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18、侍女との会話
その後、ヴェロニカは身体を清められ、包帯を首に巻かれた。
「ねぇ、」
手当てをしてくれた侍女にヴェロニカは思い切って話しかけた。今なら答えてくれる気がしたのだ。
「陛下はカトリーナ様と本当に離縁なさろうとしているの?」
侍女はしばし逡巡するようにじっとヴェロニカの目をみつめた。綺麗な顔だな、と思いながら、ふとこの子の名前を知らないことに思い当たった。
「ね、そういえばあなたは何と言う名前なの」
「……それは必要なことでしょうか」
「必要でしょう。呼ぶ時に困るじゃない」
今まではジュリアンのことで頭がいっぱいで、かつ彼女はジュリアンと同じ敵という認識をしていたせいで、「ねぇ」とか「あなた」とかで済ましていた。
けれどひと暴れしたせいか、それとも首を絞められた際の人間らしい表情を見せたせいか、この女との距離をもっと近づけてみたいという好奇心がヴェロニカの中で芽生えていた。
「ね、名前くらいいいでしょう? 私はヴェロニカ。ヴェロニカ・セヴェランスよ」
「存じております」
「あなたは?」
「……グレンダと申します」
家名は男爵家のものであった。
「そう。グレンダ。よろしくね」
ヴェロニカは微笑むと、グレンダはふいと視線を落とした。
「ヴェロニカ様は変わっていらっしゃいますわ」
「そうかしら」
「そうですわ。国王陛下に対してあんな振る舞いをするなんて……」
「そうね。私、近いうちに殺されてしまうかもしれないわね」
何でもないことのように言ってのけたヴェロニカを、グレンダは困惑した顔で見つめる。
(こうして見てみると、実は表情豊かなのかもしれないわね)
ヴェロニカがじっと見ていることに気づくと、グレンダはまたふっと視線を伏せた。
「先ほどの質問についてですが……」
「陛下が本当にカトリーナ様と離縁しているかどうか、ってことね」
「はい。私の知る限り、宰相閣下や大司教といった陛下を幼い頃から支えてきた方々が必死で説得して止めようとなさっているところです」
「本当?」
「はい。さすがに王妃との離縁を簡単に認めるわけにはいきませんし、セヴェランス様の奥方を妻にするというのも外聞が悪すぎます」
(そりゃそうようね)
すでに王太子殿下も生まれているのだ。王の無茶苦茶なやり方を止めようとするまともな人間もいるのだとわかり、ヴェロニカはほっと胸をなで下ろした。
「……ね、じゃあハロルドはどうしているか知っている?」
「セヴェランス様は……」
グレンダの言葉がつまる。
「知っているのなら、どうか教えて」
「……王宮に出仕していない、というのは本当でございます」
「……今、カトリーナ様はどこにいらっしゃるの? ここにいるのよね?」
グレンダはさらに長く黙り込んだ。一瞬目の前が真っ暗になる。ヴェロニカの顔を見て、グレンダが焦ったように名前を呼んだ。
「カトリーナ様が王宮に留まることは陛下がお許しになられませんでした。ですからもしかすると、」
「ね、ちょっと待って。そういえばカトリーナ様はクレッセン公爵家のご令嬢……つまり宰相閣下の娘ということよね?」
自分の身に起こったことばかりに気をとられて、カトリーナの置かれた状況にまで頭が回らなかったが、冷静に考えてみるとジュリアンはかなり無礼なことをしたことになる。
「大切な愛娘をこんな形で離縁しようとなさっているなんて……私が親だったら絶対に許せないわ」
しかもクレッセン公爵は公務の面でもずっとジュリアンを支えてきたのだ。恩を仇で返すような仕打ちではないか。
「下手したらあの人、見捨てられるんじゃないかしら」
「それは……大丈夫かと思います」
「どうして?」
「主君に仕えることと、娘を大切にする気持ちはまた別ですから。クレッセン公爵は公のためなら私を切り捨てる方でもあります」
「娘でも?」
「あの方にとっては娘は政治の駒に過ぎないでしょう」
なるほど。野心の強い男だというわけだ。別に珍しいことではない。結婚だって一個人の意思で決めるわけではないし、親ならばより身分の高い優れた者を、と望むのもわかる。
それでも同じ女としての部分が、カトリーナに対する同情をほんの少し抱かせた。ほんの少しであったが。
「カトリーナ様は王宮にいられなくなって、ご実家の公爵家に匿われている、とあなたは考えているのね?」
「はい……」
それでもグレンダの口調はどこか歯切れが悪かった。彼女も考えているのだろうか。カトリーナがハロルドに縋りつき、自分とどこか遠くへ逃げて、と頼んだのではないかと。
なにせかつて駆け落ちまで持ち上がった二人である。あり得ない話ではなかった。
(ちがう……ハロルドはそんな人じゃない……)
子どもを置き去りにする人ではない。妻の窮地を見捨てる人ではない。絶対に何か他の策を考えているはずだ。
でも……もし、逃げるのではなく、ヴェロニカと離婚をしたうえで、正式にカトリーナと結ばれようとしているのならば……。
(いやっ……そんなの絶対いや……!)
ヴェロニカは心臓が強く掴まれ、浅い息を何度も繰り返した。
「ヴェロニカ様……」
グレンダがヴェロニカの姿に動揺し、恐る恐る背中を擦ってきた。その様子にヴェロニカはなんとか冷静さを取り戻し、ちょっと笑う。
「あなた……ほんとに最初の時と態度が変わったわね……」
「ヴェロニカ様があまりにも捨て身な行いをなさるので、心配せざるを得ないのです」
「あら、私のせいなの?」
「そうでございます」
意外と強気な性格なのか、それともこれまでの鬱憤がたまっていたせいか、ヴェロニカの軽口にもぽんぽん言い返してくる。それが今のヴェロニカには有り難かった。
「ね、グレンダ。私は自分の目ですべてを知るまでは、絶対に諦めないわ」
ハロルドは必ずヴェロニカを迎えに来てくれる。カトリーナの手をとったりしない。
そう信じることが、今のヴェロニカできる唯一の反抗だったのだ。
「ねぇ、」
手当てをしてくれた侍女にヴェロニカは思い切って話しかけた。今なら答えてくれる気がしたのだ。
「陛下はカトリーナ様と本当に離縁なさろうとしているの?」
侍女はしばし逡巡するようにじっとヴェロニカの目をみつめた。綺麗な顔だな、と思いながら、ふとこの子の名前を知らないことに思い当たった。
「ね、そういえばあなたは何と言う名前なの」
「……それは必要なことでしょうか」
「必要でしょう。呼ぶ時に困るじゃない」
今まではジュリアンのことで頭がいっぱいで、かつ彼女はジュリアンと同じ敵という認識をしていたせいで、「ねぇ」とか「あなた」とかで済ましていた。
けれどひと暴れしたせいか、それとも首を絞められた際の人間らしい表情を見せたせいか、この女との距離をもっと近づけてみたいという好奇心がヴェロニカの中で芽生えていた。
「ね、名前くらいいいでしょう? 私はヴェロニカ。ヴェロニカ・セヴェランスよ」
「存じております」
「あなたは?」
「……グレンダと申します」
家名は男爵家のものであった。
「そう。グレンダ。よろしくね」
ヴェロニカは微笑むと、グレンダはふいと視線を落とした。
「ヴェロニカ様は変わっていらっしゃいますわ」
「そうかしら」
「そうですわ。国王陛下に対してあんな振る舞いをするなんて……」
「そうね。私、近いうちに殺されてしまうかもしれないわね」
何でもないことのように言ってのけたヴェロニカを、グレンダは困惑した顔で見つめる。
(こうして見てみると、実は表情豊かなのかもしれないわね)
ヴェロニカがじっと見ていることに気づくと、グレンダはまたふっと視線を伏せた。
「先ほどの質問についてですが……」
「陛下が本当にカトリーナ様と離縁しているかどうか、ってことね」
「はい。私の知る限り、宰相閣下や大司教といった陛下を幼い頃から支えてきた方々が必死で説得して止めようとなさっているところです」
「本当?」
「はい。さすがに王妃との離縁を簡単に認めるわけにはいきませんし、セヴェランス様の奥方を妻にするというのも外聞が悪すぎます」
(そりゃそうようね)
すでに王太子殿下も生まれているのだ。王の無茶苦茶なやり方を止めようとするまともな人間もいるのだとわかり、ヴェロニカはほっと胸をなで下ろした。
「……ね、じゃあハロルドはどうしているか知っている?」
「セヴェランス様は……」
グレンダの言葉がつまる。
「知っているのなら、どうか教えて」
「……王宮に出仕していない、というのは本当でございます」
「……今、カトリーナ様はどこにいらっしゃるの? ここにいるのよね?」
グレンダはさらに長く黙り込んだ。一瞬目の前が真っ暗になる。ヴェロニカの顔を見て、グレンダが焦ったように名前を呼んだ。
「カトリーナ様が王宮に留まることは陛下がお許しになられませんでした。ですからもしかすると、」
「ね、ちょっと待って。そういえばカトリーナ様はクレッセン公爵家のご令嬢……つまり宰相閣下の娘ということよね?」
自分の身に起こったことばかりに気をとられて、カトリーナの置かれた状況にまで頭が回らなかったが、冷静に考えてみるとジュリアンはかなり無礼なことをしたことになる。
「大切な愛娘をこんな形で離縁しようとなさっているなんて……私が親だったら絶対に許せないわ」
しかもクレッセン公爵は公務の面でもずっとジュリアンを支えてきたのだ。恩を仇で返すような仕打ちではないか。
「下手したらあの人、見捨てられるんじゃないかしら」
「それは……大丈夫かと思います」
「どうして?」
「主君に仕えることと、娘を大切にする気持ちはまた別ですから。クレッセン公爵は公のためなら私を切り捨てる方でもあります」
「娘でも?」
「あの方にとっては娘は政治の駒に過ぎないでしょう」
なるほど。野心の強い男だというわけだ。別に珍しいことではない。結婚だって一個人の意思で決めるわけではないし、親ならばより身分の高い優れた者を、と望むのもわかる。
それでも同じ女としての部分が、カトリーナに対する同情をほんの少し抱かせた。ほんの少しであったが。
「カトリーナ様は王宮にいられなくなって、ご実家の公爵家に匿われている、とあなたは考えているのね?」
「はい……」
それでもグレンダの口調はどこか歯切れが悪かった。彼女も考えているのだろうか。カトリーナがハロルドに縋りつき、自分とどこか遠くへ逃げて、と頼んだのではないかと。
なにせかつて駆け落ちまで持ち上がった二人である。あり得ない話ではなかった。
(ちがう……ハロルドはそんな人じゃない……)
子どもを置き去りにする人ではない。妻の窮地を見捨てる人ではない。絶対に何か他の策を考えているはずだ。
でも……もし、逃げるのではなく、ヴェロニカと離婚をしたうえで、正式にカトリーナと結ばれようとしているのならば……。
(いやっ……そんなの絶対いや……!)
ヴェロニカは心臓が強く掴まれ、浅い息を何度も繰り返した。
「ヴェロニカ様……」
グレンダがヴェロニカの姿に動揺し、恐る恐る背中を擦ってきた。その様子にヴェロニカはなんとか冷静さを取り戻し、ちょっと笑う。
「あなた……ほんとに最初の時と態度が変わったわね……」
「ヴェロニカ様があまりにも捨て身な行いをなさるので、心配せざるを得ないのです」
「あら、私のせいなの?」
「そうでございます」
意外と強気な性格なのか、それともこれまでの鬱憤がたまっていたせいか、ヴェロニカの軽口にもぽんぽん言い返してくる。それが今のヴェロニカには有り難かった。
「ね、グレンダ。私は自分の目ですべてを知るまでは、絶対に諦めないわ」
ハロルドは必ずヴェロニカを迎えに来てくれる。カトリーナの手をとったりしない。
そう信じることが、今のヴェロニカできる唯一の反抗だったのだ。
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