初恋に身を焦がす

りつ

文字の大きさ
4 / 47

4、国王からの呼び出し

 ハロルドは休みを終えると、また王宮へ出仕していった。ヴェロニカはひどく落ち着かない気持ちでありながら、もう以前のように感情を爆発させることはなかった。やるべきことは山のようにあり、その対応にすべての意識を注いでいたからだ。

 そんなある日。

「奥様。大変です!」
「どうしたの」

 家令の慌てぶりに、ヴェロニカは逆に冷静になる。王宮からの迎えが来ていると告げられ、とっさにハロルドの顔が浮かぶ。その予感は当たっていた。

「旦那様が怪我をなされたそうです」

 一瞬頭が真っ白になる。でも一瞬であった。

「生きているのよね?」
「はい。ですが……」

 わざわざ王家の紋章が入った馬車を迎えにやったということは、一刻の猶予もないということだろう。迷っている暇はなく、ヴェロニカはすぐに支度の準備をした。

「子どもたちのこと、頼むわ」
「はい」
「ははうえ? どこか行くの?」

 エルドレッドに見つかってしまった。大人たちの緊迫した雰囲気に、子どもは敏感である。不安そうに母を見つめている。

 ヴェロニカは膝を折って息子と同じ視線になると、何でもないのと微笑んだ。

「大切な用事ができて、今から出かけなくてはならないの。でもすぐに帰って来るから安心して?」
「ほんとう?」

 本当よと頷き、小さな身体を強く抱きしめた。

「お母様が留守の間、セシリアのこと守ってね」
「うん」

 任せて、と言いながらも、目は行かないでと訴えていた。ひどく後ろ髪を引かれる思いではあったが、ヴェロニカは王宮へと向かった。

 子どもを連れて行かなかったのは、夫の容態がまだわからなかったこと、そして――本当に夫の件で呼び出されたのか、信用できぬ気持ちがあったからだ。

「ああ、ようやく会うことができた」

 結果的に、ヴェロニカの判断は正しかった。

 呼び出したのは国王、ジュリアンであった。謁見の間に通され、彼はヴェロニカを不躾な視線で上から下まで観察した。ヴェロニカは故郷の男たちを思い出す。彼らもヴェロニカが年頃の娘らしい体つきになってくると舐めるような視線を向けてきた。

 ただ違うのは、ジュリアンの容姿が女性のように繊細で整っていることだろう。好みで言えばヴェロニカは夫の方がずっと好きであったが。

「手荒な真似をしてすまぬ。だが私がいくら茶会にそなたを呼ぼうとしても、ハロルドが妻は身体が弱い、子どもの世話で忙しいと、理由をつけて阻止するからな。少々強引な手を使わせてもらった」

 ヴェロニカは夜会にはめったに出席しなかった。夫が仕事で常に警護に当たっていて、出席するとしたら別の誰かをエスコートする必要があったし、そこまでして参加したいとも思わなかった。夫が着飾った夫人と話している姿を見たくないというのが一番の理由かもしれないが。

 ハロルドもヴェロニカのそうした心情を理解し、余計な心労を増やさせまいと予め断っていたのだろう。家でもそういった話題は一切出さなかった。

「……夫は無事なんでしょうか」
「ああ。無事だよ」

 ひとまず、安堵する。夫は生きている。ジュリアンのついた嘘であった。

 嘘。

 ヴェロニカは顔を上げ、真っすぐと国王を見据えた。自分と同じ年齢だから今彼は二十二歳である。為政者の風格も感じられた。けれどどこか危うさがあった。

「私を呼び出したのは、茶会に参加させたかったからですか」
「いいや、それはもういいんだ。今日はそなたにお願いがあるんだ」

 ゆるりと微笑むと、ジュリアンはそばに控えて居た者たちにハロルドを呼んでくるよう命じた。

「それからカトリーナも一緒に呼んでくれ」

 カトリーナ。王子を産んだ、今やジュリアンの最も愛する人。そしてヴェロニカの夫が苦しげに呟いた女性の名である。

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

悪女の最後の手紙

新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。 人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。 彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。 婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。 理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。 やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。 ――その直後、一通の手紙が届く。 それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。 悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。 表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。