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妻の支え
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「ようこそお出でくださいました」
茶会の当日。正式に招待状を届けていたグレイスの誘いを、まるで決闘でも申し込まれたような雰囲気を漂わせてサマンサはレディング公爵家へとやってきた。
「ふん。あなたがあの男の妻として相応しいか、確認するためにやってきてあげたんですからね」
(レイモンド様呼びからあの男呼びになっている……)
「ねぇ。この家は客を招いておきながら、玄関で立ち話させるのが礼儀なのかしら」
「いいえ、そんな失礼なこといたしませんわ。さぁどうぞ、おあがりください」
客間へ案内すると、サマンサはこの日のために考えたテーブルクロスや食器類などを品定めするように眺め、ふぅんと目を細めた。
「まぁ、及第点ってところかしら」
「サマンサ様に褒めていただいて嬉しいですわ」
グレイスは自ら椅子を引いてやり、席に座るよう促した。そんな彼女を怪しむ目つきでサマンサは見上げる。
「下手に出ればわたくしがあなたに好意を抱くとでも考えているの?」
「まさか。サマンサ様は由緒正しいアミエル侯爵家のご息女ですわ。そういったこと、逆にお嫌いでしょう?」
「そうね。へらへらへこへこして、自分を持っていないようで、見ていてイライラするわ」
辛辣な評価にも、グレイスはにっこり笑って、茶器にお茶を注いでいく。
「はっきりしたお方がお好きなのですね」
「うじうじしている人間が好きな人なんているの?」
「世の中にはいろんな方がいますから、そういった方を好きになる人も当然いると思います。わたしの先せ……友人も、よくそうした方から好かれると言っていました」
危うく先生――閨事の教師であったエステラの名前を出しそうになり、慌てて友人と言い直した。
「そう。別にどうでもいいわ。あなたの向こうでの生活に関する話なんて、これっぽっちも興味はないもの。ああ、でも……」
とそこで、サマンサは笑顔で言った。
「あなたの元婚約者の話には興味があるかしら。せっかく王太子妃になれるチャンスがあるのに捨てて、あの男を選んだ理由にはね」
挑発する眼差しに、グレイスは真顔になって黙り込む。あら、とサマンサが自身の優位さを感じて口角を上げた瞬間、ふっとどこか余裕のある笑みを返した。今までとは違う、他者を自然と黙らせる圧がある微笑に、サマンサは息を呑む。
「理由は簡単です。捨てられる前に、こちらから捨ててやったのです」
口調もまた、切って捨てるような、冷たい響きを伴っていた。まさかそんな言葉がグレイスの口から出てくるとは思っていなかったのか、サマンサは呆気にとられた表情で目をぱちぱちとさせた。
「捨てられる前に捨ててやった、って……」
「ええ。以前お付き合いしていた女性が彼の子どもと一緒に現れたので」
サマンサが驚愕した表情を浮かべるのを、グレイスは冷静に観察する。
(この様子だと、今知ったみたいね……。噂はそこまで広まっていたわけではないのかしら?)
「ご存知ありませんでしたか?」
「お父様たちがこっそりそんなことを話していたようだけれど……単なる噂だと思っていたわ……」
どうやら未婚であり、大事な娘であるサマンサの耳には入らないよう周囲の人間が気を配っていたようだ。だが彼女の両親が知っているということは、リアナの隠し子の件が大々的に広まるのも時間の問題だろう。
(向こうも、そろそろ本格的に彼女とジェイクの存在を世間に発表すると思うし……)
国王夫妻とアンドリューもいつまでも反対し続けることは難しいはずだ。なにせ身代わりであるグレイスに逃げられたのだから。必死に探しているとしても、キャンベル公爵が手を打つ予感があった。
「以前付き合っていた女性って……恋人ってこと? その時あなたはアンドリューと婚約していなかったの? 子どもは一体いつできたわけ?」
驚愕の事実に愕然としていたサマンサは、打って変わって次々と質問を浴びせてくる。その顔は非常に険しく、妹のパトリシアやレイモンドを彷彿とさせた。彼らも隠し子のことを知った時、グレイスを傷つけたと激しい怒りを露わにしたのだ。
サマンサは自分に良くない感情を抱いている。好きか嫌いかで言えば、嫌いだろう。
だから正直、ざまぁみろと鼻で笑われると思っていた。でも……。
(そんなに、悪い人ではなさそう……)
「ちょっと、早く教えなさいよ」
口調はきついし、やや思い込みが激しいというか、気が強そうな性格ではあるが、こういった話を聞いて怒ってくれる人間は根っからの悪人ではない気がした。
「殿下とは、以前からお付き合いなさっていました。わたしが婚約者となってからも、殿下は彼女を想い続けており、そうですね……。時期からすると、恐らくわたしが正式に結婚相手と認められた日に身籠ったのではないかしら」
サマンサは絶句してしまった。
「なによ、それ……。最低不潔野郎じゃない……」
この物言いに既視感を覚える。
(あぁ、そうか。この子、なんだかパトリシアに似ているんだわ)
グレイスはそう思うと、微笑んだ。予感が確信に変わる。きっと自分は彼女を好きになり、仲良くなれるだろうと。
「なに、笑っているのよ」
「いいえ。あなたがおっしゃるとおりだと思って。ですからわたし、殿下を捨てて、レイモンド様を選びましたの」
サマンサは口を開いて何か言おうとしたが、言葉が見つからないようでもどかしげな表情をする。本当は攻撃的な言葉をかけたいのだろうが、グレイスの事情を聞いて躊躇いが生じたのだろう。
「サマンサ様。わたし、しみじみと思いましたわ」
「……何を思ったのよ」
「結婚というのは、殿方に一途に想われてするものだと」
レイモンドがグレイスを深く愛していると遠回しに伝えても、サマンサは口を挟まなかった。
「他の女性を忘れられないアンドリュー殿下を慕い続けるのは、今思えばひどく疲れました。このまま一生愛されないまま結婚生活をし続けるかもしれない。でも、貴族という生き物は決してみっともない姿を晒してはいけないでしょう? まして王太子の妃となるならば、なおさら……。辛い気持ちを隠しながら微笑んでいられるか、当時はあまり考えないようにしていましたが、本当は不安でたまりませんでした」
「……だから、結局何が言いたいわけ」
「サマンサ様は、まだ独身ですよね?」
ずばり指摘すれば、サマンサは思い出したようにムッとし、グレイスを睨んだ。
「何よ。自分は既婚者だからって、馬鹿にしたいの? それとも今の話を聞いて、自分の旦那にちょっかいをかけるなって言いたいの?」
不機嫌さと攻撃性を露わにしようとするサマンサを宥めるようにグレイスはおっとりと微笑んだ。
「いいえ。馬鹿にするつもりはございません。わたしもかつてはアンドリュー殿下を一途に慕い続けた身ですから、サマンサ様のお気持ちは多少は理解できるつもりです。それに人の気持ちは移ろいやすいものですから、もしかすると、レイモンド様もあなたの気持ちに振り向いてくれる日が来るかもしれません」
アンドリューも、グレイスに心を開いてくれたのだから。
「あら、応援してくれるの? 寛大な奥方ね」
「ですが、あなたは聡明な方だと思っておりますわ」
想いを伝えても報われない間は、サマンサの心に負荷をかける。心無い言葉を浴びせられて、一生ものの傷を負う可能性がある。世間の目だってある。
そんな茨の道を、本当に進み続ける覚悟があるのか。それはプライドの高い彼女の人生の汚点になりはしないか。
グレイスは問いかけるように、じっとサマンサを見つめた。
「……ふん。つまらない説教だったわね」
もう帰るわ、とサマンサは立ち上がった。
グレイスは特に引き留めることなく、微笑んで彼女を見送った。
「どうぞまたいらしてくださいね」
◇
「……なによ、その顔は」
その翌週、またサマンサはグレイスの誘いに応じてくれた。
驚いた感情が顔に出ていたのか、サマンサはむすっと口を歪める。
「あなたがわたくしを招待したのでしょう?」
「あ、ごめんなさい。まさかまた来てくれるなんて思わなくて……嬉しいですわ」
グレイスが心からそう思って微笑めば、サマンサはさっと頬を染め、ツンと顎を反らした。
「別に。以前はあなたの愚痴を聞かされたから、今度はわたくしの話を聞いてもらわないと割に合わないと思っただけよ」
「はい。サマンサ様のお話、ぜひ聞かせてください。さっ、行きましょう」
こうしてグレイスはサマンサと二度目の茶会をすることになった。話の内容は、サマンサの結婚相手についてだった。
「あなたの話を聞いて、わたくしもいろいろと考え直したの。もっとわたくしに相応しい殿方がいて、わたくしの人生に素晴らしい彩を与えてくれるはずだと」
「サマンサ様がそうお考えになられたのなら、きっと正しいでしょう。人生においてちょっとした違和感が後々大きな傷痕になると亡くなった母も言っていましたから」
「あなた、お母様を亡くしているのね……。いえ、そうよ。だから今、お父様たちが勧めてくる山のような縁談を吟味している最中なのだけれど……」
「あまりピンとこない?」
「そうよ。わたくしの理想に適う人がなかなかいないの」
ふむ、とグレイスは考える素振りをする。
「サマンサ様は男性陣からとても人気があるとお聞きしました。もしかするとその中に以前からお慕いしていた殿方がいらっしゃるんじゃないかしら」
心当たりがあったのか、サマンサは顔を顰めた。
「冗談じゃないわ、あんな男」
「どういった方ですの?」
「いっつもオドオドしていて、冴えない感じがして、眼鏡も野暮ったくて、わたくしの隣に立つのに相応しくないわ」
一切の遠慮がない辛辣な評価である。
「なるほど。女性にだらしない人でもあったりしますか?」
「まさか。女っ気なんてゼロよ。女性の方から逃げ出すに決まっているわ」
「では賭け事などに興味は? お酒とかも……」
「ないわよ。年がら年中本を読むのが趣味で、仕事に選ぶくらいだもの。お酒も全然飲めないの。だから誰かと飲みに行くこともないわ」
幼馴染なのだろうか。けっこう……だいぶ詳しい。
「そうなんですね。でもそんな真面目な方がサマンサ様にだけは熱心に愛を注がれるなんて……少しロマンチックですわ」
グレイスの感想に冗談はやめてくれと言うようにサマンサはうんざりした顔をする。
「そりゃあなたの旦那みたいに顔面偏差値が高い男ならときめくでしょう。でもね、あいつは違うの。冴えない容姿で迫られても困るし、しつこすぎるとイラッとくるわ」
あまりにもズバズバ言うので、グレイスは心の中で苦笑する。
「では、もう少しだけ待ってみましょう。きっとそのうち、サマンサ様が結婚してもいいと思う殿方が現れるはずですわ」
サマンサはちっとも信用していなかったが、グレイスの言葉は当たった。
その冴えない男性と結婚することになったのだ。
茶会の当日。正式に招待状を届けていたグレイスの誘いを、まるで決闘でも申し込まれたような雰囲気を漂わせてサマンサはレディング公爵家へとやってきた。
「ふん。あなたがあの男の妻として相応しいか、確認するためにやってきてあげたんですからね」
(レイモンド様呼びからあの男呼びになっている……)
「ねぇ。この家は客を招いておきながら、玄関で立ち話させるのが礼儀なのかしら」
「いいえ、そんな失礼なこといたしませんわ。さぁどうぞ、おあがりください」
客間へ案内すると、サマンサはこの日のために考えたテーブルクロスや食器類などを品定めするように眺め、ふぅんと目を細めた。
「まぁ、及第点ってところかしら」
「サマンサ様に褒めていただいて嬉しいですわ」
グレイスは自ら椅子を引いてやり、席に座るよう促した。そんな彼女を怪しむ目つきでサマンサは見上げる。
「下手に出ればわたくしがあなたに好意を抱くとでも考えているの?」
「まさか。サマンサ様は由緒正しいアミエル侯爵家のご息女ですわ。そういったこと、逆にお嫌いでしょう?」
「そうね。へらへらへこへこして、自分を持っていないようで、見ていてイライラするわ」
辛辣な評価にも、グレイスはにっこり笑って、茶器にお茶を注いでいく。
「はっきりしたお方がお好きなのですね」
「うじうじしている人間が好きな人なんているの?」
「世の中にはいろんな方がいますから、そういった方を好きになる人も当然いると思います。わたしの先せ……友人も、よくそうした方から好かれると言っていました」
危うく先生――閨事の教師であったエステラの名前を出しそうになり、慌てて友人と言い直した。
「そう。別にどうでもいいわ。あなたの向こうでの生活に関する話なんて、これっぽっちも興味はないもの。ああ、でも……」
とそこで、サマンサは笑顔で言った。
「あなたの元婚約者の話には興味があるかしら。せっかく王太子妃になれるチャンスがあるのに捨てて、あの男を選んだ理由にはね」
挑発する眼差しに、グレイスは真顔になって黙り込む。あら、とサマンサが自身の優位さを感じて口角を上げた瞬間、ふっとどこか余裕のある笑みを返した。今までとは違う、他者を自然と黙らせる圧がある微笑に、サマンサは息を呑む。
「理由は簡単です。捨てられる前に、こちらから捨ててやったのです」
口調もまた、切って捨てるような、冷たい響きを伴っていた。まさかそんな言葉がグレイスの口から出てくるとは思っていなかったのか、サマンサは呆気にとられた表情で目をぱちぱちとさせた。
「捨てられる前に捨ててやった、って……」
「ええ。以前お付き合いしていた女性が彼の子どもと一緒に現れたので」
サマンサが驚愕した表情を浮かべるのを、グレイスは冷静に観察する。
(この様子だと、今知ったみたいね……。噂はそこまで広まっていたわけではないのかしら?)
「ご存知ありませんでしたか?」
「お父様たちがこっそりそんなことを話していたようだけれど……単なる噂だと思っていたわ……」
どうやら未婚であり、大事な娘であるサマンサの耳には入らないよう周囲の人間が気を配っていたようだ。だが彼女の両親が知っているということは、リアナの隠し子の件が大々的に広まるのも時間の問題だろう。
(向こうも、そろそろ本格的に彼女とジェイクの存在を世間に発表すると思うし……)
国王夫妻とアンドリューもいつまでも反対し続けることは難しいはずだ。なにせ身代わりであるグレイスに逃げられたのだから。必死に探しているとしても、キャンベル公爵が手を打つ予感があった。
「以前付き合っていた女性って……恋人ってこと? その時あなたはアンドリューと婚約していなかったの? 子どもは一体いつできたわけ?」
驚愕の事実に愕然としていたサマンサは、打って変わって次々と質問を浴びせてくる。その顔は非常に険しく、妹のパトリシアやレイモンドを彷彿とさせた。彼らも隠し子のことを知った時、グレイスを傷つけたと激しい怒りを露わにしたのだ。
サマンサは自分に良くない感情を抱いている。好きか嫌いかで言えば、嫌いだろう。
だから正直、ざまぁみろと鼻で笑われると思っていた。でも……。
(そんなに、悪い人ではなさそう……)
「ちょっと、早く教えなさいよ」
口調はきついし、やや思い込みが激しいというか、気が強そうな性格ではあるが、こういった話を聞いて怒ってくれる人間は根っからの悪人ではない気がした。
「殿下とは、以前からお付き合いなさっていました。わたしが婚約者となってからも、殿下は彼女を想い続けており、そうですね……。時期からすると、恐らくわたしが正式に結婚相手と認められた日に身籠ったのではないかしら」
サマンサは絶句してしまった。
「なによ、それ……。最低不潔野郎じゃない……」
この物言いに既視感を覚える。
(あぁ、そうか。この子、なんだかパトリシアに似ているんだわ)
グレイスはそう思うと、微笑んだ。予感が確信に変わる。きっと自分は彼女を好きになり、仲良くなれるだろうと。
「なに、笑っているのよ」
「いいえ。あなたがおっしゃるとおりだと思って。ですからわたし、殿下を捨てて、レイモンド様を選びましたの」
サマンサは口を開いて何か言おうとしたが、言葉が見つからないようでもどかしげな表情をする。本当は攻撃的な言葉をかけたいのだろうが、グレイスの事情を聞いて躊躇いが生じたのだろう。
「サマンサ様。わたし、しみじみと思いましたわ」
「……何を思ったのよ」
「結婚というのは、殿方に一途に想われてするものだと」
レイモンドがグレイスを深く愛していると遠回しに伝えても、サマンサは口を挟まなかった。
「他の女性を忘れられないアンドリュー殿下を慕い続けるのは、今思えばひどく疲れました。このまま一生愛されないまま結婚生活をし続けるかもしれない。でも、貴族という生き物は決してみっともない姿を晒してはいけないでしょう? まして王太子の妃となるならば、なおさら……。辛い気持ちを隠しながら微笑んでいられるか、当時はあまり考えないようにしていましたが、本当は不安でたまりませんでした」
「……だから、結局何が言いたいわけ」
「サマンサ様は、まだ独身ですよね?」
ずばり指摘すれば、サマンサは思い出したようにムッとし、グレイスを睨んだ。
「何よ。自分は既婚者だからって、馬鹿にしたいの? それとも今の話を聞いて、自分の旦那にちょっかいをかけるなって言いたいの?」
不機嫌さと攻撃性を露わにしようとするサマンサを宥めるようにグレイスはおっとりと微笑んだ。
「いいえ。馬鹿にするつもりはございません。わたしもかつてはアンドリュー殿下を一途に慕い続けた身ですから、サマンサ様のお気持ちは多少は理解できるつもりです。それに人の気持ちは移ろいやすいものですから、もしかすると、レイモンド様もあなたの気持ちに振り向いてくれる日が来るかもしれません」
アンドリューも、グレイスに心を開いてくれたのだから。
「あら、応援してくれるの? 寛大な奥方ね」
「ですが、あなたは聡明な方だと思っておりますわ」
想いを伝えても報われない間は、サマンサの心に負荷をかける。心無い言葉を浴びせられて、一生ものの傷を負う可能性がある。世間の目だってある。
そんな茨の道を、本当に進み続ける覚悟があるのか。それはプライドの高い彼女の人生の汚点になりはしないか。
グレイスは問いかけるように、じっとサマンサを見つめた。
「……ふん。つまらない説教だったわね」
もう帰るわ、とサマンサは立ち上がった。
グレイスは特に引き留めることなく、微笑んで彼女を見送った。
「どうぞまたいらしてくださいね」
◇
「……なによ、その顔は」
その翌週、またサマンサはグレイスの誘いに応じてくれた。
驚いた感情が顔に出ていたのか、サマンサはむすっと口を歪める。
「あなたがわたくしを招待したのでしょう?」
「あ、ごめんなさい。まさかまた来てくれるなんて思わなくて……嬉しいですわ」
グレイスが心からそう思って微笑めば、サマンサはさっと頬を染め、ツンと顎を反らした。
「別に。以前はあなたの愚痴を聞かされたから、今度はわたくしの話を聞いてもらわないと割に合わないと思っただけよ」
「はい。サマンサ様のお話、ぜひ聞かせてください。さっ、行きましょう」
こうしてグレイスはサマンサと二度目の茶会をすることになった。話の内容は、サマンサの結婚相手についてだった。
「あなたの話を聞いて、わたくしもいろいろと考え直したの。もっとわたくしに相応しい殿方がいて、わたくしの人生に素晴らしい彩を与えてくれるはずだと」
「サマンサ様がそうお考えになられたのなら、きっと正しいでしょう。人生においてちょっとした違和感が後々大きな傷痕になると亡くなった母も言っていましたから」
「あなた、お母様を亡くしているのね……。いえ、そうよ。だから今、お父様たちが勧めてくる山のような縁談を吟味している最中なのだけれど……」
「あまりピンとこない?」
「そうよ。わたくしの理想に適う人がなかなかいないの」
ふむ、とグレイスは考える素振りをする。
「サマンサ様は男性陣からとても人気があるとお聞きしました。もしかするとその中に以前からお慕いしていた殿方がいらっしゃるんじゃないかしら」
心当たりがあったのか、サマンサは顔を顰めた。
「冗談じゃないわ、あんな男」
「どういった方ですの?」
「いっつもオドオドしていて、冴えない感じがして、眼鏡も野暮ったくて、わたくしの隣に立つのに相応しくないわ」
一切の遠慮がない辛辣な評価である。
「なるほど。女性にだらしない人でもあったりしますか?」
「まさか。女っ気なんてゼロよ。女性の方から逃げ出すに決まっているわ」
「では賭け事などに興味は? お酒とかも……」
「ないわよ。年がら年中本を読むのが趣味で、仕事に選ぶくらいだもの。お酒も全然飲めないの。だから誰かと飲みに行くこともないわ」
幼馴染なのだろうか。けっこう……だいぶ詳しい。
「そうなんですね。でもそんな真面目な方がサマンサ様にだけは熱心に愛を注がれるなんて……少しロマンチックですわ」
グレイスの感想に冗談はやめてくれと言うようにサマンサはうんざりした顔をする。
「そりゃあなたの旦那みたいに顔面偏差値が高い男ならときめくでしょう。でもね、あいつは違うの。冴えない容姿で迫られても困るし、しつこすぎるとイラッとくるわ」
あまりにもズバズバ言うので、グレイスは心の中で苦笑する。
「では、もう少しだけ待ってみましょう。きっとそのうち、サマンサ様が結婚してもいいと思う殿方が現れるはずですわ」
サマンサはちっとも信用していなかったが、グレイスの言葉は当たった。
その冴えない男性と結婚することになったのだ。
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