婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

りつ

文字の大きさ
9 / 12

告白

 何も考えらない頭で喫茶店へと戻る途中、グレイと出くわした。いや違う。息を切らせている様子から彼は私を探していたのだ。グレイにかけた心配と迷惑。後先考えず飛び出してきた自分の考えなさ。今さらになって吐き気がしてきた。

「スカーレット。どこへ行っていたんだ」

 怒っているような、けれど心配して、無事だとわかってほっとしている表情を彼は浮かべていた。しっかりしろ、と冷静な自分が叱咤する。

「突然飛び出していって申し訳ありません」

 まるで何もなかったかのような声と表情でスカーレットは彼に謝った。たとえ心の中が嵐のように荒れ狂っていても、決してそれを表に出そうとは、彼に気づかれることはあってはならなかった。それが、私の最後のプライドだった。

「スカーレット……」

 グレイは何か言いたそうだった。当然だ。何があったのか、きちんと説明するべきだった。けれど、今の私にはできなかった。

「次はどちらに参りますの?」

 完璧な笑みで微笑んでみせると、それ以上彼は何も言わなかった。それでいい。今度こそ、私の恋は終わったのだから。




 翌日、新聞にはアーネストとあの令嬢の結婚のことが取り上げられていた。幸せそうに微笑む二人の写真。知らず知らずのうちに新聞を掴む指先が震えていた。

「お嬢様……」

 こちらを気遣うメイドの視線にも、私はにっこりと笑って答えた。心配ばかりさせて、本当に私はだめだ。

「大丈夫よ。かえってスッキリした気分だわ」

 テキパキと新聞を畳み終えると、気分を切り替えるように明るく言った。

「今日は誰とも会う予定はないわよね?」
「はい」
「グレイが訪ねて来るのは明日よね?」

 はい、とメイドがしっかりと頷き、私は微笑んだ。

「では今日はゆっくりできるわね。私、お庭を少し散歩してくるわ」

 それは一人にしてちょうだい、と言っているようなものだった。そして実際その通りで、私は一人になりたかった。


 貴族は自身の感情を容易に表に出してはいけない。そう大人に教えられるまでもなく、私は物心つく頃から人前で口を開けて笑ったり、大声で怒鳴り散らすことや嘆き悲しむことをはしたないことだと思っていた。だから今も人目を避けて、わざわざ庭の奥まった、誰にも見つからない場所へと足を運んできた。

 一人で泣くために。

「お前は何かあると、いつもここに来るな」

 それなのにどうしてこの男はいつもいつも私の邪魔ばかりするのだろうか。

「……どうして、ここにいるの」

 今日は来ないはずではないか。

 私の疑問に、グレイはそんなことかと肩を竦める。

「今朝の新聞を読んで、お前のことだから一人で泣いているだろうと思って来たんだ」
「そこまでわかっているならば放っておいて下さい」

 嫌だね、とグレイは俯く私の顔を容赦なく上げさせた。涙でぼやけて、彼の表情はよくわからない。けれどきっと呆れている。涙を拭おうとするも、その前に腕を掴まれてしまった。

「無理に擦るな」
「では見ないで下さい」
「断る」

 なんて人だ。弱っている人間の頼みくらい聞いてもいいじゃないか。

「別に泣き顔くらい見せたっていいだろ。昔からの付き合いなんだから」
「人前で泣くなんてみっともないもの」

 ふとこの言葉をいつか以前にも言ったような気がして、グレイが少し笑った。

「昔もそう言って泣いていたな」

 どうやら彼も同じことを思ったらしい。

「あの時はたしか……家庭教師に怒られて、とかだったか?」
「……ええ」

 思い出した。そうだ。あの時も泣き顔を見られたくなくてここへ駆け込んだのだ。上手くできない自分が悔しくて、でもそんな姿は誰にも見られたくなかったから。

「本当にお前はあの頃と変わらないな」

 目を細めて、彼は懐かしそうに言った。

「あなただって変わらないわ。泣いた私を揶揄うためにわざわざ足を運んで」
「失礼なやつだな。俺は心配してお前を探していたんだ」
「どうかしら」
「お前なあ……」

 なんてやり取りにも、なぜか泣いてしまいそうになる。グッと唇を噛んで、抑えようとするも涙があふれてくる。

 恥ずかしい。情けない。見られてしまった。もうどうすればいいの。ますます唇を強く噛みしめると、グレイの親指がそっと触れた。

「我慢するな。悲しい時は泣いてしまえ」

 ずるい。なんだって今日に限ってはそんなに優しいのだ。

 ――違う。彼はいつだって優しい。

 アーネストに婚約破棄されたその日だって、雨の中わざわざ私を探しに来てくれたじゃないか。その後だって私を気にかけて何度も家へ訪ねてきてくれた。自分は少しも興味がないくせに芝居になんか誘って、お茶を飲みに来たとか言いながら私の様子を見に来て。今日だって……。

 どうしてそこまでするのだろう。私が好きだから? たとえそうであっても、私にはやっぱり理解できなかった。だって彼がいくら想いを告げてくれても、私はちっとも見向きもしなかったのだから。普通なら、諦めてしまう。

「……昨日、アーネストに会ったんです」

 知りたかった。でも素直に聞けない私は、代わりに自分のことを話していた。

「ああ」

 グレイは特に驚きはしなかった。それで、と話の続きを待っている。

「新聞に映っていた女性と、それはそれは幸せそうに微笑んでいました」

 綺麗な人かはわからない。それは人それぞれの好みで主観だから。けれど魅力的な人だとは思う。私には持てないものを持っている人だった。だから彼は私ではなく彼女を選んだのだ。

「アーネストのあんな表情、初めて見ました。今までずっと付き合ってきたのに、私が見たことのない表情で……それでわかったんです。ああ、彼は恋をしているんだって。彼女のこと、本当に好きで、愛しているんだって。私……あの時ほど自分の存在を消したいと思ったことはなかったです」

「なぜだ」

 なぜ? そんなの決まっているじゃないか。我を忘れてアーネストに恋をしていた自分が恥ずかしいから。結局私一人だけが彼に恋をして浮かれていたのだ。彼も私のことが当然好きだと思い込んで、その実一人で舞い上がっていただけ。自分の気持ちを彼に押し付けていただけ!

「好きになんて、ならなければよかった……」

 そんなことは不可能だ。気持ちは誰かに強制されるものではない。自分で制御することもできない。わかっている。それでもそう思わずにはいられない。

「俺はそうは思わない」
「あなたの意見なんて関係ありませんっ……!」

 首を振りながら俯き、顔を覆った。慰めなんて聞きたくない。

「スカーレット」

 跪いて、琥珀色の目が私を見上げる。

「誰かに恋をしているお前は美しかった」

 何を言い出すかと思えば、この男はそんなことを言った。思わず手をどけて、彼を見下ろす。

「何が言いたいんですか」
「誰が何と言おうが、スカーレット。お前は美しいということだ。お前に好意を寄せられて嫌な男などこの世にはいるまい」

 違う、と声を荒げて否定していた。

「いるわ。いたの。だから彼は私に振り向いてくれなかったの。どうしてそれがわからないの。あなたは馬鹿なの」
「馬鹿なものか。むしろお前を振ったやつの方こそ大馬鹿者だ」

 清々しいほど彼は断言した。自分は何も間違ったことは言っていないと、大真面目な表情で。

 思えば私の幼馴染は昔からそうだった。自分がこうだと思ったことは、絶対に変えない。呆れるくらい頑固な男だ。

「……あなたぐらいよ。そんなこと言うの」
「ああ、そうかもしれない。お前があいつを見つめ、微笑みかけるたびに、その目が俺に向いて欲しいとずっと思っていた。愛しているとお前に告げたかった」

 かあっと頬が熱くなる。彼の耳も髪の色と同じ色に染まっていた。

「もう一度、恋に落ちてくれないか。今度は俺に」

 ああ。それはまるで芝居のように完璧な言葉だった。けれど――

「……もう一度、もう一度おっしゃってください。今度はあなたの言葉で」
「お前が好きだ。スカーレット」

 単純で、けれど彼らしく真っ直ぐな言葉。ぴったりとはまった感覚に、私はやっぱりこっちがいいやと思った。

「……私も。あなたのことが嫌いではありません」
「お前らしく捻くれた言葉だな」

 だが悪くない。

 笑いながら立ち上がる幼馴染に、私もまた微笑みながら手を差し伸べた。

あなたにおすすめの小説

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

嫌われ王女の婚約破棄

あみにあ
恋愛
とある王都に、美しく聡明な王女がおりました。 王女は汚職にまみれた王宮の上層部の総入れ替え、異論を唱える者を次々に切り捨てる……そんな強引な方法は人々の反感を買い、気がつけば[嫌われ王女]と呼ばれるようになりました。 そんな王女の元へ異世界から、聖女が召喚されました。 これは嫌われ王女が思い悩みながらも、婚約破棄をするお話です。

聖女の魔力を失い国が崩壊。婚約破棄したら、彼と幼馴染が事故死した。

佐藤 美奈
恋愛
聖女のクロエ公爵令嬢はガブリエル王太子殿下と婚約していた。しかしガブリエルはマリアという幼馴染に夢中になり、隠れて密会していた。 二人が人目を避けて会っている事をクロエに知られてしまい、ガブリエルは謝罪して「マリアとは距離を置く」と約束してくれる。 クロエはその言葉を信じていましたが、実は二人はこっそり関係を続けていました。 その事をガブリエルに厳しく抗議するとあり得ない反論をされる。 「クロエとは婚約破棄して聖女の地位を剥奪する!そして僕は愛するマリアと結婚して彼女を聖女にする!」 「ガブリエル考え直してください。私が聖女を辞めればこの国は大変なことになります!」 「僕を騙すつもりか?」 「どういう事でしょう?」 「クロエには聖女の魔力なんて最初から無い。マリアが言っていた。それにマリアのことを随分といじめて嫌がらせをしているようだな」 「心から誓ってそんなことはしておりません!」 「黙れ!偽聖女が!」 クロエは婚約破棄されて聖女の地位を剥奪されました。ところが二人に天罰が下る。デート中にガブリエルとマリアは事故死したと知らせを受けます。 信頼していた婚約者に裏切られ、涙を流し悲痛な思いで身体を震わせるクロエは、急に頭痛がして倒れてしまう。 ――目覚めたら一年前に戻っていた――

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。 私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。 理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。 アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。 そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。 失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。

幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アイラは、婚約者であるオリバー王子との穏やかな日々を送っていた。 ある日、突然オリバーが泣き崩れ、彼の幼馴染である男爵令嬢ローズが余命一年であることを告げる。 オリバーは涙ながらに、ローズに最後まで寄り添いたいと懇願し、婚約破棄とアイラが公爵家当主の父に譲り受けた別荘を譲ってくれないかと頼まれた。公爵家の父の想いを引き継いだ大切なものなのに。 「アイラは幸せだからいいだろ? ローズが可哀想だから譲ってほしい」 別荘はローズが気に入ったのが理由で、二人で住むつもりらしい。 身勝手な要求にアイラは呆れる。 ※物語が進むにつれて、少しだけ不思議な力や魔法ファンタジーが顔をのぞかせるかもしれません。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)