童貞遊び人の一途な執愛 ~婚約者である王子様の元カノ&隠し子が現れたのでさすがに婚約破棄します~

りつ

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焦燥

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 一人で知らない土地へ旅立つことはとても心細かった。

 加えて向こうへ着いて早々、実父が自殺したので、国王たちはその後始末でてんやわんやだった。

「ごめんなさいね、レイモンド。お兄様がこんなことをしてしまって……」

 王子の妹であり、王妃でもあるティルダがとても申し訳なさそうな顔で謝ってくれたが、もともと王子がここまでのめり込むことになったのも、母が誘惑したからである。こちらこそ申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

 実の父が亡くなったというのに、全く悲しみを抱かない自分がひどく薄情に思えたが、どうしようもなかった。

「俺はバートラムという。よろしく」

 エルズワース王室の――特に国王一家は、レイモンドに好意的だった。

 年の近いバートラムは痩せっぽっちのレイモンドを弟のように思って世話を焼き、困ったことがあれば頼れと心から言ってくれた。

 レイモンドはようやく髪色を元に戻し、落ち着いた環境を手に入れることができた。勉学に励み、身体も鍛えた。背もぐんぐん伸びて、あっという間にバートラムと同じになり、少し追い越すと、「それ以上でかくなるなよ」と言いつつ、嬉しそうに肩を組まれた。

(グレイス……)

 平和な日常の中でも、レイモンドがグレイスを忘れたことは一日たりともなかった。

(早く、貴女に会いたい)

 レイモンドが願うのは、ただそれだけだった。

 十八になった時、レディング公爵の爵位を譲り受けるため、レイモンドは一度帰国することとなった。父は――と言っていいかわからないが、レディング公爵は母が亡くなった後自暴自棄になり、母の死から二年後に亡くなった。

 その時はレイモンドがまだ十四歳という年齢であったことと、父の親族が自分たちが後継者に相応しいと主張したため、国王はそのうちの一人が跡を継ぐことを認めた。レイモンド自身はどうでもよかったので、後から報告されても何も思わなかった。

 しかしその親族も病気などで亡くなり、他に誰も継ぐ者がいなくなると、国王は成人したレイモンドに改めて爵位を継がせることにした。

 もともと血は繋がってはいないのだが……一応息子に授けるという体であった。新たに叙爵させるとなると、いろいろ勘繰られて面倒なので、都合がよかったのだろう。

 ともかくレイモンドは良い機会だと、結婚のことも国王に相談するつもりだった。

 グレイスが結婚するにはまだ早いが、話だけでも、と思っていたのだ。しかし――

「グレイスはアンドリューの妃になることが決まっている。おまえとの結婚を認められるはずがないだろう」

 いつか、を信じていたレイモンドに、国王は何を寝ぼけたことを言っているのだと現実を突きつけた。

「そんな……アンドリューとの婚約は解消されたはずです」
「一時保留にしていただけだ。アンドリューの相手はグレイスにしか務まらん」
「彼には……他に想う女性がいると聞いております。そんな相手のいる男性にグレイスを嫁がせるのですか」

 自分が彼女に相応しくないから、という理由を抜きにしても、レイモンドはグレイスの結婚相手に不満を覚えた。

「しょせん一時の浮ついた気持ちだ。アンドリューもいずれ相応しい女を選ぶ。グレイスにとっても、王太子の花嫁になれるのは何よりの名誉だ。彼女の父親も全て承知の上で受け入れてくれた」

 そこにグレイスの意思は一切考慮されておらず、レイモンドは強い怒りを覚えた。

「グレイスの幸せは――」
「おまえと一緒になったところで、彼女は幸せになれるのか? 自分の出自を考えてみろ。私がオルコット侯爵ならば、厄介事に巻き込まれると思って、もっとマシな相手を選ぶ」
「……確かに私の両親は、いろいろと問題事を起こしました。ですが、私自身はそんな真似を起こさないつもりです」
「周りにどう思われるか、見られるかが重要なんだ」

 これ以上話すのが面倒になったのか、国王はため息をついて椅子から立ち上がる。

「とにかく、おまえがグレイスと結婚する道はない。諦めなさい」

 そう言われても、レイモンドは諦めきれなかった。

 グレイスの置かれている状況を知ると、なおさら強くそう思った。

 ダメもとでオルコット侯爵のもとへ行き、婚約の打診を申し出てみた。しかし国王から話を聞いていたのか、それともはなからそのつもりがなかったのか、侯爵はすぐに断った。

 グレイスはアンドリューの婚約者だからと。

(いっそ、彼女本人に近づいて、求婚してみるか……)

 しかしレイモンドが懲りずに画策しようとしたことがばれて、国王は命令する形で帰国を命じた。

「これ以上、私たちに迷惑をかけないでくれ」

 その言葉で、国王がずっと疎ましく思っていたことを悟った。母だけではなく自分も……。

 これ以上機嫌を損ねれば、故国へ戻ってくることすら許されないかもしれない。
 そうなったらグレイスと会うことすらできない。

 ここは一度帰国し、また折を見て、訪れようと決めた。

(せめて一目、彼女に会いたかったが……)

 侯爵が危機感を抱いて、しばらく外出を控えさせたようだった。

 その後諦めてエルズワースへ帰ったレイモンドだが、どうしてもグレイスのことが気になってしまい、密かに調べさせた。

(アンドリューに他の女がいる。聡い彼女は当然知っているはずだ)

 それとも国王の言う通り、一過性のものだろうか。

 グレイスを奪われるのは嫌だ。だが彼女が蔑ろにされて傷つくのはもっと嫌だった。

『おまえと一緒になったところで、彼女は幸せになれるのか?』

 ……もし、アンドリューが己の過ちに気づき、グレイスを大切にしてくれるのならば、その時は――

「アンドリューのやつ……!」

 だがレイモンドの期待は見事に打ち砕かれた。

 アンドリューはグレイスを大切にするどころか、ますますリアナという女にのめり込み、グレイスに対しては冷淡に振る舞っているという。

(くそっ。国王もオルコット侯爵も、何をしているんだっ)

 こんな男と結婚させるなんて、正気の沙汰じゃない。国王はともかく、侯爵はそれでも父親かと言いたかった。

(それとも、グレイスはアンドリューのことが好きなのだろうか……)

 いや、そんなはずない……と思いたくても、レイモンドは自分に自信がなく、女性に対してだらしないアンドリューでも、グレイスが惹かれる何かがあるのかもしれないと思った。

 けれど万が一グレイスがアンドリューのことを好きだとしても――好きだとしたら、なおさら今の状況に傷つかないはずがない。

 そして辛くても、彼女はきっと我慢する。昔こっそりと涙を拭ったように……。

 その時の光景を思い出したレイモンドは胸が強く痛み、立ち上がった。すかさずそばに控えていた使用人が声をかける。

「どうかなされましたか」
「……花を用意してくれ」
「花、でございますか?」
「そうだ。隣国の……孤児院の名を借りて贈る」

 花を贈ったところで何になる。だが何かせずにはいられなかった。綺麗な花々を見て、少しでも彼女の心が慰められればいい。自分にできることはそれくらいしかないから……。

(今は、まだ……)

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