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4、国王からの呼び出し
ハロルドは休みを終えると、また王宮へ出仕していった。ヴェロニカはひどく落ち着かない気持ちでありながら、もう以前のように感情を爆発させることはなかった。やるべきことは山のようにあり、その対応にすべての意識を注いでいたからだ。
そんなある日。
「奥様。大変です!」
「どうしたの」
家令の慌てぶりに、ヴェロニカは逆に冷静になる。王宮からの迎えが来ていると告げられ、とっさにハロルドの顔が浮かぶ。その予感は当たっていた。
「旦那様が怪我をなされたそうです」
一瞬頭が真っ白になる。でも一瞬であった。
「生きているのよね?」
「はい。ですが……」
わざわざ王家の紋章が入った馬車を迎えにやったということは、一刻の猶予もないということだろう。迷っている暇はなく、ヴェロニカはすぐに支度の準備をした。
「子どもたちのこと、頼むわ」
「はい」
「ははうえ? どこか行くの?」
エルドレッドに見つかってしまった。大人たちの緊迫した雰囲気に、子どもは敏感である。不安そうに母を見つめている。
ヴェロニカは膝を折って息子と同じ視線になると、何でもないのと微笑んだ。
「大切な用事ができて、今から出かけなくてはならないの。でもすぐに帰って来るから安心して?」
「ほんとう?」
本当よと頷き、小さな身体を強く抱きしめた。
「お母様が留守の間、セシリアのこと守ってね」
「うん」
任せて、と言いながらも、目は行かないでと訴えていた。ひどく後ろ髪を引かれる思いではあったが、ヴェロニカは王宮へと向かった。
子どもを連れて行かなかったのは、夫の容態がまだわからなかったこと、そして――本当に夫の件で呼び出されたのか、信用できぬ気持ちがあったからだ。
「ああ、ようやく会うことができた」
結果的に、ヴェロニカの判断は正しかった。
呼び出したのは国王、ジュリアンであった。謁見の間に通され、彼はヴェロニカを不躾な視線で上から下まで観察した。ヴェロニカは故郷の男たちを思い出す。彼らもヴェロニカが年頃の娘らしい体つきになってくると舐めるような視線を向けてきた。
ただ違うのは、ジュリアンの容姿が女性のように繊細で整っていることだろう。好みで言えばヴェロニカは夫の方がずっと好きであったが。
「手荒な真似をしてすまぬ。だが私がいくら茶会にそなたを呼ぼうとしても、ハロルドが妻は身体が弱い、子どもの世話で忙しいと、理由をつけて阻止するからな。少々強引な手を使わせてもらった」
ヴェロニカは夜会にはめったに出席しなかった。夫が仕事で常に警護に当たっていて、出席するとしたら別の誰かをエスコートする必要があったし、そこまでして参加したいとも思わなかった。夫が着飾った夫人と話している姿を見たくないというのが一番の理由かもしれないが。
ハロルドもヴェロニカのそうした心情を理解し、余計な心労を増やさせまいと予め断っていたのだろう。家でもそういった話題は一切出さなかった。
「……夫は無事なんでしょうか」
「ああ。無事だよ」
ひとまず、安堵する。夫は生きている。ジュリアンのついた嘘であった。
嘘。
ヴェロニカは顔を上げ、真っすぐと国王を見据えた。自分と同じ年齢だから今彼は二十二歳である。為政者の風格も感じられた。けれどどこか危うさがあった。
「私を呼び出したのは、茶会に参加させたかったからですか」
「いいや、それはもういいんだ。今日はそなたにお願いがあるんだ」
ゆるりと微笑むと、ジュリアンはそばに控えて居た者たちにハロルドを呼んでくるよう命じた。
「それからカトリーナも一緒に呼んでくれ」
カトリーナ。王子を産んだ、今やジュリアンの最も愛する人。そしてヴェロニカの夫が苦しげに呟いた女性の名である。
そんなある日。
「奥様。大変です!」
「どうしたの」
家令の慌てぶりに、ヴェロニカは逆に冷静になる。王宮からの迎えが来ていると告げられ、とっさにハロルドの顔が浮かぶ。その予感は当たっていた。
「旦那様が怪我をなされたそうです」
一瞬頭が真っ白になる。でも一瞬であった。
「生きているのよね?」
「はい。ですが……」
わざわざ王家の紋章が入った馬車を迎えにやったということは、一刻の猶予もないということだろう。迷っている暇はなく、ヴェロニカはすぐに支度の準備をした。
「子どもたちのこと、頼むわ」
「はい」
「ははうえ? どこか行くの?」
エルドレッドに見つかってしまった。大人たちの緊迫した雰囲気に、子どもは敏感である。不安そうに母を見つめている。
ヴェロニカは膝を折って息子と同じ視線になると、何でもないのと微笑んだ。
「大切な用事ができて、今から出かけなくてはならないの。でもすぐに帰って来るから安心して?」
「ほんとう?」
本当よと頷き、小さな身体を強く抱きしめた。
「お母様が留守の間、セシリアのこと守ってね」
「うん」
任せて、と言いながらも、目は行かないでと訴えていた。ひどく後ろ髪を引かれる思いではあったが、ヴェロニカは王宮へと向かった。
子どもを連れて行かなかったのは、夫の容態がまだわからなかったこと、そして――本当に夫の件で呼び出されたのか、信用できぬ気持ちがあったからだ。
「ああ、ようやく会うことができた」
結果的に、ヴェロニカの判断は正しかった。
呼び出したのは国王、ジュリアンであった。謁見の間に通され、彼はヴェロニカを不躾な視線で上から下まで観察した。ヴェロニカは故郷の男たちを思い出す。彼らもヴェロニカが年頃の娘らしい体つきになってくると舐めるような視線を向けてきた。
ただ違うのは、ジュリアンの容姿が女性のように繊細で整っていることだろう。好みで言えばヴェロニカは夫の方がずっと好きであったが。
「手荒な真似をしてすまぬ。だが私がいくら茶会にそなたを呼ぼうとしても、ハロルドが妻は身体が弱い、子どもの世話で忙しいと、理由をつけて阻止するからな。少々強引な手を使わせてもらった」
ヴェロニカは夜会にはめったに出席しなかった。夫が仕事で常に警護に当たっていて、出席するとしたら別の誰かをエスコートする必要があったし、そこまでして参加したいとも思わなかった。夫が着飾った夫人と話している姿を見たくないというのが一番の理由かもしれないが。
ハロルドもヴェロニカのそうした心情を理解し、余計な心労を増やさせまいと予め断っていたのだろう。家でもそういった話題は一切出さなかった。
「……夫は無事なんでしょうか」
「ああ。無事だよ」
ひとまず、安堵する。夫は生きている。ジュリアンのついた嘘であった。
嘘。
ヴェロニカは顔を上げ、真っすぐと国王を見据えた。自分と同じ年齢だから今彼は二十二歳である。為政者の風格も感じられた。けれどどこか危うさがあった。
「私を呼び出したのは、茶会に参加させたかったからですか」
「いいや、それはもういいんだ。今日はそなたにお願いがあるんだ」
ゆるりと微笑むと、ジュリアンはそばに控えて居た者たちにハロルドを呼んでくるよう命じた。
「それからカトリーナも一緒に呼んでくれ」
カトリーナ。王子を産んだ、今やジュリアンの最も愛する人。そしてヴェロニカの夫が苦しげに呟いた女性の名である。
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