虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました

りつ

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一階席

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 一階の席も値段的に決して高くはないし、二階席とはまた違った景色などが楽しめるのだが、貴族はボックス席で観劇することが多かった。

 こちらの方が値段も高くなり、やはり人目を忍んで観ることができるのでいろいろ都合がいいのだ。

「まぁ、国王陛下と王妃殿下だわ」
「この席で観るなんて、珍しいわね」

(うう。やっぱりわかるわよね……)

 今日は街に出かけた時のように変装もしていない。おまけに護衛とわかる人間もいるので、高貴な人間であることは隠しようがない。

(あの場ではつい一階で観ましょう、って言ってしまったけれど、やっぱりディオン様はボックス席でご覧になりたかったわよね)

 隣に座るディオンの顔はどことなく不機嫌そうで、ミランダは悪いことをしてしまったと申し訳なく思う。

「あの、ディオン様、強引にこちらに座ることになってしまってごめんなさい」

 ミランダがしゅんとした様子で謝罪すれば、ディオンは驚く。

「なぜあなたが謝る。あそこまで言われたなら断るのは難しいだろうし、支配人にはいろいろ世話になっている」

 きちんと納得していると言われ、ミランダはほっとする。でも、それならなぜそんな残念そうな顔をしているのだろうか。

 ミランダが不思議に思って訊くと、ディオンは一瞬押し黙った後、ぼそりと言った。

「……ただ、あなたと二人きりで観たかっただけだ」
「え」

 それって要は――

「つまり王妃殿下と個室で二人きりになりたかった、ということですね」
「陛下ってば、案外むっつり、いてっ」

 前と後ろに座っていたアルノーとヤニックにそれぞれ代弁してもらい、ミランダはまじまじとディオンを見つめる。前に座るヤニックの頭を叩いていたディオンはどこか気まずそうに視線を逸らし、咳払いした。

「まぁ、そういうことだから、あなたに対して怒っているのではない」
「それなら、よかったですわ」

 ミランダはディオンの気持ちを知れて嬉しかった。

(可愛い人)

「……今度は、二人だけで観ましょうね」

 指を絡めて、小声でそう約束すれば、ディオンも耳を赤くしながら頷いてくれたのだった。

 こうした些細なやり取りでも胸が甘くなり、満たされた心地でミランダが前を向くと、ふと右隣にいるロジェのことが気になった。

 こういう時、彼もヤニックたちに交ざってディオンやミランダをからかうというのに。

「どうかしたの、ロゼ?」

 ミランダの侍女として今日も仕えている彼は、視線を彷徨わせて何かを探しているようにも見えた。だが、ミランダの言葉でそれもやめる。

「いえ、ただ、歌劇場というのは、こういう場所なのかと思いまして」
「あら。まるで初めて来たような言い方ね。メナール国にいた時も、わたしの護衛として何度か連れて行ってあげたでしょう?」
「その時は寝ておりましたから」

 正直な告白にミランダは呆れてしまう。
 ロジェが肩を竦めて弁解する。

「私も別に寝ようと思って寝たわけではございません。ただその頃はちょうどジュスティーヌ様のことや他にもたくさん片付ける問題があって、寝る間も惜しんであちこち走り回っていたので、襲いかかる睡魔に逆らうことが難しかったのです」

 ジュスティーヌの問題含めてすべてミランダが命じたことである。つまりミランダに責任があるという遠回しなロジェの指摘にミランダも分が悪い。

「悪かったわよ。でも、無理なら無理って言ってもよかったのに」
「いえいえ。姫様に何かございましたら大変ですから。それに仮眠するのにちょうどいいと思っていたので」
「……ロゼならば、今回は楽しみなさいね」
「はい。変装の参考にします」

 普通に楽しめ、と言うのは、ロジェにはもはや難しいことなのだろうか。
 ミランダは遠い目をして、もう前を向くことにした。

「何を話していたんだ?」

 隣のディオンが気になった様子で訊いてくる。

「ええっと、たわいない話ですわ」
「ふぅん……」

 ディオンは気のない返事をしながらも、握った手に力を込めてくる。

(妬いていらっしゃるのかしら)

「……何を笑っているんだ」
「ふふ。笑ってなんていませんわ」
「笑っているじゃないか」
「笑っておりませんよ」
「お二人とも。そろそろ始まりますよ」

 アルノーに注意され、二人は口を閉ざす。

(ええっと、確か有名な劇作家が書いた話、よね)

 歌劇はだいたい悲劇が多いのだが、この作家が書く話は喜劇の方が人気で、子どもから大人まで楽しめる話もあるという。ミランダも血生臭い話はデート向きではないと思うので、ちょうどよい。

 今回上演される話は、敵国に嫁いだ王女が最初は誤解されて国王や臣下に辛く当たられるものの、次第に彼女の優しくも凛とした人となりにみなが惹かれて、国王にも愛されて終わるという話だ。

(何だかわたしがお姉様に抱いていた話みたい)

 ジュスティーヌの美しさと優しさにディオンが惚れて、溺愛することをかつてミランダは望んでいた。

 今は自分がディオンの妻となったので、想像するだけでモヤモヤしてしまう。何とも勝手な話ではあるが。

(冷静に考えてみると、あの時のわたしっていろいろ無茶していたわね)

 ディオンによく愛想を尽かされなかったものだ。

 とかなんとか思考が横道に逸れていたミランダも次第に演者の演技や歌声に心を奪われ、物語の世界に惹きこまれていく。

 物語はあっという間に佳境に入り、国王に恨みを持つ者たちに誘拐された王女の見せ場となる。

「こんなことをしても、わたくしがあなた方に屈することは決してありません!」

(王女さま、かっこいい!)

 さすがヒロイン。美しく聡明な彼女の凛とした声と姿にミランダは胸が熱くなる。

「おお、白百合のような可憐な姫君よ。か弱い乙女のようで、折れぬ芯の強さを持ち合わせている。だがこれで終わりさ。あなたはここで、私に手折られて命を終えるのだ。そうすれば、あなたにすっかり心を許してしまった国王も、信頼し始めた臣下や民たちすべての心も、絶望に突き落とすことができるのだから」

 敵役の一人、主要人物にあたる黒いマントに不気味な仮面をした男が姫を襲おうとする。振りかざされる剣戟から蝶のように姫が逃げ惑い、仮面男が後に続く。

「ああ、おやめください」

 ヒロインの恐怖と絶望を掻きたてるような音楽も流れ、観客はみなはらはらする。

(もう! 国王は何をしているのよ!)

 早く助けに来て! とお芝居でありながらミランダは焦燥感に駆られ、切に願う。

「姫! もうここまでです」
「いやぁぁ」

 姫の悲鳴が合図となったように、突然空気を切り裂くような破裂音が響いた。


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