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ハロルド 壊れた幸せ
生まれた子どもはルイスと名付けられ、国を挙げてその誕生を祝った。カトリーナも無事に役目を果たすことができて安心したようだった。動転していたジュリアンも落ち着き、今ではカトリーナと子どもの様子を見に頻繁に足を運んでいる。
サンドラの時との違いにハロルドは胸を痛めたが、すべてを幸せにすることはできないと自身に言い聞かせた。
(これでカトリーナ様も……)
ようやく幸せになれる。
ハロルドはそう思い、よりいっそうジュリアンへの忠誠を固く心に誓った。
その期待に応えるようにジュリアンも変わった。
後宮にいた女たちに職を斡旋するか、代わりの相手を宛てがって今までの役目を終えさせ、三人目の妻は再婚を見込んだうえで離縁を進め、サンドラも護衛騎士との関係を黙認する形で離宮へ移した。
すべてカトリーナを愛するため。
ジュリアンが本当に愛しているのは彼女だけ。遠回りであったが、ようやく彼はそのことに気づき、カトリーナを大切にするようになった。
王妃に微笑む国王の様子は、婚約を結んだばかりの――かつての優しく穏やかな少年であったジュリアンをハロルドに思い出させた。
(陛下にはやはり、カトリーナ様が必要であったのだ)
二人の幸せを願った。あの日カトリーナと別れた決断を、意味のあるものにしたかった。
それなのに――
「カトリーナをそなたの夫にもらってほしい」
なぜ、こんなことになってしまったのか。
ジュリアンがヴェロニカを王宮へ無理矢理呼び出したと聞いた時から嫌な予感はしていた。けれどいつもの気紛れだと思った。
彼が本当に愛しているのはカトリーナだけであり、その事実は何があっても変わらないから。
(なのにどうして……)
「ヴェロニカ!」
気絶させられたヴェロニカが連れて行かれる。自分もまた衛兵たちに捕えられて引き離される最中であった。
「離してくれ!」
今やカトリーナのことを気にかけてやる余裕はなかった。目の前で妻が別の男に連れ去られそうになっているのだ。同じ騎士であり、仲間である彼らに必死になってハロルドは訴えたが、彼らが従うのはジュリアンである。ハロルドの頼みなど、歯牙にもかけなかった。
無我夢中の抵抗も暴力で抑えられ、そのまま牢へと入れられた。看守に出してくれと言っても、気の毒そうな視線を向けられるだけだった。
(ヴェロニカ……!)
ジュリアンの腕の中で気絶させられた彼女を思い出し、ハロルドは「くそっ!」と鉄格子の扉を拳で叩いた。
なぜこんなことになった。どうして妻を早く帰らせなかった。なぜあの時カトリーナではなくヴェロニカのそばに居てやらなかった。どうしてジュリアンは――
「ハロルド。無事か」
はっと顔を上げれば、クレッセン公爵が檻の外から呼びかけていた。彼は監視している兵に鍵を開けさせ、ハロルドを出すよう命じた。
ハロルドは朦朧とした意識の中、公爵に掴みかかるようにして「ヴェロニカはっ!?」と尋ねる。
「……陛下がどこか別の部屋に囲っている」
生きてはいる、と短く告げられた。
その言葉にハロルドは安堵することができなかった。自分が牢に入れられから、すでに三日が経過している。
その間に何が起こったか、今までのジュリアンを知るハロルドは頭の中が真っ白になった。かと思ったら、目の前が真っ赤に染まった。
(よくも――)
「ハロルド。落ち着け」
今にも主君に手をかけそうなハロルドを、公爵が呼び止める。これが落ち着いていられるか――ハロルドはそう口にしかけたが、公爵のゾッとするほど冷たい目に耐えた。
彼もまた、娘を蔑ろにした陛下の行為に怒りを覚えている。それがわかったからこそ、ハロルドも無理矢理感情を押し殺した。
「妻の居場所を教えてください」
「陛下に尋ねたが、口を割ろうとしない。恐らく臣下にも口止めさせている」
ならばその者たちから無理矢理聞き出すまでだ。
「またここに逆戻りするぞ」
「ならどうすれば!」
こうしている間にもヴェロニカは……。
「陛下の性格だ。おまえが怒りを露わにして返せと頼むほど、奥方を手放しはしないはずだ。今は少し待て」
「妻が犯されるのを黙って見逃せというのですか!」
「下手に動けば、命まで奪われるぞ」
今回の陛下は本気だ、と言われてしまえば、ハロルドは全身の力が抜けていくようだった。ろくに眠れず、飲み食いをしなかった身体は、その場に崩れ落ちる。
(ヴェロニカ――)
「……なぜ、陛下は私の妻を」
酷い裏切りだ。今まで捧げてきた忠誠を、すべて仇で返された気分だった。
「なぜこんなことを……」
「……陛下はそなたとカトリーナの関係に気づいていたのだろう」
ハロルドは息を呑んだ。
「それはどういう意味でしょうか」
「私も詳しくはわからない。娘に聞いても、何も答えてはくれぬからな」
「今、カトリーナ様はどちらに?」
「実家に匿っている。陛下はそなたがもらうよう言っているが、決して本心ではあるまい」
それとも本当にもらうか、と言われカッとなる。
「貴方まで何をおっしゃっているのですか」
「そうだな。そなたがそういった態度をとってくれて、私はとても安心している」
「……私が陛下を焚きつけるようなことを言ったとでも?」
「陛下を諫めるつもりで言ったのかと疑いはした」
心外だった。
「陛下を傷つけるような真似は決してしておりません。カトリーナ様との関係にも、やましいことなど一切ありませんでした」
「行動には現れていなくとも、心で通じ合っているように見えたのかもしれんぞ」
すぐには否定できなかった。
子が生まれても、カトリーナは相変わらず寂しげな笑みを浮かべていた。一体何がそんなに彼女の心を曇らせるのか、ハロルドは彼女の姿を見るたびに胸を痛めた。
しかし心配することはできても、ハロルドが直接声をかけることは許されない。彼女の心を癒すことができるのは夫であるジュリアンのみ。
ハロルドには見守ることしかできない。もどかしくも、それが自分の役目だと思っていた。
けれどそんな自分の態度がジュリアンには誤解を与えてしまったのだろうか。言葉を失うハロルドに公爵は深くため息をついた。
「まぁ、しばらくは様子を見るしかない」
弾かれたように顔を上げる。
「しばらくって……ならヴェロニカはこのままなのですか」
冗談ではない。彼女は自分の妻である。一時であっても、別の男のもとに置いておくなど許せない。
「私が直接陛下に頼みます」
公爵は待った方がいいと述べたが、折れないハロルドに、やがて自分も付き添うことを申し出た。
(ヴェロニカ……)
早く彼女をこの手に取り戻さなければならない。
『ハロルド。大好き』
そうしなければあの言葉が二度と聞けないようで、恐ろしかった。
サンドラの時との違いにハロルドは胸を痛めたが、すべてを幸せにすることはできないと自身に言い聞かせた。
(これでカトリーナ様も……)
ようやく幸せになれる。
ハロルドはそう思い、よりいっそうジュリアンへの忠誠を固く心に誓った。
その期待に応えるようにジュリアンも変わった。
後宮にいた女たちに職を斡旋するか、代わりの相手を宛てがって今までの役目を終えさせ、三人目の妻は再婚を見込んだうえで離縁を進め、サンドラも護衛騎士との関係を黙認する形で離宮へ移した。
すべてカトリーナを愛するため。
ジュリアンが本当に愛しているのは彼女だけ。遠回りであったが、ようやく彼はそのことに気づき、カトリーナを大切にするようになった。
王妃に微笑む国王の様子は、婚約を結んだばかりの――かつての優しく穏やかな少年であったジュリアンをハロルドに思い出させた。
(陛下にはやはり、カトリーナ様が必要であったのだ)
二人の幸せを願った。あの日カトリーナと別れた決断を、意味のあるものにしたかった。
それなのに――
「カトリーナをそなたの夫にもらってほしい」
なぜ、こんなことになってしまったのか。
ジュリアンがヴェロニカを王宮へ無理矢理呼び出したと聞いた時から嫌な予感はしていた。けれどいつもの気紛れだと思った。
彼が本当に愛しているのはカトリーナだけであり、その事実は何があっても変わらないから。
(なのにどうして……)
「ヴェロニカ!」
気絶させられたヴェロニカが連れて行かれる。自分もまた衛兵たちに捕えられて引き離される最中であった。
「離してくれ!」
今やカトリーナのことを気にかけてやる余裕はなかった。目の前で妻が別の男に連れ去られそうになっているのだ。同じ騎士であり、仲間である彼らに必死になってハロルドは訴えたが、彼らが従うのはジュリアンである。ハロルドの頼みなど、歯牙にもかけなかった。
無我夢中の抵抗も暴力で抑えられ、そのまま牢へと入れられた。看守に出してくれと言っても、気の毒そうな視線を向けられるだけだった。
(ヴェロニカ……!)
ジュリアンの腕の中で気絶させられた彼女を思い出し、ハロルドは「くそっ!」と鉄格子の扉を拳で叩いた。
なぜこんなことになった。どうして妻を早く帰らせなかった。なぜあの時カトリーナではなくヴェロニカのそばに居てやらなかった。どうしてジュリアンは――
「ハロルド。無事か」
はっと顔を上げれば、クレッセン公爵が檻の外から呼びかけていた。彼は監視している兵に鍵を開けさせ、ハロルドを出すよう命じた。
ハロルドは朦朧とした意識の中、公爵に掴みかかるようにして「ヴェロニカはっ!?」と尋ねる。
「……陛下がどこか別の部屋に囲っている」
生きてはいる、と短く告げられた。
その言葉にハロルドは安堵することができなかった。自分が牢に入れられから、すでに三日が経過している。
その間に何が起こったか、今までのジュリアンを知るハロルドは頭の中が真っ白になった。かと思ったら、目の前が真っ赤に染まった。
(よくも――)
「ハロルド。落ち着け」
今にも主君に手をかけそうなハロルドを、公爵が呼び止める。これが落ち着いていられるか――ハロルドはそう口にしかけたが、公爵のゾッとするほど冷たい目に耐えた。
彼もまた、娘を蔑ろにした陛下の行為に怒りを覚えている。それがわかったからこそ、ハロルドも無理矢理感情を押し殺した。
「妻の居場所を教えてください」
「陛下に尋ねたが、口を割ろうとしない。恐らく臣下にも口止めさせている」
ならばその者たちから無理矢理聞き出すまでだ。
「またここに逆戻りするぞ」
「ならどうすれば!」
こうしている間にもヴェロニカは……。
「陛下の性格だ。おまえが怒りを露わにして返せと頼むほど、奥方を手放しはしないはずだ。今は少し待て」
「妻が犯されるのを黙って見逃せというのですか!」
「下手に動けば、命まで奪われるぞ」
今回の陛下は本気だ、と言われてしまえば、ハロルドは全身の力が抜けていくようだった。ろくに眠れず、飲み食いをしなかった身体は、その場に崩れ落ちる。
(ヴェロニカ――)
「……なぜ、陛下は私の妻を」
酷い裏切りだ。今まで捧げてきた忠誠を、すべて仇で返された気分だった。
「なぜこんなことを……」
「……陛下はそなたとカトリーナの関係に気づいていたのだろう」
ハロルドは息を呑んだ。
「それはどういう意味でしょうか」
「私も詳しくはわからない。娘に聞いても、何も答えてはくれぬからな」
「今、カトリーナ様はどちらに?」
「実家に匿っている。陛下はそなたがもらうよう言っているが、決して本心ではあるまい」
それとも本当にもらうか、と言われカッとなる。
「貴方まで何をおっしゃっているのですか」
「そうだな。そなたがそういった態度をとってくれて、私はとても安心している」
「……私が陛下を焚きつけるようなことを言ったとでも?」
「陛下を諫めるつもりで言ったのかと疑いはした」
心外だった。
「陛下を傷つけるような真似は決してしておりません。カトリーナ様との関係にも、やましいことなど一切ありませんでした」
「行動には現れていなくとも、心で通じ合っているように見えたのかもしれんぞ」
すぐには否定できなかった。
子が生まれても、カトリーナは相変わらず寂しげな笑みを浮かべていた。一体何がそんなに彼女の心を曇らせるのか、ハロルドは彼女の姿を見るたびに胸を痛めた。
しかし心配することはできても、ハロルドが直接声をかけることは許されない。彼女の心を癒すことができるのは夫であるジュリアンのみ。
ハロルドには見守ることしかできない。もどかしくも、それが自分の役目だと思っていた。
けれどそんな自分の態度がジュリアンには誤解を与えてしまったのだろうか。言葉を失うハロルドに公爵は深くため息をついた。
「まぁ、しばらくは様子を見るしかない」
弾かれたように顔を上げる。
「しばらくって……ならヴェロニカはこのままなのですか」
冗談ではない。彼女は自分の妻である。一時であっても、別の男のもとに置いておくなど許せない。
「私が直接陛下に頼みます」
公爵は待った方がいいと述べたが、折れないハロルドに、やがて自分も付き添うことを申し出た。
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