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26.お別れ

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 ナタリーはリアンの言葉に目を見開いた。それはずっと彼女が望んでいた言葉だ。縋りたい。このまま強く抱きしめてどうか連れ去って欲しい。でも――。

『あなたはいつまで経っても、リアンの幸せを奪っている!』

「できないよ」

 ナタリーはリアンの胸をゆっくりと押し、身体を離した。

「逃げるなんて、そんなこと、わたしにはできない」
「ナタリー……!」

 どうしてわかってくれないんだとリアンは裏切られたような気持ちでナタリーを見つめる。彼の顔から目を逸らすようにして、ナタリーは淡々と言葉を重ねる。

「それに、どこにそんな場所があるというの?」
「それはまだ決めていない。でも、探せば必ず見つかる。王都から離れた、田舎とか……」
「きっと国中の兵を集めて探し出そうとするわ」

 賞金を掲げれば、貧しい村人たちは何の躊躇いもなくナタリーたちを差し出すだろう。ひょっとすると役目を放棄した自分たちに激昂し、殺そうとするかもしれない。

「なら、この国を出ればいい」

 無理だ、とナタリーは今度も首を振った。

「国を出ても、国王陛下はわたしたちを密かに探し続けるでしょう。たとえ運よく諦めてくれても、今度は逃げた先の為政者に利用されないとは限らない」
「ならっ……」

 リアン、とナタリーは優しく諭した。

「それが聖女の役割なの。わたしだけじゃないよ。他の世界でも、いつの時代でもそうだった。他の聖女も、みんなそういう運命なの」

 夢の中で見た聖女たちもみんな――

「だから! それを放棄しろと言っているんだ」
「役目を放棄するならば、わたしに生きる理由はないわ」

 ナタリーは自嘲するように笑った。

「多くの人を救うために、わたしは力を振るう。わたし個人の幸せなんか、二の次なの」

 だからね、とナタリーはリアンの方に向き直りリアンの目をまっすぐに見つめた。今までにない厳しい表情にリアンは思わずたじろく。

「もう、わたしのことは放っておいて。リアンは、リアンの幸せのためだけに生きて」

 きっぱりと言い切ったナタリーは立ち上がった。リアンがその腕を掴む。だが、ナタリーは目を閉じて首を横に振った。もう、どうすることもできないと。

 振りほどかれる手を、リアンが再度掴むことはしなかった。できなかったのだと思う。助けたいと思う本人から、逃げる意思はないと断られたのだから。

(ごめんね、リアン)

 でもこれが、彼自身のためでもある。これ以上自分といれば、リアンはますます危険を冒し、王や王女の反感を買ってまでナタリーを助けようとするだろう。国の頂点に立つ者に盾突いた先は、破滅しかない。ナタリーはそんな未来を望まない。愛する人には誰よりも幸せになって欲しい。だから――

「休憩の時間はもう終わりました。わたしはまた病人を治しに行きます」

 呆然とする彼に、ナタリーはいっそ冷たいとも言える声で告げた。

「もう、あなたと会うことはないでしょう。どうか……お元気で」
「ナタリー……」

(さようなら、リアン)

 ナタリーは彼が何かを言う前に、扉を閉めた。そうしなければ、声をあげて泣いてしまいそうで、ずっとそばにいてくれと縋ってしまいそうだったから。

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