ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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18.逢瀬

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 王宮の一室。朝早くから夕暮れ、日が沈んでからも途切れることのなかった訪問客がようやく、先ほど礼を言いながら帰っていき、ナタリーは広い部屋で一人となった。長い一日だったはずなのに、終わってしまえばあっという間な感覚で、ただ疲れだけが、身体に重くのしかかっていた。

(リアン……)

 ナタリーはここ最近自分に起こった出来事がまるで夢のような気がして、夢ならば一刻も早く目覚めて欲しいと願っていた。教会で祈りの歌を聞き、ステンドグラスの光に晒され、聖女としての義務を果たせと“声”に命じられたこともすべて嘘だと思いたかった。

(万能の治癒能力……)

 自身の右手の掌をじっと見つめる。ただの傷痕に思えた縦上の赤い線はいつまでたっても消えず、呪いのように残っていた。

 あの時、指先から腕にかけて痺れるような、焼けるような痛みを感じたが、その際にできたと思われる。ジョナスが言うには、聖痕だという。預言者と言われた女性。聖女とも呼ばれる彼女たちにも、同じようなものがあったらしい。

 ――今日からあなたは我が国の聖女となります。

 そう言って恭しく、膝をついたジョナスや司教たち。

 自分には、怪我や病を治す力がある。その力で、多くの人を救う義務がある。ナタリーはそれを混乱する頭で、無理矢理納得させられ、毎日大勢の患者たちを診ている。

『ああ。聖女さま。どうか私の息子を治して下さい!』
『いいえ聖女さま! 私の倅を先に診てやって下さい。今度ようやく結婚するというのに、これではあんまりだ!』

 時が経てば治るような傷も、多額のお金を払うと言われ、重傷な患者よりも先に治療するよう指示されたりすることもある。ナタリーはもちろん抗議した。

 ――まずは症状の重い人から診るべきです。彼らの苦痛を長引かせてはいけません。

 だが彼女の言葉は監督役として付き添っていた王宮の医師たちにすげなく却下された。そう。本来ならば医者がいる。けれど彼らは、聖女の方が確実に治せるからと、すべてナタリーに処置を任せた。

 結局、聖女などと言われていても、しょせんはただの小娘だと見なしている証拠だった。あるいは仕事を奪われた恨みをナタリーにぶつけているのかもしれない。患者と上の立場に板挟みになりながら、ナタリーは精神的にもまいってしまいそうだった。

 コンコンと扉を叩く音に、ナタリーはのろのろと顔を上げ、どうぞと言った。また、患者だろうか。だが入ってきた人物に、彼女は目を瞠った。

「リアン……」

 聖女と目覚めて以来、ずっとまともに会えていなかった相手が、なんと目の前にいるではないか。しばし呆然としていた彼女は、慌ててはっとする。

「どうしてここに!」

 しぃっとリアンがナタリーの唇に触れる。

「参ったよ。警備もすごく厳重でさ、おかげで来るのに苦労した」
「……大丈夫なの、こんなことして」

 不安そうに見つめるナタリーにも、リアンは安心させるようにうなずいた。

「看守には口止めとして金を握らせてある。用が済んだらすぐに帰るから、って」
「でも……」
「大丈夫だよ。それより、」

 リアンはナタリーの顔色を見て、ぎゅっと眉根を寄せた。

「おまえの方は大丈夫なのか? きちんと眠っているのか? 食事も十分に与えられているか? ぜんぶ残さず食べてるか?」

 そういうと彼は背中に背負っていた袋から、何やらごそごそと取り出し始めた。

「これ、疲労回復にいいって聞いて、持ってきたんだ。柑橘系の果物。こっちはぐっすり眠れるっていうお茶で……あ、気分転換に本も数冊持ってきたんだ。おまえが家でよく読んでいたやつ。他にも……」

 ポンポン飛び出す言葉と品物にナタリーはまたもや呆然としていたが、やがて可笑しそうに笑いをこぼした。

「ふふっ、リアンってば変わらないね」

 作り笑いではなく、自然と出たナタリー笑顔にリアンはほっとしたように息を吐いた。そして明るくお道化たように言った。

「周囲はきみを聖女だなんだと囃し立てているが、俺にとっては昔と変わらない、放っておけない大切な幼なじみだよ」

 リアンの言葉にナタリーは涙ぐみそうになりながらも、嬉しいと微笑んだ。

「わたしも、リアンはいつも優しくて頼りになる幼なじみだよ」
「そりゃあ、光栄だ」

 リアンは立ち上がると、ナタリーの頬にそっと手を添えた。

「ナタリー。俺はおまえのことがずっと好きだよ」

 その言葉にナタリーははっとする。それは結婚を申し込まれた時に言われた言葉だった。

「周囲がなんと反対しようが、俺はお前の夫だ」
「……まだ、結婚していないのに?」

 リアンと結婚することはできないと事務的に説明された。辛く悲しくはあったが、どこかで仕方がないと諦める自分もいた。諦めなければいけなかった。けれど――

 リアンの手に、ナタリーも自身の手を重ねていた。

「わたしも、リアンの奥さんだよ」

 泣きそうなナタリーの表情を、リアンは愛おし気に見つめる。

 二人はどちらともなく顔を近づけた。ほんの少し離れていただけでも、分かち難く、お互いにかけがえのない存在だと気づいた瞬間でもあった。

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