ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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55.許さないで

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 ナタリーはハッと目を覚ました。

(ここは……)

 わたしは、と思った所で勢いよく身を起こす。

(そうだ。あの後処置を施したと思ったら急激な疲労に襲われて……)
「ナタリー。気がついたのか」

 物音で気づいたのか、部屋にオーウェンが入ってきた。

「オーウェン。あの青年は、」
「大丈夫。何も問題ないそうだ」

 むしろ、と彼は気遣うように優しい口調で言った。

「今までの傷みが嘘のようにとれて、義足をつけても問題なさそうだ。起きたらぜひ礼を言いたいと頼まれた」
「そう……」

 よかった、と安堵の息をつく。今回も、無事に成功できた。

(ありがとうございます。主よ)

 指を絡めて、神へお礼を述べる。目を開ければ、オーウェンがじっとこちらを見ていた。

「ありがとう、オーウェン。もう大丈夫だから、次の人を呼んでくれるよう頼んでくれるかしら」
「もう昼だ。休憩して、診察は午後からするよう決めてある」
「でも……」

 待っていてくれる人がいるなら、と続けようとすれば「ナタリー」といささか強い口調でオーウェンが遮った。

「無理をするな。きちんと休息をとることも大切な仕事だ。身体が不調だと、満足に力も発揮できないんだろう? 助けられる人間も、救えないぞ」

 オーウェンの言葉に、ナタリーはそうだねと頷いた。彼の主張には説得力があった。

「ごめんなさい。次からは気をつけます」
「いや……わかってくれればいいんだ」

 気まずい雰囲気。やがてオーウェンが「あー」とどうしていいかわからないといった声を上げて、困ったようにナタリーと目を合わせた。

「少し、付き合ってくれないか」

 オーウェンに誘われて二人が向かった場所は、教会の中庭であった。よく晴れた空に太陽の光が草木を照らしており、何の悩みもなければ眠気を誘う風景にナタリーとオーウェンは沈黙のまま足を向けた。

「あそこに座ろう」

 くたびれた、といった感じのベンチに二人並んで座る。

「マークや他の騎士たちは?」
「畑を耕すのと、先日の大雨で橋が壊れたっていうからその修繕にあたっている」

 初めこそ、ナタリーの護衛に忠実であった彼らも、村人たちがあまりにも非力で、害する様子がないと知ると、次第に緊迫した雰囲気は薄れ、やがて村人の方から男手が欲しいという頼みに応え、あちこち貸し出されるようになった。彼らに協力してやるようナタリーも口添えした。

(騎士は困っている人を助けてこそ、だもんね)

 リアンだったら、きっとそうする。ここにはいない人のことを思い、ナタリーは口元に笑みを浮かべた。

「出立の日、リアンに会ったのか」
「え」

 どきりとする。隣を見上げれば、彼の視線とぶつかる。

「……どうして?」
「おまえの目が赤かったから」

 だから何となく、と彼は答えた。正面に身体を戻し、空を見上げる。

「ここにいると、昔のことを思い出さないか」

 昔のこと。まだナタリーの聖女としての力が目覚めておらず、ただ平凡の少女として毎日を懸命に生きていた頃。

「孤児院でさ、その日必死に暮らしていくために俺はあちこち駆けずり回って、ナタリーは外でみんなの洗濯物干したりしてさ……なんか、ここで暮らしていると思い出しちまった」

 オーウェンの態度や口調が二人きりの時、仕える者ではなく、慣れ親しんだものへと変わった、――いや、戻っていることには気づいていた。

「王都で必死に上へ這い上がってみせる。そうすればナタリーや他のちびたちにももっと美味いもんたらふく食わせてやれる。そう思ってたのにな……いつしか遠い存在になってた」

 いざ本人の口から聞くと、寂しさが蘇る。心細さも。でも仕方がない、とも思う。距離が開けば、心をとどめておくのは難しい。よっぽど思われていなければ。今はそう思えるようになった。

(リアンは、本当にわたしのことを思ってくれていたんだな)

 直接会いに来ることこそなかったが、まめに手紙を送ってくれた。それに孤児院での生活費も。それがどれほどナタリーたちの支えになったか。

「ナタリー。俺は、おまえを許せなかった。ハンナを救えなかったおまえを……でもおまえのそばでずっとおまえのこと見てきて、俺は、」
「オーウェン」

 その先は言ってはだめだ。

 城を離れてからの生活は二人の間にあったわだかまりを解消させ、また元の関係に戻れる可能性を期待させた。あるいはもう――

(でも、それは許されない)

 自分と彼の置かれた立場を思い出す。流されるな。甘えるな。どんなに足掻いても、もう昔には戻れない。亡くなった人間は、二度と生き返らない。

「オーウェン。あなたはわたしのこと、一生許してはいけないの」

 立ち上がって、線引きする。それはある意味、オーウェンにとっては罰だったかもしれない。

「なんでだよ……俺はもうおまえのこと憎んでいない! 仕方がなかった、って諦めきれる!」
「いいえ。わたしのせいだった。自分が聖女であることを自覚していなかった。覚悟が甘かった、わたしの責任なの」

 違う、とオーウェンが苦々しい顔で否定する。

「おまえは何も悪くない。そんなの、俺だってわかっていた。なのに、」
「……わたし、怖かったの。オーウェンは大切な人で、そんなあなたの大切な人を助けられなかった事実がとても……怖かった」

 聖女という役目、果たすべき責任の重さを初めて痛感した。助けられるのに助けられなかった事実が胸に重くのしかかって、自分はなんて多くの命を預かっているのだろうと息苦しさを感じた。

(あの青年だって……)

 本来自分は医術に何の携わりもない人間だった。それが奇跡、と言われる能力だけで怪我も病も治している。仕組みも何もわかっていない。考えると恐ろしい。これで本当にいいのだろうか、という気もしてくる。

「でも、それを背負って生きていくのが、わたしの使命なんだと思う」

 だからどうか許さないで。
 糾弾し続けて。聖女としてあり続けろと監視し続けて。

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