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ディートハルト
24、独り占め
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どうして彼女なのだろうとも思う。容姿だけで言えば、マルガレーテの方が優れている。単に身体の相性がいいからだろうか。
先に目が覚めたディートハルトは、イレーネの死んだように眠る寝顔を無表情にじっと見つめていた。誰かのそばで眠ることができたのも、彼女の前だけであった。しかも一人で眠る時よりもずっと心身ともに安らぎ、熟睡できている。
彼女の存在があまりにもちっぽけで弱いから、警戒する必要などないと身体が思っているのだろうか……。
(理由など、何でもいい――)
もう彼女を手放すつもりはなかった。一度は他の男のものになってしまったが、ディートハルトはあまり気にしなかった。イレーネの処女を散らしたのは自分であり――もともと自分のものなのだから。手放して、再び返してもらっただけ。
一度汚された身体でも、自分が再び塗り替えていけばいい。何なら今度こそ他の男では満足できないような、ディートハルトなしでは生きていけないような身体にすればいいだけの話だ。
彼はそれができると、疑いもなく思っていた。
「おじさん。お母さん、どこか具合が悪いのかな?」
イレーネには、ハインツとの間にできた子どもがいた。普通なら前の夫との子どもなど可愛く思えないものだろうが、エミールは顔立ちも優しい性格も――瞳の色だけは違ったが、それ以外はイレーネに似ていたので、むしろ自分の子よりも世話を焼いてやる気になった。
それにエミールがいたからこそイレーネは自分との再婚を受け入れてくれたので、感謝したいくらいだった。だから今も母親の気怠げな様子を心配するエミールに、ディートハルトは大丈夫だと答えた。
「たぶん、慣れない旅で疲れているんだろう」
「そっか……」
「今日は早く休むよう、私からも伝えておこう」
「うん!」
これで母親がよくなると無邪気に返事したエミールに、ディートハルトも笑みを浮かべた。そして心の中で、今日は抱いておくのをやめておこうと思った。
ディートハルトにも、マルガレーテとの間にできた子がいた。決して存在を忘れていたわけではないが、特段自分が何かすべきだとも思わなかったし、何をすればいいかもわからなかった。
父親はディートハルトに最低限の教養を身につけさせ、あとは母からの暴力にも知らない振りをするくらいだった。だから最高の教育と安全を保障してやれば、父親としての役目はそれで果たしていると思っていた。
イレーネに子の存在を聞かれた時も、自分と息子の接し方に何か言いたげな視線を向けられても、何が間違いかわからず……いや、きっと彼女は自分がエミールに接するようにしてほしいのだろうが、それは無理というものだ。
人間は与えられたものしか、返すことができない。ないものを持てと言われても、無理だ。
マルガレーテもそれは同じだった。彼女は産みの母親として息子を気にかけてはいたが、世話などはすべて乳母に一任していた。彼女自身も、そうやって育てられたからだ。ヨルクが自分で立てるようになると、もう気にかけてやる必要はないと妊娠で崩れた体形や美しさを気にし始めていた。
別に彼女が非道というわけではない。
王族を始め、高貴な人間はみなたいていそんなものだ。むしろイレーネの方が珍しい。彼女もおそらく乳母に育てられたはずだが、母親が監禁されていたぶん、結果的に近い距離で育てられたのだろう。だがそれも、彼女が大きくなると同時に引き離されたみたいだが。
平民に混じって暮らしていたのならば、人の手もそう借りられず、エミールも自分の手で育てたというわけだ。彼女が自分とヨルクの関係に疑問を抱くのは仕方がない。
根が優しい、というのもあるだろう。最初はどう接していいかわからず、困っていたイレーネだが、探り探り、ぎこちない様子でヨルクに話しかけ、受け入れてもらおうと努力していた。そんな彼女の態度に息子も徐々に心を開き始めたのか、ディートハルトやエミールがいない時には本を読んでもらっていると家令が教えてくれた。
「ほら、ヨルクも一緒に行こう!」
「エミール。そんなに引っ張っちゃだめでしょう」
エミールも混じれば、三人は本当の家族のように見える。
ディートハルトはそんな彼らの姿を見ても、何も感じなかった。むしろイレーネが自分にではなく彼らに砕けた表情を見せていると、彼女が取られてしまうような子ども染みた嫉妬を覚える。
相手はまだ年端もいかない子どもだが、男は男だ。そう考える自分に我ながら呆れるが、ディートハルトは自分だけがイレーネを独り占めしたかった。
再婚して二人きりで寝室に籠っている間が一番幸せだった。誰にも邪魔されず、思う存分イレーネの身体を堪能できた。心は自分を受け入れていないのに、丹念に愛撫していけば中から溢れるほどの蜜をこぼし、吐息に艶めいた声が混ざり、苦悩に満ちた表情が快感に蕩けていく。ディートハルトを受け入れ、柔らかな襞で奥へと誘い、きつく締めつける。
ディートハルトがイレーネのことしか考えられないように、彼女も自分のことしか映しておらず、――たとえ他の男を想っていても、無理矢理振り向かせて、自分を映させた。
先に目が覚めたディートハルトは、イレーネの死んだように眠る寝顔を無表情にじっと見つめていた。誰かのそばで眠ることができたのも、彼女の前だけであった。しかも一人で眠る時よりもずっと心身ともに安らぎ、熟睡できている。
彼女の存在があまりにもちっぽけで弱いから、警戒する必要などないと身体が思っているのだろうか……。
(理由など、何でもいい――)
もう彼女を手放すつもりはなかった。一度は他の男のものになってしまったが、ディートハルトはあまり気にしなかった。イレーネの処女を散らしたのは自分であり――もともと自分のものなのだから。手放して、再び返してもらっただけ。
一度汚された身体でも、自分が再び塗り替えていけばいい。何なら今度こそ他の男では満足できないような、ディートハルトなしでは生きていけないような身体にすればいいだけの話だ。
彼はそれができると、疑いもなく思っていた。
「おじさん。お母さん、どこか具合が悪いのかな?」
イレーネには、ハインツとの間にできた子どもがいた。普通なら前の夫との子どもなど可愛く思えないものだろうが、エミールは顔立ちも優しい性格も――瞳の色だけは違ったが、それ以外はイレーネに似ていたので、むしろ自分の子よりも世話を焼いてやる気になった。
それにエミールがいたからこそイレーネは自分との再婚を受け入れてくれたので、感謝したいくらいだった。だから今も母親の気怠げな様子を心配するエミールに、ディートハルトは大丈夫だと答えた。
「たぶん、慣れない旅で疲れているんだろう」
「そっか……」
「今日は早く休むよう、私からも伝えておこう」
「うん!」
これで母親がよくなると無邪気に返事したエミールに、ディートハルトも笑みを浮かべた。そして心の中で、今日は抱いておくのをやめておこうと思った。
ディートハルトにも、マルガレーテとの間にできた子がいた。決して存在を忘れていたわけではないが、特段自分が何かすべきだとも思わなかったし、何をすればいいかもわからなかった。
父親はディートハルトに最低限の教養を身につけさせ、あとは母からの暴力にも知らない振りをするくらいだった。だから最高の教育と安全を保障してやれば、父親としての役目はそれで果たしていると思っていた。
イレーネに子の存在を聞かれた時も、自分と息子の接し方に何か言いたげな視線を向けられても、何が間違いかわからず……いや、きっと彼女は自分がエミールに接するようにしてほしいのだろうが、それは無理というものだ。
人間は与えられたものしか、返すことができない。ないものを持てと言われても、無理だ。
マルガレーテもそれは同じだった。彼女は産みの母親として息子を気にかけてはいたが、世話などはすべて乳母に一任していた。彼女自身も、そうやって育てられたからだ。ヨルクが自分で立てるようになると、もう気にかけてやる必要はないと妊娠で崩れた体形や美しさを気にし始めていた。
別に彼女が非道というわけではない。
王族を始め、高貴な人間はみなたいていそんなものだ。むしろイレーネの方が珍しい。彼女もおそらく乳母に育てられたはずだが、母親が監禁されていたぶん、結果的に近い距離で育てられたのだろう。だがそれも、彼女が大きくなると同時に引き離されたみたいだが。
平民に混じって暮らしていたのならば、人の手もそう借りられず、エミールも自分の手で育てたというわけだ。彼女が自分とヨルクの関係に疑問を抱くのは仕方がない。
根が優しい、というのもあるだろう。最初はどう接していいかわからず、困っていたイレーネだが、探り探り、ぎこちない様子でヨルクに話しかけ、受け入れてもらおうと努力していた。そんな彼女の態度に息子も徐々に心を開き始めたのか、ディートハルトやエミールがいない時には本を読んでもらっていると家令が教えてくれた。
「ほら、ヨルクも一緒に行こう!」
「エミール。そんなに引っ張っちゃだめでしょう」
エミールも混じれば、三人は本当の家族のように見える。
ディートハルトはそんな彼らの姿を見ても、何も感じなかった。むしろイレーネが自分にではなく彼らに砕けた表情を見せていると、彼女が取られてしまうような子ども染みた嫉妬を覚える。
相手はまだ年端もいかない子どもだが、男は男だ。そう考える自分に我ながら呆れるが、ディートハルトは自分だけがイレーネを独り占めしたかった。
再婚して二人きりで寝室に籠っている間が一番幸せだった。誰にも邪魔されず、思う存分イレーネの身体を堪能できた。心は自分を受け入れていないのに、丹念に愛撫していけば中から溢れるほどの蜜をこぼし、吐息に艶めいた声が混ざり、苦悩に満ちた表情が快感に蕩けていく。ディートハルトを受け入れ、柔らかな襞で奥へと誘い、きつく締めつける。
ディートハルトがイレーネのことしか考えられないように、彼女も自分のことしか映しておらず、――たとえ他の男を想っていても、無理矢理振り向かせて、自分を映させた。
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