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25、涙
「そなたは素直だな」
ヴェロニカが負ける度、ジュリアンは柔らかな声でそう慰めた。ヴェロニカはもう反論するのも面倒になって、黙って負け続けた。
「もう抵抗しないのか」
「抵抗したって、あなたが勝つのは決まっているもの」
「他の妃も、私には勝てなかったな」
彼は捨てられたカードを指でなぞりながら、懐かしむ口調で言った。
「あの侍女と同じだ。私に勝たないよう、常に計算している」
飲み物を用意しているグレンダの方をちらりと見る。彼女はヴェロニカには勝つが、主であるジュリアンにはめったに勝とうとしない。ジュリアンがそれだけ強いのかと思っていたが、わざと負けていた部分もあったようだ。
「でもそれは、」
わかっている、と彼は気怠そうに手を振った。
「別に責めているわけではない。私に良い気分を味わわせるためだろう?」
だがつまらん、と彼はカップに口をつけた。ヴェロニカも淹れてくれたホットミルクを口にする。これを飲むと、よく眠れるのだ。
「あなたは私と勝負して楽しかったの?」
「ああ、久しぶりに楽しかった」
「それはどうして? あんなに弱かったのに……」
ジュリアンがふっと微笑む。人を嘲笑う嫌な笑みではなく、ただ優しい笑みだった。
「そなたが真剣に、私と向かい合ってくれたからだ。私の立場など気にせずにな」
(それは私があなたのことを何とも思っていないからよ)
彼が負けて嫌な気持ちになろうが、どうでもよかった。だから遊びに集中できたのだ。それを特別なことのように喜ばれても、困る。
「お休み、ヴェロニカ」
ジュリアンが帰った後も、ヴェロニカはしばらく座ったままだった。頭がひどくぼうっとしていた。グレンダに促されて夜着に着がえたけれど、いつ眠りに落ちたかは覚えていなかった。
――誰かに頬を優しく撫でられた。誰だろう。きっとハロルドだと思った。彼はヴェロニカが落ち込んだ時も、よくこうして頬を撫でてくれた。
「ハロルド……」
「ハロルドではない」
その声に、意識が覚醒した。自分を見下ろす顔に、呼吸が止まる。
「へいか……」
「ジュリアンと呼べ、と言っただろう?」
困ったやつだ、と彼が頬を撫でる。ヴェロニカはどうして、と混乱した。
「どうしてここにいるの」
「さぁ、どうしてだと思う?」
ヴェロニカは身体を起そうとした。けれどなぜか痺れたように動かない。
(なんで……)
「ふふ。本当にそなたは素直だな」
「なにを、したの」
「毎日続ければ、自然と疑うことをしなくなる。そなたには真っ向からでは無理だと思ったからな。形を変えてみることにした」
(まいにち……)
「ホットミルクに、なにか入れたの……?」
正解だというようにジュリアンは微笑んだ。ヴェロニカは絶句する。とするとグレンダも共犯者だった。彼女がジュリアンの味方であることはわかっていた。それでもまさかこんなことに協力するなんて――
「あの侍女は最初渋っていたがな。そなたが懐柔したのか? さすが魔女殿」
「……私を抱く気には、なれなかったんじゃないの」
「そのつもりだったが、気が変わった」
手足の動かないヴェロニカをさらに片手で押さえつけ、ジュリアンは右手、指のはらでヴェロニカの身体をそっとなぞった。
「やめて」
「こうして触ってみると、そなたも女なのだなぁ。柔らかくて、簡単に壊れてしまいそうだ」
薄い夜着の上から与えられる刺激に皮膚が粟立ち、ヴェロニカは必死に逃れようとする。けれど身体は思うように動かない。
「いやっ……」
口も上手く回らない。弱々しい拒絶はジュリアンを喜ばせるだけだった。
「そなたもそうやって大人しくしていれば可愛らしいのだな」
「だれが、あなたなんかに……」
「それともハロルド相手にはいつもこのような姿で甘えているのか?」
くすぐったくて、もどかしくて、身体が大きくはねた。まるでジュリアンの問いに肯定するようで全身がかっと熱くなった。
「いや、もうやめて……」
「そう言えばそなたも赤子を産んだのだったな」
薄い腹を撫でられ、とっさに唇を噛んでいた。
「ほら、噛むな。傷になるぞ」
指を入れられ、阻止される。細くて長い指だ。唾液が零れて、ジュリアンが喉の奥で低く笑う。いつものヴェロニカなら指を噛んで反抗したかもしれないが、今はもうただ恐ろしくなって、力を振り絞って顔を背けることしかできなかった。
「私が知っているそなたはお転婆な令嬢で、とても母には見えぬ。今こうして身体に触れていても、実感がわかぬ。まるで無垢な乙女を抱いているようだ……」
首筋にジュリアンの顔が寄せられ、口づけされる。痛い、と思った。
「白い首だ。あとがくっきりついたぞ」
(いや!)
自分はこのままこの男に抱かれるのだろうか。本当に王妃など、あり得ない地位に就かされるのか。それとも愛人の一人してここに死ぬまで閉じ込められる運命なのか。
今まで必死に抑え込んでいた不安や恐怖が一気にヴェロニカを襲う。
「いや、やめて……!」
思いきり叫びたいのに、拒絶したいのに、声が、身体が、恐怖で支配されている。
「ヴェロニカ。そなたが好きだ。どうか私のものになってくれ……」
圧し掛かられ、懇願するような声でジュリアンがヴェロニカを見つめる。その顔は苦しげであった。救いを求めていた。
(どうしてあなたが……)
「……ジュリアン」
ヴェロニカの声に、ジュリアンの動きが止まる。一瞬、深い静寂に包まれる。
「こんなことをしても……あなたの欲しいものは手に入らないわ……」
凝視する彼の目から逸らさず、ヴェロニカはひたと見つめ返す。
「なにを、」
「あなたが欲しいのは、わたしなんかじゃない……代わりに愛を求めても、あなたの心は……寂しさや苦しみは埋められない……」
彼が求めているのは、たった一人だけなのだから。
「あなたが傷つくだけ……だから、やめて……」
お願い、とヴェロニカの目から涙が零れた。泣くつもりなどなかった。力で抵抗することもできず、結局情に訴えかけることしかできない自分の非力さが惨めだった。
それでもハロルド以外にこの身を汚されたくなかった。ジュリアンにこんなことをして欲しくなかった。
ヴェロニカが負ける度、ジュリアンは柔らかな声でそう慰めた。ヴェロニカはもう反論するのも面倒になって、黙って負け続けた。
「もう抵抗しないのか」
「抵抗したって、あなたが勝つのは決まっているもの」
「他の妃も、私には勝てなかったな」
彼は捨てられたカードを指でなぞりながら、懐かしむ口調で言った。
「あの侍女と同じだ。私に勝たないよう、常に計算している」
飲み物を用意しているグレンダの方をちらりと見る。彼女はヴェロニカには勝つが、主であるジュリアンにはめったに勝とうとしない。ジュリアンがそれだけ強いのかと思っていたが、わざと負けていた部分もあったようだ。
「でもそれは、」
わかっている、と彼は気怠そうに手を振った。
「別に責めているわけではない。私に良い気分を味わわせるためだろう?」
だがつまらん、と彼はカップに口をつけた。ヴェロニカも淹れてくれたホットミルクを口にする。これを飲むと、よく眠れるのだ。
「あなたは私と勝負して楽しかったの?」
「ああ、久しぶりに楽しかった」
「それはどうして? あんなに弱かったのに……」
ジュリアンがふっと微笑む。人を嘲笑う嫌な笑みではなく、ただ優しい笑みだった。
「そなたが真剣に、私と向かい合ってくれたからだ。私の立場など気にせずにな」
(それは私があなたのことを何とも思っていないからよ)
彼が負けて嫌な気持ちになろうが、どうでもよかった。だから遊びに集中できたのだ。それを特別なことのように喜ばれても、困る。
「お休み、ヴェロニカ」
ジュリアンが帰った後も、ヴェロニカはしばらく座ったままだった。頭がひどくぼうっとしていた。グレンダに促されて夜着に着がえたけれど、いつ眠りに落ちたかは覚えていなかった。
――誰かに頬を優しく撫でられた。誰だろう。きっとハロルドだと思った。彼はヴェロニカが落ち込んだ時も、よくこうして頬を撫でてくれた。
「ハロルド……」
「ハロルドではない」
その声に、意識が覚醒した。自分を見下ろす顔に、呼吸が止まる。
「へいか……」
「ジュリアンと呼べ、と言っただろう?」
困ったやつだ、と彼が頬を撫でる。ヴェロニカはどうして、と混乱した。
「どうしてここにいるの」
「さぁ、どうしてだと思う?」
ヴェロニカは身体を起そうとした。けれどなぜか痺れたように動かない。
(なんで……)
「ふふ。本当にそなたは素直だな」
「なにを、したの」
「毎日続ければ、自然と疑うことをしなくなる。そなたには真っ向からでは無理だと思ったからな。形を変えてみることにした」
(まいにち……)
「ホットミルクに、なにか入れたの……?」
正解だというようにジュリアンは微笑んだ。ヴェロニカは絶句する。とするとグレンダも共犯者だった。彼女がジュリアンの味方であることはわかっていた。それでもまさかこんなことに協力するなんて――
「あの侍女は最初渋っていたがな。そなたが懐柔したのか? さすが魔女殿」
「……私を抱く気には、なれなかったんじゃないの」
「そのつもりだったが、気が変わった」
手足の動かないヴェロニカをさらに片手で押さえつけ、ジュリアンは右手、指のはらでヴェロニカの身体をそっとなぞった。
「やめて」
「こうして触ってみると、そなたも女なのだなぁ。柔らかくて、簡単に壊れてしまいそうだ」
薄い夜着の上から与えられる刺激に皮膚が粟立ち、ヴェロニカは必死に逃れようとする。けれど身体は思うように動かない。
「いやっ……」
口も上手く回らない。弱々しい拒絶はジュリアンを喜ばせるだけだった。
「そなたもそうやって大人しくしていれば可愛らしいのだな」
「だれが、あなたなんかに……」
「それともハロルド相手にはいつもこのような姿で甘えているのか?」
くすぐったくて、もどかしくて、身体が大きくはねた。まるでジュリアンの問いに肯定するようで全身がかっと熱くなった。
「いや、もうやめて……」
「そう言えばそなたも赤子を産んだのだったな」
薄い腹を撫でられ、とっさに唇を噛んでいた。
「ほら、噛むな。傷になるぞ」
指を入れられ、阻止される。細くて長い指だ。唾液が零れて、ジュリアンが喉の奥で低く笑う。いつものヴェロニカなら指を噛んで反抗したかもしれないが、今はもうただ恐ろしくなって、力を振り絞って顔を背けることしかできなかった。
「私が知っているそなたはお転婆な令嬢で、とても母には見えぬ。今こうして身体に触れていても、実感がわかぬ。まるで無垢な乙女を抱いているようだ……」
首筋にジュリアンの顔が寄せられ、口づけされる。痛い、と思った。
「白い首だ。あとがくっきりついたぞ」
(いや!)
自分はこのままこの男に抱かれるのだろうか。本当に王妃など、あり得ない地位に就かされるのか。それとも愛人の一人してここに死ぬまで閉じ込められる運命なのか。
今まで必死に抑え込んでいた不安や恐怖が一気にヴェロニカを襲う。
「いや、やめて……!」
思いきり叫びたいのに、拒絶したいのに、声が、身体が、恐怖で支配されている。
「ヴェロニカ。そなたが好きだ。どうか私のものになってくれ……」
圧し掛かられ、懇願するような声でジュリアンがヴェロニカを見つめる。その顔は苦しげであった。救いを求めていた。
(どうしてあなたが……)
「……ジュリアン」
ヴェロニカの声に、ジュリアンの動きが止まる。一瞬、深い静寂に包まれる。
「こんなことをしても……あなたの欲しいものは手に入らないわ……」
凝視する彼の目から逸らさず、ヴェロニカはひたと見つめ返す。
「なにを、」
「あなたが欲しいのは、わたしなんかじゃない……代わりに愛を求めても、あなたの心は……寂しさや苦しみは埋められない……」
彼が求めているのは、たった一人だけなのだから。
「あなたが傷つくだけ……だから、やめて……」
お願い、とヴェロニカの目から涙が零れた。泣くつもりなどなかった。力で抵抗することもできず、結局情に訴えかけることしかできない自分の非力さが惨めだった。
それでもハロルド以外にこの身を汚されたくなかった。ジュリアンにこんなことをして欲しくなかった。
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