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72、里帰り
父の葬儀が終わり、エミールの養子の件も片付け、また王宮で侍女として働き始めた頃、女王陛下主催の舞踏会が開かれることとなった。国内がようやく落ち着いてきたので、改めて貴族たちと懇意になっておきたいという狙いもある。グリゼルダの威光を知らしめる目的も。
舞踏会には、近隣諸国からも数名訪れる予定だ。おもに年若い男性――グリゼルダの花婿候補として送られてくる人物が中心だが、それ以外にもいる。その一人は、ディートハルトにとっても、無視できない相手であった。
「――そうですか。マルガレーテ様が……」
彼女は隣国の王太子殿下の妃として嫁いでいたが、今回どうしても里帰りしたいとねだり、一時的ではあるが帰国を許されたそうだ。
「当然、前の夫にも、その息子にも会いたいと言ってきたわ。一緒に食事でもしたいんですって」
どうする? というようにグリゼルダは片眉を器用に上げて尋ねたが、イレーネは特に何も思うところなく、わかりましたとあっさり頷いた。
「わたしから、主人に伝えておきます」
「……嫌ではないの?」
イレーネは不思議そうな顔をする。
「どうしてですか?」
「だって、普通は嫌でしょ。なんで一度別れたはずの妻が今更のこのこ戻って、会いたいなんて言ってくるのよ」
「お二人は憎み合って別れたわけではないのでしょう? なら、会って話がしたいと思うのは普通だと思いますよ」
グリゼルダはじっとイレーネの顔を見つめる。
「おまえがそんな物分かりのいいことを言えるのは、あの男のことを何とも思っていないからね」
イレーネは何も言わず、ただ黙って微笑んだ。
「姫様。夫婦になったからには、何とも思っていない、というのは無理だと思います」
「じゃあ憎んでいるの? だから押しつけようとしているの?」
「そんなこと、思っておりません。マルガレーテ様がお会いしたいとおっしゃるならば、お受けするまでです」
イレーネは否定できる立場ではない。
「ディートハルトに頼めばいいじゃない。彼女に会うなと。あなたが頼めば、喜んで聞いてくれると思うわよ」
「会ってほしくないとは、思いませんから。……むしろ、ヨルクのためにも一度、家族で会った方がいいのではないかと考えております」
ヨルクが会いたくないというならまた別だが……産みの母親である。本音では会いたいと思っているような気もする。またマルガレーテにしても、実の息子には会いたいだろう。イレーネも一児の母だから気持ちはよくわかる。
いずれにせよ、イレーネの一存でどうこうできることではない。
「そう。まぁ、あなたがいいのならばいいわ。ディートハルトには、気まずいだろうから私から伝えておいてあげる」
どこか面白がるような口調だったので、イレーネは内心呆れた。
その夜訪れたディートハルトは別にこれといって変わりなかった。ただマルガレーテと会う日、イレーネのエスコートができないのでどうするかと相談してきた。
「その日は、舞踏会に参加せず、裏で他の方の仕事を手伝いますわ」
グリゼルダは何度かドレスを着替えることになっており、その際の準備など手伝えることは山のようにある。
「だからわたしのことは気にしないで……それより、ヨルクのことを気にかけてあげて」
イレーネは別にディートハルトがいなくても、他の夫人たちと舞踏会を楽しめばいい。マルガレーテは食事だけ、と言ったが、積もる話もあるだろうし、こちらに滞在している間はもっと一緒にいたいと思ってもおかしくはない。なにせ二人は夫婦だったのだから。
だからイレーネは自分のことなど気にせず、いつものようにディートハルトがしたいように過ごせばいいと思った。
「きみ一人では、心細いだろう」
「では付き添ってくれる女性を一人、つけてください」
「それでも、何か言われるかもしれない」
「でしたら、参加しないで家へ帰りましょうか」
イレーネは別にそれでもよかった。
だがディートハルトはイレーネが屋敷へ帰ることにも反対のようだった。
「……わかった。信頼できる人間をつけよう」
「ありがとうございます」
「ドレスはこちらで用意する。以前贈ったネックレスやイヤリングもつけてくれ」
ディートハルトの瞳の色をした宝石類を、彼は自分が随伴する代わりに身につけることを望んだ。イレーネは微笑んで、わかりましたと頷いた。ディートハルトは椅子に座るイレーネの手を引くと、今日はもう寝ようと誘った。いつもよりしつこく、何かを確かめるように抱かれた気がする。
舞踏会には、近隣諸国からも数名訪れる予定だ。おもに年若い男性――グリゼルダの花婿候補として送られてくる人物が中心だが、それ以外にもいる。その一人は、ディートハルトにとっても、無視できない相手であった。
「――そうですか。マルガレーテ様が……」
彼女は隣国の王太子殿下の妃として嫁いでいたが、今回どうしても里帰りしたいとねだり、一時的ではあるが帰国を許されたそうだ。
「当然、前の夫にも、その息子にも会いたいと言ってきたわ。一緒に食事でもしたいんですって」
どうする? というようにグリゼルダは片眉を器用に上げて尋ねたが、イレーネは特に何も思うところなく、わかりましたとあっさり頷いた。
「わたしから、主人に伝えておきます」
「……嫌ではないの?」
イレーネは不思議そうな顔をする。
「どうしてですか?」
「だって、普通は嫌でしょ。なんで一度別れたはずの妻が今更のこのこ戻って、会いたいなんて言ってくるのよ」
「お二人は憎み合って別れたわけではないのでしょう? なら、会って話がしたいと思うのは普通だと思いますよ」
グリゼルダはじっとイレーネの顔を見つめる。
「おまえがそんな物分かりのいいことを言えるのは、あの男のことを何とも思っていないからね」
イレーネは何も言わず、ただ黙って微笑んだ。
「姫様。夫婦になったからには、何とも思っていない、というのは無理だと思います」
「じゃあ憎んでいるの? だから押しつけようとしているの?」
「そんなこと、思っておりません。マルガレーテ様がお会いしたいとおっしゃるならば、お受けするまでです」
イレーネは否定できる立場ではない。
「ディートハルトに頼めばいいじゃない。彼女に会うなと。あなたが頼めば、喜んで聞いてくれると思うわよ」
「会ってほしくないとは、思いませんから。……むしろ、ヨルクのためにも一度、家族で会った方がいいのではないかと考えております」
ヨルクが会いたくないというならまた別だが……産みの母親である。本音では会いたいと思っているような気もする。またマルガレーテにしても、実の息子には会いたいだろう。イレーネも一児の母だから気持ちはよくわかる。
いずれにせよ、イレーネの一存でどうこうできることではない。
「そう。まぁ、あなたがいいのならばいいわ。ディートハルトには、気まずいだろうから私から伝えておいてあげる」
どこか面白がるような口調だったので、イレーネは内心呆れた。
その夜訪れたディートハルトは別にこれといって変わりなかった。ただマルガレーテと会う日、イレーネのエスコートができないのでどうするかと相談してきた。
「その日は、舞踏会に参加せず、裏で他の方の仕事を手伝いますわ」
グリゼルダは何度かドレスを着替えることになっており、その際の準備など手伝えることは山のようにある。
「だからわたしのことは気にしないで……それより、ヨルクのことを気にかけてあげて」
イレーネは別にディートハルトがいなくても、他の夫人たちと舞踏会を楽しめばいい。マルガレーテは食事だけ、と言ったが、積もる話もあるだろうし、こちらに滞在している間はもっと一緒にいたいと思ってもおかしくはない。なにせ二人は夫婦だったのだから。
だからイレーネは自分のことなど気にせず、いつものようにディートハルトがしたいように過ごせばいいと思った。
「きみ一人では、心細いだろう」
「では付き添ってくれる女性を一人、つけてください」
「それでも、何か言われるかもしれない」
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だがディートハルトはイレーネが屋敷へ帰ることにも反対のようだった。
「……わかった。信頼できる人間をつけよう」
「ありがとうございます」
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