がピクリと震えて、その足が止まる。
それに追いつこうと無我夢中で前に進んでいると、彼女はこちらに振り向き、長い前髪越しに私を見てきた。
「待ってるよ。……水の中で」
小さく笑みを浮かべながら彼女がそう言った時、波打つ音が大きくなるのを感じた。
打ち上げた波が彼女の足に触れた時、まるでその水に溶けるかのように、彼女の体が消えていった。
それに慌てて手を伸ばすが、その手が彼女に触れることは無く、目の前からその姿は消えていった。
「なん……で……」
掠れた声で呟きながら、私はその場に膝をついた。
なんで……こんな、ことに……?
……私は……。
『待ってるよ。……水の中で』
その時、友子ちゃんの言葉が、脳内で反芻した。
「待ってるよ……水の、中で……」
無意識の内に、復唱する。
彼女は、水の中で待っている。
私が来るのを、待っている。
波打つ音が、さらに大きくなっていくのを感じる。
まるで脳に直接響くような波の音と、友子ちゃんの声が、頭の中で混ざり合って溶けていく。
「待ってるよ……水の中で……」
もう一度、復唱する。
友子ちゃんが、海の中で待っていると言うのなら……この海の中に行けば、会いに行けるのでは無いか……?
泳ぎはあまり得意では無いが、カナヅチと言う程でも無い。
……行かないと……。
友子ちゃんが待っている。……唯一の友達が、待っているんだ……。
私はフラフラと立ち上がり、目の前に広がる海を見つめた。
「……行か……ないと……」
小さく呟きながら、私は海に向かって、一歩踏み出す。
一瞬、脳裏に黒髪の少女の顔が過ったが、大きくなった波の音によって打ち消された。
頭がぼんやりして、上手く思考が働かない。
けど、今はそんなこと、気にならなかった。
それよりも、早くこの水の中に行かないと……。
友子ちゃんが、私を待っているから……。
呼ばれてるから……行かないと……。
両手は重力に従ってダランと垂れ、歩く動作に合わせて揺れる。
まるで引き寄せられるように、フラフラと、私は海に向かって歩き出した。
---
カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……。
時計の針が時を刻む音が、室内に静かに響く。
掛け布団を抱き枕のように抱きしめて眠るリートの寝息と、ベッドから落ちてほとんど床で寝ているような状態のフレアのいびきが、静かな部屋の中に反響する。
そんな中で、こころは静かに体を起こした。
「……」
起き上がったこころは、静かに、窓の外に広がる湖……オアシスを見た。
その目は虚ろで、全く光を宿していない。
顔も、まるで何の感情も抱いていないような、虚ろな顔をしていた。
「……いかないと……」
掠れた声で、彼女は呟く。
時計の針と、二人の少女の寝息が響く部屋の中。
しかし、こころの頭の中には、それ以外にも聴こえる音があった。
彼女の思考を絡め取り、流して呑み込んでいくような波の音。
「待っている」と言った、友の声。
それらが頭の中で渦を巻くように反芻し、こころの思考を奪っていく。
虚ろな表情のまま、彼女はベッドから立ち上がった。
「……よん……でる……いか……ないと……」
まるで独り言のように、重たい声でそう呟きながら、こころはフラフラと歩き出す。
まるで、何かに引き寄せられているかのように……何かに、操られているかのように……。
その時、室内に響く寝息の内の一つが止んだ。
「……んぁ? いのせ……?」
目を覚ましたフレアが、部屋を出ていこうとしているこころに、そう声を掛けた。
しかし、こころはそれを気に留めることもなく、部屋から出て行ってしまった。
床の上で体を起こしたフレアは、その後ろ姿を見送りながら、ガリガリと頭を掻いた。
──……トイレか?
どこか能天気にそんなことを考えながらも、特に気にする必要は無いと考え、彼女は一つ欠伸をしてからその場に横になった。
ベッドに上がるのも億劫らしく、彼女はそのまま眠りについた。
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