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7. 告白

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 結局オーウェンの結婚を止めることはできなかった。

「一度彼女を連れて帰ろうと思うんだ。お前も来るか?」

 オーウェンは幸せでたまらないといった表情でリアンを誘った。正直あまり気が進まなかったが、それ以上に結婚の話を聞かされる幼馴染のことを思い、リアンも久しぶりに故郷へ帰ることにした。

「おお、オーウェン。それにリアンも。よく帰ってきたな」
「親父さんのおかげで、無事に騎士になれました」

 オーウェンが昔のように無邪気に自分のことを語り、うんうんとそれに父も頷いている。

「こんな素敵なお嬢さんと結婚するなんて、お前は幸せ者だなぁ」

 オーウェンの隣に座る女性に目を向け、父は涙ぐんだ。

「そうでしょう。こんな美人な嫁さんをもらえて、俺は国一番の幸せ者です」

 オーウェンの婚約者であるハンナは、リアンの目にはいたって普通の女性に見えた。裕福な家庭に育てられ、苦労など何一つしたことのないような幸せな女性に。

(オーウェンとお似合いかもな……)

「式は向こうであげるのか?」
「ええ。よかったら親父さんも来て下さい」

 俺にとってあなたは父親のような存在ですから、と語るオーウェンに父はますます感激したようで必死に目を瞬かせている。そんな父の姿をリアンはじっと見つめた。

 久しぶりに見る父は痩せて、すいぶんと老いたように見える。それだけ時が経ったのだとリアンが思っていると、オーウェンたちと楽しげに話していた父が急に真面目な顔をしてこちらを向いた。

「それで、お前は結婚の話は出ていないのか?」

 どうやらオーウェンが身を固めるので、自分もそうしろと言いたいらしい。内心ため息をつき、リアンは微笑んだ。

「私はまだいいですよ。王女の護衛で精いっぱいですし」
「まだいいって、もう十八だろう? またいつ戦争になるかもわからんのに……」

 ラシア国は隣国のユグリットと何かと衝突し、国境付近で数十年に渡る争いを続けていた。今は国王の代替わりで戦争どころではなく、つかの間の平和を保っているが、落ち着いたらまた何か仕掛けてくるかもしれない。

 ユグリット国は強い。ラシア国は守るだけで精いっぱいだろう。

「その前にきちんと身を固めろ」
「大丈夫ですよ、親父さん。リアンはこう見えても王宮で人気なんです。結婚なんてすぐですよ」

 それに、とオーウェンがニヤニヤする。

「リアンが結婚したいと思う相手は、もうきちんといるんですから」
「おいオーウェン!」

 余計なこと言うなとリアンが睨んでも、別にいいじゃないかとオーウェンは笑うばかりだ。

「……とにかく、今日はオーウェンの結婚話をしに来たんだ。他にも伝える相手がいるだろう?」
「ああ。そうだったな」

 本当は一番初めに伝える相手なのに、オーウェンは後回しでいいとリアンの家へやって来たのだ。

(ナタリーは変わっているだろうか……)

 記憶の中の彼女は痩せていて小さかった。ただあの青い瞳だけはきれいで、輝いている。

 早く会いたい、と思った。たとえ彼女が傷つく表情を浮かべたとしても。


「――ナタリー」

 リアンが後ろから声をかけるとナタリーの小さな肩はびくりと震えた。慌てて目元をこすり、振り返ったその表情は無理矢理笑みを浮かべているように見えた。

 数年ぶりに見るナタリーは相変わらず痩せていたものの、綺麗な少女へと変わっていた。さらさらと零れるような髪は背中まで伸びており、リアンが何度も思い浮かべた青い瞳は想像よりずっと輝いていた。

「どうしたの、リアン」
「……いや、オーウェンの所へはいかないのかと思ってな」

 よっこいしょと彼女の隣に腰かける。どこまでも続く緑にぽつぽつと建っている家々。特別心奪われるような景色でもない、みすぼらしい田園風景だった。高台から見える景色は子供の頃に見た時と何一つ変わっていないようで、何かが変わっているように見えた。リアンの視線をたどるようにしてナタリーも景色へと目をやる。

「わたしがいたら邪魔しちゃうかなって思って」
「誰の?」

 意地の悪い問だと思いながらもリアンは聞いた。ナタリーは少し渋るように口を閉ざしたが、すぐに明るく言った。

「そりゃあ、オーウェンとハンナさんのだよ」

 リアンも気づいているでしょう? とナタリーがリアンに同意を求めるようにして言った。だがリアンはそれにあえて気づかない振りをした。

「そうか? 二人ともナタリーのことを喜んで受け入れると思うけど」
「……うん。そうだね」

 我ながら嫌な奴だと思う。

「もし、彼らが結婚したら」
「祝福するよ。とてもおめでたいことだもん」

 ナタリーは明るく答えた。

「本当に?」

 リアンはじいっとナタリーのどんな反応も見逃すまいと見つめた。あからさまな態度にすぐにナタリーは気づいた。

「……今日のリアンは意地悪だね」

 困ったように微笑むナタリーは今すぐにでも泣いてしまいそうに見えた。泣けばいいとリアンは心の中で思った。そうすれば――

「もしナタリーがお嫁にいけなかっら、俺がきみをもらいたい」

 ナタリーが真っ青な目を真ん丸と見開いた。

「それは、同情で?」
「まさか。……ずっと、ナタリーのことが好きだった」
「ずっと?」
「うん。その、たぶん出会った時から」

 惹かれていた。リアンが正直にそう言えば、ナタリーは驚きで何も言えないようだった。その沈黙が恐ろしくて、リアンは断られるかもしれないと怯えた。

「……うん。そのときは、わたしをもらってくれる?」

 てっきり冗談で済まされると思っていたリアンはとても驚いた。

「いいのか?」
「あ、まさか冗談のつもりだったの?」
「違う! 本気だ。小さい頃からずっとナタリーのことが好きなんだ!」

 ナタリーは顔を赤くする。つられるようにしてリアンも顔が熱くなった。二人して顔を見合わせる。

「あの、だから、俺は」
「ありがとう。リアン」

 ナタリーは顔を真っ赤にさせながらも幸せそうに微笑んだ。それにリアンはごくりと唾を飲み込み、勇気を出して彼女に言った。

「ナタリー。俺は、きみのことが好きだ」

 ごろつきのような大男を軽々となぎ倒してきた自分の声が今はひどく震えている。

「すぐにとは言わない。ゆっくりでいい。だから、将来俺と結婚してくれないか」
「ええ、リアン」

 わたしでよければ、というナタリーの言葉にリアンは思いっきり彼女を抱きしめた。

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