わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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27、お誘い

 避妊薬でどこか気まずい別れをしたので、次第に足が遠のくかもしれないと思ったが、まったくの杞憂であった。ハインツのしつこさは変わらなかった。というか、彼は以前にも増してイレーネのもとへ足を運ぶようになった。

「なぁ、イレーネ。たまには外でやろうぜ」

 やることも、言う内容も、相変わらず下品であったが。

 だがイレーネは、前ほど苦痛ではなくなっていた。ディートハルトと違い、ハインツは品がなかったが、表裏がなく、馬鹿で、素直だった。

 何かを企んでいるとか、逆らえば恐ろしいことになるとか――抱かれて散々いじめられることはあるが、命の危機を感じることはなかった。同じ人間と接していると思った。

「外に出る時は見張りの者がついてきますから、たぶん無理ですわ」
「えー」
「それにわたしも、あんまりやりたくないです」

 だからイレーネも、少しずつではあるが自分の本音を言えるようになってきた。ハインツもそれを望んでいるし、気持ちを抑え込んで黙り込む方が逆に機嫌が悪くなった。

「えーなんで? ずっと同じ場所だと飽きるじゃん」

 だからといって素直にイレーネの意見に従うとも限らなかったけれど。

「なぁーたまにはいいだろう? お目付け役には金を渡して、ちょっとの間席を外してもらえばさ」

 ハインツは行儀よく寝台の縁に腰かけているイレーネの背中に後ろから抱きついてきた。ちなみに今日もきちんとやることはやったのでイレーネは裸で、今はちょうど絹のストッキングをはめようとしている最中であった。

「それか具合が悪くなったとかで宿で休憩している間さ、一日中とかじゃなくてさ。数時間……三十分でもいいんだよ。な、それくらいなら、いいだろう?」

 どれだけやりたいんだろう……と内心引きながらも、イレーネは困った顔をした。

「でも……やっぱり難しいと思います。父にばれたら、その使用人はくびになるでしょうし……以前も、同じようなことがあったんです」

 イレーネも自分たちの咎で使用人の仕事を奪いたくはなかった。

「だから、ごめんなさい」

 振り返って謝れば、ハインツは拗ねたような表情をしながらも、ため息をつきながら「わかったよ」と答えた。

「おまえの親父さん、俺のこと嫌ってるもんな」

 両手を後頭部にやりながらハインツは乱れたシーツの上で仰向けになった。振動で寝台が揺れる。

「決して、あなたのことを嫌っているわけではないと思います」
「いやー……あれは嫌ってるでしょ。会う度にすげえ顔顰められるもん。この前もまた来たのか、って言われてさ。俺、婚約者なのに。同族嫌悪ってやつ?」

 それはよくわからないが……たぶん、また裏切られることを恐れているようにも思う。父にとって、機嫌をとっていたディートハルトに裏切られたことがよほど堪えたのだろう。

「ほんとは帰るのも面倒だから、おまえの家に泊まりたいけど、絶対いろいろ難癖つけて帰れって言われるもんな。やってる最中までメイドに止めさせようとするからほんとやめてほしいよ」

 それはイレーネもやめてほしかった。だが本来婚約者ならば、まだ身体の関係は持たず、清い交際が正しいのだから、父の対応はある意味当然だともいえた。

(むしろ今までがおかしかったのよね……)

 今回はディートハルトの時のように早く子を孕めとも言われなくなった。結婚するまでは慎重になっているのかもしれない。

(でも結局こうしてやっているのだから、同じだと思うけれど……)

「なぁ、イレーネ。おまえが俺の家に泊まりにくるっていうのはどうよ?」
「わたしがですか?」
「そう。でもやっぱだめかなー……俺の親父も、おまえの親父さんのこと嫌ってるし、必然的におまえのことも認めていなさそうだし……あ、アドリアンのやつも、何か嫌味言いそう……やっぱ家はないわ」

 一人でべらべらと話して結論づけると、ハインツは今一度深くため息をついた。

「なぁ、イレーネ。俺たち恋人同士なのに、なんでこんな周りに気を遣わないといけないわけ?」
「恋人ではなく、婚約者です」
「おんなじだろー」

 違うと思う。だがハインツはイレーネの正論が気に入らなかったようで、じとっとした目で睨んでくる。

「あーあ。イレーネは別に俺ともっといろんな所行きたいって思わないんだな」
「そんな……でも、ハインツ様はわたしとやりたいだけでしょう?」

 なら別に今まで通りでもいい気がする。

「別に、そればっかじゃねえけど……」
「そうなんですか?」

 なら、と思う。

「街を散策するだけでも、いいじゃありませんか」

 ハインツはイレーネの言葉に目を丸くして、「いいの?」と思わずといった口調で聞いた。

「? 出かけることがですか? はい。お目付け役がいるなら、父も許してくれると思います」

 ハインツが嫌でなければ、と付け加えれば、彼はがばりと勢いよく起き上がった。びっくりするイレーネの両手をとり、「別に嫌じゃない、行く」と早口で答えたのだった。

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