初恋に身を焦がす

りつ

文字の大きさ
9 / 47

9、断れぬ頼み

「ヴェロニカ。しばらく城に留まってくれないか」

 ようやくジュリアンと謁見できたと思ったら、そんなことを言われ、ヴェロニカはしばし言葉を失った。

「それは、どういうことでしょうか」
「カトリーナのあんなに喜ぶ顔、久方ぶりに見たのだ。サンドラが離宮に移ってから、ずっと一人だったからな。どうか頼む」
「でも……せめて一度、家へ帰らせてもらえないでしょうか」

 子が心配なのです、とヴェロニカは必死で訴えた。けれどジュリアンの表情は変わらない。それがどうした? と言いたげである。

「しばらくの間でいいのだ」
「でも……」
「貴族の子どもの世話をするのは乳母の役目であろう? 親は親交を深めるために外へ出るものだ」

 たしかに普通はそうかもしれない。けれどヴェロニカが育った環境は両親自ら育児に関わることが多かった。ハロルドも同じである。子であるエルドレッドたちも、同じように育ててあげようと決めていた。

「お願いです、陛下。どうか一日だけ……いえ、数時間で構わないのです。息子と娘の顔が見たいのです」
「時には子どもと離れて過ごすのも大切な経験だ」

 ジュリアンはヴェロニカの頼みを一蹴し、王宮に留まることを命じた。

「では代わりに夫と会わせて下さい。話したいことがあります」
「ハロルドは仕事中だ。今はまだ会わせられない」

 話は以上だと、ヴェロニカは部屋に戻され、国王やカトリーナと会う時以外、勝手に部屋から出てはいけないと言われた。

(どうしてこんなことに……)

 おかしい、と思った。これではまるで監禁である。カトリーナは友人が欲しいと王にねだった。ジュリアンは妻の願いを叶えるために信頼ある部下の妻に狙いを定め、王宮へ呼び出した。

(そこまでして、私を呼ぶかしら……)

 いくらハロルドが頼りになるからといって、ヴェロニカも夫と同じ性質の人間とは限らない。しかも自分は気性の荒い妻として名を広めていたのだ。そんな女を自分の大切な妻の友人として紹介するだろうか。

(もしかして本当は私が……)

「ヴェロニカ!」
「あなた……」

 息急き切った様子で部屋へ入って来たのはハロルドであった。夫の顔を見て、ヴェロニカは自分が思っていた以上に不安に駆られていたことを知る。

「どうしてこんなに遅かったの?」

 もっと早く来てよ、と安心のせいでつい責める言葉が出てくる。ハロルドはすまないと謝りながら、ヴェロニカを抱きしめた。

「次々と仕事を押し付けられて抜け出すタイミングがなかった」

 もしかするとわざと頼んだのかもしれない。
 小声で付け足された事実に、ジュリアンの顔が思い浮かぶ。

「家にはまだ帰れない。しばらく滞在するよう言われたわ。それと……」

 顔を上げて、ハロルドの目を見ながらヴェロニカは告げた。

「王妃殿下のご友人にもなってくれるよう、頼まれたわ」
「カトリーナ様の?」

 夫の目は動揺を晒した。単に驚いただけかもしれない。

「あなた、一度家へ帰って下さらない?」
「俺が?」
「ええ。私はまだ当分帰れないみたいだし……子どもたちのことが心配なの」
「そうだな。それは構わないが……」

 ハロルドは迷っているようだった。

「やはり俺から頼んで、きみも一度一緒に帰ろう」
「……陛下はそれを聞き入れて下さる方?」

 わずかな沈黙。陛下と知り合ってからまだほんの短い期間しか経っていないが、ヴェロニカはジュリアンは許さないだろうと思った。逆らえば逆らうほど、彼はあらゆる手段を使って自分の要望を押し通そうとする性格だ。

「私のことは大丈夫。カトリーナ様の話相手になればいいだけのようだから、数週間大人しくここに滞在しているわ」

 結局はそれが一番の近道な気がした。

「ヴェロニカ……」
「エルドレッドとセシリアに元気な顔を見せてあげて。それと私のことも心配しないよう上手く伝えておいて」

 そうだ。手紙を書いておこう。セシリアはまだ読めないが、エルドレッドは最近簡単な本ならば読めるようになってきたので、いくらか安心させてやることができるはずだ。

「お願いね、お父さん」
「……わかった」

 手紙を受け取り、ハロルドはもう一度ヴェロニカに大丈夫かと確認した。彼女は笑って答えることができた。愛する人とようやく会えたことで安心でき、余裕が生まれた。しばらくの滞在くらい、何ともないと思えたのだ。

「あなたも私の気の強さは知っているでしょう? ここにずっといれば、向こうから早く帰って欲しいって思うはずよ」
「無茶なことはしないでくれよ」

 夫はヴェロニカを抱き寄せ、不安の残る声で言った。侍女がいるのが気になったけれど、彼女は強くしがみついて「わかったわ」と囁いた。触れるだけの口づけも素早くすると、今度こそ離れて夫を見送った。

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

悪女の最後の手紙

新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。 人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。 彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。 婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。 理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。 やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。 ――その直後、一通の手紙が届く。 それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。 悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。 表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。