32 / 116
32、引き裂かれる
「どういうことですか」
イレーネは混乱しつつも、父にそう聞き返していた。
「おまえとハインツの結婚はなしになった」
「そんな、突然どうしてっ……」
動揺を露わにイレーネが理由を尋ねれば、父は鬱陶しい顔をしながらも教えてくれた。
「ハインツは罪を犯し、伯爵家の嫡男ではなくなる。あいつと結婚させても、何のメリットもない」
「罪? 一体どういうことですか」
「詳しいことは儂も知らん。だがいきなりあいつの弟が伯爵家の当主となることが決まったと伝えられた。ハインツは用済みでそちらで引き取ってもらってもいいと言ってきたから冗談じゃないと断ってやったんだ」
(ハインツ様の弟が……?)
たしかに弟のアドリアンはハインツよりも優秀だと聞いていた。だが当主は先に生まれたハインツで決まっていたはずだ。最近の彼は生活態度を改め、跡取りとしての自覚も出てきたというのに、どうして今になって……
「とにかく。もうあいつがここへ来ても、おまえと会うことは禁ずる」
「そんな……急にそんなこと言われても納得できません。ハインツ様はわたしの婚約者です……!」
娘がいつになく強気な調子で不平を唱えれば、父は苦々しい顔をした。
「儂は最初からあいつがおまえの婿になることは反対だった。他に目ぼしい相手がいないから渋々やつにしたが……やはり失敗だった。ディートハルトのように頭も切れんし、爵位だって落ちぶれかけた伯爵位でしかない。結婚しても、我が家には何の得にもならん」
おまえも幸せにはならん、と言われてイレーネは言い返していた。
「ハインツ様はお優しい方です。たしかに、以前は軽薄なところがおありでしたが……でも、今は違うんです!」
今までイレーネが父の決定に反発したことは一度もなかった。ディートハルトと婚約するよう言われた時も、素直に受け入れた。でも、今回は無理だと思った。
「お願いです。お父様。ハインツ様との結婚をお許しください」
だが父は「馬鹿を言うな」とばっさり切り捨てた。
「ディートハルトならまだしも、あんな男に目をかけても余計な支出が増えるだけだ」
「今はお役に立つことができなくても、いずれは――」
「くどい」
ぴしゃりと父は跳ね除けると、それ以上の言葉をイレーネに禁じた。
「おまえは儂の血を引くたった一人の娘だ。利をもたらす男でなければ認められん」
どうして父はいつも損得勘定で物事を判断するのだろう。たまには情があってもいいではないか。
「まったく……こんなことになって、儂が一番損しておるわ。――いいか、イレーネ。次の結婚相手が見つかるまで、おまえは一歩も屋敷を出てはならん。食事もすべて、部屋でとるように」
父はそう命じると、もう娘に構っている暇はないというように自分のやるべきことをやり始めた。
イレーネは呆然としたまま部屋へ戻され、気づけば机の上に置かれていたペンダントを手にしていた。ハインツからプレゼントされた、彼と同じ瞳の色をしたペンダント……。
『イレーネ。おまえが好きだよ』
彼女は顔をくしゃりと歪ませてその場に崩れ落ちると、肩を震わせて涙にかきくれた。
こんなに泣いたのは、母のもとから引き離され、もう会ってはいけないと言われた日以来だろう。――いや、街でディートハルトに再会しかけた時も、泣いてしまった。
だがあの時はハインツが慰めてくれた。他人に涙を拭ってもらったのは初めてだった。抱きしめてくれた腕の中でイレーネはとても安心を覚えた。
でも、もうその人もいない。またイレーネの前から去ってしまった。ようやく安らぎを得られたと思ったのに理不尽に奪われた。
(どうしてこんなことになったの……)
何がいけなかったの、とイレーネは何度もそう思ったが、誰もその問いに答えてくれる者はいなかった。
イレーネは混乱しつつも、父にそう聞き返していた。
「おまえとハインツの結婚はなしになった」
「そんな、突然どうしてっ……」
動揺を露わにイレーネが理由を尋ねれば、父は鬱陶しい顔をしながらも教えてくれた。
「ハインツは罪を犯し、伯爵家の嫡男ではなくなる。あいつと結婚させても、何のメリットもない」
「罪? 一体どういうことですか」
「詳しいことは儂も知らん。だがいきなりあいつの弟が伯爵家の当主となることが決まったと伝えられた。ハインツは用済みでそちらで引き取ってもらってもいいと言ってきたから冗談じゃないと断ってやったんだ」
(ハインツ様の弟が……?)
たしかに弟のアドリアンはハインツよりも優秀だと聞いていた。だが当主は先に生まれたハインツで決まっていたはずだ。最近の彼は生活態度を改め、跡取りとしての自覚も出てきたというのに、どうして今になって……
「とにかく。もうあいつがここへ来ても、おまえと会うことは禁ずる」
「そんな……急にそんなこと言われても納得できません。ハインツ様はわたしの婚約者です……!」
娘がいつになく強気な調子で不平を唱えれば、父は苦々しい顔をした。
「儂は最初からあいつがおまえの婿になることは反対だった。他に目ぼしい相手がいないから渋々やつにしたが……やはり失敗だった。ディートハルトのように頭も切れんし、爵位だって落ちぶれかけた伯爵位でしかない。結婚しても、我が家には何の得にもならん」
おまえも幸せにはならん、と言われてイレーネは言い返していた。
「ハインツ様はお優しい方です。たしかに、以前は軽薄なところがおありでしたが……でも、今は違うんです!」
今までイレーネが父の決定に反発したことは一度もなかった。ディートハルトと婚約するよう言われた時も、素直に受け入れた。でも、今回は無理だと思った。
「お願いです。お父様。ハインツ様との結婚をお許しください」
だが父は「馬鹿を言うな」とばっさり切り捨てた。
「ディートハルトならまだしも、あんな男に目をかけても余計な支出が増えるだけだ」
「今はお役に立つことができなくても、いずれは――」
「くどい」
ぴしゃりと父は跳ね除けると、それ以上の言葉をイレーネに禁じた。
「おまえは儂の血を引くたった一人の娘だ。利をもたらす男でなければ認められん」
どうして父はいつも損得勘定で物事を判断するのだろう。たまには情があってもいいではないか。
「まったく……こんなことになって、儂が一番損しておるわ。――いいか、イレーネ。次の結婚相手が見つかるまで、おまえは一歩も屋敷を出てはならん。食事もすべて、部屋でとるように」
父はそう命じると、もう娘に構っている暇はないというように自分のやるべきことをやり始めた。
イレーネは呆然としたまま部屋へ戻され、気づけば机の上に置かれていたペンダントを手にしていた。ハインツからプレゼントされた、彼と同じ瞳の色をしたペンダント……。
『イレーネ。おまえが好きだよ』
彼女は顔をくしゃりと歪ませてその場に崩れ落ちると、肩を震わせて涙にかきくれた。
こんなに泣いたのは、母のもとから引き離され、もう会ってはいけないと言われた日以来だろう。――いや、街でディートハルトに再会しかけた時も、泣いてしまった。
だがあの時はハインツが慰めてくれた。他人に涙を拭ってもらったのは初めてだった。抱きしめてくれた腕の中でイレーネはとても安心を覚えた。
でも、もうその人もいない。またイレーネの前から去ってしまった。ようやく安らぎを得られたと思ったのに理不尽に奪われた。
(どうしてこんなことになったの……)
何がいけなかったの、とイレーネは何度もそう思ったが、誰もその問いに答えてくれる者はいなかった。
あなたにおすすめの小説
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました
恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」
交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。
でも、彼は悲しむどころか、見たこともない
暗い瞳で私を追い詰めた。
「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」
私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、
隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」