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10、自分のせい*

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 次の日、汚れたシーツを見ても、侍女たちは何も言わなかった。ただブランシュの身体を丁寧に湯で清め、綺麗にさせた部屋で、いつも通りの振る舞いで主人に接した。

 ロワールが診察に訪れ、何か変わったことはあったかと尋ね、何もなかったと同じことを口にして、彼が退出した後、腰が痛く、身体も怠くて少し横になることにした。

(このことも、伝えるべきだったかしら……)

 言えるわけない。恨まれていた夫に、久しぶりに抱かれて身体が重いなど……ありえない。

(同じ報いを受けるべき、か……)

 マティアスは薬を盛られて、理性を失いながら、ブランシュを抱いたという。それは高潔だと評される彼にとって、どれほど耐え難いことであっただろうか。仕方がなかったとはいえ、元婚約者を陥れた女を抱いてしまった自分自身にも、嫌悪感を持ったはずだ。

(わたくしなら、もう関わりたくないと思うのに……)

 ブランシュが記憶を失う前は無理でも、今なら、逃げることができるのに。そうしないのは、やはりのうのうと全てを忘れてしまって、無かったことにしようとする今のブランシュの態度が許せないからだろうか。

(でも、ならばわたくしは一体どうすればいいというの……?)

 このまま黙って、マティアスの玩具になるしかないのだろうか。


 それから、マティアスはブランシュのもとへ訪れ、彼女を抱くようになった。時間はいつも真夜中。たまに今日はもう来ないだろうと安心して眠っていると、覆い被さって、悲鳴を口の中に飲み込まされる。

「んっ、ふぅっ」

 こんなことやりたくないとブランシュが反抗的な態度を取れば、それを巧みな愛撫で懐柔して、甘い声で啼き始めると、その様を言葉で詰った。

「王女殿下。そんなはしたない声を出しては見張りをしている衛兵に聞こえますよ。それとも、聞かせたいんですか。自分が淫らな女だと」
「ちがっ、あなたが、ぁあっ……」
「私が、どうしたんですか」

 奥を深く貫かれ、ブランシュは喉元を晒して、のけ反った。

「こんな玩具でも、貴女はいってしまうんですね」

 そう言ってずぶりと蜜壺から引き抜いたのは、水晶で作らせた張形だ。男性の陰茎を模したそれは透明で、ブランシュの出した愛液で涎を垂らしたように濡れていた。それをマティアスは手袋をつけた指で拭き取り、ほら、とブランシュの目の前で糸を引かせた。卑猥な光景を見せつけられて彼女はカッとなるも、なぜか目が離せない。

「また、物足りなくなってきたんじゃないですか」

 くすりと笑ったマティアスはまた膣内を弄ってくる。たっぷりと溢れ出た淫水で、ぐちゅっ、じゅぶっ、と淫猥な水音がとても大きく鳴り響く。

「はぁ……もう、今日はやめて……」
「ではまた明日、来てほしいんですね」

 まるで自分が望んでいるような言い方に泣きそうになる。しかしはいと頷かなければ、彼は張形を突っ込むだろう。

「……ええ、そうよ」
「本当に王女殿下は、清らかな外見に問わず、淫乱なんですね」
「っ……」

(誰がそう言わせたのだと――)

 我慢できず顔を上げて、息を呑んだ。冷たく、刺すような目で彼が自分を見ていたから。

「私も、同じことを言われましたよ」

 嘘、と彼女は思った。

「わたくしは……今日みたいなことも、あなたにさせたのですか」
「そうですよ。これも、貴女がプレゼントしてくれたものです」
「そんな……」

 ブランシュが用意したものだと言われても、彼女は信じられず、マティアスの顔を呆然と見つめた。

「自分で利用するだけじゃなくて、私にも使わせました」

 意味がわからず、戸惑う。

「でも、あなたは男性で……」

 どうやってこれを使ったというのだろう。ブランシュの何も知らない様子に、マティアスは白々しいといった表情を浮かべたが、やがて感情を抑えた静かな口調で話を続ける。

「まぁ、私の場合は少し違いますが……射精を我慢するように言われて、貴女の手で痛いほど掴まれ、耐え切れず出してしまった時には、先ほどと同じことを吐き捨てるように言われたこともありました。それで、どうさせたと思います?」
「……」
「これはおまえが出したものなんだから、きちんと舐めて綺麗にしなさいと言われました」

 彼女はずいっと張形をブランシュの目の前に突き出す。彼女は思わず「ひっ」と身を捩った。

(いや)

「王女殿下。舐めて、きれいにしてください」
「む、無理よ……!」
「どうしてですか」
「どうして、って……」

 張形とはいえ、それは男性の性器だ。そんなもの舐めるなんて、王女の――貞淑な女性がすることではない。しかも自分の愛液を舐めとるなんて……。

「いやよ……それだけはどうか、勘弁して、ね?」

 マティアスは微笑んだまま、答えない。ブランシュはわなわなと拳を震わせ、泣きそうな心地になる。それでもやらなければ解放してもらえないと、張形を見つめ、恐る恐る、顔を近づけた。

「舌を出して」

(なぜわたくしがこんなことを……)

 彼女は涙目になりながら、垂れる蜜を舌先で舐めとった。少し、塩辛い気がして、苦い味に思えた。続けろ、というように張形を口に押し付けられる。一刻も早く終わりたいと、彼女は小さな舌を懸命に伸ばして、張形を綺麗にしていく。

「先端の部分が垂れそうですよ」

 亀頭まできちんと再現されており、彼女は零れ落ちそうになった滴をとっさに口で咥える。

「歯を立てないで」

 まるでマティアスのものを咥えているように彼はブランシュに注意した。彼女は言われた通り、歯を当てず、カリ首を吸い上げるように唇を窄め、苦しくなると一度離し、口から零れた涎を指のはらで拭った。

「上品に、拭きますね」

 舐めているものが自分の愛液では、上品も何もないだろう。

 彼女はそう思ったが、またすぐに、作業に戻った。舌を伸ばすので、顎が疲れる。じっと見つめられる眼差しは冷めており、恥ずかしく思うと同時に、自分がいかに惨めか思い知らされる。

「ん、……ぜんぶ、舐めましたわ」

 これでいいでしょう、とマティアスを見れば、彼は微笑んだ。その笑みは本当に優しく、今しがた妻にさせた行為とは結びつかない。

「では、今度は私のものを舐めて下さい」
「え――」

 すでに痛いほど張りつめた男根を取り出し、マティアスは舐めるよう命じた。張形などよりずっと生々しく、生き物のように脈打っている陰茎を目にして、ブランシュはサッと目を逸らした。

「王女殿下」

 首を横に何度も振る。

「無理よ……お願い。それだけはできないわ」

 涙目になって懇願するが、マティアスは許さなかった。ブランシュの腕を掴み、頭を屈ませる。

「公爵……!」
「私も、貴女のものを舐めさせられた」

 だからやれと彼はブランシュに自身の昂りを握らせる。鼻先まで近づいたそれが唇に触れる。湯浴みをしたのか、石鹸と汗の混じった匂いがする。さぁ、というように後頭部を前へ押し出され、ブランシュは涙を流しながら口を開き、肉棒を咥えた。けれど張形よりも大きくて、苦しくなってすぐに一度離してしまう。

(どうすればいいの……)

 マティアスは何も言ってくれない。ブランシュは途方に暮れて、焦りが浮かんで、とりあえず、張形にしたように舌で熱い塊を慰め始めた。

「指も、使って」

 耳元をくすぐられながら命じられ、言われた通り、輪っかを作り、硬く芯のある棒を扱き始める。男性のこれがだいたいどれくらいの大きさか知らないが、彼のものはブランシュの指では回り切れないほどの太さをしていた。

「全部入れなくていいですから、先だけ咥えてください」

 そう言われ、亀頭の部分を口に含む。先端のくぼみからとろとろした液体が溢れ、舌や咥内の柔らかな肉と擦り合い、ぬちゃぬちゃと粘着質な音を奏でていく。

(これが、わたくしの中をいつも……)

 破廉恥なことを考えてしまい、いけないと戒めても、ブランシュの頭はあの気も狂わんばかりの絶頂を思い出させ、唾液が湧き出て、下腹部が切なく疼いた。

(あぁ、もう一度、あれを味わえたら……)

 いつしかブランシュは夢中でマティアスのものをしゃぶり、指を上下に動かして、絶頂へ導かせようとしていた。

「はっ、まるで、犬ですね」

 嘲るような言葉も、もう届かない。ブランシュの奉仕にマティアスは赤みを帯びた顔をして、はぁはぁと荒く、呻き声に似た吐息を漏らす。快感に耐え忍ぶ声をブランシュの耳は拾い、ますます懸命に顎を動かし、傘の部分や裏筋に舌を這わせ、男のものを吸い取ろうとした。

「あぁ、殿下……そろそろ、出ますよ……」

 その言葉にブランシュは我に返り、慌てて口から離そうとしたが、マティアスは許さず、後頭部をグッと押さえ、喉の奥まで熱杭を突き刺した。ガクガクと頭を揺らされ、くぐもった声が漏れ、まるで自分の奥を突かれているような錯覚に陥りながら、熱い精がブランシュの口の中に放たれた。

(あぁ……)

 吐き出すこともできず、ブランシュはごくりと喉を鳴らした。彼女が飲み込んだことを見届けると、だらりと陰茎が引き抜かれる。口から涎も一緒に零れ、塩辛いような、生臭いような、何とも形容しがたい味に涙を浮かべ、ブランシュはえずくように咳き込んだ。

 そんな彼女の頬にマティアスの手が触れたかと思うと、上を向かせ、怯えている瞳に無理矢理自分を映させ、どこか恍惚とした表情で告げた。

「また、お願いしますね」

 何回も、貴女は私にさせたのですから。

 ブランシュはもう何も言えず、マティアスも部屋を出て行った。

 きっと彼は、記憶を失う前のブランシュにされたことを、すべて行うつもりだ。それでそのつど、おまえも同じことをやったのだから耐えろと自分を絶望させ、我慢を強いるのだ。

 溢れた涙がシーツの上へ落ちたけれど、ブランシュは拭わなかった。

 ぜんぶ、自分のせいだったから。

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