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20、口説かれる
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「冗談はおよしになって」
キルデリクの手を振り払ってしまいそうになって、懸命にブランシュは耐えた。今、自分たちは注目されている。今までの経緯から、ブランシュの方が悪者扱いされるに決まっている。穏便に済むなら多少の屈辱は我慢するべきだ。
「冗談で、王子が王女に求婚など致しませんよ」
大変な騒ぎになりますからね、と彼はいけしゃあしゃあと述べる。頬が引き攣りそうになりながら、ブランシュは無理矢理笑みを浮かべる。
「殿下。わたくしはもう王女ではありませんわ」
「ああ、そうでしたね。公爵夫人であらせられた。貴女のことをみんな王女殿下や、姫様とお呼びになられるので勘違いしてしまいました」
痛いところを容赦なく突いてくる。
(わたくし以上に、実は性格が悪いのではなくて?)
「失礼ですが、縁談を無かったことにしてほしいと望んだのはそちらの方ではなくて? それを今さら撤回されても、もう遅いですわ」
「国の内情や世情でころころ結婚相手が変わるのは、王族の常ですよ」
「それはよっぽどのことがある場合のみです」
「よっぽどのことが、貴女の身に起こったではありませんか」
記憶のことをまたしても持ち出され、ブランシュはつい非難がましい目で王太子を見てしまう。しかし彼は逆に楽しそうに口元を緩めるだけであった。
「私も気紛れで言っているわけではありません。貴女が離婚を考えている、ということを陛下からお聞きしましてね」
ブランシュは信じられないとキルデリクを見つめた。
「陛下が、貴方にそうおっしゃったの」
「ふと漏らした、というところでしょうか。何だかんだ言って、たった一人の妹ですからね。父親を亡くされて気落ちしている貴女のことを、心配なさっているように見えましたよ」
あのジョシュアが自分を心配するなど……ブランシュは複雑な気持ちになった。だって彼女は別に父の死を悲しんで塞ぎ込んでいたわけではないからだ。
「以前の貴女ならば、陛下も絶対に私と結婚させようとはお思いにならなかったでしょうが、今の貴女を見て、考えを改めてみても構わないと思い始めたのではないですか」
「……そうだとしても、離婚して王子と結婚させるなど……ありえません」
「我が国との友好を深めるためだと思えば、駒を送っておいて損はありません」
大切な妹に幸せになってほしくて、というよりは政治の道具として利用できるか否か。若くして王となったジョシュアは何かあった時に備えて盤石な地位を築いておきたいのだろう。
(わたくしがまともになれて、ようやく利用価値が生まれた、というところなのね)
今までは逆に恥を晒すか、怒りを買うなど、かえって面倒事を招く恐れがあったので自国に閉じ込めておく方が得策だったのだ。
……だとしても、だ。
「貴方は、どうなのですか。いくら国のためとはいえ、一度他の殿方の者になった女性を愛することができるのですか」
女性の純潔を男性は何より好む。もう処女でなくなってしまったブランシュを娶るなど、嫌ではないのか。
「私もこう見えて王太子ですから。時期王になる者として、この国とは親密な関係になりたいと考えております」
それに、とキルデリクは女性をうっとりさせるような笑みを惜しげもなくブランシュに捧げた。
「魅力的になった女性を自分のものにできるのは、男としてロマンがありますから」
ブランシュがキルデリクに横暴な態度をとっていたのは、決してマティアスに執着しただけではなく、生理的に彼が嫌いだったからではないか。
記憶を失ったブランシュはそう思うのだった。
キルデリクの手を振り払ってしまいそうになって、懸命にブランシュは耐えた。今、自分たちは注目されている。今までの経緯から、ブランシュの方が悪者扱いされるに決まっている。穏便に済むなら多少の屈辱は我慢するべきだ。
「冗談で、王子が王女に求婚など致しませんよ」
大変な騒ぎになりますからね、と彼はいけしゃあしゃあと述べる。頬が引き攣りそうになりながら、ブランシュは無理矢理笑みを浮かべる。
「殿下。わたくしはもう王女ではありませんわ」
「ああ、そうでしたね。公爵夫人であらせられた。貴女のことをみんな王女殿下や、姫様とお呼びになられるので勘違いしてしまいました」
痛いところを容赦なく突いてくる。
(わたくし以上に、実は性格が悪いのではなくて?)
「失礼ですが、縁談を無かったことにしてほしいと望んだのはそちらの方ではなくて? それを今さら撤回されても、もう遅いですわ」
「国の内情や世情でころころ結婚相手が変わるのは、王族の常ですよ」
「それはよっぽどのことがある場合のみです」
「よっぽどのことが、貴女の身に起こったではありませんか」
記憶のことをまたしても持ち出され、ブランシュはつい非難がましい目で王太子を見てしまう。しかし彼は逆に楽しそうに口元を緩めるだけであった。
「私も気紛れで言っているわけではありません。貴女が離婚を考えている、ということを陛下からお聞きしましてね」
ブランシュは信じられないとキルデリクを見つめた。
「陛下が、貴方にそうおっしゃったの」
「ふと漏らした、というところでしょうか。何だかんだ言って、たった一人の妹ですからね。父親を亡くされて気落ちしている貴女のことを、心配なさっているように見えましたよ」
あのジョシュアが自分を心配するなど……ブランシュは複雑な気持ちになった。だって彼女は別に父の死を悲しんで塞ぎ込んでいたわけではないからだ。
「以前の貴女ならば、陛下も絶対に私と結婚させようとはお思いにならなかったでしょうが、今の貴女を見て、考えを改めてみても構わないと思い始めたのではないですか」
「……そうだとしても、離婚して王子と結婚させるなど……ありえません」
「我が国との友好を深めるためだと思えば、駒を送っておいて損はありません」
大切な妹に幸せになってほしくて、というよりは政治の道具として利用できるか否か。若くして王となったジョシュアは何かあった時に備えて盤石な地位を築いておきたいのだろう。
(わたくしがまともになれて、ようやく利用価値が生まれた、というところなのね)
今までは逆に恥を晒すか、怒りを買うなど、かえって面倒事を招く恐れがあったので自国に閉じ込めておく方が得策だったのだ。
……だとしても、だ。
「貴方は、どうなのですか。いくら国のためとはいえ、一度他の殿方の者になった女性を愛することができるのですか」
女性の純潔を男性は何より好む。もう処女でなくなってしまったブランシュを娶るなど、嫌ではないのか。
「私もこう見えて王太子ですから。時期王になる者として、この国とは親密な関係になりたいと考えております」
それに、とキルデリクは女性をうっとりさせるような笑みを惜しげもなくブランシュに捧げた。
「魅力的になった女性を自分のものにできるのは、男としてロマンがありますから」
ブランシュがキルデリクに横暴な態度をとっていたのは、決してマティアスに執着しただけではなく、生理的に彼が嫌いだったからではないか。
記憶を失ったブランシュはそう思うのだった。
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